6-XX 幕間 彼女の決意
シズねぇが好きだ。例え、女の子であっても。
あたしの幼い頃の記憶と言えば母さんと一緒に居るか、それとも狐のお姉さんと一緒にいた記憶がほぼほぼ全てを占めている。
父さんはまぁ、守ってくれるのも養ってくれるもの有難いし感謝しているけれど、それでもやっぱり抱きかかえられて気持ち良いのは母さんとシズねぇだった。
両親とシズねぇは遠い街で冒険者として出会ったらしい。母さんがよく寝る前に、色んな人との出会いの事を聞かせてくれた。その中の1人が、妙に心に残っているのだ。
物心ついたとき、狐のお姉さんが母さんの話の人物と一致した。何の事はない、偶に家に来て一緒に遊んでくれる人が話の登場人物だっただけの事。
けれど、あたしはいつの間にかシズねぇから目が離せなくなり、手を繋ぐと嬉しい気分になり、抱きかかえられると幸せな気分になっていた。
「ねぇさん!ねぇさん!」
「はいはい、ここに居ますよ。どうしましたか?」
シズねぇには親兄弟が居ないと聞いた。その話を母さんから聞いた時はつい泣いてしまったけれど、あたしが呼ぶと何時もすぐに来てくれるねぇさんは、まるで小さい子の扱いに慣れているようであんまり面白くなかった。
ねぇさんはあたしのねぇさんなのに。
まぁ今思うと変な方向で嫉妬をしていたものだと思う。けれど子供だったのだ、仕方ない。
んで、物心ついて嫉妬してるって自覚した時に同じく気が付いた。
ねぇさんが好きだ。大好きだ。
「あら、メルカもなのねぇ……ほんと、シズちゃんは不思議だわぁ」
あたしがやっと自覚した事実くらい、母さんはもう知っていたようだった。やるな母さん。
けれどあたしはこの思いをどうすれば良いのか持て余していた。だってあたしまだ、4歳だったし。
公園とかで知り合ったヒューマンの子達に聞いてみるけれど、どうにもあたしたち獣人の子は早く育つのか。恋だの愛だのそんな事は微塵も理解されなかったのである。
そんな事より玉蹴りしようぜ!というのが現実だ。
その子達にも好き嫌いはもちろんあるらしいけれど、相手を独占したいとかあたしだけを見て欲しいとか、そんな欲求とは違った純粋なモノだった。
唯一私の気持ちを分かってくれるのが、まさかのライバルだけだったとは。
「こんにちは、アリエルさん」
「ようこそ。おいでくださいました、シズナさん」
何時ものようにシズねぇに抱きついたまま、あたしから見ても綺麗としか言えない人を見る。
「ありえるー」
「メルカさんも、ようこそ」
「おー」
シズねぇが髪が長い人が好きって知っているのか、伸ばしている髪の毛を腰まで下げた彼女は、あたしがシズねぇに抱き付く手を強めたのを目ざとく見つけて、目を細めていた。
別に喧嘩を売るつもりは無いけれど、年の差があるのだ。これくらいは許してほしい。
「2人は仲が良いのですね」
「え、ええ。仲良しですわよね?メルカさん」
「……うんっ!」
シズねぇにメイワクはかけられないから、まぁそこは協力するけれど。
苛められている訳ではない。そんな事をこのお嬢様がしてくる訳がない。何やかんや甘いしね。まぁシズねぇと母さんの次には好きな人だと思う。口には出さないけれど。
「……で、メルカさん。シズナさんの傍に何方もいらっしゃいませんね?」
「うん」
「そう、それなら良いのです」
彼女とは淑女協定を結んでいる。まぁ今のあたしはまだ子供だし何も出来ないけれど、シズねぇがお仕事でない日は何時も一緒にいるのだ、そのくらいの事は分かる。
私は情報を提供して、このシズねぇには見せない腹黒さを持つお嬢様にお願いするのだ。
――シズねぇに変な虫を近づけないで、と。
だって私はまだ子供なのだ。まだ、子供なのだ。
長い人生10年くらい待ってくれても良いじゃない。本当は嫌だけれど、見も知らない他の人がシズねぇに近づくくらいなら、このお嬢様の方が信頼も信用も出来る。彼女も同じはずだろう。
こそこそ話していても、耳が良いはずのシズねぇが気付いたりすることはない。
だって、シズねぇは人をあまり警戒しないし、信用している人には更に警戒しないし。そこは危ういけれど、シズねぇの可愛い所でもあるんだ。
私達が純粋に仲が良いと思っているシズねぇは、ちょっと抜けてて可愛い。悪い虫が付くなんて以ての外。協力できる人とは協力するのが、淑女協定なのである。
だからアリエルねぇ、椅子を用意して座らせようとしないでよね。あたしはシズねぇの腕があったかくて良いの。
「ごめんなさいアリエルさん。慣れてないみたいで」
「そうですわよね。ええ、別に、気にしていませんわ」
シズねぇ、ちょろい。
その後は情報を交換しつつ、若干牽制しつつ会話を楽しむ。アリエルねぇあんまり怒らないでよね、あたしはまだ子供なの……まだ子供でしかないの。
――甘える事しか出来なのよ。
