手紙
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『夜霧姐さんへ
お久しゅうございます。覚えておいでですか。姐さんの禿のユキでござんす。
おいらはついぞ二十を過ぎたばかりです。姐さんは、いえ、歳のことを言うと姐さんはおいらの額にげんこつをくれるのでやめておきます。それでも変わらずお美しいようでなによりです。おいらはといえば、しばらく前から肺の病を患ってしまったようで、もう長くないと自分でもわかるようになって参りんした。ですからもう会えることはないでしょう。残念です。
まだ姐さんの禿をやっていたあの頃、素直にものが言えなかったのを今になって後悔しておりいす。そこで筆をとったというわけです。
おいらは姐さんが大好きでした。凛とした目元、綺麗な紅の唇、黒く真っすぐの長髪、そして誰にも屈することのない誇り高い姿が、大好きでした。それは十年経った今でも変わることはなく、化粧はせずとも男の着物に身を包もうとも姐さんはとても美しかった。十年ぶりに会ったあの夜、姐さんは一目見ておいらと分かってくれんしたね。美しく育ったなと、そう言ってくれんしたね。嬉しかった。姐さんのようになりたくて、苦手な稽古もしっかりやったかいがありんした。おいらはと言えば、また素直にものが言えなくてごめんなさい。でもおいらも一目で姐さんと分かったよ。
いいかい姐さん。姐さんは優しいから、遊女の皆に自分の金で借金を返して自由になってほしいんだろう、その手助けをしたいんだろう。だから義賊なんかと呼ばれて危険を冒している。だけどそんなことはしてはいけないのです。姐さんは自分の力でこの牢獄を抜け出しんした。誰もできなかったことをやり遂げたのは姐さんの力。そうやって幸せを掴めるところまで来ている。だからおいらは絶対に姐さんに幸せになってほしいのです。どうか、どうか幸せになって。どこかのお店で奉公でもして、いい人を見つけて、幸せになっておくれ。そのとき傍にいられないのは、とても、とても残念なのだけど。
おいらはずっと、夜霧姐さんをお慕い申しておりんした。村雨であろうと何であろうと、あちきは姐さんを愛おしく思っております故。さようなら、どうかお元気で。
そう言えば書き忘れておりました。おいらは姐さんと過ごした滝川屋の最も高位の花魁になることができました。姐さんと同じ場所です。名前も新しく頂きんした。『葛葉花魁』、それがおいらに、いえあちきにつけられた名前です。
夜霧花魁の禿ユキ、またの名を滝川屋葛葉』
『禿のユキ、あるいは葛の葉花魁へ
ありがとう。あたしは今とても幸せだよ。
元滝川屋夜霧、義賊の村雨、またの名を茶屋の霧乃』
(了)