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異世界生活の日常  作者: テンコ
第6章 彼女の日常
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6-02

 何となく部屋数が多い家を借りて良かったと思う。今現在我が家は、5部屋全て埋まってしまったからだ。


 ――まさか、ここまで増えるとは自分で驚いているけれど。





 さて無事に長期のお仕事が終わって一安心。そして、給金がすごい多かった事に目が飛び出そうになってしまった。

 何せ、5人でも6年は暮らしていけそうな金額だったから。それには心底驚いてイヴァラさんに聞いてみたけれど、返ってきたのは曖昧な返答。


「ええ、シズナさんのお蔭でアヅマさんとの伝手が出来ましたし。シズナさんを2年以上拘束してしまいましたし、ね。まぁそのお礼と思って頂ければ」

「はぁ」


 何とも煮え切らない返答だったけれど、まぁそれはイヴァラさんが絡むと何時もの事かと思いつつ、今日は他の用事があったのでお暇する事にした。

 ギルド2階の共用スペースに待たせていたメルカちゃんを迎えに行くと、注文したお茶を飲みながらギルドの冊子を見ていた彼女を見つける。何か大人びてるなぁ。


「お待たせしました。さ、行きましょうか」

「うんおかえり!あ、シズねぇちょっと待って」


 残っていたお茶を急いで飲み干したメルカちゃんが小走りに駆け寄ってきた。私の腕に抱き付いてきた彼女を引きつれて、そのままギルドを出る。

 目指すは、王立の学園だ。


 ――学園の事は、姉さまから過去聞いた事がある。


 姉さまが言うには、頭の固い教師やお金を持っている子供、地位が高い人だけが幅を利かせる。そんな学園と聞いていたけれど、ここ数日情報を集めるとまた違った側面が見えてきた。


 先の情報は間違ってはいない。けれど、ちゃんと専科や授業、後は寮等でもそういう人種とは隔たれているらしい。一見差別に見えるが、これは区別をしているのだ。


 つまり普通交わる事の無い人種を交えても問題しか起きないから、という配慮だろう。


 確かに高貴な振る舞いなんて付け焼刃で出来ないし、逆もまた然りだ。分けていた方が"管理"も"監視"もし易いと思う。

 まぁなんの事はない、普通の学園だと言う事である。


 授業は選択制になっており、試験や提出物で単位を貰えるそうだ。ああ、その辺は何処も同じか……。


「でね、接近戦が学べる授業も受けようと思うの」

「そうなんですか、私は全然なので教える事が出来ないのですが、頑張ってくださいね」

「うんっ!」


 もう行きたい学科は決めているらしい、今から入学受付に向かうのに早い事だ。


 あ、ちなみに入学まではあと3ヵ月あるし、焦ってはいない。無理して中途半端な時期に入るのは大変そうだしね。


 そんな事を話しているうちに、学園の前まで来てしまった。

 ……何故だろう、昔を思い出してちょっと緊張する。


「シズねぇどうしたの?」


 身体が一瞬止まったのが分かったのか、腕に絡んだままのメルカちゃんがこちらの胸元に顔を持ってきて、私を見上げてくる。

 あ、何か良い匂いがす――じゃない。


「あ、何でもありません。ええと、大きいなと思いまして」

「ふぅん。ま、いこーねぇさん」


 やっぱり腕を離してくれないメルカちゃんは、掴んだ腕を引っ張って目的地へ誘ってくる。目指すは職員室と書かれた部屋。ではなく学園入口にある見張り用の建物だ。若干兵舎っぽい。


「あの、入学申請の件で伺ったのですが。入っても宜しいでしょうか?」

「どうもこんにちは。ええ、すみませんが持ち物の検査を致しますけれど」


 そう言って軽く詠唱を始める門兵さん。何でも、武器や危険物、薬物や収納袋の検査をして、それを預かるか使えないようにしてくれるらしい。さすが、一応お金持ちも通う学園だけはある。


