誘惑シーカー
おお、おお〜〜〜!
これはいい穴場を見つけた!
まさか、こんなところにこんな良い百合の花園があったなんて!
おおっといけない、よだれが…………。
…………気を取り直して。
双眼鏡を覗くとそこには…………。
おお〜〜〜!見事に抱き合ってる!
そう、そこだ!キスしちゃえ!
キターーーーーーーーーー!
そうそう、もっとしつこく、深く求めるんだ!
いいよいいよ!
ディープなやつ、頂きました!
お互いいい感じに口から銀糸が垂れてる!
お、脱がすのか?ここは屋外だぞ!でもボタンを外して…………!
ああ、ここまで衣擦れの音が聞こえてきそうだ。
よしっ、そのまま果実にかぶりついちゃおう!
そこだ!行けーーーーーーーーーー!
「いや〜お楽しみ中のところ、本当に申し訳ございません!」
「うわああっ!痛っ!」
「あー、どうもすみません!」
顔を上げると、そこにいたのは男用スーツにサングラスを身につけた、明らかに普通の人じゃない不思議な女の人だった。
「すみませんじゃないですよ!後ろから急に話しかけるから、木から落ちちゃったじゃないですか!せっかくオイシイ所だったのに!」
「すみませーん。ところで、鹿追凌子さんですよね?」
「…………まあ、そうですけど…………」
「百合の世界を創ってみませんか?」
◆
そう言って連れて来られたのは、ほど近い喫茶店。
「私、こういう者です」
「…………大三日月流勿?」
「その読み方で合ってます」
「で?一体どういったご用件ですか?何かのスカウトならお断りします」
「ご機嫌斜めですね〜。まあ実際スカウトなのですが」
「お断りします」
「まあまあ、最後まで聞いてくださいよ〜。…………まあ簡単に言うと、我々の組織の活動理念は『百合を広げること』です」
「百合って…………ガールズラブってことですよね?」
「ええそうです。世界を百合色に染め上げるために日々活動しております。そして、私めはその財団の人事部に勤めているのです」
「…………あの」
「何でしょう?」
「『組織』なのか『財団』なのかはっきりしてもらえますか?」
「う〜ん、どちらとも言えませんねえ…………我々自体が、一部のメンバーのコードネームと顔を知っているだけの集団ですので。そもそも我々の活動理念が本当にそれなのかどうかさえ怪しいですし」
「そんな怪しいグループに入ろうとは思えません。僕はこっそりと百合シーンを見られていればそれで十分なので。さようなら」
「…………ちっ。逃げんのかよ」
僕が席を立った時、わずかにそんな声が聞こえたような気がした。
◆
喫茶店を出て、さっきの場所に戻ろうとした。
無理だった。
「…………え?」
気がつくと僕は、さっきのスーツの女性に建物と建物の間の細い路地へと引き込まれ、口に拳銃のようなものを押し込まれていた。
「さっきのがただのスカウトだと思ってんのか?これは脅迫だよ」
「ほーはふ?」
「ああ。今までお前が行なってきた盗撮まがいの趣味、サツにチクってもいいんだぞ?そしたら、お前の人生終わるぞ?こっちには証拠もあるからな」
「…………!」
そう言って銃を突っ込んだままスーツのポケットから取り出したのは、とても人には見せられない、だらしのない顔をしながら双眼鏡とビデオカメラを手にした僕の姿が写った写真だった。
これが世間に広まったら…………考えるだけで背筋が凍った。
「さあ、ウチのメンバーになるのか、ならないのか、5秒以内に決めな。ごー、よん、さん、にー」
…………もう、涙が止まらなかった。
「いち」
「は、はふぃふぃはふ!ははら、はへへふははい!」
「…………わっかりました!それでは、早速我々の拠点へと向かいましょう!もう車を呼んであるので」
◆
こうして僕は、百合好きの、百合好きによる、百合好きのための組織に加わることになった。