検定出場編3
放課後、昼食を取れなかった祐、凛、アリシアの三人は4講義と5講義の間に急いで昼食を取った。法歴300年の今日、義務教育と言われる年齢以降の授業はほとんどが午前3講義午後2、3講義となっていて、1講義あたり90分となっている。
今日は残念なことに午後に3講義あった。
「はぁ…疲れた。」
「申し訳ありません、祐さま。私のせいで昼食を取る時間が無くなってしまいました。」
「いや、アリシアのせいじゃないよ。もちろん凛のせいでもないからね。」
アリシアをかばって、横にいる凛が何か言いそうだったので続けてフォローを入れた。
そしてこの後はアリシアに学校を案内することになっている。
三人は軽い会話の後校舎を見て回った。
この第一学校は地上5階、地下2階建てになっている。地上5階はなかなかないが、第一次魔天対戦の後、避難場所的な意味も込めて地下に施設を作ることが多くなった。
祐や凛の通うクラスはその4階にある。2、3、4階には各教室がある。1階は演習場や実験室が主で5階には生徒会室や職員室など学校運営にかかわる部分が占めている。
「…という感じなんだけど、一通り回ってみたけど質問はある?」
「いえ、大丈夫ですわ。それよりも、」
アリシアは体を180度回転させて後ろに居た凛を見た。
「なぜ、あなたまでついてきているのですか?」
凛は今まで言われていなかったことを急に言われてたじろいでしまった。
「な、なんでって…
えっと…祐に一人になるなって言われたからよ!」
「それは本当ですか?祐さま。」
アリシアが祐をじっと見つめる。
「うん、本当だよ。最近俺たちをつけている奴がいるみたいだからさ、一人になるのは危険かなって。」
「なるほど。それでその正体はわかっているのですか?」
「いいや、昨日襲われたけど何もわからなかった。しいて言うなら加速魔道の使い手だね。戦闘経験はほとんどないと思う。」
「顔などは見られなかったのですか?」
「うん、周りも暗かったし、フードをかぶっていて見られなかった。」
「そうですか…
まぁ、祐さまにお怪我がないのならいいです。さ、早く次に行きましょう。」
そういうとアリシアは祐の腕に抱き付き凛を見て悪い笑みを浮かべた。
この第一学校の総敷地面積は20haもある。大戦後、焼け野原となった町を復興という名目で整理し、この広大な敷地を確保したのであった。
この広大な敷地を生かして、たくさんの施設が併設されている。
まず、魔道の発動に必要なデバイスを売るショップ。
たくさんの文献が収められている図書館。
多種多様な部活が出来るようにグラウンドやプールなども何か所もある。
さらに、演習用の森まで作られている。
このようにだいたいのことは敷地内で済ますことが出来てしまう。
しかし、デバイスとは本来魔道を発動するためのものであり、勇の使っている警棒のようなものは特殊だ。そういうものは敷地外の専門店で買うか、デバイスメーカーにオーダーメイドで頼む必要がある。
「…という感じだね。まぁアリシアくらいならデバイスが無くても魔道を使えるからショップのことはいいか。」
魔道を使うにはデバイスがいる、これは一般的なことであり、高レベルのウィザードの中にはデバイスを用いずとも魔道を使えるものも少なくない。
「いいえ、簡単な魔道ならデバイスなしでも使えますが、複雑なものはやはりデバイスを用いたほうが早いですわ。
そうだ!今度祐さまの普段いかれているデバイスショップを紹介してくださいな。」
祐に抱き付きながらアリシアはこう言った。
敷地内を案内している間に凛が一度離したのだが、隙を見せるとすぐ抱き付くので凛もあきらめたのだった。
抱き付かれている祐は終始困った顔をしている。
「ごめん、俺のデバイスは特注なんだ。」
「そうでしたか…ということはもしかしてチューニングもご自身でおやりになられているのですか?」
「そうだよ。こんなデバイスをチューニングしてくれる人はなかなかいないからね。」
チューニングとはデバイスに魔道を発動するための構築式を保存したり、その人に合わせるようにマクロを改造することだ、これを行うにはデバイスの原理を完全に把握し、マクロの言語の意味も把握する必要があり、なかなかできることではない。
「すごいですわ。ぜひ私のデバイスも今度見てくださいな!」
顔を近づけられて少しのけぞりながら祐は「わ、わかった今度ね。」と言ってこの日はお開きとなった。
