検定編17
だがその慌てた様子もホテルを出るまでだった。
ホテルを出るとそこにあったのは黒い1台のバイクだった。駅にある個別車両とは違い自分たちで運転ができる代物だ。さらに見た目ではわからないがこのバイクは軍が用いることが出来るほどの素材を用いて作られているためそう簡単には壊れない。
祐は鍵を渡されていた。そのため何の躊躇もなしにその車の運転席に乗った。
今世紀においてバイクの免許は大型を除き中学課程修了以上が取得の条件になっている。年齢ではなく課程なのである。
祐はもちろん免許を取得している。しかしクーデリアは取得していなかった。
その結果、
クーデリアは再三「私は別の手段で行きますから。」といったが、祐が「そんなわざわざ無駄なことはしないでくださいよ。」と言うと少し不服そうながらも後ろに乗ることを良しとしたのだった。
「申し訳ありません…よろしくお願いします。」
「あぁ、気にしないでくださいよ。」
クーデリアは恐縮そうな表情を変えることなくバイクにまたがり祐に軽くしがみついた。
祐の背中に二つの好ましい感触が感じられたが今それを言うと緊張感が皆無になってしまいそうなので何も言わないことにして出発した。
現代は基本的な主要施設までは個別車両で行くことが出来る。そしてその主要施設の周りにある場所にはほぼ徒歩10分程度で行ける範囲にある。だが今回目指す場所はその圏内にはなかった。それは平屋建ての家のような風貌をしている。そして周囲には山がある。だがその雰囲気は町中にあるようなものではなかった。
「ここは隠す気がないのか…?」
「というよりもかぎつけられるという予測をしていないのでしょう。地図にも載っていないのですから。」
実際ここは地図に載っていない。まぁ成層圏に設置されているカメラなら発見はたやすいだろう、だが見つかったところで山小屋程度にしか思われないだろう。
「…それでも地図に載っていないなら見つかった時点で役人が着てもおかしくないはずなんだけどな…」
「相手はテロリスト程度の人間たちです。そこまで頭が回らないのでしょう。」
予想外の辛口に祐は絶句してしまった。
「ははは…おっとそろそろ時間ですね。」
「そうですね。」
2人は端末の時間を見てうなずき合う。
バイクを影に隠し、2人はその家に正面から向かう。
その道中だった。
「あれは警備のやつかな。」
「のようですね。」
2人は一本だけ続く道を進んでいたところで4人の民間人風の人間を発見した。
だがその4人は見る人が見ればガードだとわかる体格をしている。
「さて、派手にやりましょうか。」
「そうですね。それが誘導としてはいいでしょう。」
その言葉を合図に祐は加速の魔道を使い一気に敵の前に飛び出した。
敵はかなり驚いた様子だがそれは祐にとってみれば拍子抜けするものだった。
敵はいつ来るかわからないものだ。そしてそれがウィザードということだって大いにあり得る。つまり祐のように加速の魔道で飛び出してくることだってあるのだ。なのにもかかわらず祐が飛び出したことに驚いているとはガード失格もいいところだ。
クーデリアが裏に控えて攻撃の用意をしているのだがこのレベルの敵なら助けなんて祐は必要しない。祐はわずか数十秒で4人の敵を昏倒させた。
祐が敵を倒す際に放った殺気を解くと裏からクーデリアが出てきた。
「祐君流石ですね。でも私が魔道を使った方が派手になったのではないですか?」
「まぁ…そうかもしれませんね。でも倒しちゃいましたから。」
祐は苦笑気味にそう言った。
「さて、さっそと踏み込みましょう。」
祐はこれ以上言われると自分が戦うのが楽しくなってしまったことがバレてしまいそうだったので足早に家に向かって行った。
家の前に着くとそこには殺気よりも強そうな、というかウィザードが2人待ち構えていた。
「あれはさっきよりも強そうですね。」
「そうですね。私が気を引きますのでその隙にお願いします。」
「わかりました。」
祐がうなずくとクーデリアもうなずいた。
「ではいきます。3、2、1」
祐は1のカウントで加速の魔道を発動させた。
