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2話

人のつむじを見下ろすのはこんなにも気分がいい事だと、初めて知った。


「頼むから言わんでくれ…!!」


床にアホ毛がめり込みそうなほど頭を下げる元同級生。いわゆる土下座のポーズだ。


「えーどうしよっかな~」


対する私は顎に人差し指を当てて考える振り。


「この通りやから!ほんまに!俺の貞操失うわけには…!」


どうしてこの流れで貞操の話になるんだろうか。


「そもそもは自分が嘘をついたのが悪いんじゃない?」

「嘘付かざるを得ない状況があったんや!」


元々関西生まれの関西育ち…和歌山とかいう「みかん以外に何があるの?」と大阪の人に言われてそうな田舎県から、彼がはるばる関東まで越してきたのは高校一年生の時だ。入学式の後のHRで順番に自己紹介していった時の事を、すりガラスくらいの鮮明さで覚えている。


「高崎玲音、です、よろしくお願いします」


「しく」と「ます」にイントネーションがかかった自己紹介は、当時16歳の私が興味を持つのに十分だった。

全員分の自己紹介が終わって、解散を告げられてから私は初めて後ろの席を振り向いた。

平均的な体格を黒の学ランで包み、平均的な顔と特徴的な髪型を晒す男子学生がそこにはいた。


私の勢いに驚いたのか、アホ毛がぴょこんと揺れる。


「ねぇ、あんたどこの人?」

「…関西」


よろしくも無しに投げた不躾な質問に戸惑いながら答える。


「関西の?」

「の、和歌山」

「あぁ、あのみかん県」

「ミカンだけとちゃうわ!」


思えば、初めて会話した時から彼のツッコミはキレッキレだった。


「じゃあ他に何があるの?」

「何って、ええとみかんとかミカンとか蜜柑とか…」

「みかんだけじゃない」

「みかんにも色々種類があんねん!」

「英語にしたらみんなorangeよ」

「無駄にええ発音で言うな!みかんとミカンと蜜柑に謝れ!」

「それ、文字表記が変わっただけじゃない?」

「細かいことはええねん」

「細かいのか細かくないのかどっちかにしてよ」


その後、みかんについて放課後まで語り合った気がする。



「…大学生デビューってとこかしら」

それから3年間ずっと同じクラスだったけど、ずっと関西弁だった筈だ。

大学に入ってからは知らないから、そう推測してみた。


「ちゃう…社会人デビューや。しかも不名誉な、な」

正直彼が何デビューしようがあんまり興味はないのだが、うんめーのさいかいーを果たしたにも拘らず帰れ的な雰囲気を出されたことに気分を害しているので問い詰める。


「ほー?いたいけな少女を無下にあしらう程の、どんな大層な言い訳をしてくれるのかしら?」

「俺は一生関西弁で生きていくつもりやったんやけど…」

力なく顔を上げた高崎君が、これまでの経緯を話してくれた。



高崎君は大学を卒業した後すぐ、この会社に入ったらしい。それまではずっとコテコテの関西人で通していて、テンポのいいツッコミで周りから好かれていた(本人談)。

しかし社会人一年目、事件は起こった。


---------------------------------------


そろそろ仕事にも慣れてきたかなという4月半ばに、普通の企業によくある新入社員歓迎会が開かれた。その時は色々な部署の人が集まって、そこそこな規模だった。

会社からほど近い居酒屋で、歓迎会と銘打ったただのどんちゃん騒ぎ。おい飲めよ飲めよ若いならもっと呑めるだろ飲み比べしようぜなどなどを経て、みんな出来上がりかけた頃。

声を掛けられた。

「ねぇ~、アナタ新入社員の子よね~?」

酒臭い息。野太いのにミスマッチな、甘えるような声。背筋に寒気が走ったよ…と、思い出して身震いする。

「へぁっ…は?」

「アナタ、関西出身なの?総務課の子から聞いたんだけど~」

二の腕を執拗に触ってくる。恐ろしくて顔は直視できなかったが、代わりにそのごつい手の甲に生えた無数の毛はばっちり確認出来た。酒で火照ったからだが急速に冷める。

その男は、す…と顔を近づけて、


「アタシぃ、方便喋るオトコのコ、すっごい好きなのよねぇ」

「いえ!!違います!僕関東出身です!!!」

全力で否定していた。


-----------------


「…っていう」

「聞いてるこっちまで背筋が凍ったわ」

「うぅ…すっげぇ泣きたい…」


泣くほど嫌な割に、オネェの真似が病的に上手かったのだが。


「しかもその人さぁ、他の部署の結構上の立場の人だったみたいでさぁ…まさかあなたに狙われたくなくって嘘つきましたーとか言われへんやん」


干からびる寸前のネギのようにしおれるアホ毛。

ここまで来るとさしもの私も同情してしまう。というかこれで同情しない方が人としてどうかしてる。


「不運ね…すごく」

「まさか関西人だからってオネェにロックオンされるとは思わへんやん!」

「オネェ様にウケそうな顔なんじゃない?」


本物のお姉様方には受けそうにないけどね、とは勿論心の中に留めておいた。


「まさかこの会社にそんな人がいたなんてね…」


むしろ気になる。野次馬根性で今度見に行こう。


「こっちとしては大迷惑や。そんでからずっと出身は神奈川って事になってる」

「神奈川と和歌山って似てるもんね。母音が全部『あ』な所とか」

「全然似てへん。むしろそこしか似てへん。て言うわけでな、とりあえず黙っといて欲しいねん。そうじゃないと俺は…俺の貞操は…!」


そこからの言葉は続かず、また身震いする。


ふむ、と私はまた手を顎に当てて長考。

確かに彼の話を聞くと同情を禁じざるを得ない。一つの嘘を大勢の人に隠し続ける、というのは物凄く大変な事だと私も痛いほど知っている。

標準語を勉強しただろう。素性を知る人に、私にしたように口止めをしただろう。飲み会の席で口を滑らせないように、細心の注意を払っただろう。

その努力は人知れずして、想像に難い。ここは見逃してやるのが人情だろう。


が、しかし!


私にとって彼は格好のいじり相手(オモチャ)なのだ。同情こそすれ、容赦する謂れはない。


このチャンス。


「逃すわけ無いでしょう…!」


「ヒィッ!?」

「いい?今日からあんたは私の奴隷よ!私に従いなさい。秘密をバラされたくなければ…処女を失いたくなければね!」

「なんでいきなり女王様キャラになってんねん!絶対嫌や!」

「大丈夫。逆らわなければ痛くはしないから」

「何させる気や!そもそも元はクラスメイトかも知れんけどなぁ、今は俺の方が上や!」

「うっさい!つべこべ言わずに」


「何やってんのあなた達…?さっさと仕事に戻りなさい」

「「あ、はい」」


中々戻ってこない私たちを心配して探しに来た上司によって、彼を奴隷にしよう作戦はあっけなく終わりを告げた。

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