検定編8
祐は今病室の前にいる。
病室の前に設置された椅子に祐はただ一人で座っていた。
その病室にいるのはアリシアだ。
病室の中にはアリシア以外誰もいない。なぜなら彼女は今面会謝絶中だからだ。
少し前までは医師と看護師がいたが処置が終わると面会謝絶の札を下げて戻っていった。
医師によると彼女は危険な状態ではないらしい。ただ受けたダメージが大きく、魔力の消耗も激しいため1日以上は目を覚まさないとのことだった。
魔力の回復は体力の回復よりも多くの時間を要する。例えると、子どもが運動会の後疲れたといっても次の日は元気だが、同じ子どもが魔道を使用した大会にでると、(まず子どもが魔道を使う大会など無いのだが)2日から3日は魔道をまともに使えない。
それくらい回復が遅いのだ。
言うまでもなく、彼女――アリシアは試合で敗れた。
ヨハンは最後出力を抑えたがそれでも至近距離で放つには威力が高すぎる炎の矢でアリシアを攻撃した。
その結果、アリシアはその場で気を失い倒れた。すぐに担架で運ばれ処置が施されたが病院についても目を開けることはなかった。
祐は試合が終わった瞬間に駆け出し、アリシアのもとに向かった。
幸い第一学校の制服を着ていたので救急車、(この時代でも救急車と消防車は消えていない)には乗せてもらえたが、当然のごとく処置室の前で待つことしかできなかった。
そして処置室から出てきたアリシアはまだ気を失っていた。
大量の魔力――さっきの場合は炎の矢を浴びせられて魔力が削られたのだ目を覚まさなくても無理はない。
祐は病室に運ばれるアリシアについていったが病室前で止められた。それからは先述の通りだ。
祐は試合後を思い出し拳を握りしめた。
アリシアに勝利したヨハンは走る祐を見て笑みを浮かべた。
そして口にはせず「これで彼女は僕のものだ。」と言った。
祐は走りながらそれを見た。そのときは腹が立ったに過ぎなかった――アリシアの事でそれどころではなかったからだ。
だが今は違う。自分でもわかるほどの怒りに祐は支配されていた。そしてその怒りは頂点を通り越していた。そのおかげで祐は冷静になっていた。
祐は基本的に挑戦的な態度は撮るが、怒りに任せて行動することはない。怒りに任せるのは自分の仲間が理由もなく傷つけられた時だけだ。そして今回アリシアは気を失うまでの攻撃をされる必要はなかった、ヨハンがアリシアに自分の強さを教えるため、祐を挑発するために過剰な攻撃をしたのだ。それがわかった今、祐はやることが自分の内で決まっていた。
「祐。」
歩いてきた凛に声を掛けられた。
「もうすぐ祐の試合だよ。アリシアのことは私が見てるから祐は行って。」
凛の顔もかなり落ち込んでいるように見える。普段喧嘩ばかりしているといっても2人は小さいころからの友達に変わりはない。
「…わかった。頼む。」
凛はビクッと震えた。祐の口調がいつもと違ってキレていることがわかったからだ。
「祐…怒るのはわかるけど冷静に…ね?」
凛にいつもの感じが無い。
「あぁ、わかってる。大丈夫自棄を起こしたりしないから。」
「うん…気を付けてね。」
祐は凛の横を通り過ぎて一度も彼女を見ることなく病院を後にした。
祐の次の対戦相手は第五学校の男子生徒だ。彼は戦闘が得意でないにしてもランキング7位に勝った猛者だ。だが祐には眼中になかった。
試合が始まる。
合図が消える前に祐は自己加速で相手の懐に入り込んでいた。
そのまま警棒、(祐は未だはじめから光剣を使うことはしない)で相手の脳を振動の魔道で揺さぶり、動けなくなったところで後ろに回り込み決定打をたたき込んだ。
試合時間はなんと1分だった。
観客からは歓声も上がらず恐怖だけが漂っていた。
試合後祐はフライングを疑われたが、魔道検知カメラ、(魔道の発動時点と発動内容を記録するもの、だが解析に時間がかかるので本当の戦闘で用いられることはない)によって記録された映像では合図がスタート、(合図は約3秒間流れ、合図が鳴った瞬間から試合開始となる)したほんの1コンマ単位の時間で祐は魔道を発動していた。
これによって祐のフライングの疑いは晴れ、Bブロックは祐の勝利となった。
これによって祐に付けられた名は『閃光』。
その名はすぐに知れ渡っていった。生徒を通じて各学校に、職員を通じて協会、さらには各名家にも知れ渡っていった。
もちろん西城家にも。
「さて、彼が余計なことをしてくれた件だが。」
