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ジャンルとかわかんない・・
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僕は最後に七の数字を書き入れて今日も仕事を終えた。うつ伏せに横たわった女の瞳が暗く沈んでいくのがわかる。僕は色を失った横顔に一瞥をくれるとそのまま女をまたいで路地の出口へ向かった。死んだ人をまたぐのは気がひけるがこの場合は仕方ない。僕がいるのは路地というよりはビルとビルの隙間という感じで室外機やら配管やらで人ひとり通るのがやっとだ。少し豊かな人だったらはまってしまうだろうななんて思いながら頭上の鉄パイプを躱して通りに出た。僕は左右を見まわして、排気ガスで淀んだ空気を吸い込み人の流れに身を投じる。
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俺ならできると思っていた。あいつらあんな無様に転んでだせぇな、俺ならもっと上手く、かっこ良くできるのにな。そう思って眺めていた。事実いつもは仲間内の誰よりも自分が一番だった。甲高いブレーキ音と滑らかなタイヤ痕を残してピタリと目標に合わせられた。大きく外れても一メートルを越えることはなかった。その日もラインすれすれに合わせたはずだった。後ろを振り返って、どうだ!って顔でタクヤを見たはずだった。タクヤは、クソッ!と言ってバイクのタイヤを蹴り、みんなは、すげぇな、さすがだわ!って言って駆け寄ってくると思っていた。けど違った、タクヤは、いや、タクヤ以外のみんなも驚いた顔をして遠ざかって行った、ように見えた。そのあとはよく覚えていない。目は開いていたが多分何も見ていなかった。気づいたら男が横たわった俺を見降ろしていた。なぜ、こうなった?
その日、昼の三時にぼろアパートの戸をやたらと叩くやつがいると思ったら案の定リョウトだった。
「先輩、いますか?」
俺は無視して布団をかぶった。ドンドンドン。
「外見ました?すごいんすよ」
ドンドンドン。あまり叩かれても後で大家に文句を言われる。俺はそう思って、仕方なく布団から這い出し、煙草に火をつけて玄関へ向かった。
ドンドンドン。奴は戸を叩き続ける。
「うるせぇ」
俺は怒声とともに勢いよく戸を開けた。リョウトはいつ開くか分かっていたかのように戸が当たらない位置まで避難していた。
「ちわっす」
「・・なんだよ」
俺はできるだけ不機嫌そうな声を出したが、リョウトはまるで気にしていないようだった。
「見てくださいよ、あれ」
そう言って、南の空の方を指差した。
「ん・・何がだよ?」
俺は煙草をふかしながら指の先を見たが特に何があるというわけではなかった。しいていうならば、怖いくらいによく晴れた青空だった。
「すごくないすか、あの飛行機雲!ちょーくっきり!しかもあんなに長く」
「はぁ?」
語尾が一オクターブ近く上がっただろう。俺はリョウトを睨みつけた、が、にこにこと無邪気に笑うだけだった。
「チッ」
俺はまだ半分も吸っていない煙草を地面に押しつけて消すと家に戻った。
「今日、集会の日ですよー」
入口からリョウトの弾むような声がする。
「うるせぇな、今準備してんだろ」
俺はそう言って、必要なものをかき集め革ジャンを肩にかけるとカレンダーの今日に×印をつけて家を出た。
「まだ、今日終わってないすよ?」
「どうせ帰ってくるのは明日だろ」
リョウトが缶コーヒーを山ほど抱えてよたよたと歩いているのが見える。俺は錆ついたフェンスによりかかってそれを眺めていた。視界の隅にハリネズミみたいな頭がこちらに向かってくるのを捉えたが、俺は気づかないふりをする。
「よう、シン。今日はおもしれぇイベントがあるから楽しみにしときな」
そう言ってタクヤは俺の肩をポンポンと叩くとみんなが集まっている方へ歩いて行った。途中で振り返って、「今日はもらったぜ」と言ってピストルで撃つ真似をした。俺は中指を立てて応える。