0のカウントを言うことなくクーデリアは雷撃の魔道を見た目を派手にして敵のウィザードに放った。それは見た目からすれば威力が高そうに見えるがウィザードが見れば威力が高くないことは一目瞭然だろう。
それに気が付いた敵2人は簡単な障壁を展開しそれを防いだ。
祐の狙いはそこだった。
祐がそのまま飛び込めば強固な障壁を展開される可能性が大いにあり得る。
だが威力の低い魔道で攻撃すれば敵は魔力の消耗を抑えるために障壁の強度を下げるだろう。そして障壁を2重に展開することや解除して張り直すことは前者は相当な魔力、後者は祐のような“カリキュレーター”でなければ処理が間に合わないだろう。
相手がカリキュレーターではないという確証はなかったがカリキュレーターは基本的に少ない種類の魔道しか使えない傾向がある。だが相手の持っているデバイスがチラッと見えたがそれは大量のマクロを登録できるタイプの汎用型だった。
その点から祐はこの作戦を実行に移した。そして相手は普通のウィザードだったのようで祐が飛び出した瞬間片方は回避、もう片方は障壁を創り直そうとしたが間に合うことはなく一撃で祐に倒された。
2人は言葉を交わすことなく家の中に堂々と入っていった。
玄関から侵入し、奥の明かりのついた部屋に入った瞬間に2人を待っていたのは実弾の嵐だった。だがその弾丸は一発たりとも祐たちには命中することはなかった。弾丸はすべて放った敵に跳ね返って命中した。
“反射障壁”障壁に加わった力をベクトルとして反転する障壁だ。これは障壁の魔道の才に秀でているだけでなく加わる力以上の力を発揮できる魔力、さらに支配力が必要となる高等魔道だ。
これを発動したのはクーデリアだ。祐が見た彼女の戦闘はテロリストが侵入した際に扉を破った光剣だけだ。その時点で高ランクのウィザードだとは思っていたが、5人が放ったマシンガンの弾、軽く100発は超えるだろう、をすべて跳ね返すほどのリフレクターを張れる魔力と支配力は凛やアリシアを軽く上まっているかもしれない。
こう考えながらも祐の手は止まっていなかった。いくら弾を反射したとしてもそれだけで勝てる相手だとは思えないので祐は傷の浅い敵を重点的に昏倒させていた。
「さて、親玉はこの奥かな。」
「そうでしょう。」
祐とクーデリアは倒れて血まみれになっている敵に気を止めた様子もなく奥へと続く扉に手を掛けた。
祐たちは奥へ続く扉に手をかける前から奥に今までとは比べ物にならない魔力を感じていた。
そしてそれはドアノブに触れるといっそう大きく感じた。
「…これはかなり強そうですね。」
「そのようですね。どうします?この場から攻撃をしましょうか。」
「うーん、どうやら相手から出てきてくれるらしいよ。少し下がりましょうか。」
クーデリアは的が扉からでてくるのに気がつきはしなかったが魔力が近づいてくるのは感じ取ったようで祐の提案の通り扉から離れた。
そのあとすぐに扉が開いていった。
「さて、親玉のお出ましだよ。」
その開いた扉からでてきたのは白衣の男とスーツの男の二人だった。
そしてその白衣の男はかけた眼鏡を一度クイっとあげて語り出した。
「やぁこんばんは。君は…藤谷祐くんだね。それにその横にいるのは…ごめんね、わからないな。」
「いえ、祐くんほど有名ではないのですから。お気になさらず。」
「そうかい、でも君の魔力は相当高いと見えるけど?」
白衣の男は口許に笑みを浮かべた。
「いえいえ、それほどでもないですよ。」
クーデリアも同様の笑みを浮かべた。
祐とスーツの男はその間ずっとその様子を静観していた。
それに気がついたように白衣の男は祐に話しかける。
「おっと、すまないね君を蔑ろにしていたよ。藤谷くん君の用事はなにかな?」
祐は閉ざしていた口を少しばかり開いた。
「言うまでもないと思いますが?」
「それもそうだね。でも僕はこれをやめるわけにはいかないんだよ。」
「そうですか。それは困りました。」
祐はただ白衣の男を見つめてそういった。
「お引き取りは…願えないのかな?」
「ええ、無理な提案ですね。」
「そうかいそうかい、じゃあ仕方がないね。竜胆君。」
「はい。」
そういってスーツの男が前に出てきた。
「ここは俺がいきます。下がっていてください。」
クーデリアはなにか言おうとしたが祐はそれを手で遮った。