ここは西城家本家の一室、周りは洋風に作られている。中央に円卓、それを囲うように5人が座っている。円卓を使用しているのはこの会議が身分の差によって発言権に差が無いということを現している。なのでここには50代を超えるものも見られれば、10代後半に見えるものもいる。
「そうですね。『閃光』に『スピードキラー』でしたっけ?ずいぶんとふざけた名前ですね。」
これを言ったのはどうみても20代にしか見えない青年。
「それもそうだが、問題は彼の名が知れ渡ってしまったということだ。」
これは50代半ば頃の男。
「そうだな。これでは彼を西城家に呼ぶのは危険だな。どこから情報が洩れるかわからない。」
これもまた別の50代の男。
西城家には東峰やウィンガルド家のように有名な、(学生も含む)ウィザードはいない。
だからといって他家よりも戦力が無いかというのは違う。ただ表に出ていないのだ。西城家は表には出ない力のある人間たちが裏で政治、軍、企業に干渉している家だ。このことは世間一般に走れていない。世間一般に西城家とは個々ではな一族として他家と張り合うことが出来るとなっている。この理由は有名な人物が出るとその人はウィザード名鑑という特に優秀なウィザードをのせた物に載る。そしてそれを作っているのは魔道協会、今までの協会の上の組織だ。そしてここの調査力は国をも上回るといわれている。そして西城家はこの魔道協会に干渉できていない。現段階では名鑑に載るような人物がいないため魔道協会は調査に乗り出せていない。(魔道協会には警察のような調査権はない)
だがひとたび西城家の人間が名鑑に載るとなると魔道協会の調査の手が西城家までおよび、裏事情までが露見する可能性がある。そのため西城家は名鑑に載るような人物を表に出していないのだ。
しかし今回祐が残した結果は名鑑に載る可能性もある事態だ。今すぐと言うことはないがここで名前が知れ渡った以上ほかの大会に出ないとなると色々疑われる。だが西城家にいるには名前が知れ渡っていてはいけない。ということは必然的に祐は西城家に入ることが出来ないとなる。(祐が入ることを望んでいるわけではないのだが)
「だが彼の持つ光剣は本来わが西城家の物。それを我らの目が届かないところに置いておくのは危険すぎる。」
「ではしばらくの間、西城家の人間が近くにいるというのはどうでしょう。」
最少年齢であろう、声も、体格も10代後半にしか見えない少年が言った。
その言葉に大人たちは耳を傾けた。
「だが、それでも武器の監視がおぼつかなくなる。」
「いえいえ、彼の周りに西城家の人間がいるとなれば近づく人間はおのずと減る。そうすれば監視も容易くなり、さらに彼身辺調査もしやすくなりますよ。
そう、彼の本来の力もわかるでしょうね。」
少年の目が光る。
周りの大人たちは一様に目をそらしている。この少年には彼らの本当の狙いが祐の力、魔法だということを知らされていなかったにもかかわらず見抜いていた。
「うむ…ではそういうことにしよう…。だが誰が行く。」
「それは彼女が適任じゃないでしょうかね。」
少年はこの場に唯一いた女性、明日香の方を見た。
彼女にもこの会議の場にいる以上発言権はあるが、彼女は一言も発していない。それは西城家において他家と違い、女性を軽視するような古く傲慢な考え方が残っており発言を精神的に阻止されていたからだった。
「…わかりました。」
明日香は下を向きながら了解を示した。
場所は戻り検定会場。
次は凛の出番だ。相手は第四学校に所属するランキング4位。近距離を得意とするウィザードだ。
ステージに入り辺りを見回す。だが目当ての人物はいない。
祐は試合後誰の会話に応じることもなく病院に向かった。そしてアリシアの病室の前に座り込むと凛の言葉すら届かなくなった。
(祐…あんな祐初めて見た…)
凛の意識はここにあらずだった。前は向いているが相手と視線が合わない。それを疑問に思った相手が声を荒らげた。
「ねぇ、もしかして女だから負けるわけないとか思ってないよね?」
さらに殺気も放っている。
凛はその殺気で自分の世界から戻ってきた。
「…そんなこと思ってないわよ。」
凛は相手を睨む。
「そう、ならいいわ。東峰凛、あの東峰の人間を叩き潰すのにそんなやつを相手にしたくないからね。」
そういって相手の女性も凛を睨み返す。
そのやり取りに観客は沸き立った。(両者とも容姿がいいというのも影響したには違いない)
(そうよね、私は今検定に出てるんだ。祐を励ますにはここで勝つのが一番だ。)
凛は力を入れた。
2人がデバイスを構える。
(この勝負絶対に勝つ!)