「おう、調子はどうだ」
そういって隣に並んできたのはヨウスケさんだ。
「またぼったくりに来たんすか」
「ぼったくりとは聞きづてならねぇな。お前らガキんちょがバイクをすぐ壊しちまうから直しに来てやってんだろう」
「よく言うよ。友情価格だとか言って定価とたいしてかわんないじゃねぇすか。しかもたいして役にも立たねぇガラクタアクセサリも売りつけるし」
「出張料金込みなんだから充分安いだろうが。それにガラクタに見えんのはお前らの目がねぇか使い方がわりぃんだろ」
「ああ、はいはい・・金の亡者め」
「おうおう、言うね。仮にも先輩よ、俺。もうお前に売ってやんね」
「・・・いいっすよ、別に。俺、潰すようなヘマしないんで」
ヨウスケさんが俺の方へ顔を向けたのが分かった。
「・・・お前、あんまりとらわれ過ぎんじゃねぇぞ」
俺は前を見たまま続ける。
「・・なんのことすか」
「聞いたぞ、お前、この前・・」
「ヨウスケさぁーん。来たんすか。すげー久しぶりっす」
ちょうどリョウトが俺たちの前までやってきた。さっきは山ほどあった缶コーヒーも半分以下にまで減っていた。
「おお、リョウト。久しぶりだな、お前最近金落としに来ねぇじゃねぇか」
「ひどいな、ヨウスケさん、俺は金づるすか。まあ俺だっていつまでもワカバマークつけてないっすよ。この前なんて、デッドラインで勝ったんすから」
「ほお、それは補助輪つきのレースか?」
とヨウスケさんは大口を開けて笑う。
「ち、違いますよ。バカにしてるでしょ。ホントっすから」
リョウトが缶を一本ヨウスケさんに向かって投げつけた。
「おっと、やつあたりか中坊」
「もう高校生っすよ」
ヨウスケさんはまた豪快に笑った。
本当にこの人は気持ちよく笑うなと俺は思った。なんだかうらやましいような気もする。もうバイク乗れない体なのにな。
日が沈んで俺たちは本格的に行動を始めた。準備運動がてら幹線道路を隊列を組んで走りまわる。まだ車も多くスピードはあまり出せないが、バラバラに運動する鉄の塊をかわしながら進むのはなかなか面白い。信号待ちの時なんかは車の間を縫って前へ前へと出るもんだから、必然と一般車を取り囲むようになることも多い。運転手からしたら気が気でないだろう。威嚇するかのようにエンジンをふかしたガラの悪い集団に周りを囲まれるのだから。それこそ目を合わせたら絡まれるとでも思っているのか不自然なほど前の信号を凝視している者が大多数だ。俺たちは別にそんなつもりはまるでないけれど。だって、そんなことしたって何の得にもならない。下手すりゃ、警察にいつも以上に目をつけられることになりかねない。それじゃあ、せっかくのパレードが台無しだ。俺たちはただ風を切って思い切りとばせればそれでいい、くだらなくとろとろと回っている毎日をぶっちぎって、俺達しかいない世界、自由に叫べる世界に行きたいだけだ、ってマサトは言ってた気がする。
数時間も走れば、こっちの道がいいだの、あっちの道を走りてぇだの、腹が減っただのと各々が好きなように動き出して一旦解散となる。まるで遠足の自由時間のようだ。ガキの頃から何も変わってない、変わったのは体がでかくなったことぐらいだな、と俺は思う。
「シンさん、海沿い行きましょうよ」
リョウトが横に並んできた。
「次集まるのいつだっけか?」
「えっと、確か一時くらいに貨物置き場っすよ」
「じゃあ結構時間あるな。分かった。湘南までいって飯食って帰ってこよう」
「いいっすね。何人か一緒に行きたいって奴いるんで呼んできます。十分後にバスの車庫のところで落ちあいましょう」
「おう」
リョウトはそう言うとにかっと笑って走り去って行った。不意に俺の携帯が鳴る。着信をみるとヨウスケさんだった。俺は一旦バイクを道路わきに止めて通話ボタンを押した。
「・・はい、もしもし」
「おう、あのさ、頼みがあるんだけど・・」