学園祭編6
その日の授業終了後、祐がクーデリアのところに話を聞きに行こうと立ち上がった時だった。
「あ、藤谷君。今日は学校祭の打ち合わせするから少し残ってくれない?」
後ろからクラスメートが声を掛けてきた。
「あ、わかった。」
祐はもう一度席に戻った。
そう、祐はほかのことで手一杯だったが、なんと数週間後には学校祭が控えている。第一学校で生徒が関わるものは学校祭以外にない。そのためほかの普通の学校よりも盛り上がりが強いのだ。
「さて私たちのクラスは…」
この日の話し合いはだいたい1時間だっただろうか。この日は出し物の複数の候補を出して終了となった。
それから祐は生徒会室に向かった。
呼び鈴を鳴らす。するとすぐに横のスピーカーから最近すっかり聞きなれてしまった声で「どうぞ。」と聞こえてきた。
祐が扉を開ける。
「失礼します。」
「あら、祐くんでしたか。祐くんの学生証でしたらパスできるようにしてありましたのに。」
この学校のいくつかの部屋はパスか内部の開錠権限の持つ人間が開けない限り開かないようになっている。そのうちの一つが生徒会室だ。
「そうだったんですか。まぁだとしても今日はまだ役員ですらないので。」
「ふふ、そういうところはきっちりしてますね。」
クーデリアは上品に笑っていた。
そして祐は気が付いた。今生徒会室には祐とクーデリア以外の人がいない。
「クーデリアさん以外の人はどうしたんです?」
生徒会室は真ん中に会議用の大きな長方形の机があり、扉から見て右側に生徒会用のデバイスや資料が置かれた棚、その反対側に事務処理用の固定端末が3台ある。そして一番奥に生徒会長用のデスクが用意されている。クーデリアはそのデスクにいた。
「私以外の役員はみなさんクラスの会議だそうですわ。」
クーデリアが言うまでもない話だった。自分もそれでこの時間になったのだ。そしてクーデリアがここにいるのは自分のためと生徒会長という役職のためだろう。
「手続きは終えておきましたので、あとはここに署名だけお願いします。」
そういうとクーデリアは手持ち端末をもって祐のもとに来た。そこには祐が生徒会副会長になるという文言が書かれており、一番下には署名欄がある。ここに専用のタッチペンでサインをすることで署名が完了する仕組みだ。
「わかりました。」
祐はタッチペンで署名をした。
「はい。確認しました。これで晴れて生徒会副会長です。」
クーデリアは両手で端末を抱え込み笑顔で首を傾けた。
そのとき後ろの扉が開いた。
「おはようございますー」
「おはようございます。」
初めのあいさつは緩め、そのあとのあいさつはきっちりとしていた。
この生徒会にはどうやら挨拶には「おはよう。」を使う風習があるようだ。
緩い挨拶だったのが生徒会書記の中条万里香。きっちりとした挨拶だったのが生徒会会計の沢渡真だ。
「2人ともおはよう。早かったね。」
「会長1人に任せるのも酷ですから。」
万里香の言葉には語尾に音符が付いていそうだった。
「それより会長、彼はどなたです?」
「紹介するわね。彼はうーんどっちの名前がいいかしら。」
「クーデリアさん、自己紹介くらい自分でしますよ。」
祐は振り返って一礼した。
顔を上げると真がムッとしていたが理由がわからないので見なかったことにすることにした。
「自分の名前は西城祐です。昨日までは藤谷祐で学校には届けていましたが。今日から生徒会に副会長として入ることになりました。よろしくお願いします。」
祐はもう一度一礼した。
顔を上げると目の前にあったのは驚きの顔だった。
「…会長。副会長とはどういうことですか?」
真が驚いたままクーデリアに尋ねた。
「そのままよ。彼には今まで空白だった生徒会副会長に就いてもらうことにしたの。」
「…彼はまだ1年生ですよね。1年生に副会長を任せるのはどうかと思うのですが。」
真の横では万里香がうんうんとうなずいている。
(西城という名前は気にしていないのか。)
「うーん、まぁ普通ならそうなんだけど。もともとの能力も高いし問題はないと思うよ?」
ここまでクーデリアはほとんど敬語を使っていない。普段いつも使っているのにここで使っていないところを見るとここは彼女にとって安らぐ場所のようだ。
「ですが…」
「もういいじゃん。会長が入れるって言ってるんだから。」
さっきまでうなずいていた万里香が真を止めに入った。
「西城君?それとも、」
「祐でいいですよ。」
「そう、じゃあ祐くん!よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
この人とはすぐに打ち解けられそうだ。祐はそう思った。
「…よろしくお願いします。」
反対に真はほとんど目を合わせないようにしていた。
この人とは苦労しそうだ。祐はそう思った。
「クーデリアさん、ほかのメンバーは?」
「あ、言ってませんでしたっけ。メンバーはこれだけですよ。」
「!?」
祐は言葉にならない驚きに襲われた。
