第十四話
ずっと好きだった。いつも一緒だった。だからこれからも、ずっとずっと隣にいて、私だけが洋一の全てなんだと思ってた。
「俺……恵真の事が好きだ……」
もちろん、私も恵真の事が好きだった。一緒にいると楽しいし、どんなことでも共有できた。一緒にいれる時間が、ずっと続けばいいのにって思ってた。
「私も……洋一の事は好きだぞ……」
けど、裏切られた。私が好きだったのに。ずっと好きだったのに。恵真もそれを知ってて、応援してくれてたのに。だから……。
「おい里穂!こっちは危ないから止めた方がいいって!」
「いいから!こっちだよ!」
昨日の雨でぬかるんだ土は、歩く度に足を取られて転びそうになる。それでも私は恵真を連れて山の奥へと向かって歩いて行く。
「どうしたんだよ!お前今日ちょっとおかしいぞ!?待てって!」
「こっちだよ?ほら、こっち……」
誰にも教えてない、私たちだけの秘密の場所。そこから少し行った先にある、急な崖。
「私ね?今から死んじゃうんだ……」
「里穂……?」
ここから落ちたら助からない。こいつの目の前で死んでやる。本気で思ってた。
「洋一も、恵真も……大好きだった……」
「お前まさか!違う!昨日のあれは!」
「ごめんね?私もう……耐えられないよ……」
雨でぬかるんだ山を登った足は疲れ果て、気を抜いただけで崩れるように私は背中から落ちていく。
「里穂おおお!」
「……え?」
ドンッと背中を押され、落ちていくはずの私は逆に前のめりに倒れ、そして……。
「恵真……?」
そこに恵真はいなかった。
初めてここで恵真を見た時、すぐに分かった。だってあの時、死んだ日に来ていたワンピースだ。血塗れで、顔が腫れてても、私が見間違うはずがない。
初めは、恵真が洋一に全てを話してしまうんじゃないか、それが怖かった。だからここに人が寄り付かないように、他の人が来たときにこんな格好までして脅かした。
もう大丈夫だって思ったから、窓に鍵をしてここから出た。私が外に出た窓は錆びてて中々開かない。頑張れば開くけど、ちょっと確認しただけじゃ気付かれない。ずっとこの暗い校舎にいた私だから気付いたんだ。これでもう、誰も中には入れないと思った。
でも駄目だった。次の日、今川さんたちが窓を割って入ったと知った。しかも恵真に会ったって。恵真は喋らなかったらしい。なにも、私の事も、自分の事も。
だけど、今川さんが私たちの所に来た。そのままそっとしておいてくれればよかったのに。恵真が喋らないなら、もうそれでいいのに。今川さんは洋一に恵真の事を思い出させた。
でも信じて欲しい。私は今川さんに怪我をさせるつもりは無かった。自分が怪我をした振りをしたら、洋一は絶対もうここには来ないって確信してたから。なのに今度は今川さんが洋一を奪った。怪我をしている私から、洋一を奪ったんだ。
すぐに隠しておいた血塗れのワンピースに着替え、髪で顔を隠した。そして気が付いたら、私は今川さんに鎌を振るっていた。
幸い怪我は浅かったし、おかげで全部終わったと思ったのに、また……また今度は江守君が現れた。
分かったんだ。恵真がここにいる限り、私の苦しみは終わらない。だからもう……終わりにしよう。
「お前を消してやる!洋一を私から奪うなら!何回でも殺してやる!」
私は鎌を振り上げ、目の前にいる洋一や江守君を無視して恵真を睨む。
「死ね!死ね!死んだなら出てくるな!私に係わらないでよ!洋一を取らないでよ!お願いだから!お願いだから!」
腫れていたはずの恵真の顔が、スッと元の顔に戻っていく。血塗れのワンピースも、あの日着ていた綺麗な白に変わった。
「お願いだからそんな顔して笑わないでよ!私を!私を許さないでよおおおお!」
恨んで欲しかった。呪って、殺して欲しかった。だって私が殺したんだ。洋一と付き合っても、好きだって言われても、全然嬉しくなかった。だってそれは私が恵真を殺して勝ち取った物だから。親友を裏切って幸せになる事なんて出来なかったんだ。
「なんで怒らないのよ!なんで殺してくれないのよ!ここにいたじゃない!私はずっと!あんたがここに現れてから何回も!なのになんで殺してくれないのよ!」
洋一を失いたくない気持ちは本当だった。だけど心の中で、殺して欲しいと願っていた。あの日死ぬべきだったのは自分なんだから。
恵真がゆっくりとこっちに歩いて来る。死んだなんて信じられない程、あの日のままの恵真が。
「恵真……恵真!ごめん!ごめんなさい!ごめんなさい!」
恵真は私の目の前で優しく笑い、そして……。
「ごめ……ぎっ!」
な、殴られた……。
「泣き止めってさ、恵真が言ってる」
江守君が訳の分からないことを言っている。
「多分ね、恵真は怒ってないよ?それに俺だって、今一番大切なのは里穂、君だよ」
「私……知ってた……」
洋一が本当に私を大切にしてくれてたこと。恵真の幽霊が現れたって、洋一は絶対私を選んでくれるって。それなのに……。
「恵真、お前に言いたいことあんだけど」
江守君が恵真の前に立つ。そっか、恵真が本当に好きだったのは彼だったのか。
「出てくるならさ、高校の方じゃないか?約束したの忘れた?あっちで会おうって言ってたんだけど……」
「そ、それはどっちでもいいんじゃないかなぁ!?」
行き成り窓の外から声がしてビックリした。どうやら今川さんも来てたみたいだ。
「なんだよ、お前来てたのか……来んなって言っただろ?」
「そうはいかないよ!前も言ったけど、私がなにしようと江守君には関係ないからね!」
窓から入ってくる今川さんは、そのまま見届けると言わんばかりに机に座った。
「江守、ちゃんと言った方がいいよ。これが最後のチャンスみたいだ」
洋一が江守君を焚きつける。恵真が徐々に消えていっているのだ。
「えっと……俺さ、好きな人が出来た」
恵真は笑顔で頷く。本当に、本当に幸せそうに。
「お前の事、好きだったけどさ……これからはお前の分まで、そいつの事幸せにしたい」
消えてしまう、恵真が……。
「恵真!私!もう間違えないから!」
涙で震える声を必死に張り上げ、私は最後の言葉を掛ける。
「恵真、後は任せて」
洋一も、ちょっとだけ泣いていた。
「恵真!次は俺が会いに行くから!そん時まで待ってろ!約束だ!」
江守君が声を張り上げた時には、恵真はもういなくなっていた。




