6-09
「シズねぇ、こっち終わったよー」
『主、こちらは終わったぞ』
『主様、こちらも』
『次は見当たりません。お嬢様、これで終わりの様です』
メルカちゃんに続いてシロクロとホープが状況を伝えてきた。
「問題無いみたいですね、皆ご苦労様です」
それに返答をしつつ、後処理をメルカちゃんに教える為に彼女へ近付く。
返り血を少し浴びているがそこは獣人、全くではないけれどあまり気にしてない様子なのでこちらも気が軽くなる。
さて、姉さまに教わったように、教えるかな。
皆の許可がおりて久しぶりの外出を楽しむ事にした。
そして、簡単な依頼を受けて王都外への出る。
今回の簡単な依頼は、懐かしの大鼠。何でもこの時期は子育てで餌を大量に集める必要があるらしく、人里まで下りてくる事が頻繁にあるらしい。
こちらも村々から作物の被害が多いと依頼を受けている身なので遠慮は出来ないし、しないけれどね。
可哀そうだが、何個かの群れを駆除する依頼を受けたのである。
鼠自体は問題なく狩れた。
今回の問題は……メルカちゃんが付いて来ている事。
何でも学園が長期の休みに入ったらしくて、けれどメルカちゃんは身体を鈍らせたくないとのことで、軽く運動がてら一緒に討滅依頼を受けた訳である。実際彼女はスクィール夫妻の故郷から旅をしてきているので、簡単な戦闘行為なら軽くこなしてしまう。
それに加えて夫妻の指導や、我が家の講師陣からの指導もあり、更には学園での授業や講義もある。後は実戦経験だけ、という訳だったのだ。
そして我が師である姉さまから、メルカちゃんを連れて行けと仰せつかったのである。
「ほれ、人に教えるには~って奴じゃ。おんしもそれに倣って精進せぇよ」
とは姉さまの言である。
特に断る理由もなく、彼女の成長に一役かれるならと快く受けたつもりなのだが、ここに来て問題が一つおこってしまった。
いや、厳密に言うなら、問題が付きまとってきた、だ。
『シズナ様、12に5人、36に3人、2に2人おります。切って捨てましょうか』
『いいえ、ありがとう烏丸暫く様子を見ましょう。目的は、分からないのよね?』
『はっ、拙者でも聞き取れない何らかの方法で意思疎通している模様』
『そ、ありがとうございます』
久しぶりの声を聞いたな烏丸。
「シズ様どーかしたの?」
「ううん、何でもないですよロッテ。あ、暫くメルカちゃんと一緒にいてあげてください」
「そーお?りょーかーい」
ふわふわとロッテがメルカちゃんの方に飛んでゆく。
小悪魔な彼女はメルカちゃんと仲が良い。相性が良いのだろうかとほっこりしつつ、遠目でレストラットの死体を処理しているメルカちゃんを確認して、私は後方の相手に気を向ける。
さっきの番号と数。
それは敵の場所と人数の事だ。
MMOとかでよくある、キーボードや電卓の上の数字をマップに見立てて、敵の位置をその数字で表すのだ。いちいちマップの場所を言葉で指示するのが面倒な時は、大体この方法を使っていた。
ゲームやギルドによってその方法は色々あるけれど、私はオーソドックスなこのタイプを好んで使っていたのだ。覚えるのも楽だしね。
つまり後方の扇状に相手は展開し終えている訳である。
捕まえられたくもないので、しっかり自身の周囲に召喚獣を展開しつつ、ソラを上空に飛ばしてある。逃げるにしろ戦うにしろ、上から指示を貰う為だ。
相手は王宮の兵士では無いみたいだし、あの日記の件は関係ないのか?
