第2話 異世界の両親
いやいやいや。
種族が『雑種』っておかしいよね!?
そもそも『狼』はどこへいったんだよ、『狼』は。
名前が前世と同じであることに対してホッと胸を撫で下ろしつつも、釈然としない気持ちを抱えながら再度自らの肉球を見つめる。
すると更に追加で文字が浮かび上がった。
【性別】オス
【状態】良好
【天恵】診断 Lv1
天恵……
天の恵みという字面から察するに、生まれつき授かった能力か何かだろうか。
さっきから凝視したものの情報が拾えるのはこのチカラのおかげなのかな。
もう少し詳しく分からないものかと肉球をしばらく眺めていたが、それ以上はモヤがかかったかのようにハッキリしなかった。
諦めて周り一帯を見回し、手短なところから情報を拾い集めていく。
赤土の崖に半ば洞窟のようになっているこの場所は……
【名称】狼の巣穴
【材質】褐色森林土
寝床に敷き詰められているフカフカのクッションの素材は……
【名称】ファーグス
【分類】落葉性広葉樹
巣穴の正面に自生している綺麗な青い花は……
【名称】コリダリス
【分類】多年草
意識して視界に捉えたものなら生物、無生物問わず【診断】出来るようだ。
とは言っても名称と簡素な情報のみだけどね。
Lv1と表記されているので、いずれはもっと詳しく分かるようになるのかもしれない。
と、その時――
『やっと目が開いたわね』
頭の中に女性の声が響いた。
鼓膜を介した音としての情報ではなく、直接頭の中に響いてくる。
声……というより思念と言った方が適切かもしれない。
『初めて目にする世界はいかがかしら?』
優しく降り注ぐ声の主を見上げると、そこにはとても大きな銀白色の体躯があった。
その全身は銀糸のような繊細な細毛に覆われ、陽射しを受けて輝いて見える。こちらの様子を伺っている双眸はまるで藍玉のように青く澄んでいた。
それにしてもこの『声』は一体……?
『聡そうな目をした仔ね。ひょっとしてわたしの念話が聞こえてるのかしら?』
うん、聞こえてます。
めっちゃ聞こえてます。
「ミュー」
ひとまず肯定のつもりでひと声鳴いて見せた。
『あら……本当に聞こえてるの?返事は出来る?』
返事?
どうやるんだ?
ひとまずムムムと眉間に皺を寄せ、テレパシー的な何かを飛ばすイメージで見つめ返してみる。
『そんなに頑張らなくても大丈夫よ。まずは深呼吸してリラックスなさい。心を開いて相手に語りかけるように意識を拡げて話しかけるの』
言われた通り、深呼吸をして肩から力を抜く。
そして目を瞑り、頭の中から周囲に響かせるようなイメージで言葉を拡げてゆく。
(もしもし、もしもしー、もしもーし!)
『……もしもし?それなぁに?』
おお!通じたぞ!
……って電話じゃないんだからもしもしはおかしかったか。
続けてそのまま話しかける。
『初めまして。お母さんですか?』
『そう、私があなたのお母さんよ。あなたとお話が出来て嬉しいわ』
銀狼はその目尻を下げ、穏やかに応えた。
そのまま俺の背中に顔を寄せ、優しく舐めて毛づくろいしてくれる。
『お腹は減ってない?』
『はい、大丈夫です』
『寒くはないかしら?』
『温かくて気持ちが良いですー』
柔らかく温かい舌の感触から、愛おしいという感情が溢れんばかりに伝わってきて色々とくすぐったい。
うーん、極楽じゃ〜。
あまりの心地よさに身体も気持ちもフニャフニャしてくる。
このまま寝てしまいそう……
そうしてしばらくの間されるがままになっていると、もうひとつ念話が聞こえてきた。
『帰ったぞ』
すっかり重くなってしまった瞼を押し開けると、そこには漆黒の大狼がいた。
母親である銀狼よりも更にふた回りほど大きいだろうか。
その全身は漆黒の剛毛に覆われ、光を受けると紫紺に煌めいて見える。瞳の色は血のような深紅。眼差しが鋭いのも相まって正直ちょっとおっかない。
眠気が吹き飛び姿勢を正す。なんというか本能的に恐怖を感じる存在だ。
その大狼へ銀狼が声をかけた。
『おかえりなさい、あなた』
『子供たちに変わりはないか?』
『1番小さいコの目が開いたわ。このコ凄いのよ?もう普通に話せるの!』
銀狼はそう話すと、こちらへ向き直って目を輝かせた。
『さぁ、お父さんにあなたの声を聞かせてあげて』
そうか。この強面の黒狼が父親なのか。
失礼な物言いをして機嫌を損ねたらヤバいかもしれない。
なるべく丁寧に、言葉を選んで挨拶するか。
『初めまして、お父様。まだ目が開いたばかりで分からないことばかりですが、これからどうぞよろしくお願いします』
『……』
『……』
あれ?
マズったかな?
2匹とも凍りついたようにフリーズしてしまった。
と、次の瞬間――
『お、おい。聞いたか今の!?』
『ええ、お父様って……今確かにお父様って言ったわ』
『天才か?天才なのか!?』
『きっとそうよ!』
『流石俺のコだな。眼の輝きからして全然違う……!』
『きっと私に似たのね。目元なんか私の小さい頃にそっくりだもの』
『いーや!俺似だね。尻尾の巻き具合といい、耳の形といい、俺の小さい頃に瓜ふたつだぞ!』
2匹は小躍りするようにピョンピョン跳ねて全身で歓びを表した後、ワフワフ言いながらクルクル回り出した。
(よ、喜んでもらえたようで何よりです……)
外見が怖いからてっきり厳しいかと思ってたけど――
異世界の両親は、普通に親バカだった。