この学校の生徒会はかなりの部分で学校運営に関わっている。その処理をするのに今まで3人でやっていたというのだ。その負担もさることながら実行できていたということが驚きだ。そしてこの3人はすべて学内成績でみても常にトップクラスにいるような人たちだ。生徒会だけに時間を取られているということもない。
「西城。」
真が初めて目を合わせた。
「はい?」
「ここは生徒会で彼女は生徒会長です。会長のことを名前で呼ぶのは避けるべきだと思いますよ。」
その口調はかなりよそよそしいものだ。祐は打ち解けるためのレベルを上方修正した。
「あ、すいません。気を付けます…」
祐が素直に謝ると後ろからクーデリアが爆弾を投下した。
「いいんですよ。彼は私の主ですから。」
「ちょっとクーデリアさん!?」
前の2人は唖然としている。
「…それはどういうことですか?」
祐は大きくため息をついた。
クーデリアは笑顔で解説を始めた。
「彼は東峰と対を成す西城家の本家の人間です。そして本家の人間には1人護衛として従者が付くのですが彼の場合はそれが私と言うことです。」
「会長が護衛!?」
驚いたのは万里香だったのだろうか、真だったのだろうか。
「はぁ…どうして言っちゃうのかな…」
独り言のつもりで祐は言ったのだがクーデリアには聞こえていたようだ。
「どうせ隠せることでもないですよ。」
「…それもそうですね。」
「…クー、会長の言った通りです。自分は西城家の人間です、というより今日なりました。そして本家が付けた護衛が会長と言うことです。だからと言って何かするということもないのですが同じ部活にいるべきという校長の判断もあってここに入りました。」
「なるほどーそれは大変だね。何かあったら私も協力するよー」
万里香はすぐに理解?したようだ。
一方、真はまだ理解し切れていないようだった。
「さて、学校祭も始まるから忙しくなるわよ。みんなよろしくね。」
クーデリアの一言で全員が仕事に向かった。
祐もクーデリアから仕事内容を聞いて作業を開始した。
それから1時間ほどが経っただろう、外はもうすぐ日が沈みそうだ。
「みんな、お疲れ様。そろそろ時間だわ。」
クーデリアが自分の端末から顔を上げて呼びかけた。
祐は説明の時に聞いたのだが、この生徒会は普段は19時には撤収するのだそうだ。
「もうそんな時間ですかー。学園祭準備があったからあんまり進みませんでした。」
万里香が伸びをしながらそう言った。
「仕方がないわ。明日も大変だろうけど頑張ってね。」
「はーい。」
「真くんもお疲れ様。上がっていいわよ。」
「はい、お先に失礼します、会長。」
真はすぐに帰り支度、(といっても教科書などを持ち運ぶ必要が今はないので自分のデバイスを持つくらいなのだが)を終えて生徒会室を後にした。
「私もお先でーす。」
それに万里香が続くように生徒会室を後にした。
「祐くんもご苦労様。今日入ったばかりなのにたくさん仕事させちゃってごめんなさいね。」
「いえ、この程度でしたら。」
「でも今日祐くんが一番仕事量多かったわよ?」
実際祐がした仕事量はほかの3人と比べても2倍はあった。
ほかの3人が仕事を押し付けたというわけではない。この生徒会では会計と会長でなければできないこと以外は手が空いた人から片付けるという仕様だった。それに基づいて祐も仕事をこなした結果ほかの人達の2倍もやっていたのだ。
こうなった原因はただ一つ、祐の処理能力が高すぎたのだ。決してほかの3人の処理能力が低いわけではない。というよりほかの生徒たちの3倍は速いはずだ。
「この程度でしたらいつでもやりますよ。」
祐は特に自分が特別なことをしたとは思っていなかった。
「それよりも暗くなりますし帰りましょう。」
「そうね。」
2人は帰り支度をすぐに終えて生徒会室を後にした。
さすがにこの時間になると校内に残っている生徒は少ない。外では部活がまだ行われているところもあるだろうがそれももうすぐ終わることだろう。
学校を出て校門に向けて歩いていたクーデリアは横の祐の異変に気が付いた。
「祐くん?どうかしました?」
「…え?」
「なんだかうかない顔をしてますよ。」
祐はいつも通りにしているつもりだった。実際ほかの人なら祐の異変に気が付くことはなかっただろう。
「すごいですね、クーデリアさん。…明日のこと考えたら少し気が重くなって。」
「なるほど…まぁ仕方がないですね…生徒会の方でも何とかしてみますから。」
「ありがとうございます…」
2人は明日のことを考えてため息をついた。
読んでいただきありがとうございます。今回は祐が生徒会に入るという話になっています。そして新しい環境と言うことで新キャラも登場しました。中条万里香、沢渡真の2人です。この2人ですが、書いた通り校内では指折りの実力者です。今回の検定も万里香のほうは出場していました。真の方は戦闘というより研究の方がメーンなので検定には出場していません。ですが真の方も戦えばかなり強いです。
次回は祐のことが学校中に知れ渡る模様を書きます。よければ見てください。
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