校門をでるとそこにはアリシアを迎えに来た車が停まっていた。さすがはウィンガルド家のお嬢様だ。
「…では、名残惜しいですが、また明日。」
「また明日ね。」
窓から顔を出して手を振るアリシアを見送ってから祐と凛は駅に向かった。
これで今日の厄介ごとは終わりだな、と祐は考えていた。
しかしこういう時に限って厄介ごとは立て続けに起きるものだ。
最寄りの駅について家路を急いでいた時にこれは起きた。
昨日からの疲れと今日のアリシアの件で祐の集中力はかなり散漫になっていた。
そのため後ろから近づいてくる気配に気づくことが出来なかった。
さらに凛はもともと気配を察知するなどを得意としていなかったのもまた対処の遅れた原因だろう。
人通りの多くない道で祐たちはフード姿の男に襲われた。
祐が気づいた時にはもう5メートルの距離だった。
そして5メートルは男の射程距離だった。
男が祐に対して(・・・)ナイフを振り下ろした。
それを寸前で相手の手首をつかんで止めた。
男の行動は早かった。腕をつかまれたとなるとすぐにつかまれていない左手でデバイスを操作した。
発動した魔道はごく簡単な気流操作の魔道だった。
しかし、この至近距離で気流操作で作られた空気塊を受けた祐は軽く数メートル飛ばされた。
「くぅ。」
祐が地面に激突したことでうめき声をあげた。
「祐!」
凛は咄嗟に祐の方を見てしまった。これは戦闘状態では大きな隙につながるのだが戦闘訓練を受けていない凛にそれを求めるのは筋違いだろう。
その隙を相手が見逃す訳もなく、凛は両手をつかまれて路上に倒れこんだ。
「きゃあ!!」
凛は大きな悲鳴を上げた。
祐もそれを黙ってみていたわけではない。右腰のデバイスを操作し、凛が倒れた瞬間には男に詰め寄っていた。
そして、男の顔目がけて膝蹴りを入れる。
今度は男が数メートル吹き飛ぶ、その衝撃でフードが取れた。
「凛、大丈夫か!?」
「う、うん大丈夫。あ、あの男どこかで…」
凛が顔を下に向けて考える。倒れていた凛はすでに祐によって起こされている。
「あ!あいつこの前私を学校でつけてて、風紀委員に捕まったやつだ!」
それを聞いて祐は肩を落とした。ただのストーカーだったのだ。なにか事件に巻き込まれたのかと考えたのがあほに思えた。(ストーカーも犯罪に変わりはないのだが)
しかし、これで戦いにくくなった。一学生をストーカーの理由だけで気絶させるのはまずい。
さてどうしたものかと考えることで注意力がまた散漫になっていた。
男は鬼の形相で祐に飛び掛かってきた。魔道込みで。
しかし男が祐にナイフを当てることはできなかった。
飛び掛かった瞬間に凛が相手に加速の魔道をかけてさっきの膝蹴り以上の距離を飛ばしてうつぶせに倒れた。男が地面に落ちた瞬間、鈍い音が聞こえた。おそらく肋骨の1,2本は折れてしまっただろう。
ここからの祐の対処は早かった。倒れた男にすぐさま近づき相手が身動き取れない状態にする。(もちろん話はできる程度には緩めている)
「お前、この前も俺を襲ったな。目的は何だ。」
「お、お前みたいな最下位が東峰さんと一緒に居るべきじゃない!」
祐は相手の言っていることを理解するのに数秒を使ってしまった。
そしてほどなく警察が来て男は連れていかれた。
また取り調べを受けたのだが今回は街頭カメラに襲い掛かる様子がばっちり映っていたのでそこまで長くならなかった。
これは後から聞いた話だ。
祐たちを襲った男はその後の取り調べに対して「最下位は東峰さんと一緒に居るべきじゃない。」とだけずっと言っているらしい。はじめは混乱しているだけかと思ったが、次の日もその次の日も同じことを言うので詳しく検査をするとマインドコントロール下にあったことが判明したそうだ。
事件のことはすぐ学校中に広まった。
捕まった男は成績はそこまでよくなかったが加速の魔道に関してはかなりの使い手だったらしく、それを止めた俺のことを聞いてくる人間がたくさん来た。また面倒事が増えたとため息をついた。毎日新聞部などのゴシップ好きが根掘り葉掘り聞いてくる。内容は祐がどこでそんな技を身に着けたのかだった、しかし実際の記事を見てみると見出しは最下位の少年、ワンコーラムの少女を身を挺して守る!と書かれ、記事の内容は俺と凛が恋人関係だとか嘘もふんだんに盛り込まれたものになっていた。次の日から別の事でも聞かれることが増え、校内で色々な人間、(ほとんどが男だ)に睨まれる機会が多くなった。まぁ睨む以上のことをしてこないので放っておいた。そしてそういうのも1週間もすれば終わるものでこれで面倒事の類いはなくなった。(凛とアリシアのケンカ?は毎日あったが毎日の事だったので慣れてしまった)そして数週間がたち暦は9月に入った。
