1-06
魔法である。
魔法、魔術。
それは浪漫だ。20XX年の日本生まれ。
18歳の時からアニメ業界のグッズ会社に17年間真面目に勤めてきて、浪漫を感じないはずがない。
初めて蒼炎を使ってから、はや3ヵ月。
ちなみにこちらの世界の時間、日付の進み方は元の世界と同じなのだ。
これは神の領域で聞いてたけど、実際来て驚いた。
文化の違いがあったり、魔法や別の技術体系が存在してファンタジーなのに、変な所で前と同じだったりする。
3ヵ月も経つと、覚えていたスキルの威力はほぼほぼ把握できた。
アイテムボックスなどの特殊なものも、あの日以降使えるようになっており、入っているアイテム等も含めて全ての確認を終える。
残るは……。
「こんにちは、お爺様」
「ようきたようきた」
「はい、お久しぶりです」
「おう。今日あやつが来たんじゃ。もちろん、合って行くじゃろう?」
「宜しければ、是非。お願い致します」
この世界の魔術について学ぶことである。
暇を見つけては寄っている魔道具屋。
そこのお爺さんに魔術について師事できそうな知り合いの仲介をお願いしていたのだ。
実に合計約2年。9歳の時からお爺さんのお店でお手伝いをし、1年かけて私が休みの日に店番を任されるまでになったり。
そこからさらに知り合いの魔術師殿を探して貰うのに1年。
長かった……。
その努力が今日、日の目を見るのである。
ギルドで仲介をお願いするとか、そんな事は出来なかった。
何故なら現役の魔術師は皆稼ぐのに精一杯で、孤児院稼ぎのはした金では請け負って貰えないからだ。
その点、信用を介した紹介をお願いするのは私の努力以外元手0である。
街中で比較的温厚そうな魔道具屋のお爺さんを見つけ、何とかここまで来たのだ。
あの時のシロクロの前で誓った事を叶える為に、強くなる為に。
お爺さんに連れられて入った部屋。
その部屋に置かれていた長椅子に、彼女は腰を掛けていた。
入ってきたこちらを一瞥したその女性は、むっすりとした表情を崩しもせずにお爺さんへ話しかける。
「そん子かね。あんたの言う弟子志望ってぇのは」
「そうさな。妖狐の子んだ。おめえなら1人前に出来る子じゃ」
「ふん、そうかい。あんたにしちゃ、ガキをえらく褒めるじゃないか。頭でも打ったかの?」
「ふぉふぉ、言うねえ。ほれほれ、もっとこっち来んしゃい」
「顔見せな。へえ、ちったぁ見られる顔しちょるじゃないか。んで、名は?」
言葉の応酬中急に話しを振られて、でも落ち着いて返す。
「妖狐のシズナと申します。御師様として、学ばせて頂きたく存じます」
「ふむ、どれくらいで覚えたい」
「はい、1年程で」
「ふむ、何を覚えたい」
「はい、生き残る為の魔術を」
「ふむ、どうして覚えたい」
「はい、お金を稼ぐために」
「ふむ……おんしは妖狐じゃ。ワシに学ばずとも、いつか自力で扱えようて。それでも、何故今学びたいのかえ?」
話下手にこの様な質問はきつい。
簡潔に言葉にすることが出来ず、だんだん意味不明になるからなのだが、かと言ってまとめすぎると伝わらないだろう。
ここは、ありのままの気持ちを伝えるしかない。
「理由は、色々あります。孤児院の皆にもっとお金を入れてあげたい。今の生活より、いくらか楽をさせてあげたい。それは自分が楽をしたい為でもあります。今よりもっと良い食べ物が食べたい。良い服を着たい。強くなりたい。でも……」
「ふむ、魔術を覚えて何と為す」
「はい、冒険者として、もっと、この世界のもっと多くを知りたいです。その為に、魔術を教えて頂けないでしょうか」
そう言って頭を下げる。自分に出来るのは誠意を見せる事しか出来ないからだ。
「ふむ……」
「どかよ?教え甲斐がある良い子じゃなか」
「それ決めんのはワシじゃ、だぁっとれ!……まぁええじゃろう。まだ長い人生の手慰みじゃ。相手しちゃろう」
はて、これは決まったんだろうか。
「見て分かるじゃろうが、ワシはエルフじゃけぇ。教ぇ方はエルフのモンじゃ。ちぃっと厳しいかもしれんのじゃが、良いのかのぅ?」
「はい、覚悟は出来ております!御師様!」
「御師とかむず痒いけん、ワシの名で適当に呼べ。それと、その手に持っちょる金はいらん」
「……え?」
「金はいらんちゅうとるんじゃ。こぇでも結構名が知れとる。何十年かぐらい働かんでもええくらいにはな。聞けんようなら喰っちまうぞ」
そう言って、御師様はくつくつと笑った。その笑顔がとても綺麗だ。何しろ、
「そおいやぁ、名ぁ言ってなかったかのぅ。ワシはエルフのマーリーンいう。150年は生きとるはずじゃ」
むっすりした顔を、今度は笑みの形にした彼女。座ったまま足を組みこちらを横目で見る。
何しろその姿はどう見ても、私の姉で通りそうな容姿なのだ。
やっべー、俺のリビドーがやっべー……ハッ。
1人称が変わるくらい取り乱していた。
今日の昼間に魔法を教えて頂けることになったのだが、その師がまさかのお年を召している美人さん。
よく聞く話であるとは言え、実際に会うとやっべ……ああ、凄かった。
今こうして孤児院の自分の部屋で身悶えているのだが、カテゴリ的にはロリババアなのだろうか?