「ん、収納袋が1個ございますね。お預かりしますか?」


 聞かれたので、素直に持ってるものを渡す。ここで渡したくないって人には、学園内で袋が使えなくなるようにロックする魔術をかけるらしい。本人の同意の下では、呪術系にあたるその魔術も簡単にかかるそうだ。


 他は特に問題が無かったので、メルカちゃんと2人して敷地内へ入る。今度こそ職員室に向かうのだ。

 今日は休みの日らしいのだけれど、校舎の裏側。多分運動スペースにあたる部分から剣戟の音や叫び声が聞こえてくるので、自主的な活動をしているのだろうと予測できる。

 その音に変な感じだが癒されつつ、門兵さんに指定された建物に入り、そこから目的の部屋に辿り着いた。


 小さな受付窓を見つけたので、声を掛けると受付係だろうか年若い先生が前にくる。


「ようこそいらっしゃいました。当クレィオス学園へのご入学希望ですか?」

「ええ。この子が」


 そう言って、流石にもう腕に抱き付いてはおらず、斜め後ろに佇んでいたメルカちゃんの背を押して前に出す。職員さんは狐とスクィールの組み合わせに若干思案の色を覗かせたが、保護者の代わりと説明をした。

 と同時にメルカちゃん経由で夫妻から預かった、記入してある入学用用紙一切を渡すと簡単に納得してくれた。


「なるほど。ご両親は遠方で、そこの方はご両親の指定された保護者ですね」

「ええまぁ、そういう事になります」


 その後は簡単に質疑応答を経て、入学の試験は無い事やその代わりに一定の成績を残し続けられなければ退学と言う事、それに費用の事も簡単に説明を受けた。最後に学院の規則が載っている冊子を貰い、その場を後にする。


『その冊子には、上流階級の方とのいざこざを回避させる術も書いてますから。お嬢さんによくお聞かせくださいね』


 別れ際の若い先生の言葉だ。

 まぁ見るからに一般人の格好だし、言われるもの別に気にしない。けれどそんな事を言われると、これからメルカちゃんが学ぶ所が魔境に聞こえてしまう。


「ねぇさん、大丈夫だよ大丈夫」


 不安そうな顔がバレたのだろう明るく励まされてしまった。


「そうですね。でも、何かあったらすぐに言うんですよ?」

「はーい」


 可愛い妹分を守る為なら何だってしてみせよう。

 まぁ私に出来る事は少ないけれど、私には皆がついていてくれるし。頼りにさせて貰うのだ。


 門兵さんの所に寄って荷物を返して貰った。ここを出る為に学園の門前まで来ると、もうメルカちゃんが腕を絡めてきた。少し肌寒い季節だからだろうか、獣人同士の体温はひどく温かくて安心する。


 こんな時期にやってきた保護者と子供の獣人が珍しいのか、学園の敷地内からこちらを伺っている子供達を尻目に門を潜る。そのまま一緒に夕飯の買い物をして、もっと温かい空気を纏うだろう家に戻った。





 それからの日々は嵐のように過ぎ去って行った。主にメルカちゃんの学園入学の件で、だ。


 まずはリーン姉さまが渋い顔をしながら、それでも魔術の事について叩き込んでいく。私はその助手だ。

 魔力という良く分からない存在は、どの個体にも等しく存在する。その保有残量は個人によって差があるけれど、ね。中には満足に魔術1つ使えない量しかないという人もいるけれど。


 つまりメルカちゃんもちゃんと学べば魔術を使えるかもしれない、と言う事だ。


 学園入学に際して大人側からの余計なお世話なのだろうか、けれどメルカちゃんは弱音は吐くけれどやめる事はせず、姉さまと私の授業にも喰らいついてきた。

 にも、というのが曲者である。


 そう、授業は魔術だけではないのだ。


 意外にも体術や身の動かし方。あとは武器の手入れ等の近接戦周辺の知識や技術をモエが会得していたのだ。

 その辺はほら、あの九尾の母アヅマさん直伝だと言う。何か納得、あの人底知れないしね。


「基礎体力は十分。まずは呼吸法からね」


 そうぶっきら棒に発して一緒に庭で身体を動かしているモエと、それに齧りついているメルカちゃんを見ながら、アリエルさんとお茶をする。一応怪我した時の応急処置と、休憩の為の補助要員として待機しているのだ。


