検定編14
祐はそれをただ見ているだけだった、避ける素振りはおろか剣を構えることもしなかった。
凛はそれを朦朧とする意識の中で見ていた。
なんとか口にした「祐、気を付けて」の言葉もほとんど聞こえる声量ではなく誰の耳にも届かなかったようだった。
本当は祐には凛が何か言おうとしたということだけは感じ取っていたが、何を言いたかったのかまではわからなかったので届いていないということになるだろう。
なので祐は凛の方を向き一度笑顔を見せると、正面を向きなおした。
すでにヨハンは駆けだしている。
それでも祐は構えを取らない。
あと50センチメートルといったところでやっと祐の腕が動いた。
だがそれもわずか数センチ腕を開き、腕を回したに過ぎなかった。
ヨハンが右手を振るう。
その速さはやはりほとんどのものには追うことが出来ず、誰もが祐への直撃を見られず目をそらした。
結果は前と同じく祐には刃は届かなかった。
ヨハンもそれを見越していたのかすぐさま左腕で祐を切り裂こうとする。
だがそれも剣によって受け止められた。
「右、左、右下、左上、左突き、右上。」
祐はそう口にしていた。
そしてそれはヨハンが攻撃している手順と全く同じだった。
「左!」
祐は最後に少し力を込めて言うと、刃を剣で受け止める際に力を込めてヨハンを吹き飛ばした。
ヨハンはそれをさばききれず後方3~4メートル飛ばされた。
「君の攻撃は俺には当たらない。君の今の行動パターンは単純すぎる。」
ヨハンにはやはり聞こえていないようで、あくまでまだ攻撃をしようとしている。
ヨハンが再び攻撃姿勢になった。
するとさっきは何をしなかった祐が今度は腰を低くし右手で剣を頭の位置まで持ち上げ、剣を支えるように左手を添えた。
「次は俺から行く。」
ヨハンが動き出した。
やはり最初動き出すのが見て取れる程度にしか周囲ウィザードたちには見えない。(観客たちは無論すでに大半が逃げている)
だがヨハンが動き出した時にはすでに祐の姿はなかった。
ヨハンが元居た位置から1メートルの地点で止まった。
ヨハンの目は天を仰ぐようだった。
そして、そのまま地面に倒れた。
遅れるかのように、少しの血が、ヨハンの周りを赤くした。
一方祐は、ヨハンが動き始めた位置に剣を下した状態で立っていた。
「これ以上俺は君に何もしない。君の悪事を咎めることももうしない。あとは自分で考えることだ。」
祐はその場からヨハンに近づき、ヨハンの目の前でこう言った。それがヨハンに聞こえていたかは誰にもわからなかった。
祐はそのまま光剣をしまい、凛の元へと歩いて行った。
凛の近くにひざまずき、
「凛、心配かけたな。大丈夫か?」
凛がなんとかうなずくと、祐はうつ伏せに倒れている凛をダメージが無いように仰向けにすると、そのまま抱きかかえた。
凛は、それに顔を赤くして抵抗しようとしたが
「無理はするな。今の凛じゃ動くこともままならないだろ?」
祐がほほ笑みかけると、凛は顔を赤くしたまま顔を祐の胸にうずめ、なすがままにされた。
祐はそのまま控室の方へと消えて行った。
そのあと凛は駆け付けた救護隊によって応急処置がされ、アリシアと同じ病院へと搬送された。
祐は次の試合があるということで、壊れた今の会場ではなく別の会場へと移った。
まだ検定を続行するのかという話も上がったのだが、その話は議論されることもなく闇へと消え去った。
祐は控室に一人でいた。デバイスの調整はさっきの段階で万全だったのでしないことにしていた。
「よかったじゃないか。助けられて。」
祐の頭に男の声が響く。
「なんとか間に合ったからよかったが、自分でもよく間に合ったと思うよ。
ルシファー、お前の特訓は本当にあっていたのか?」
「何を言う、私がいなければ今頃あの女は八つ裂きになっていたのだぞ?」
「まぁ、そうだな。その点は感謝している。」
「だが、お前はまだ私の力を完全にコントロール出来てはいない。無理に大きな魔力を使えばまた体の支配権を取られるぞ。今度は今回よりもきつくなることは間違いない。」
