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気づくとぽつりぽつりと街灯が続いていた国道の先に、音も光も騒々しい場所に近づいていた。もう結構集まってきているようだ。俺達もそこに加わりまた少し賑やかになる。時間帯は関係なく、俺たちが笑ったり、ふざけたりする時が「昼間」なのだ。夜光性の動物にとって太陽が出ている時が「夜」なように。
いつもと変わらない。変わり映えのしない毎日を今日も繰り返すだけ。それは夜の俺達も昼のスーツの人たちと同じ。今日もそれぞれが自慢話をしたり、わけのわからないことで病気みたい笑ったりする。企業同士が競争をするように俺達も他のグループらとバイクの技術を競い合う。昼の世界はあまりよく知らないが、おそらくたいして変わらないのだろう。とにかく人にとっては自分の居場所があることが大事なのだから。
空が白み始めた頃、タクヤと他グループの幹部的な奴が指揮をとりだした。
「ちゅうもーく」
タクヤの声が響きわたり、ざわめきが少しづつ小さくなり、やがて静かになる。
「これから今日のメインイベントをやりまーす」
いぇーい、待ってました、などの声が上がり、また収まる。
「あそこに見える建設中の高架の道路」
そういってタクヤの隣の男が俺たちの後ろを指差した。そちらに視線が向けられる。車通りの割には広めの道路はやがて環状線へとつなげるためだったようだ。その計画のため建設されている陸の橋、夜のそれはもう何年も建設途中で忘れ去られたように街の向こうへと伸びていた。
「あそこでチキンレース、デットエンドを行います」
男が続けた。おお、という歓声というよりはどよめきに近い声が上がる。空気そのものが動揺しているようだ。
「どういうことだ」
俺は隣にいるリョウトの聞いてみた。
「わかんないす。俺も今知りました」
どうやらいつも防波堤などでやっているものを地上数十メートルの行き止まりの橋の上でやろうということらしい。
やばくね、落ちたら洒落になんないでしょ、と声がした。
「このゲームする人はこれを足首に巻いてもらいます」
とタクヤがつけ足した。手にはビニールひもの束がある。
冗談なのか本当なのか探るような視線やざわめきが飛び交っていた。
もう一人が先導する。
「とりあえず、橋の下まで移動」
それに反応し、各々歩くのと変わらない速度でだらだらと動き出した。
誰も何も言わないからとりあえず従っとけ精神か、俺は呆れながらも羊の行進に混ざる。
最初はやはり皆渋った。なかなか刺激が強すぎたのだろう。お前がやれよ、と押し付け合うばかりだった。
次第に避けそびれた輩が祭り上げられ、両グループ三人ずつ、計六人が矢面に立たされた。顔を見た限り皆、どうしてもやりたくないといわけではなさそうだった。バカなことを考え出す奴の周りにはバカがいるのは当然のようだ。
彼らはおもむろに話し合いを始め、すぐに順番が決まった。
向こうのグループからは茶髪で長髪の今の時代によくいそうな髪型の少年が、うちからは金髪短髪の鼻筋の通った少年が進み出た。金髪の方は確か二月前くらいからよく見るようになった顔だ。リョウト達が度胸があると話ていた気がする。
「じゃあ、両者位置について〜」
スタートもタクヤが仕切るようだ。陸橋よりもかなり手前から走らせるようだ。そのほうがゲームとして面白いのだろう。
エンジン音を豪快に鳴らしたバイクが鼻息荒い暴れ馬よろしく鼻先を並べる。
「レディ…」
タクヤが右手の手ぬぐいを勢いよく振り下ろした。
「ゴー!」
地面とタイヤの擦れる音が軽快に響く。始まってしまったら誰もいちいち考えない。
二台は並走してお互いを伺うようにスピードをあげていった。
俺は煙草に火を付ける。
煙を吐き出す。
二台のバイクがちょうど目の前を通り過ぎた。
わっと盛り上がる。
肺いっぱいに吸い込む。
痺れるような感覚を味わう。
聞き覚えのあるブレーキ音とアスファルトにタイヤ跡を刻む音。
背筋を何か嫌なものが走る。
俺はゆっくりと肺に溜まったもの吐き出した。
周りが騒がしく、ドタドタと勝敗を確かめに駆け出した。俺はただぼーっと昼間より明るくライトアップされた橋の先端を眺めていた。ひとしきり騒いだ後、彼らは戻ってきた。
「ケントのやつ、勝ちましたよ」
リョウトが聞いてもいないのに報告してきた。
「ふーん」
口ぶりからするとうちの金髪のことを言っているようだ。
「まあ、3、40mくらいは手前でしたけどね」
「よくやったほうじゃねぇの?」
「・・そうすね」
周りの空気は心なしか浮ついて、自分もやってみようか、という馬鹿を増殖させているようだ。といっても、ぎりぎりを攻めるようなやつは現れないだろう。参加するだけで特別感を味わえるから、勝敗の占める割合なんてきっと微々たるものだ。
「じゃあ、次ー」
タクヤの声がかかりいつもより少しスリリングな夜遊びが続行された。
「おい、シン、お前やらないのか」
タクヤの声の先、つまり俺に視線が集まる。
「・・・」
俺は無言でバイクにまたがった。そのままスタート位置まで進む。隣には茶髪の長髪を後ろに束ねた男が並んだ。こちらをちらりと見て「ちーっす」と挨拶をよこしてきた。彼が俺と一緒に走るようだ。
タクヤはあっさりと引き受けた俺をボケっと見ていた。
「おい」
俺はそれに向かって顔を向けずに声だけ飛ばした。
「お、おう。じゃあ準備はいいか」
隣の奴が頷く。
「レディ・・・ゴー」
俺はアクセルを全開に開いた。二台は並んで加速していく。道はやがて橋の坂を登り始める。重力に逆らうかのように手首を捻りなおした。茶髪の男がそこでためらうのを感じた。普通なら当然だ。途端に二台の差が開き出した。後ろから空気を裂くようなブレーキ音が聞こえた。俺はまだかけない。登りの傾斜が緩やかになり出し、地面と水平な道がほんの少し続いているのが見えた。その先は・・ない。俺は車体を横にし、そのまま淵めがけて滑って行った。まるでベルトコンベアで運ばれている心地だった。やがて俺とバイクは止まった。そのまま振り返る。かなり手前に茶髪は止まって、唖然と視線を向けていた。遠く、下の方にタクヤが見える。大きく目を見開いていた。リョウトも口を大きく開けて身を乗り出しているのが分かった。結構離れているはずなのに鮮明に見えた。俺こんな視力良かったかな、なんて思った瞬間にはみんなの姿は抜けるような青へと変わった。そのまま自由落下で地面へと引きつけられていった。