検定出場編2
演習場にはだいたい上に観客席がついている。今回は学校の前で大きく宣伝をしてしまったのでかなりの人数が集まっていた。そして、最下位が9位に勝った。これによって騒めきはピークに達していた。その中には新聞部という名のゴッシプ好きもいたようであとからわかったことだがこの模擬戦のことは学校外まで知れ渡っていたらしい。
そして、倒れた権堂は起き上がるとこちらを思いっきりにらんできた。
「てめぇ、何しやがった…」
「敵に手の内を明かす奴がどこにいる。」
この言葉に権堂は顔を顰めた。
演習場の空気が重くなる。この空気を壊したのは校長だった。
「いいじゃないか祐くん。権堂くん、彼が使ったのは簡単な技だよ。君の頭の中、つまり脳だね。そこに重点的に振動を与えることで相手の意識を奪う、ただそれだけだよ。」
観客たちは「それだけか。」と思ったことだろう。しかし権堂の顔はより青ざめた。
「それだけって、相手の意識を奪うほどの威力をこいつが出せるわけがない…まさか一点に集中的に当てたってことか…」
「そういうことだ。」
「それが出来るのになぜ最下位なんて呼ばれるんだ…」
祐は後ろを向き、去ろうとしたところで校長が言った。
「検定の評価は魔道の規模、その規模でのキレの二点であって正確な魔道の行使は評価項目にはないからねぇ。」
祐はそれに何も言うことなく演習場を後にした。
そしてその模擬戦後、帰るまでにもいたるところで声を掛けられた。凛も横にいるのだが凛ではなく俺に対して興味があるようだった。この経験は初めてでかなり疲れた。横にいる凛はなぜか終始笑顔で助けてはくれなかった。
そして今は個別列車に凛と乗っている。
「はぁ…疲れた…」
「お疲れ様。」
「なぁ凛、なんで助けてくれないんだよ。」
「助けるってあれくらいのことで?良かったじゃないのみんな祐のこと認めたんだよ。」
「そうですか…まぁ凛にしてみたらあのくらいよくあることなのかもしれないな…」
「まぁ、ないことも…ないね。」
「いつもご苦労様です…」
「痛み入ります…」
2人はどちらからともなく笑いだした。
ほどなくして個別列車は駅に着いた。不思議なことに駅に着くころには疲れはなくなっていた。凛を家まで送り、家に入ろうとしたときそれは突然訪れた。
祐が感じたのは明らかな殺意。祐は咄嗟に振り返った。しかし、そこには誰もいなかった。それでも気になった祐は右腰に付けた模擬戦でも使用した警棒を取り出し、家の敷地から出て辺りを見回した。
祐の警棒には4つのボタンがついている。そこにはそれぞれ魔道のプロセスを省略する物が記録されている。一般的にこれを構築式やマクロと言ったいかにもファンタジー系の物語に出てきそうな名前で呼ばれている。
それはさておき、
祐の警棒に記録されているマクロの一つ目は模擬戦で使用した対象に振動を与える魔道だ。二つ目は対象を加速する魔道、これは先日凛を連れて高速移動した際に使った魔道だ。
三つ目は対象を遅くする魔道。これは一般的には使用されていない対象を減速させる魔道だ。なぜ一般的に使用されていないかというと、この魔道は性質上、対象が加速を生み出す起点を正確に判断しそこに魔道を行使する必要があるからだ。自分の加速軒天ならまだしも相手の加速の起点を正確に判断できる人間はそうそういない。よってこれはなかなか使われていない魔道なのだ。(自分をわざわざ遅くする意味はなかなかない)しかし対象を遅くするというのは戦闘においてかなり優位に立つことが出来る。なので祐はこの魔道を記録してある。
四つ目にはまだなにも記録されていない。というより祐には現在この三つ以外に使用できる魔道はない、(とデータではなっている)ので四つ目にはなにも記録されていない。
辺りを見回して何もいないことを確認し、家に帰ろうとしたとき祐の横を風のごとく何かが通り過ぎていった。祐が臨戦態勢で振り返ると人間ではありえない速度で男が襲い掛かってきた。
祐と男の距離は約5メートル。さっきの速度を考えると5メートルなど一瞬だ。
男はナイフで祐に切りかかった。
それを祐はなんとか警棒で受け止めると後ろにはじき返した。
すると男はまたあの速さでさらに距離を取った。
そして3秒ほどの静寂の後またあの速度で襲い掛かってきた
「やはり加速か!」
そう言いながら祐は警棒の三つ目のボタンを押し、トリガーを引いた。
すると突如男の動きが鈍くなった。その途端に男の顔に焦りが見えた。
「この程度で焦るとは三流もいいところだな。」
祐は容赦なく二つ目のボタンを押し男の背後に回り込み警棒を振るった。
さらに蹴飛ばし相手を家の敷地から追い出した。
警棒での打撃は男に確実なダメージを与えた。
