5-XX 幕間 彼女の想い
「モエちゃーん。ちょっと外に行きましょう」
シズナの事を知ったのは十数年前だと思う。
母様が人里から連絡を受けて存在を知った妖狐。他の妖狐に聞いても知らなかった、そして色々連絡を受けて行くうちに分かった事がある。
その妖狐は親無しだと言う事。
自分の種族だから何だけれど、妖狐は身内に甘い。それも過保護と言い換えても良い具合だ。
それなのに私と同じくらいの年の子が、1人で人里の街に居ると判明した時の大人たちの反応は凄かった。
最初、少し怪しんだ者も確かに居た。
情報通りの街周辺には過去妖狐が居た形跡が無かったから。他の集落に聞いて回ってもそんな子は居ないはずと言われ続けてきたらしい。
けれど人里の、冒険者ギルドとか言うらしい組織で集めたシズナの特徴は、紛れもなく妖狐の物。
距離が離れているらしいし、確認する為に時間が掛かってしまったけれど何とか対象が妖狐だと分かった。
そして連日連夜、集落ではシズナという妖狐の扱いが話し合われる事になる。
「母様、何処に行くのですか?」
「人里よ。例の子、迎えに行くわ。モエちゃんも外に出る良い機会よ」
私の母様は、この集落でも古株だ。私の自慢でもあるし、母様の子である自負もある。
「……分かりました。モエも行きます」
「良かったわぁ。すぐに出ましょう」
その時は、私の母様が他の子に意識を向けているのが、嫌だった。
「あれがそうよ」
「……はい」
予定されていた街まで来た妖狐。
その翌日、ギルド長と名乗った男が母様に手紙を持って挨拶に来た。何でも彼女が運んできた手紙は、母様への連絡用だったらしい。
手紙を受け取った母様と一緒に、街を見て回る妖狐をそっと覗き見る。
――なんて事は無い、見慣れた妖狐種。
黒髪なのは種族の特徴。その髪を背中の中程まで無造作に伸ばし、飾りも何もしていない簡素な服装で街を歩いている。
毛並みには気を使っているのか、耳と尻尾の艶は良い感じだ。けれど私はもやもやした気持ちのまま、彼女を見る目に力が入ってしまう。横にいる母様が彼女を見つめる視線は、私の物だったのに。
獣人は気配に敏感だ。
けれども獣人同士だとそれを躱す術もある。親無しの妖狐は知らないだろうけど、変化と幻惑を駆使してかなり近くから観察する事も可能だ。
母様に習ったその技術を行使して、母様と一緒にその妖狐の後を1日中追う。
見ている限り、性格に問題は無い様だ。
ギルドの情報と同じだったらしく、妖狐を見つめながら母様は頷いた。それを見る私の顔は、いっとう厳しくなるのが分かる。
……その時は焦っていたのだろう。
年上の子達は暫く前に集落から、文字通り追い出された。有無を言わさずの表現が合う程の行為だったのを覚えている。
私も、そろそろだ。
「じゃあ、モエちゃんとは暫くお別れね」
「……」
あの妖狐を見送ってからすぐ、母様は私にそう仰った。そして私の返事も待たず、彼女の後を追って行く。
「……母様。私の番、ですか」
小さく呟いた自分の声を拾ってくれるヒトは、居なかった。
人里の街で1ヶ月程暮らし、その後は足早に集落に戻ってきた。
1ヶ月程の暮らしで世話をしてくれたのは、追い出された年上のお兄さん。
彼は手先が器用だったから、それを生かして服飾関係の仕事い就こうと日々頑張っていた。
そんな彼に色々話を聞きつつ、窮屈な人里の暮らしを何とか終える。
手持ちは全て母様から頂いでいたから不自由はしなかったが、今まで周りに居るのが当然と思って居た大人から離されるのは初めて。
かなり精神的に参ったのを自覚する。
そして家に帰ってみれば、出迎えてくれたのは母様ではなく……あの妖狐。
「お帰りなさい」
「貴女……」
家事の途中だったのか、前掛けで手を拭いながらやってきた。
適当に返事をしてしまったから、その時の事はあまり覚えてはいない。気を利かせたつもりなのか、すぐに奥へ引っ込んだ彼女を視界の隅に捉えつつ母様に事情を聞く。
「母様!何であいつがッ!」
「モエちゃん、そんな事言わないの。シズナちゃんはこの家に住んで貰うのよ」
「ッ……」
予想が当たった。
けれど全然嬉しくない。
「彼女には色々教えないといけない事もあるし、何より今は"不安定"だから」
「住んでもらうって……」
「言葉通りよ。暫くは一緒に暮らすわ」
母様の言葉が耳に入らない。
そんな事は初めてだったけれど、今はそれどころではない。自分の縄張りに異物が入って来たかのような、何とも表現し難い感覚を覚える。
「そんなの、母様がすることじゃあ……」
「関係無いわ。それに何だか彼女、放っておけないのよ」
「何ですかそれ……」
"九尾"である母様がそんな事をする必要は無い。
そう訴えても聞き入れてくれない母様に、逆に諭されてしまう。
「モエちゃんも今まで周りに良くして貰ったわよね?」
「……はい」
「それを受けられなかった子の事、分かる?」
「分かりまッ……いえ、私には……」
突きつけられる言葉に返せない。
確かに考えないようにしていたが、恵まれているのは確かだ。
高々20年と少しばかりの赤子にも等しい年齢。
ヒトの常識だと20歳は大人に分類されるそうだが、長寿種。他に一部の獣人ではまだまだ子供扱いと言っていい程の年。
妖狐は比較的境界が曖昧だが、100歳になっても子ども扱いな種はざらにある。
そして今まで甘やかされてきた自覚のある私は、庇護の無い生活が理解出来ない。私は……まだ弱いのだ。
「2、3日は無理だと思うけれど、モエちゃん。シズナちゃんと仲良くね」
話しは終わりばかりに短く母様は言い放ち、その話は終わった。
後は他愛も無い、私の街での生活の話。
母様との時間はとても楽しく、ふとあの妖狐は親が居ない事を頭の片隅で考えてしまっていた。
言われた通り、2、3日は私の整理がつかないのか態度は悪かったと思う。
けれど少しずつ少しずつ、自分でもゆっくりだとけれど、何とか改善しようとした。
そしてそんなある晩、私は見てしまった。
用事があるからと母様が出て行った家で、その年では有り得ない九つの尻尾を。
後は簡単な話だ。
獣人とはケモノの心を持つヒトガタ。それが常。
得てして肉体の本能は、理性を凌駕する。
九尾を持ち、そして荒々しい彼女に対面して。私は抗えない魅力を感じてしまっていた。
今までの自信の気持ち、感情など関係ないかの如く。
――私の身体は彼女に擦り寄っていたのである。
色んな作品で獣人がちょろいのは理由があると思います。
獣よりの本能に抗えない、とか。理性で感情は止められない、とか。
主人公に物語的な部分で魅力はありませんが、亜人な女性は主人公に魅かれてしまうという設定です。
純粋なヒューマンは基本絡みません。
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