シズねぇが時折震えるようになったのは、はたして何時だったろうか。
あたしが恋心を自覚する前だった気もするし、同じ時期だった気もする。流石に獣人の4歳児でも、それ以前の記憶は曖昧だ。
けれど、あたしを抱いてくれるその腕が、時折震えているのは分かる。だって、その時のシズねぇの顔、迷子になった子供みたいだったんだもん。
公園に連れて行って貰った時だって、シズねぇ、泣いてた。
あまり表情を出さないシズねぇだけれど、私達家族の前だったりアリエルねぇの屋敷だったりすると笑顔を見せる。けど、泣いた顔はその時始めてみた。
私は、子供なの。
思っている事も上手く喋る事が出来ないし、シズねぇを抱き締めて包む事も出来ない。小さなこの身体では。
私は、未だに子供なの。
シズねぇから離れる時はつらかった。死ぬ事なんて珍しい事ではないし、今生の別れになる事もある。
けれど、8歳の何も出来ない自分ではシズねぇを守れない。あの泣いているシズねぇを、癒せる事が出来ない。
だから、8歳になった私は、両親に付いて行った。
シズねぇにはあれでもアリエルねぇが一緒にいてくれるのだ。悔しいけれど、あの人に任せておけば大丈夫だと思う。ま、まぁ後にシズねぇがあたしを入れて4人も囲うなんて、この時は分からなかったけれど。
そこからは3年程、両親の後ろについて旅をした。
ギルドにも登録したし、それまでも父さんや母さん、それにシズねぇが傍にいたのだ。色々学びとっていたし、この3年で基礎はものにしてみせる。3年ってのは王都にある学校に通う為の期間だ。
12歳から入学らしいし、11歳を過ぎたら戻ると決めていたから。
父さんは難色を示していたけど、母さんが笑顔で許可してくれたので問題ないはず。何処の家も母は強し、である。
父さんと母さんには悪いけれど、その3年もあんまり印象に残る事は無かった。
いや、別に覚える事が無かった訳じゃないし、勉強にはなったと思うんだ。
けど、シズねぇがいないしね。
スクィールの里から商隊に紛れ込んで王都まで戻って来た後は、真っ先にシズねぇの家に向かった。
ギルドを通して連絡を取り合っていたし、今シズねぇは長期の依頼で出かけているそうだから、家に居るのはアリエルねぇだけだと思ったんだけれど。
「なんじゃ、おんしは」
勝手知ったるとばかりに入った、3年前から変わっていない家に彼女は居た。
スラリとした羨ましい体系、見惚れる程緑に煌めく瞳と髪をした、耳が長い彼女はエルフさんだろうか。私も見たのは初めてだ。
この家にあるお風呂に入った後なのだろう、薄らと濡れたうなじ。それと大きな服を着たままだから、そこから見える程よい肉付きの太腿が眩しい。
シズねぇ一筋の私でも赤面してしまった。
「んと、シズねぇとアリエルねぇの知り合いです。お姉さんは?」
「ワシは、まぁシズの姉ってとこよ……ははん、おんしシズが言うちょるメルカってぇガキじゃな」
「そ、そうですけど」
何か変な口調の人だなーと、最初に思ったのだ。何となく言いたい事は分かるけれどね。
その後はアリエルねぇが買い物から戻ってきて、そのリーンさんというエルフを紹介してくれた。なんでも、シズねぇの魔法の御師匠さんらしい。
シズねぇとの事を語るリーンさんは、何と言うか会って間もないあたしでも分かるくらい、恋する乙女だった。
こんな事は本気で思ってもいないし、口には絶対に出さない。人の住むところにいるエルフさんって、すごいお年を召しているんじゃ――。
「ふむ、つまりはシズを支えていきたいって事けぇな」
「簡単に言うと」
「ふむ、シズはもともと強い子じゃぞぇ?必要が、あるかいな?」
「……いいえ、シズねぇは、普通の女の子です」
いくら強くたって、いくら珍しく強い技術があるからって、心まで簡単に強くなる訳じゃない。
きっと、シズねぇが求めているのは"家族"だ――あの涙はつらい事が合った事に対しての涙だと思うけれど、もっと根本的に、シズねぇは寂しいんだと思う。
そう、考えていた事をゆっくりと2人に話した。
「ふむ、そうかぇ。まぁ妥当な所じゃろうのぅ」
「そうですね。シズナさんは、だからこそ放っておけないと言いますか」
何の事はない。他の人も、ちゃんとシズねぇを見ていたのだ。
だったらすることは1つ。
"家族"になればいい。
シズねぇが寂しくないように、寂しくてもあたし達が居るんだと分かってくれるように。"家族"になるんだ。
それから30日くらいして、シズねぇが戻ってきた。が、まさか更に1人増えるとは、仲良くなっていたリーンさんとも、ましてアリエルねぇとも予想出来なかった事ではあった。
――シズねぇ、ちょっと家族候補、増えすぎじゃ、ない?
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