祐はまだ戦闘が続くと思い臨戦態勢を続けていたが、男は祐を一瞥するとその場を去っていった。
そして1分もしないうちにサイレンの音が聞こえてきた。
いくら魔道に寛容な町とはいえ町にはいたるところに魔力センサーが取り付けられている。そこで戦闘行為レベルの魔道の行使が確認されるとすぐに警察がやってくる。そしてその警察ももちろん魔道を使う者“ウィザード”だ。警察のウィザード部隊通称“ハンター”は魔道学園を卒業した者が多く、ほとんどがエリートだ。そんなのとやりあうのは正直面倒だが、素直に取り調べに応じるのもかなりの時間を費やす。祐はこの時点で今日の晩御飯はかなり遅いと覚悟せざるを得なかった。
そして案の定、男が来るまで夕日が昇っていたのに今は月が真上に上っている。
取り調べではしつこく祐が先に攻撃したんじゃないかと聞かれた、自分の家で見知らぬ人を襲うやつがどこにいるかと内心思いながらもそれを口に出すとさらに時間がかかりそうだったので状況を事細かに説明し、それがセンサーの状態とマッチしているという確認が取れるまで3時間ほどの時間を有した。
はぁ…とため息をつきながら家の道を進む。祐が警察署に来るのは一度目ではなかった。そして前の時取り調べした奴が今回も取り調べの担当だったのも時間のかかる理由だったのだろう。
もう二度とあいつの顔は見たくないと思いながら祐はまたため息をついた。
結局この日は家に帰るとすぐに寝てしまった。
あとから考えたが模擬戦だけでなく襲われ、そして取り調べとなかなか体験できない、(もう二度と体験したくない)ハードな一日だった。
次の日、この日も凛と登校していただのだが気分がかなり重かった。
「どうしたの?元気なさそうだね。」
「あぁ…昨日、よくわからん男に襲われて、そのあと警察で取り調べ。模擬戦あとだっていうのにハードだったよ…」
「それは…大変だったね…」
凛は苦い顔で笑っている。それに祐も苦い顔で答えてこの話はお開きとなった。
と思ったのだが、校門に差し掛かる直前後ろから急に話しかけられた。
「いやぁ、昨日は大変だったねぇ、模擬戦だけでなく、男に襲われるなんて。」
その声の主は校長だった。
昨日といいこいつは急に現れるやつだ。校長としての仕事はこなしているのか疑問に思った。
「そう思うなら、なにか優遇してくださいよ…」
祐は疲れた顔で校長に返す。
「いやぁ、そうしてあげたいのはやまやまなんだけれどね、残念なニュースだ。今日魔道学園第二学校からここ第一学校に編入生が来るんだけど、そのお世話をぜひ君にという依頼が来てるんだ。」
「なんで俺なんです…?というか魔道学園って編入制度ありましたっけ…?」
魔道学園は祐や凛が通う第一学校のほかに第二、第三、第四、第五と五つの学校がある。
その学校それぞれに国からノルマが課せられている。
それは毎年100名を軍、警察への就職または研究機関に属する人材を輩出することである。そして、学校それぞれに得意分野があり、それを確認してから入学してくるため編入ということはまず起きないし、得意分野が合わない学校には編入し難いのである。
「編入制度がないってわけじゃないわよ。ただし難くて誰もしないってだけで。」
「凛くんその通り。今回は特例でね、どうしてもといわれて断れなかったんだ。祐くん頼んだよ。」
そういうと校長は颯爽と消えていった。
「ちょっと!俺に拒否権はないんですか!?」
そう言った時にはすでに校長は居なかった。これでまた苦労することになると祐は覚悟した。
そして覚悟を決めてからわずか数時間、昼休みに食堂にランチを食べに行こうと教室を出た瞬間にこれは起きた。
「さまー!」
後ろから大声で叫ぶ女子生徒の声が聞こえる。自分の名前を誰かの名前を呼んでいるが聞き取れない。
「-うさまー!!」
さらに声が近づいてくる。どこかで聞いたことのある声だが、この学校に俺のことを様付けで呼ぶ人間はいない。
…この学校には、
「今日魔道学園第二学校からここ第一学校に編入生が来るんだけど、そのお世話をぜひ君にという依頼が来てるんだ。」
もしかして…
そう考えていた矢先に、後ろから急に抱き付かれた。
「祐さま!」
ゆっくりと抱き付いてきた本人を確かめる。
金色の髪、小柄ながらもグラマーなボディ、高い声。そして、第一学校の物ではない制服。
「祐さま?」
少女は不思議そうに祐の顔を覗き込んだ。
祐は慌ててその場から1メートルばかり離れる。
「や、やぁ久しぶりだね…アリシア。」
「お久しぶりです。祐さま。」
語尾すべてに音符マークがついていそうな喋り方、そう間違いない、この少女は俺の凛以外
