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「リョウトがさ、徐々にバイクから遠ざかっていくようになんとかできねぇかな」
ヨウスケさんの声が言った。
「・・・」
「あいつは兄貴にべったりだったろ。そんで今はお前にべったりなわけだ」
「・・・」
「カイトが死んでからのリョウトはやけにバイクに固執していて、カイトのことを振り切るようにお前の後ばかり追いかけてる」
「俺がバイクに乗るのやめたってあいつはやめないと思いますよ」
「お前からやめるように説得すれば・・」
ヨウスケさんは力のない声で言った。
「あいつが追ってるのは俺じゃなくて兄貴ですよ。だから俺がやめたところで他の奴に兄貴をかぶせて追い続けますよ」
「でも、それじゃいつかカイトの二の舞になる」
俺は目を閉じて少し間を置いた。
「・・そろそろ、はっきりさせなきゃならないっすね」
俺は独り言のようにつぶやいて、電話を切った。通話口でヨウスケさんが何か言っていたが内容は聞えなかった。
宙を舞いながら俺はヨウスケさんとのやり取りを思い出していた。ヨウスケさんには頭上がらないくらい世話になったし、ちゃんと挨拶すべきだったな、なんて思う。
それにしても一年かけてこれかよなんて自分に笑ってしまった。笑いながら落ちるなんて不思議な感覚だ。
カイトが死んだあの日、俺も死んだ、はずだった。いや、実際死んだんだろう。そしてこの一年間も死んでいたのだろう。あの日意識が遠のきかけている俺の横にある男が立っていた。
「さて、どうしようか」
彼が言った。その男はナスのヘタのような帽子をかぶりカブのように丸いリュックを背負っていた。
「あれ、起きてるんですか」
彼は少し驚いたように俺を見た。俺は聞いた。
「誰だ、あんた」
「名乗るほどのものではありませんよ。ところであなたついてますよ。ちょうどさっきめったに手に入らないレアな絵の具を手に入れたんですよ」
「・・・」
「これで、あなたの時計を書いてあげましょう。数年くらいは自在に描けると思います」
「なんのことだ?」
「あなたが失った未来の時間を私が描いて挙げますよ」
「未来の時間?」
「つまり、あなたはもう少しこの世で活動できるということです」
「生き返るってことか?」
「時間制限付きで」
彼は頷きながら答えて、続ける。
「ところで、どんな絵を描いてほしいのですか?」
俺はその男にこの世界でやり残したことを告げた。
一年間何かを変えようとあれこれやってみたが何も変わらなかった。やはり一度死んだ人間には何も変えることはできないのではないだろうか。もがいているうちにあっという間に一年がたった。
タイムリミットだ。俺はただ落ちていく。本当はさっきスタートラインに前輪を並べた時から気づいていた。なんもできないなって。死んだ人間が生きたふりしたって変わらないんだ。だから、俺はあいつに死に方を見せた。精いっぱいリョウトの瞳に訴えかけた。あいつの、この世界の何かを変えられたかは分からない。でも自分にはこれしかできないのだから仕方ない。「悪いな」、一応カイトに謝っておく。俺は小さいなと感じた。それがいいのか悪いのか。
「はーい、時間でーす」
ナスの帽子の男の声がした。
終