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壱
夜霧花魁が行方をくらませた。その名の通り滅多に目通ることのできない、妖しくも美しい女である。妓楼連中も捕り方も血眼になって探したが、目撃情報も無ければ手掛かりも無く、おそらくは男に化けて大門から外へ出たのだと結論が出されこの騒動は沈静化した。
客は噂をした。夜霧花魁は女としては極上だったが、その男装もまた極上だったのだろう、と。
遊女たちは噂をした。身請け話もわんさかとあったのに、それを断ってまで消えた理由が分からない。夜霧花魁は実は人の世を乱す物の怪だったのだろう、と。
ただ一人、十ほどになる彼女の禿だけが凛と口を引き結び、涙一つこぼしもせずにずっとその帰りを待っていたそうな。
しかしそれももう、十年も昔の話である。近頃江戸では『義賊の村雨』が噂の中心となっていた。