祐は腰から光剣を取り出した。
すると相手も懐から光剣を取り出した。
「やっぱりか。嘘はいけませんよ。」
それを聞いたスーツの男(竜胆)は少し驚きその後笑みを浮かべた。
お互いに光剣を抜刀して構えた。
祐は剣を少しからだの後ろに下げて突撃体制、竜胆は剣をしたに下げてそれを向かい打つ体制だ。
窓の外で強めの風が吹いた。
その瞬間両者ともが眼にもとまらぬ速度で駆けた。
キーンという金属同士がぶつかる音が鳴り響く。(ちなみに光剣同士がぶつかる時金属音がなる仕組みは今だわかっていない。)
二人は大きく後退し壁際によった。
「クーデリアさん。僕が彼の注意を引きます。その隙にターゲットを始末してください。」
「で、ですがそれではあなたの名が。」
「彼の強さはターゲットの比ではないです。俺では足止めが精一杯です。」
「…わかりました。」
二人はこの会話を小声でした。
そして祐は最後のクーデリアの言葉を聞いて笑みを浮かべてうなずいた。
会話が終わるのを待っていたかのように竜胆が祐に攻撃をしかけた。わざと(・・・)クーデリアから気をそらすように。
二人はつばぜり合いではなく剣の打ち合いを続けた。それは下手なウィザード同士の試合よりも激しいものだった。何度も金属音が鳴り響いた。そしてそれはクーデリア背後に回り込む音を完全にかき消していた。
祐と竜胆が激しい剣技の応酬をしている。だが二人とも傷を負っていない。
だが二人の顔は真剣そのものだった。だがその顔も長くは続かなかった。
「うわぁぁぁ!」
その声は祐のものでも竜胆のものでもましてやクーデリアのものでもなかった。
それは白衣の男のものだった。
その声を聞いたとたん二人は剣を振るうのをやめた。
そして二人は白衣の男をみた。
「お、おまえら…本気で戦ってなかったのか…?」
「ほう、それはわかったのか。だが俺たちが剣を振るうのをやめるまで気がつかないのは三流もいいとこだな。」
これを言いはなったのは竜胆だ。
「き、貴様ぁ…」
「口調が変わってるぞ。」
そういうと竜胆は光剣を肩にかけて白衣の男に向かう。
「や、やめろ…やめてくれ…」
竜胆は剣を振りかざした。
「ひいぃぃぃ!」
白衣の男は両手を頭の上に掲げた。
だがその腕を剣が引き裂くことはなかった。
竜胆の腕を祐が止めていた。
「…君たちの目的もこの男の始末のはずだったが。」
「あぁ、だがこいつにはまた聞きたいことがあるんでな。」
フッと竜胆が笑った。
「そうか、なら後は任せよう。」
そう言い残して竜胆は去っていった。
それを見届けると祐は侮蔑の顔で白衣の男を見た。
その男はクーデリアによって縛り上げられていた。
「さて、色々聞きたいことはあるがとりあえず。」
祐は一歩前に出た。
男にはそれが処刑人の一歩に思えたのかもしれない。
「お前の雇い主は誰だ?」
この手の人間が黒幕であるはずはない。黒幕が表舞台にでてくるのは良くも悪くも最終段階くらいだ。
「…ウィリアムソー。」
「真名は?」
「王曹操…」
それを聞いたクーデリアは顔をしかめた。
「あなたは王曹操ではないと…?」
コクコクと男はうなずく。
祐はそれを知っていたかのように何も言わなかった。
「さて裏はとれた。もういいよ。」
祐はスッと振り返り出口を向いた。
それを見て男はホットしたようだった。
がその瞬間叫び声が上がった。
そのあとその部屋には二人以外には誰もいなかった。
次の日、予定通り表彰式が行われた。
(本当は決勝があるのだが凛は戦える状態ではないので祐の不戦勝となった)
優勝藤谷祐。準優勝東峰凛。
そして次の日からの団体戦の中止も発表された。
これは凛やアリシアのように負傷している人が多数いることのほかに第五学校がすべての試合を棄権してしまったことがあったからだ。
そして今祐は自分達のではないホテルにいる。
「昨日はお疲れさまでした。クーデリアから大方のことを聞きましたがまさか裏から攻めいることなく終わらせるとは思いませんでした。」
「いえ、その程度の相手だったので。」
明日香の問いに祐は平然と実際の理由とは違うものを答える。
「そうですか。では私は報告のために戻ります。」
祐は何も言わず明日香が出ていくのを待った。