「メルカさん楽しそうですわね」

「ええとても。やっぱり学園に入れるのは嬉しい事なんですかね?」

「それもあると思いますけれど、一番はシズナさんと一緒にいられる事では無いでしょうか」

「はは、そう思ってくれるなら嬉しいですけれどね」


 簡単な組手を始めた妖狐とスクィールの2人を視界の端に捕えつつ、今日も美味しいアリエルさんのお茶を頂く。姉さまはギルドに寄って仕事を見繕ってくるらしいので、家の中には誰もいない。

 何でも魔術は定期的に行使しないと、筋肉と同じで身体中の魔力線が細くなり弱まっていくらしいし。定期的な魔術の放出は欠かせないという。


 そしてアリエルさんにも授業はある。

 学園内での常識だったり授業の簡単な説明だったり、だ。何と彼女は学園の卒業生らしい、ああやっぱりって感じ。


 英才教育には程遠いけれど、一応現役の冒険者や元学院生。そして最近まで普通に狩猟で生活をしていた獣人の教えを一身に受け、メルカちゃんは成長していった。

 3ヵ月という少ない期間ではあるけれど、それでも投げ出す事なくついてきた彼女はとても11歳とは思えない。立派な女性であると言えるね。


 そして――





『――先生や先輩方の知識を取り入れ、成長の糧として学んでいきたいと思います』


 檀上の生徒のスピーチを聞きながら、うとうとしていた意識を腿を抓って覚ます。危ない危ない、妹分の入学式で寝てたなんて知れたら彼女が悲しむ。


 3ヵ月という時期は足早に過ぎ去り、入学式当日。私は保護者として席に座っていた。子供の成長と言うのは早いもので、しかも獣人というのだから輪をかけて早かった。

 家に戻ってきた当初は子供然としていた雰囲気が、ちょっと大人の空気を出すまでになっている。

 これと言って身長が高くなった訳でもなく、口調が変わった訳でもない。何と言うか、精神的な成長をした感じだ。何かあったのだろうか?


 まぁ遠くに見える後姿を若干誇らしく思いながら、つつがなく式は進行していった。襲撃されるとか、魔力が暴走するとか特に無く。


「シズねぇ少し寝てたでしょー!」

「そ、そんな事ないですよ?」


 式が終わって家に帰る途中、指摘されてしまった。バレないと思ったんだけどなぁ。何でだろう?


「あたしがシズねぇの事で分からない事ある訳ないじゃん」


 大事な式でうとうとしてしまった事に怒っているのか、頬を膨らませてぷりぷりするメルカちゃん。何か可愛いけれど、ここは謝った方が良さそうだ。


「ごめんなさいね、お詫びに、お休みの日に何処かへ連れて行きましょう」

「やたー。忘れちゃだめだからね!」


 ちょろ……機嫌が直ってくれて良かった。この世界の娯楽は芝居や劇、ボードゲームやカードゲームもあるけれど、やっぱり獣人だし身体を動かす事の方が楽しいのである。

 ちなみに姉さまやアリエルさんはインドア派だ。さもありなん。


 ちなみに学園には寮があったのだが、メルカちゃんが家から通う方が良いらしく入寮は見送りになった。片道獣人の歩きで15分くらいだし、朝の良い運動になるそうだ。

 お弁当はアリエルさん御手製でちょっと羨ましいと言う事を伝えると、頬を染めたアリエルさんがではお仕事の日は私が作りましょうと提案してきてくれた。後になって気が付くが、愛妻弁当の催促だったみたい。ちょっと恥ずかしい。


 そんな事を考えていると、また不機嫌な顔になったメルカちゃんに腕を引っ張られて、入学祝を強請られてしまった。どうも妹分には弱いのか、断れなかったけれど。


 まさかこのほのぼのとした買い物を見つめる瞳がある事なぞ、この時は分かっていなかった。


 そしてその瞳が、これからメルカちゃんが通う学園の子のモノだと言う事も。

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