その数週間は祐にとって有意義だった。この件で校長から演習場の優先使用権が与えられた。(あとから何かありそうな気もしたが)使えるものは使うのが祐の主義だったので遠慮なく演習場を使って技に磨きをかけた。祐の家でも演習はできるのだがやはりここは学校だ、家では映像相手に戦うしかないがここでは実際に的だが切ることもできた。
図書館で研究もできたのでデバイスのチューニングの知識もかなり深まった。
だが数週間でこの有意義な日々は終わってしまった。
9月1日、例のごとく朝に校長に呼び出された祐は凛とアリシアの二人を連れて、(この二人も呼ばれていた)会議室に来ている。扉を開けると居たのは数名の生徒、たしか検定に出場する生徒だ。(今回の検定は出場人数が9人までとなっていると前日に発表され出場選手も即日発表された。)その中にはもちろん権堂の姿もあった。権堂は一度祐を睨むとすぐ前を向きなおした。
「やぁ、御三方よく来てくれたね、適当にかけてくれたまえ。」
三人は校長から遠い後ろの方に座った。
三人が座るとすぐに校長が話し始めた。
「今回の検定の詳細な要項が昨日届きました。しかしここに書かれていたのは今までとは違いすぎるものでした。」
校長がかなりまじめな態度で話しているなどと失礼なことを祐は考えていた。
顔には出していなかったつもりなのでばれてはいないだろう、校長は気づいていたが。
それはさておき、
「変わったというより違うものとみるべきです。対戦方式というのは前に説明した通りです。その対戦方式が少し変則的でした。まずは1対1の対戦方式が出場者全員のトーナメント方式で行われます。そしてトーナメント終了後1日を開けて今度は3対3の対戦がこれはブロック方式で行われるというのが今回来たものです。」
この発表はその場に居た9人にかなりの衝撃を与えた。検定は今まで指定された魔道をどれだけの規模で行使しそのキレを見ていただけだったのに今回のは完全な対戦だ。1対1ならまだしも3対3など完全な戦闘を想定している。この点から見ても対戦が近いのだと感じる。
組み合わせはすぐに決まった。祐は完全な近接タイプ、凛はどこでもそつなくこなすのでミドル、アリシアは遠距離魔道にかなり精通しているとのことなのでこの三人が組むことになった。ワンコーラムを2人も入れるのはどうなのかという議題が持ち上がったが凛とアリシアが強情にも祐と組むと言ってきかず誰も止められなかったのでこの組み合わせになった。
そして次の日から練習が早速始まった。凛やアリシアはもともとできるからよかったが祐は魔道がかなり苦手だった。毎日かなりの時間しごかれてへとへとになっていた。
そのおかげで祐の能力はかなり向上した。使える魔道も3種類から増えて加速を応用して跳躍もできるようになった。(この学校の生徒はだいたいできるので今さらなのだが)
今回は学校を代表していく形になるので結団式なるものが催された。
祐が壇上に上がるのは初めてだった。次々と代表選手の名前が呼ばれ、呼ばれるたびに拍手が起きる。特に凛とアリシアの時は熱狂的な声援が送られた。アリシアがこの学校に来てまだ1ヶ月程度なのにこの声援が送られるのはさすがだと祐は自分のことを棚に上げて考えていた。そして祐の名前が呼ばれた、すると「英雄頑張れよー」などの声が上がった。まさか自分の時にそんな声が上がるとは思ってもいなく、かなり動揺した。
「(っていうか英雄ってなんだよ)」
心の中で思いっきり叫んだ。
そして校長からのあいさつ、生徒会長からのあいさつが終わり、選手を代表して凛があいさつして式が終わろうとしたそのときだった。
読んでいただきありがとうございます。今回は少し設定の説明が多めになってしまいました。すいません。この手の話を考えるとどうしても説明的になってしまうときと会話ばかりになってしまうときがあるのが自分の欠点だと思います…
次回で検定出場編は終わり、検定編へと行く予定です。出場と言っているので開会式辺りまで書こうかと思ったのですが、そうすると6辺りまで行きそうだったのでこの辺で切ろうと思います。
コメントや評価を頂けると嬉しいです。よければ次回からも読んでください。よろしくお願いします。