でも見た目はお姉さんだし……もしかして呼称的には、ただのババア……。
大分失礼な事を考えながら、今後の予定を考えていく。もちろん尻尾の手入れをしながら。
11歳……魔術の勉強次第だが、12歳にはここを出たい。
理由は色々あるけれど、一番はやっぱり孤児院かなぁとは思う。稼いで稼いで次の子供たちに良い物を与えてあげたい。
自分が経験してきた事だから、違和感なく思える。
前の世界だと偽善だなんだうるさそうだけど、こっちでは生きる為だからなぁ。
その為に日々のお金を稼ぐ方法を身に着けないといけない。
今までの貯金は野営の道具の購入と、卒院するときに皆へ何か買う為に残してあるので、金銭的な余裕は無いのだ。
その点を差し引いても、リーン姉さまの申し出は有難かった。
呼び方は姉さまに決まった。
その呼び方が一番喜ばれたのもあるのだが、御師様では固すぎ、リーン様では他人行儀すぎ等と結構細かく口を出された為である。
あとはあの見た目で御婆様は無いだろうしな……。
冒険者ギルドについて。
ギルドに登録する為には、試験を受けて合格しないとダメらしい。
これは未熟な者がいきなり入って死ぬことを考慮した制度だろう。かと言って厳しすぎず、ギルドの中にある訓練場で冒険者志望の人のみの講習会や予約訓練制がある。
これは講師を年配の冒険者に任せて、あたら人材を失わないようにする為だろう。年を取るとそれだけで動けなくなるはずだから……リーン姉さまは見る限り別だろうな。
上手い具合に近接戦闘の覚えがあるものはこの街のギルドの試験に受かるのだろうが、私は無理だ。
何しろ才能がマイナスを振り切っているのだから。
以前通っていた兵士さんの訓練でも、これ以上教える事はないよ、と卒業を勧められた。
もちろん、意気揚々と卒業してやった。
……。
この街のギルドの訓練所には魔術師、魔法使いの講師が居ないので学べないのだ。
その為金銭を払って現役の魔術師を雇う方法しかなく、それもはした金では受けて貰えず……と、そんな事になっていたので、リーン姉さまを紹介をして頂いたのである。
1年で魔術を覚え、街の外に出る。
そして経験を積んで、ゆくゆくは大規模商隊の護衛とかに入り込めれば、いろんな街が見れそうだ。もっと大きな街にあるはずの図書館にも行きたいなぁ。
これで独り立ちに一歩近づいた。
つらつらとそんな事を考えつつ、尻尾の手入れを続けていった。
「おめえさんにしては珍しく、速攻認めたじゃねえか、リーン」
「だぁっとれよ、老いぼれ。あんたが手紙なんぞ寄越さなけりゃあこんな街なんぞ来ぃへんかった」
魔道具屋の爺さんとマーリーンが、昼間に会った妖狐の娘を肴に呑み屋で一杯やっている。
「だども、来て良かったじゃろう、あんな娘さ面倒見れるんわ」
「……そんことだけは、まあ感謝してやろう。久しぶりにええ答え聞いたけぇ。しかも別のエルフに会う前にワシに会えた。これから暇が潰せるたぁこんないい日はねえな。あんたの顔以外」
「相変わらず口が悪いばば様……っと、すんまんすんまん」
言葉の応酬が少しの間止まる。
2人の持つグラスは残り少なく、残りを惜しむようにちびちびと口をつけている。
「ふん……ワシの事はええ。なんであんたがワシに知らせる気ぃになったか。それが聞きとうてのぅ。ほれ、白状しぃな。っと、ここの支払いは任せる」
そう言いながらマーリーンは頼んだお酒がやってきた為、爺さんに突き出した。
「こぉれ高ぇ酒じゃなか!……まあええじゃろう……そうだの。よくある話じゃが、熱意に負けてじゃな」
「ほぅ、熱意ねぇ……あんたが」
「茶化すな。1年。1年間ずっとじゃ。孤児院の仕事はきちぃじゃろうに、あんな子が、1年ずっと通って、次の1年は店番じゃ。こりゃ、何かせんと男が廃る」
爺さんは意図せずやってきた高いお酒を味わうようにちびちびと舐めながら、この2年の事を振り返って、感慨深く溜め息をつく。
「最後の最後に、あん子の手伝いが出来たことぁ、あの世で婆様に自慢するでよ」
「最後……か。あんたももう年だしのぅ」
「ああ、もう先は長くねぇだろうさ。色々あったが、その最後にこんことが出来て良かったと思うんじゃ」
爺さんはヒューマン種であり寿命という大きな枷がある。
それは、多くの別れを経験してきたマーリーンには、とても良く分かる。
「まあ知らぬ仲じゃなし、最後の頼みくれぇ聞いてやるかのぅ。シズが育つまで、くたばるなよ老いぼれめ」
「バカ言ぃなさんな。あん子が巣立つまでは見守るつもりじゃ。1年くらい、すぐじゃすぐ」
「言ってな……あんたの嫁と」
「あの娘っ子の将来に」
長い年月を生きた2人の、最後の乾杯になるかもしれない音が、小さく響いた。
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