6-08
漸く爛れた日々を脱却し、落ち着きを取り戻していた我が家。
そろそろ家を出て良いかもしれないと、皆と話し合って決めていたある日の事である。
姉さまが稀にあるギルドの魔術師講座の講師役を終えて家に戻ってきてから、何でも無いように言いだした。
「ああ、そうじゃ。シズ、何でも魔王が死んだらしいぞぇ」
「……は?」
「ん?言葉の通りじゃよ。魔王が討伐されたと」
「へー、もう倒されたんだ」
え、モエも軽く返してるし。
んんん?
「っと、魔王、ですか?」
「シズは聞ぃてなかったか。ほれ、前に各ギルドから人員を他の大陸に送るぅて話があったじゃろぅ」
「確かに、結構前にそんな話がありましたね」
「うむ。ちぃとばかし遅くなったが、何でも向こうでの魔物大量発生の原因だったらしいのぅ――」
軽く説明される。
何年か前に各ギルドから応援を送った魔物の大量発生による救援。その原因はとある魔王種が付近の魔物を手懐けて人里近くまで進軍してきた事に端を発するらしい。
そして、こっちの大陸から人員を送る際に近年開発された通信機の中継機材を設置してきたから、現場との通信が可能になったとの事。それによる情報交換で、人員を送って数カ月後には魔王種の討滅を確認した、と。
あれ、もっとこう大規模なイベントとか普通あるんじゃないかな、とか思ったのだけれど、同じ話をリビングで聞いている皆は別段とがった反応を見せない。
「つまり、魔王は倒されたんですよ、ね……?」
「そう言うとろうが。何じゃ、不満か?」
「い、いえ。そんな事はないのですが」
おかしいと思って魔王についての認識を確認してみたところ、さもありなんな理由が浮かび上がってきた。
「魔王なんぞ、湧いて出てくるもんじゃねぇかぇ」
「そうよシズナ。結構あるのよ。妖狐の里だって、何度か撃退したし」
「ここ数年王都ではないと聞きますが、それでもわたくし達が生まれる前は数回程、魔物の軍勢を迎えたそうですの」
「そーだよ、シズねぇ。あたしもガッコで教えて貰ったよ」
リーン姉さま、モエ、アリエルさん、メルカちゃんの順に当然のような顔をして説明して下さった。
……。
魔王さま、ここではそんな扱いなのか……。
「まぁそんでも何人か死傷者はでちょるじゃろうがなぁ。んなもん普段の生活と変わらんよ」
「なるほど。確かに」
普段から死の危険がある生活を送っている世界だし。
「後はアレよな。ほれ、討滅は志願制じゃろぅ」
「あ」
そうだ。
受ける受けないは確かにあるのだ。私の場合はランクが低かったから対象外だったし、受けられるランクの場合でも拒否権があったのだ。
「どっちみち強いヤツに任せておけば良いんじゃから。ほれ、気に病むこたぁね」
それでも魔王と言う響きで暗い顔をしていたのだろうか、姉さまは椅子から立ち上がって私の横まで来ると、緊張でピンと張りつめてしまっている狐耳の間に手を置いてゆるゆると撫でて来た。
あ、くすぐったいけれど、落ち着く……。
「何を不安に思ってるんか知らんけんどな、大丈夫じゃけぇ」
「はい」
「おんしおはたまにそんな顔をするけぇの。まぁワシが言える事じゃねぇが、聞く事くらいはしちゃる」
「はい」
その言葉に、不意に涙を流してしまっていた。
姉さまには別の世界の記憶が少しある事は、魔術を教えて頂いている際に話している。けれど、私がどこまで覚えていて、どんな記憶があったのかまでは教えていない。
何となく、怖かったのだ。
今回のような、魔王の定義のズレ。
話しをしていて偶に起こる、常識の差異。
私は、本当にこの世界で生きているのか。
突拍子もない話しだけれど、これは夢ではないのかと思う時がままある。
そんな思いは付き纏っているが、偶にそんな思考が晴れる事がある。皆の温もりを肌で感じている時は、自分は今、しっかりとここに居ると実感できるのだ。
人恋しいのは、そのせいだろう。
久しぶりに流した涙で視界が霞む中、姉さまを除く皆が慌てているのが可笑しくて少し笑ってしまった。
きっと、私の悩みは皆には分からないだろう。だって、きちんと言葉にして伝えてないんだもの。
