6-10
我ながら無難な生活を送っていっていると思ってた矢先、ちょっとだけ日常に変化が訪れた。
――メルカちゃんが何か積極的になってきたんだ。
「シズねぇ、嫌なの?」
「そんな事はありませんよ……でもちょっと、くっつき過ぎじゃないですかね?」
ある日、私の仕事とメルカちゃんの学園の休みが珍しく重なった昼下がり、工作部屋で趣味のフィギュア造りに勤しんでいたら、メルカちゃんが入ってきた。
何でも大きめのノックをしたんだけれど、私が集中しすぎて気が付かなかったらしく、そして朝から始めた作業はすでにお昼を軽く回っていたらしい。
そのまま一緒にリビングへ向かうと、他の皆はすでに揃っていたので軽く謝りながら昼食を頂く為に座った……んだけれど、何かメルカちゃんがこう、私の隣の席に座り、いきなり「あーん」と私も見るのは初めての行為をしてきたのだ。
「どうしたんですか? メルカちゃん、いきなり」
「どうって……愛情表現?」
「あい……」
私はその単語に絶句し、他の皆はとりあえず様子見の姿勢を貫いている。
「あらあら、メルカさんもついにですのね」
「ふん。まぁ予定どぉりだのぅ」
「遅かったくらいよねぇ」
……いや、外野は様子見どころか見世物を楽しんでいる様子だった。
「と、とりあえず頂きます」
「うん、どーぞ」
針のむしろな状況に早くも降伏してしまい、目の前に差し出された料理を啄む。
すっごい恥ずかしいけど、メルカちゃんは笑顔だし良いかなと思いつつ、極力他の皆を見ないように食事を進めていく。
しゅうちぷれい……っ!
ある日なんて、一人でお風呂に入って寛いでいたのに、メルカちゃんが突然脱衣所に入って来た事もあった。
「あれ、入ってますよー」
「知ってるー。私も入るからー。シズねぇは嫌?」
「え、え?」
安かったから衝動買いした磨りガラス越しに見える、スラリとした身体。
むしろ磨りガラスだからこそ、彼女が服を脱いでいくという仕草が、より扇情的に見えてしま……いかんいかん。私は保護者なんだ、これはそう妹との触れ合い的な。
「お邪魔しまーす」
御約束的にタオルで前を隠していたり、水着や肌着で覆っている、訳もなく。
そのままの姿で彼女は湯煙舞う浴室に入って来た。
ちょっと前までは一緒に入って、身体や髪を洗ったりしていたのに、何時の間にか別々になっていたなぁと感慨深く現実逃避をしてみるのだが、もちろんそんな事でどうにかなる現実ではなかった。
湯船に浸かっている私の前、簡易的なシャワーで軽く身体と耳、尻尾の毛の汚れを落としたメルカちゃんは、決して広いとは言えない浴槽に入ってきた……私の思考は追い付いていない。
何というか普通の姉妹みたく、一緒にお風呂はおかしくないとは思う。
けれど、最近の彼女を見ているとそう、姉妹の一言では言い表せない感情が伝わってくるので、こっちも妙に意識してしまうのだ。
「シズねぇ、もっと寄って良いよ」
決して広いとは言えない……けれど設計段階から二人でも入れることを想定していた浴槽は、私が端に寄って身体を縮こめていたのでスペースが開いていた。その開けば湯船に座り込んだメルカちゃんは、四つん這いになってゆっくりとこちらへ向かってくる。
あ、色々見え……いかんいかん。
「シズねぇ、いい加減、分かってるでしょー?」
「は、はひ」
水面の上に出したリス特有の曲がった尻尾。
濡れて小さくなっている様に見えるが、意外にも水を弾いているようでそこまで普段と変わりが無いように見える。それに加えて水面から少しだけ浮き出ている小振りなお尻が、こちらに寄ってくる度に揺れ動いていた。
見てはいけないと思いつつ、足を抱えて座っている私は視線が逸らせそうにない。
胸はあまり大きくない彼女だけれど、適度に身体を動かしているメルカちゃんはほっそりと滑らかな身体を持っており、健康的に焼けた肌と相まって未成熟な果実に見えてしまう。
お尻は大きすぎず、きゅっと締まっており、それが彼女の顔越しに見えてしまう。
いや何を考えているんだ私。いや俺。
「ねぇ……」
ゆっくりとだが着実に私へ辿り着いたメルカちゃんは、上目遣いにこっちを見遣ってきた。
それに対して、自分は……。
「あ、そ、そうでしたそろそろ用事があ、あったんでしゅよね。はは」
ざばっと湯船から立ち上がると、朦朧とした意識の中しっかりと、そして何故か尻尾で臀部を隠し、両手で胸と股を覆うと逃げるように脱衣所へ向かった。滑り転げなかったのは奇跡かもしれない速度で、かつ出来るだけ後ろを見ないように。
「ちっ」
そんな声は焦っている私には聞こえなかったようだけれど。
せめてくる……!