さて、敵か味方か……。
「終わったよシズねぇー。あ、ロッテちゃんありがとー」
視界に入れているメルカちゃんは無事に鼠の死体から討滅部位の尻尾と爪をセットで剥ぎ取り、残った部分の処理を終えた様子。無事なのに安堵しながら、私の意識は後方にあった。
「メルカちゃん、最近変わった事ありました?」
「ん?変わった事?……そーだね、家の中での事じゃないよね?」
「そうですね。外とか、学園とか」
「うーん」
暫く考える様子の彼女だが、隙だらけに見える私達を襲う事はしない相手に疑問を感じる。
はて、何の為に見ているのだろうか。
「そーいえば、何か学園で視線を感じる、ような……?」
「っ、そうですか。何かあったらすぐに言うんですよ。メルカちゃん」
「うん?了解ー」
私が心配するのが嬉しいのか、彼女は後ろに居る敵をまだ感じ取れないのか緊張感の無い声を上げる。その後感知できる周囲に気配がない事を確かめて、私の左腕に抱き付いてきた。
あ、ちゃんと成長してる胸が――。
じゃなくて。
鎧騎士のディアを念には念を入れて侍らせ、ロッテをその肩に乗せておく。
若干MDEFが低いディアも、ロッテが守ってくれるだろう。本当に前みたいに、娼館に売られるなんて自体はぜがひでも避けたいから、打てる手は打っておかないと――。
予想に反して、王都に戻るまで何も無かった。
相手は一定の距離を保ちつつ後ろに付いてきていたので、私は守る意味も込めて左腕に絡むメルカちゃんの腕を振りほどきはしなかった。
本当な護衛の場合こんな事はだめなんだろうけれど、私は獣人である。抱えて移動する方が早かったりするのだ。感知や察知は召喚獣の皆に任せているし、相手の顔は確認できるけれど目的がまったく分からない。
さっきのメルカちゃんの言葉通りなら、相手はメルカちゃんに用があるのかな……。
「あー、もうデート終わりかー」
「で、デート?」
「だって久しぶりにシズねぇとお出かけしたんだもん」
「……ごめんなさいね、もう少し時間取りますから、今度は街中で遊びましょうか」
「ねっ!あ、そうだ。何か食べて帰ろー。アリエルねぇには今日は遅くなるかもって言ってるし!」
うーん、王都に近いから間違った対処をすると面倒そうだし、今回は諦めるか。
引き摺られるように進み、見知った門兵に声をかけて城内へ入った。
その間特に何も起こらず相手の目的が分からないままだったけれどね。
――ここから先はシズナには全く関係の無い出来事である。
――いや、まったくは言い過ぎたかもしれないが、本人にはこれっぽっちも影響がない話だ。
「初めまして、あたしを呼び出したのは貴方ですか?」
「……そうだ。俺の名は「あ、ごめんなさい」……」
今年入学したスクィールの女の子、メルカを呼び出した男子は名乗る前に断られてしまった。
しばしの沈黙が降りる。
ここは栄えある王都のクレィオス魔術学園。そしてその校舎裏。
魔術の名を冠してはいるが、それは創立者が『魔術とか魔法とかついてるとかっこよくね?』という理由で突然付けた名前であり、関係者や保護者、生徒でさえ学園と略して呼ぶこの場所は、広く門戸を開いている。
王都は魔術と共に成長してきた。だからこそ、次世代の人材を育てる場所は必要だったからである。その芽を平民だからという理由で摘むのは惜しいと、時の王が色々問題を起こしながら周囲と共に作り上げた学園であった。
そこでは、身分差がある。
全てを公平に、全てを平等にという訳にはいかなかった。
実際問題、今の王都には支配階級も必要不可欠だし、それに理由も無く反発することは国の利益を損なうからだ。だからこそ、軋轢を生まないように地位のあるものとないものを分けて学ばせている。
貴族や有力な商人、力に秀でてそれら権力者からの覚えの良いと、そうでない普通のモノである。
メインの校舎は二つ存在し、各施設も利用時間が分かれている。差別、ではなく区別しているのだ。
そして、そんな分け隔てられている片方を呼び出す用件など、幾つかしか思い浮かばないのをメルカは分かっていた。そして、その先を言わせるのは酷だと言う事も。
「……ごめんなさい、あたし、好きな人がいるんです」
「そう、か。もしかして、ちょっと前に見たんだが……狐の女か……?」
「ええ」
「……女同士で不毛じゃないかっ!」
「そうですね」
メルカはその愛嬌があると言われる眼を細めて、目の前の男を見る。
この男は、知っている。2つ上の、最近名の知れてきた商家の二男坊だ。学園に入学するにあたり、アリエルからその辺の資料を渡されており、今後の繋ぎの為にある程度顔を名前を憶えている。
これが貴族やもっと有力な商人の息子では無くて良かったと安堵のため息をつきながら、メルカはじっと男を見やった。
当然、先の言葉は無視する。
「俺じゃダメなのか」
「ごめんなさい」
呼び出した男の検討をつけていたため、躊躇なく断る。
この次男坊は優秀でプライドが潔癖な面も持ち合わせているので、断っても報復などはされないと判断したからだ。その辺りの感情のさじ加減は、リーンとアリエルに習っている。
(あたしは、シズねぇが好きなの。一緒に居たいの)
そう心に刻み、力を込めて言葉を放つ。
「最近、見られている気がしたんです。あたしは良いですけど、ねぇさんと一緒に居る時はやめて下さい」
「っ」
「それでは。失礼致します、先輩」
すげなく切り捨てて、その場を後にするメルカ。
もし後から大事になろうものなら躊躇なくアリエルの力を頼るし、リーンやモエに助力を乞うだろう。そもそも面倒になりそうな人物の前にノコノコ出る訳もないのだが。
暫く歩みを進め後ろから追って来ないのを確認してから、自身の教室に戻った。
「おっ、おかーり。どだった?」
「断ってきた」
「そっか。ちょっともったいなかったんじゃごめんごめん嘘々」
「シズねぇじゃないからダメだよ」
半犬獣人のエクシーに返答をして、メルカは席につく。
貴重な昼の休憩時間が少し削れてしまった事を確認して、友達の会話に入っていった。
友達作りという可愛い目的の為に。
そして本当の目的である、妖狐の姉の役に立つ為に。
あわよくば、家に居る人と同じ行為をして貰う為に。
メルカは今日も、学園生活を謳歌する。
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