……言えるようになりますように。
と、綺麗に纏めたは良いが、問題は魔王の件である。
ハンカチを押し当てて涙を吸い取らせた後、何で泣きだしたのかの追及をなんとか躱して魔王の話を求める。
少々ではないくらい訝しんだ皆に申し訳なく思いながら、もう少しだけ詳しく聞いておきたいのだ。だって、頻繁に魔王が現れるならココも危ないかもしれないし。
「魔王について、ねぇ……ワシが生きちょる間に1回そんな話があったのう。今回で2回目じゃ」
「それは、多いです」
魔王の話に飽きたのか、私と姉さま以外は思い思いの場所でくつろいでいる。
話題のネタとして鮮度が低い魔王さま、憐れ……。
「まぁ200年近くで2回じゃから、頻度は高いかの。それでもしっかり討滅出来とるんじゃ、問題ねぇ」
「確かに。けれど、そんなに弱いのに王を名乗っているんですか?」
「ふむ、それはのう、何も可笑しくはねぇ。ニンゲンにだって、獣人にだって、弱小国はあろう」
「あ……」
「そーゆー事じゃぞえ。付近の魔物を纏めて統率するからこその王じゃ。それが大規模だろうが、小規模じゃろうが、魔物を引き連れてくれば王なんじゃよ」
なるほど。
強いから王なのではなく、魔物を統べる能力があるから魔王なのか。
「文献くれぇにある魔王にゃ、ほんにつえぇのがいたそうじゃがのぅ。ワシの故郷にも記録が残っておったわ」
「今の時代は、そんなに強い王が現れないって事ですか」
「可能性の問題じゃろうの。つえぇ魔物はご先祖さんがあらかた滅し終わっとるって事じゃな」
「有難い事ですね。他には、何時現れるとかは分かるんですか?」
「いんや。今回の事もそうじゃし、現れるまで分からんよ」
つまりはいつ現れてもおかしくないって事か。
それにしても、周りがこんなに落ち着いているのって普通なのだろうか。魔王が出たぞーっとか聞こえるでもなく、この家の周りだって静かなものだ。
いくら通信機が最近出来たばかりとはいえ、Cランクの冒険者である姉さまだって知ってる事実なのだ。もっと騒ぎが大きくても良い物ではないかと思ってしまった。
「自分の生活圏に関わってないからの。んで、今回だって軽く手助け出来る距離じゃねぇ。それに皆が皆ここをほっぽりだしたら、誰が力もないヤツを守るんじゃ。適材適所って訳よ。出来る事を出来るヤツが出来るだけ無理せずこなす」
確かに、それは大事だな。
「今ここ王都付近で魔王が発見されでもしたら、どうなるんでしょうか?」
「知らん」
「え?」
「倒せるなら倒す。無理なら逃げる。ほんだけじゃ」
……。
ま、まぁ真理だ。
最近身体が馴染んできたから召喚術も前よりスムーズに行使できるようになってきた。魔力だって節約の仕方が分かったから、召喚獣全員を呼び出して庭で遊ばせているけれど問題ない。
今だってシロクロは部屋の隅で欠伸を噛み殺し、タマは私の膝上で寝ている。
他の皆だって思い思いの場所で寛いでいるのだが、そんな全員を総動員しても勝てるか分からない戦いなんてしたくない。
と、同時に魔術だって威力も詠唱速度も上がっているのだが、それでも個人では限界がある。
便利なアイテムなんてゲーム時代もそんなに無かったし、久しく使ってないが銃の腕だって著しく上がっている訳でもない。
私の力が通用しない敵がいる場合、逃げるのが最善の一手なのだ。
「意識を向けていてもええ。けんど楽観視はすんな。緊張はしなくてもええ。けんど萎縮はすんな」
そう締めくくられて会話を終え、いつもの夕食に入る。
今日は料理勉強中のモエが作る料理であり、肉メインらしい。先程までの会話を頭の片隅でしっかり考えつつ、引き摺らないように過ごそう。
「あ、それと魔物の中には牝型の相手に固執するヤツもいるけんの。気ぃつけぇよ」
……姉さまの途中の言葉を思い出しながら。
……これは何かのフラグなのだろうか?
日常は変わらず過ぎてゆく。
物語的な進展は特にありませんが、題名通りこの様な話を入れておくべきかと思いました。
つまりは日々是平穏回です。
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