「わかってるさ。そのためにもサリーには俺の魔力を管理制御してもらわないとな。」
「お任せください、マスター。」
祐は心の中で2人の人物と会話をしていた。
そこに、不意に来訪者がやってきた。
扉の前にいるのにも関わらず、入ってくるようすもなければノックをするようすもない。
部屋を間違えると言うことはないはずだ。部屋の前に決勝トーナメント出場者 藤谷祐と恥ずかしくも大きな紙に書かれて張ってあるのだから。
「もしかして会長ですか?」
部屋のそとで微かに反応があったように感じた。
「人目なんて気にしなくても大丈夫ですよ。俺は第一学校の生徒であなたはその学校の生徒会長ですから。それに誰かがいるなら俺は気がつきますよ。」
それを言うと、ノブが回りクーデリアが入ってきた。
「そうでしたわね。西城家に祐君と会うときは注意しなさいと言われていたのものでして、気にしすぎだったようですね。」
クーデリアは笑顔で祐にいい、祐は近くの席をクーデリアに進め自分はその向かいに腰を下ろした。
「それで、今日はどういった用件でしょう。」
「用がなければ来ては行けませんか?」
クーデリアがムスッとした表情で答える。
(前も思ったがこの人のこれは本性なのか?)
祐は一度ため息をつく振りをして雑念を振り払った。
「用もなく来るのならそんなに警戒しなくてもいいでしょう。」
それを聞いてクーデリアはハッとしたように見えた。
(このオーバーリアクションも演技なのだろうか…)
「その通りでしたね。自分で初めから合図を送っていましたね。」
クーデリアはごほんと一度息をつくと姿勢を正した。
「そうですね。試合まで時間もあまりありませんし手短に済ませましょう。」
今度は祐が姿勢を正した。
「今回の件はヨハン・アルフォードの件です。」
祐は頷きで了解と続きを促した。
「彼は西城家に関係していました。いえ正確には西城家の誰かの配下にあったと言うべきでしょうか。」
祐は動じていなかったつもりだったが見るものが見れば動揺していることはわかっただろう。
「西城家は俺をとりこみたいんじゃなかったんですか?」
「ええ、本家はその通りです。」
「なるほど、西城家も一枚岩じゃなくかなり複数の考えがあるってことですね。」
祐はクーデリアの一言でそこまで理解していた。
「ええ、今回のはまだ序の口でしょう。もっと悪質な手にでてくる輩もでてくるかもしれません。」
「…それは俺だけじゃなく俺の回りの人たちにも危険が及ぶかもしれないってことですか?」
クーデリアは少し下を向いて力なさげにいった。
「…ええ、その通りです。東峰さんは家柄的にも手が出しにくいでしょうが、ウィンガルドさんには危険が及ぶことは十分にあり得るでしょう。」
「今回のはそれではなかったのですか?」
祐はアリシアにはまだ危険が迫っていないと言う言葉に疑問を覚えすぐに言葉を返す。
「直接的には今回のは違うと言うことになります。
今回はヨハン・アルフォードがあなたを倒す条件としてウィンガルドさんを要求していたようです。
西城家ともなれば一富豪のウィンガルド家に対して縁談を進めることも簡単でしょうから。」
祐は両手を握りしめていた。
やはり自分のことでアリシアをいやアリシアも凛も巻き込んだのだ。第五学校の件もまだ残っている、それに加えて周りのことも気にかけなくてはいけないと言うことに他ならないということだった。
「確かにそうなのかもしれないな…
でも、それをどうにかできるから今日はここにきているんですよね?」
祐は拳を握りしめたままクーデリアの目を見直した。
「はい、絶対という保証はありません。ただあなたへの関与を弱めることはできるでしょう。」
「その方法は、俺の力をもっと示せばいい。俺に手を出すことが間違いだと思わせるくらいに。」
「はい。その通りです。裏工作などでは逆効果でしょうから、正攻法で行きましょう。」
「それで、俺が力を示す場所は…」
祐はそこで少し考えた、力を示すといっても検定で優勝する程度では効果は薄いだろう。
だがほかに手があるとは思えない…?