ある夜なんて、まさかの出来事があった。
何時も寝る時はアリエルさんや姉さま、モエ等と誰かと一緒に寝る。自分一人で寝る事もあるが、大抵は誰かの抱き枕になるか、私自身が彼女達に抱き付いて安心しながら寝るかだが……。
その日は他の皆が、昼間それぞれ忙しかったようで早めに休んでしまっていた。なので久しぶりに一人の夜になるかなと思い布団に潜り込んだとき、唐突にメルカちゃんが室内に入ってきた。
今度はノックも何もなく、けれど丁寧に扉を開けて入ってきたけれど、問題はその服装であった。
魔術による光で淡く照らされる部屋の中、メルカちゃんはうっすらと素肌が透ける、所謂シースルーと紫の下着のみを纏って現れた。
「え……」
「一緒に寝て良いよね?」
「え……」
その夜は、私、何とか我慢しきったと言わざるを得ない。
褒めてやりたかった。
「ちっ」
私の自制心に対してなのか、彼女の舌打ちが聞こえたが、メルカちゃんがそんな事をするはずがないと私は聞き間違った事にする。
じせいしん……!
「……もうっ! シズねぇ何んなの!?」
そんな日々が続く中、とうとうメルカちゃんが爆発してしまった。
ドンッとリビングのテーブルに両手をつき、勢いよく立ち上がったメルカちゃんは私を見つつ声を荒げる。
「と言われましても……」
「何じゃ、まだヤっとらんのか」
「まぁまぁ。シズナさんにしては珍しく我慢をしてますのね」
「そ、そうなの?シズナって我慢しないのが普通なの?」
相変わらず外野はお茶を飲みつつ、適当に評価してくる。いや、モエさん私は何時も何時でも平常心を忘れたことはありませんヨ?
夕食が終わってからの団欒かと思いきや、いきなり始まった事態に若干混乱している。
ちなみに立ち上がったメルカちゃんはいつかと同じく、私の右横に座って甲斐甲斐しく料理を運んでくれた後だった。
……最近恥ずかしいのはそのままに、拒否できなくなってきている。
「何で襲わないの!」
「!?」
ぎょっとしてメルカちゃんを見てしまった。
え、襲う!?
「何で私には手を出さないの!」
「え、ちょっと、え……だって……メルカちゃん、え?」
「こんなに誘ってるのに! シズねぇ!」
え、そうなの!? と周りを見回してみるが、何を当然という感じで皆はうんうんと頷いている。
「メルカちゃん落ち着いてください。ちょっと落ち着きましょう。ええ。お、おちついて」
「シズねぇがね」
混乱の状態異常をかけられたみたいだ。
だって、今まで思考の外にあった事をいきなり言われてしまったのだ。そんな私に畳み掛けるようにメルカちゃんは勢いよく抱き付いてくる。
「シズねぇが好きなんだよ! ダメ!?」
「え、だ、ダメじゃあ、ないですヨ……?」
「じゃあ良いよね!」
「い、良いんじゃないですか……?」
「よし!」
メルカちゃんは私に抱き付いたままメルカちゃんは満足そうに頷いて、まだ混乱から抜けきらない私の唇を奪ってきた。
カツッと歯が当たってしまったけれど。
「いった、い……もうっ!」
「つぅ……大丈夫ですか、メルカちゃ、んっ」
段々と状況に追い付いてきたが、それより唇が切れていないか心配して彼女の顎に手を添えて、衝撃に俯いた彼女を上向かせる。けれど、心配で上げた言葉は最後まで口に出来なかった。
「んむっ……」
「……ぷはぁ、練習、しないといけないなぁ。ねぇ? シズねぇ」
何時の間にか他の皆はリビングから出払っており、後日むくれながら文句を言った所、声を揃えてこんな答えが返ってきた。
『皆知ってたし』
え……。
ちなみに、あの後は私の部屋に行って、そのまま朝まで一緒だった。
……メルカちゃんは、誘い受けだったと言っておけば、分かるだろうか。
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