6-03
「シ、シズナさん」
「はい、何でしょう姉さま」
「その何と言いますか。まだ、お昼、ですよね」
「ええ、そうですね姉さま」
「この状況は、その……あまり宜しくは、ないのでは?」
「あれ?そうですか姉さま」
「……」
この状況は、大変宜しい。
姉さまのうなじはひんやりとして、とても気持ち良いからだ。けれど自由になっている両手は私のいう事を聞かず、好き勝手に暴れている。
今日は特に暑いので薄着の状態の姉さまにくっつき、その種族特有の体温を堪能していた。
獣人は基礎体温が高いので、と言い訳しつつ。
「……っん」
時折鼻にかかる吐息が聞こえてくるが、本気で嫌がってないのでそのままにしておこうと思う。
いや最低な事言ってるとは思うけれど、止められないのだから仕方ない。仕様が無い。
さて、この現状はどうやっておこったのか。
その日は王都で一番気温が高くなる日らしく、メルカちゃんも朝からの高温に死にそうになりながら学園へ向かった。
時を同じくしてアリエルさんは実家で用事があるらしく帰省。モエは最近近所のお婆様に料理を習っているらしく、その教室へ出向いた。
「姉さまは本日どのように?」
「ん、ワシ……いえ私は休みです。買っていた本でも読もうかと」
「そうですか」
「シズナさんは?」
「私も休みます。受けた仕事は先週までに終えましたし、ちょっと休息などを」
家に残ったのは珍しく私とリーン姉さまだけ。
人が増えてから日中2人だけになる事って、あんまり無かったと思う。
「あ、そうだお茶用意しますね。アリエルさんが冷やしておいてくれたんでした」
私は何故か咄嗟にそう発していた。いや別にやましい事は無いんだけれど、なんとなく何時もの日常と隔離されている感じがする。平日の昼間に、我が家で2人きりって緊張するなぁ。
「ええお願いしますね」
姉さまはそう答えてリビングにある背もたれの無い、所謂ベンチソファーに座った。同時に魔術で拡張袋から本を取り出してさっそく読んでいる。
私はそれを何気なく見届けた後、発言の通りにお茶を用意した。
冷蔵庫的な家具があって良かったと心底思う。この王都は、とにかく暑い。湿気はあまり無いけれど、とにかく日差しが強いのだ。
家の中にさえ居ればそれなりに暑さを凌げるけれど、冷たい飲み物や食べ物の欲求には逆らえない。
湯呑みを2つ用意して、ソファーの前にある小さなテーブルに置いた。
「ああ、シズナさんありがと、う?」
姉さまの返答を待たずに私は彼女の隣に。と、言うか浅く腰掛けている彼女の後ろに回って、抱きかかえるように座った。
「ええと。どういう事ですか?」
困惑したような声が聞こえてきたけれど、今の私は無敵モードだからね。
何というか、理性は悲鳴を上げてるんだけど、どうにもならない感じ。
「何を……むっ!?」
用意している最中に口に含んでいたお茶。それを口移しで飲ませてしまった。
姉さまの唇が柔らかい。けれどそれでも完璧に密着するには至らず、端から溢れたお茶が私と姉さま2人の首筋を通って流れ落ちるのを感じる。
何時の間にか体勢的に、横抱きに近いと思う姿勢になっていた。
「ぷはぁ。姉さますみません、今日は暑いですから」
「……はぁはぁ。なにを、言っているんですか……」
たったこれだけなんだけど、多分姉さまは腰砕けになっていると思う。
経験則だ。
「最近ご無沙汰でしたから、ん」
抗議の声を上げる前に塞ぐ。
2回目で抵抗しているのか先程とは違って固く閉じている花弁を、私は解すようにして啄んだ。長く、そして何度も繰り返すうちに抵抗する気力も無くなったのか。こちらが伸ばした舌が――。
暫く没頭していたけれど、またお茶を口に含む為に一旦止める。
「んっ、はぁ……シズナ、さん、やめなさ、い」
「はは。姉さますみません。ちょっと無理そうです。それに、姉さまも期待しているじゃあないですか」
私の言葉にびくんと肩を震わせた姉さま。
彼女の両手は私の背中に回っているし、その力は落ちないようにと言う訳ではなく。むしろ身体を寄せるような状態になっていた。
「そんなことはあ、っ」
言わせてなるものかと思いつつ、またお茶を飲ませて差し上げる。
今日は、暑いしね。
どのくらいそうしていただろうか。
基礎体温が低いはずの姉さまが、何時もの私くらい火照ってしまっていた。まぁこの辺かなと思いつつ、そろそろアリエルさんが戻って来る時間だ。
「夕方、ですね」
小さく呟いたけれど、その声に姉さまは僅かに身動ぎする事で答えた。
それもそのはず。
彼女は疲れ果てて寝ているのだから。小さな寝息が聞こえてくる。
「さてと。誰か戻って来る前に片付――」
「ただいま戻りましたー。暑かったですのー」
玄関から聞こえてくる声に、腕の中にいる姉さまがまた身動ぎをする。さて、どうやって切り抜けたものか。
結論から言おう。
5秒でバレた。
何でだろう、目に見える証拠は魔術で隠蔽したり隠したりしたし、匂いも消したのだけれど。
「シズナさん、わたくしの種族をお忘れですか?結構、敏感になるものなのですよ。周囲のソレには」
「へ、へぇ。それは知りませんでした」
なるほど納得。
何て言ってる場合じゃなく、今は私が姉さまにやったことを、今度はアリエルさんにやられそうになっている。
天罰覿面ですかそうですか。
「わたくしとしてはこのまま続けたいのですけれど、そろそろお2人が帰ってこられる時間ですので」
「そうですよね。そーゆーの大事でんむっ」
私なんぞの小手先の技術では敵わないと実感できるくらい、アリエルさんは上手かった。何が、とは言えないけれど。
「……今日"は"このくらいにしておきましょう。さて、わたくしは夕飯の準備でもいたします」
「ふぁい」
腰が、砕けちゃったぜ。
さて私が突然色摩になった訳、ではないけれど。
突然こんな事をし出したのには訳がある。まぁ深い理由じゃないんだけれど。
簡単に言えば、身体に馴染んだって言えば良いのだろうか。
今までこの狐っ娘の身体を動かしていて、魔力線の肥大化や月のもの等を経験した。そしてスキルではなく獣人としての獣化能力も経験した。そして、男であった頃の意識も段々と薄れているのを実感している。
つまりは"この世界"での私がようやっと"生まれ始めた"って事なのだ。
するとどうなるか。答えは簡単だ、獣人としての発情の時がやってきたのである。
アヅマ母曰く、始めて獣化して暫くすると、人によってはそんな感じになる事もある。と言われたけれど、私の場合はそれに加えて自分が何者なのかって事が理解できてきた。
だからこそ、身体の発情期に引っ張られそうになっているのだと思う。確信は持てないけれどね、証拠もないし。
ここ最近は本当に苦労した。
だって、この家には誘惑が多すぎる。
お風呂場のドアを誤って開けた事なんて数知れず。今だって料理をしているアリエルさんの後ろ姿に、こう、びびびっときているのだから。
それに最近暑くて、皆薄着だから余計に、ね。
唯一の救いはメルカちゃんにはそんなケモノみたいな衝動が向かってないって事かな。いや実際ケモノか。
誰かと2人きりになった時にはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ色々しているけれど。
そうこう思っているうちにメルカちゃん、そしてモエの順で家に帰ってきた。
まずは皆で食卓を囲み、後は順番にお風呂へ入る。
……私とアリエルさんは、最後だった。
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