そして帰り際に「また会いましょう。」といって明日香は去っていった。
「また会いましょう…か。これは面倒事が増えそうだ。」
(そうか?まぁ今回の件は俺の力を取り戻すのに使えたから俺的には満足なのだが。)
頭に声が響く。これはルシファーだ。
昨日の男が消えたのは光剣を通じてルシファーが男の存在というエネルギーを吸収したからだった。
「そういえば魔力を吸い取っただけなのになんであいつごと消えたんだ?」
「あぁ、それは簡単な話だ。こっちではまだ解明されていないことだが人は魔力によって形作られてるんだ。それを全部吸収されたってことはこの世に存在できなくなるのさ。」
「なるほどな。ということは自分の持つ魔力をすべて使い果たしてしまったらこの世にいられないってことか。」
「理論上はそうなるな。」
「理論上?」
「人だけじゃなく意志を持つものは無意識下に存在できるだけの魔力を残すんだ。」
「つまりどれだけぶっ放しても問題はないってことか。」
「まぁ一応はそうなるな。ただ…」
「ちょっと待ってくれ。誰か来た見たいだ。話はまたあとでな。」
「わかった。」
その場に現れたのはクーデリアだった。
「まだここに居たんですか。」
クーデリアの顔は不思議そうだった。
祐は明日香と話をした部屋にいたのだ。祐が西城家のことを良く思ってないのはクーデリアもよく知っていることだ。その人間と話していた場所に長居しているのは少し不自然に思われても仕方がない。
「そろそろ集合ですからお迎えに来ました。」
祐はすっかり忘れていた。団体戦が無くなったことで今日の17時には学校に変えることになっていたのだ。
祐は端末で時間を確認する。そこには16時と書かれていた。
「うわぁ!もうこんな時間!」
クーデリアがくすくす笑う。
「ごめんなさい。大丈夫ですよ。ここから車で行けば十分間に合います。」
クーデリアに続いてホテルの外に出ると合ったのはいわゆるリムジンだった。
「…これに乗るんですか?」
「ええ、そうですよ。これは生徒会用に私が用意したものですから乗っても何の問題もないですよ。」
(そういうことじゃないんだけどな…)
はぁと祐はため息をついた。
「わかりました。お願いします。」
祐はあきらめてリムジンに乗り込んだ。
リムジンはやはりドライバーがいるタイプでこの前の祐のバイクと同じく運転ができるタイプだった。
その道中。
「クー、会長。」
「クーデリアでいいですよ。」
クーデリアがクスッと笑い答える。
「それじゃあクーデリアさん。例の件はどうなるんです?」
祐は一応生徒会=学校ということで名前を伏せた。
「例の件…あぁ王曹操のことですね。」
祐は面喰ってしまった。クーデリアはこれが学校の物だということをまったく気にしていなかった。つまり祐も気を使う必要はないということだった。
「そうです。今回王曹操は現れませんでしたから。戦果としてはあまり十分ではないでしょう。」
「確かに王曹操は倒せませんでした。ですが第五学校に巣くっていた輩は排斥できましたから十分な戦果かと思われますよ。」
「そうですか。それならいいのですが…」
(王曹操だけじゃない。あの竜胆という男…なにが目的だったんだ。)
祐が何か考え込んでいるのはクーデリアにはすぐにわかったがそれを問うような真似をすることはなかった。
そしてリムジンに揺られること数十分。リムジンは時間内に目的地のホテルに到着した。
「さて着きましたよ。」
祐は運転手にお礼を言ってからリムジンを後にした。
帰りのバスにはすでに祐とクーデリア以外の全員が乗っているようだった。
クーデリアとなぜ一緒に居たのか凛とアリシアに問われてそれに答えるという重労働を考えて祐は大きなため息をついた。
検定編完
読んでいただきありがとうございます。
今回で検定編は終了になります。
最後は竜胆という謎の人物が登場して終わりましたが彼はこれから少し重要になってきます。
次回の予定の話は…まだ決まってません。決まり次第書きたいと思います…そのときはよろしくお願いします。
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