試合開始の合図が鳴った。
相手選手は凛に突撃した。
しかし凛はその場を動かない。
相手選手のデバイスは剣型だ。光剣ではなく鉄の剣。光剣と違い魔力を使用せずに直接攻撃が出来るが、威力はもちろん光剣より低いし、ほかのデバイスと比べても元が剣であるため登録できるマクロは少ない。多くても3つといったところだろう。
相手選手は柄の部分のスイッチを押す。剣の周りの空気が振動する。
これは祐が使っている振動魔道と同じものだ。かけているものが相手なのか剣なのかの違いだ。相手に振動を与えた場合はそのまま倒すことが出来る。それに対して剣にかけても剣は直接切れるものだから人体に対しては威力に変化はない。だが無論意味がないわけではない。
物体は基本分子や原子からなる。そしてそれに振動を与えるとその分子や原子同士の結合が緩くなる。つまり、剣を振る際に目の前に壁があったとしても振動魔道を纏わせた剣を振れば、振動によって壁の分子の結語が弱まりそのまま切ることが出来るということだ。
相手選手は凛が防御として何らかの壁を張ると予想していた。そしてそれは間違っていなかった。
だが相手は壁を壊すことはできなかった。
凛が張った壁は氷の壁。
相手選手の剣はその振動を止め氷に突き刺さっている。
「くっ!」
相手選手が剣を引き抜こうとする。
「無駄よ。」
凛がデバイスを操作する。
すると相手選手の剣によって削られた部分がみるみる凍っていく、そこに突き刺さった剣を巻き込んで。
「なに!」
その氷は徐々に剣を伝って降りてくる。もうすぐで手というところで相手選手は剣を諦め距離を取った。
観客は凛の創り出した氷の壁に感嘆と驚きの声を出している。
それは当然の物だった。魔道は自分から近くのものに対してのほうがより強い効果を与えやすい。相手は自分の持つ剣、それに対して凛は自分から5メートルほど離れた場所に壁を創った。そしてその壁が剣の魔道の力を上回ったため壁は壊れることが無かった。
つまり魔力を及ぼすことのできる力――支配力とでも言う力が凛の方が明らかに上ということだ。
それを観客より肌で理解した第四学校の選手はかなり自分がピンチであることを自覚しているだろう。
事実相手は苦虫を潰している顔だった。
しかし凛はそれだけで終わらなかった。
凛の創り出した氷の壁がみるみる壊れていく、(溶けていくではない)目の肥えた人間ならその欠片一つ一つが鋭利な刃となっているのがわかっただろう。その氷の刃が一斉に相手選手に向かって飛んでいった。
一般的に考えるとただ氷の壁を刃に変えただけに思えるがことはそう簡単ではない。魔道で作り出されたものはその魔道によって作られたという情報がもともと世界にあったものよりも強く持っている。つまり魔道で作ったものを魔道で変えるというのはものすごい魔力さらには繊細な技術が必要になる。それだけでなく、魔道で作り出したものは消えるのもはやい。情報は堅いし消滅も早い。魔道で作り出したものを魔道で武器にするというのはかなり高度なものなのだ。
それを凛は平然とやって見せた。それは観客にとって驚きと称賛を十分に与えるにふさわしいものだった。
相手選手は予備に持っていた携帯型のデバイスで加速の魔道を発動し、氷の刃をよけようとした。だがそれすらも凛は読み、相手の動ける範囲ほぼすべてに氷の刃で攻撃していた。
相手選手は結局氷の刃をかわしきれず体に浴びた。
さすがにランキング4位なだけあってそれでもHPまだ残っている。
氷の刃の雨が止んだ瞬間相手選手は駆けだした。
その動きはあまりに無防備だった。
凛はそれが相手の作戦なのではないか疑ったが、相手の顔を見てそれが違うと理解した。
顔が明らかに焦りで満ちていた。誰が見てもわかるほどに焦っていたのだ。
凛は中距離を得意とするウィザードだ。それに対して無防備に突っ込むことがどれだけ愚かか誰にでもわかることだろう。
相手選手はもう一度氷の刃の雨の餌食となった。
凛はこれで勝ったと思った。それも無理ない話だ。彼女には実戦で死ぬことを恐れない兵士となど戦ったことが無い。つまり無心で攻撃してくる相手の行動パターンなんてわからないのだ。
相手は氷の刃の雨を無理やり突っ切ってきた。
右手には炎が渦巻いている。一か八かで炎での近距離攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
凛は相手の顔に恐怖した。その顔は勝利に飢えた猛犬と化していた。せっかくの美しい容姿が台無しだ。
凛との距離およそ3メートル。
凛には相手がうなっているのが聞こえているだろう。
凛は身体に鳥肌が立った。
(もしかして祐も今こんな状態なの…)
そんなことを考えていたため残り距離が1メートルになっていた。
相手が攻撃態勢を取る。
凛はその段階で意識を戻した。
その結果、凛は咄嗟の事で制御を誤った。
今までの出力とは明らかに違う、大きすぎる魔力による氷の魔道が放たれた。
眩い光がステージを包む。
ほとんどの観客が目を瞑った。
観客たちが目を開けるとそこにいたのは下半身が凍り付いた少女だった。
その前には驚いて倒れたのだろう凛が尻もちをついている。
流石の事に審判も動揺したのだろうか結果が出るまで少し時間がかかった。
結果表示後、救護班がすぐにやってきて氷を溶かした。
だが相手選手は自分に大量の魔力が襲い掛かったのだ、アリシアほどではないだろうが意識を取り戻すのに時間がかかりそうだった。
凛はしばらくステージ上で座り込んでいた。
Dブロックは斉木の失格でランキング6位第五学校の生徒が決勝トーナメント進出を決めている。
凛の試合終了後30分ほどで勝者4名が本部テントに呼び出された。