祐はハッと前を向いて気が付いた。
「…ここで第五学校の件を使えということですか。」
クーデリアは笑みを浮かべた。
「はい、モノのついでにできるのですから。」
「簡単に言ってくれますね…相手がどんな組織かもわかってないのに…」
そこでクーデリアは「あ!」と驚いた様子で自分の端末を取り出した。
祐はまたオーバーリアクションな人だ、と思ったがその思想は表示されたデータによってすぐかき消された。
「…これが第五学校を裏で操っている組織ということですか。」
「はい。表向きは小型端末の製造販売となっている会社ですが裏では銃や戦車、さらにはミサイルまで作ってどこにでも売るという非合法組織です。」
「ここ最近、魔道の強さが証明されてきたことで武器の売れ行きが怪しくなったからその元凶たる学生を潰してウィザード自体を減らそうということですか。」
「おそらくそういったことでしょうね。
…学生を倒したところでウィザードが減ることはないのですけれども。」
クーデリアの最後の一言はほとんど聞こえない声量だった。
祐はかろうじて聞こえていたのだが、彼女の独り言として処理して話を進めることにした。
「それで、この男が今回の黒幕と。」
「はい。表の名“王曹操”裏の名を“ウィリアム・ソー”」
「曹操とは…ずいぶんな名前がついているな…」
この祐の言葉もまた独り言レベルの声量しかなかった。
「彼は明日明後日あたりにここ周辺に視察に来るようです。」
「わざわざ自分で見に来るとは、考えが甘いのかそれとも自分の守りに自信があるのか。」
「おそらく後者でしょう。」
「俺も同感です。それで、何人ほど手伝いがいるのでしょうか。」
「4人…いえ私も含めると5人ですね。」
祐はクーデリアが参加することに始め驚いたが、彼女は今は祐のガードに事実上なっているのだからついてきてもおかしくはない。
「5人ですか、でしたら皆さんには裏から潜入してもらいましょうか。」
「全員ですか!?」
クーデリアはかなり驚いた様子だった。
祐は自分は正面から突っ込むといっているのだ。それはかなり危険なことだ。
「俺1人の方が目立っていいでしょう?」
クーデリアは驚いて声も出なかった。
祐はもうすでに王曹操のことなど頭になかったのだ、今意識は西城家を黙らせることにすべて向けているようだった。
「…確かにそうですが、1人では危険すぎます。」
そういうと祐は「うーん」と考えだして、何かを思いついたように首を動かした。
「なら、会長がついてきてください。」
「私ですか!?」
クーデリアはまた驚いているが祐はそれを気にしない様子で
「はい、その方が楽ですから。」
「楽って…その4人の中には私より頼れる人がいっぱいですよ…?」
「たとえそうだとしてもあなたの方が楽なんですよ。なんといってもあなたの隠密性は群を抜いていますから。」
この言葉でクーデリアは気が付いた。
「…つまり、祐様が危なくなるまで私は隠れていろと言うことですね。」
「その通りです。これは俺が1人で片付ける、その方がいろいろと都合がいいですから。」
クーデリアはため息をついた。
「…わかりました。もう何を言っても無駄なようですし、決行はいつにします?」
「明日にしましょう。作戦はあとで送っておきます。」
「わかりました。ではまた。」
そういってクーデリアは来たときのように身を隠そうなどとは一切使用ともせずに祐の控室を後にした。
読んでいただきありがとうございます。
今回は戦闘はなく次回からの布石になってますので物足りなさがあると思いますがご了承ください…
次回は戦闘シーンが多めになります(なるといいな…努力します)
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