の数少ないの幼馴染、と言っても1ヶ月ほど俺の家にホームステイをしていたことがある
だけなのだが、の アリシア・ウィンガルドだ。
「アリシアは第二学校じゃなかったっけ…?」
「ええ、そうですわ。この制服も第二学校の物ですわ。」
そう言いながらいつの間にかアリシアは祐にくっついていた。
「だ、だよね。じゃあなんで第一学校に…?」
そう問いかけようとしたそのときだった、
後ろから猛スピードで走ってくる音、その足音が向かう先はどう考えても俺のところだ。俺
はこれから起きるであろうことを考えてげんなりした。
「アリシア…」
アリシアを知っている…やはり来たのは凛だった。
「祐さま、お昼はまだでしょう?どうです、一緒に行きませんか?」
「アリシア待ちなさい!」
凛がかなり怒った声で言った。
「あら、凛さん、女の子なのにはしたない声を出されてどうなさいましたの?」
いや、アリシア、お前もさっき大声で駆け寄ってきたじゃないか…
祐はこれを口に出すことが出来なかった。
「祐から離れなさい!」
凛はさらに怒った口調で言った。
それに対してアリシアはふふっと笑い俺の腕に豊満な胸を押し付けてきた。
「あら、あなたに命令される理由はありませんよ?凛さん。」
「祐、あんたも離れなさい。」
「は、はい…」
凛の怒りがこちらを向いた、この状況はかなりまずい。
そしてついに凛は強硬策に出た。俺とアリシアを無理やり離そうとしたのだ。
凛に無理やり離されたアリシアは凛に詰め寄った。
「あら、またずいぶんとはしたないことをしますね。」
「あんたこそその無駄にでかい胸を押し付けるなんてはしたないんじゃないの?」
「祐さまは嫌がっている様子はなかったですよ?」
アリシアがこちらを向く。凛もこちらを向くがその顔は鬼すらも逃げ出すだろう形相だ。
「い、いや。まぁ嫌ではなかったけど…」
「祐。」
「…すいません。」
凛が俺とアリシアの間に入る。さすがにアリシアも俺にくっつこうとはしなくなった。
「それで、どうした第二学校に通っているあなたがこの第一学校にいるわけ?」
「今日から私もこの第一学校の生徒だからですわ。」
「それってどういうことだ?」
聞いたのは俺だ。
「あれ校長先生から聞いていませんか?今日第二学校から編入生が来るからそのお世話を
お願いすると。」
そうだった。そういえばそんなことをあいつは言っていた。
「もしかしてアリシア、君が編入生なのか…?」
「そうですわ、祐さま。私、アリシア・ウィンガルドは本日よりここ第一学校に編入してま
いりました。よろしくお願いいたします。」
アリシアが優雅に一礼する。アリシアは名門ウィンガルド家の長女だ。長男がいるので家業
などを継ぐことは強要されていないが、礼儀作法は叩き込まれたらしい。
「…どうやって編入したの?まずもって編入は不可能じゃなかったっけ?」
「簡単なことですわ。トップ5の特権を使いましたの。」
「トップ5…?」
俺が首をかしげると、凛が驚いて数歩引き下がった。
「そうだった…アリシア、あなたランキング3位だったわね。」
「ええ、そうですわ。」
「えっと、それが何かあるの?」
2人の会話についていけていない俺が質問する。
「はい。祐さま、ワンコーラムの特権はご存知ですか?」
「うん、一部の決定を覆したり、優先的に演習場が割り振られるとかだよね?」
「そうですわ。そしてそのワンコーラムの中でもトップ5の5人にはさらに多くの特権が与えられますの。それがこの編入ですわ。」
トップ5もの実力者となればもう学校で学ぶことは数少ない、そこでほかの学校に編入してそこでしか学べないことを学べるようにしようとする制度がある。ほかにも6~9位のワンコーラムとは比べ物にならない特権をトップ5は持っている。その中でも1位はさらに特別なのだが、その特権が何かは明かされていない。
「なるほど…アリシアはランク3位なのか…
ってランク3位!?」
俺はかなり驚いた。
そしてその横で凛がため息をついている。
「祐、ほんとあんたってランキング見てないわね…」
キーンコーン
「「「あ」」」
そうこうしているうちに次の授業の予冷が鳴った。
今日は昼抜きか…ほんとに大変だ…
祐は朝の覚悟が全く足りなかったことを強く感じていた。
読んでいただきありがとうございます。前回の投稿の際にテンポが速いということをご指摘いただいたので少し遅くしたつもりなのですがいかがでしたでしょうか。
その点もそれ以外でもコメント、評価いただけると嬉しいです。
今回は新キャラを登場させてみました。主人公をハーレムキャラにするつもりはないのですが、登場させやすい方法を考えているとこうなってしまいました…
よければぜひ次回も読んでください。