5-11
「つまり、尻尾が多いのは珍しいと」
「そ。母様とか長とか位かな。シズナはそこまでの年齢じゃないのよね」
「まだ20歳代ですが」
「だからおかしいの。そこまで尾が裂けるのは、千の年を重ねてって言われてるし」
「裂ける?」
「尻尾が増えるのをそう表すのよ」
その辺の妖狐的に常識な事は、虫食いの様に知識が抜け落ちている。
アヅマ母が出かけて行った後の家。そこで私はモエに色々質問をしていた。彼女に最初、尻尾を見られた時の反応が尋常じゃあ無かったから。
いや私もずっと昔、9本あることを見られたらダメだと思ったはずなんだけれど、それは何となく思ったに過ぎない。
今ははっきりとしているが、昨日までの本能に侵された薄ぼんやりした思考の中では、見られた事の危機感が湧かなかった。
「でもまさか獣化が生まれて初めてだったとはね~」
「ええ。大分慣れてきましたが、何か刺激を受けると獣化してしまいそうです」
スキルでの変身は経験しているので、厳密には初めてとは違うけれど、そう言っておく。
そして今はヒトガタになっているが、何か驚いたり衝撃を受けたり、感情が高ぶったりしようものなら今も残りの尻尾が出てしまいそうだ。
昔、孤児院の部屋で出してしまった事を思いだす。
「時間が経てば無意識に抑えられるようになるわ。身体の一部なんだもの」
「そうあって欲しいです。多いと、微妙に邪魔ですし」
「そーなの?」
現在は寝台の上。
そこに並んで座っている状態だったのだが、何時の間にかモエは、私の溢れ出る尻尾の束の中へ埋まっていた。
微妙にくすぐったい。
「ふさふさが気持ちいいのは分かりますけど……」
「落ち着くの。母様みた――こほん。気持ち良いからね」
「……そうですか」
マザコンなのだろうか……いや決めつけるのは早計だ。
ロリコンの人に君ロリコン?と単刀直入に聞いても答えないものだし。すぐに答えるのはネタにしている人だけだと思う。
私はロリコンとは違うけどね?
「あまり外では尻尾を出さない事ね。妖狐の尻尾が多いのは年齢のせいだってのが常なんだし」
「そうですね。分かりました、面倒な事になるのは御免です」
「私には見せて良いけれど」
ぐりぐりと顔を埋めてくるモエ。
付け根の当りがムズムズしてくる。その感覚に並行して、変な感情が湧いてきた。
そふと横を見ると、寝台に寝そべっているモエ。
その尻尾は何が楽しいのか、大きな弧を描いてゆっくりと揺れていた。の動きから、目が離せない。
「ん~。やっぱり多いと良いわね」
「……」
そんな声が聞こえてくるが、頭に入ってこない。
身長は私より低いモエ。
けれど出るべきところは出ている。彼女の尻尾は私のモノより少し細めで綺麗なラインを描いていた。
その美しい毛並に沿って目線を下げると、寝間着だろうか薄い布に包まれた双丘に辿りつ、いや何を考えているんだ。
落ち着け。
一旦落ち着くんだ。
「ま、まだ慣れてないのであんまり触るのはダメですよ」
「だいじょーぶよ。むしろ刺激を与えた方が方が早く慣れるから……多分。それに一度落ち着いたんでしょ?女同士だから問題は無いはずよ」
だいじょうぶじゃなーい。
それは純粋な女の人の場合だろう!
確かに身体の最適化中は獣の欲求が強くなり、男でも女でも見境が無くなると先程聞いた。慣れてくるに従って、理性で抑え込めるとも。
けれどダメだ。私の中にある男性の部分がこう、鎌首をもたげて舌なめずりをしている感覚。
多分だけど同種族だから惹かれてもいるのだと思う。狐のケモノ的な感情に。
それを抑えるのに必死になる私。
「……アヅマさん今日は、戻って、来ないらしいで、すよ」
「そう?母様は何かの集会かしら……そういえば、あとどれ位でシズナは出て行くのよ」
「まだ……分かりま、せん」
「ふぅん。さっきも言ったけど、私もそろそろ此処を出て行かないといけなくなると思うの」
「……」
「だ、だからね。わ、私も一緒に着いて行って、良ひッ!?」
気が付いたらモエの滑らかな曲線の先。首筋まで続く背筋に手を添えていた。
意外に手触りが良い寝間着の感触を楽しみながら、その手を前後させる。
「ッ、くすぐった。何、どうしたの」
「すみません。何と言うかもうだめです。今回は意識がはっきりしていますが、抑えられそうにありません」
「え、え……え?」
「頂きます」
その日私は思い知ることになる。
本能には抗えない。
何をしても無駄どころか、流されるままが楽であると。
今まで中途半端な理性が抗っていたが、むしろ積極的になったほうが色々捗ったし、満たされる部分もあった。
昨日は意識が薄い状態でしてしまった行為。けれど今ははっきりと知覚できる状態でやってしまった。
……いやただのグルーミングですよ?
翌日、妙に艶が出た尻尾を下げながら、私とモエはアヅマ母と朝食を取っていた。
ほうじ茶のような香りのする香ばしい飲み物を飲んだあと、アヅマ母は落ち着いた口調で話しだす。
「いいわよ。そうなると思ってたの」
私が記憶の中の白米と比べて若干物足りないと感じる麦飯を食べつつ、昨日の事を説明した率直な返答。
昨日の、とは言っても全てを話した訳ではない。
九尾の事とかは省いている。それに続いてモエ自身が私と出て行きたい旨も話したのだが、それも含めての返答だ。
……実の娘が襲われたことも含めてだろうか?
いや襲った私が言うのもなんだけれど。
「思っていたんですか?」
「ええそうよ。それも、シズナちゃんを見つけて暫くしてからね」
「え?それってかなり前じゃ」
「まぁね。そろそろモエちゃんを離さなきゃいけなかったし、何も知らないらしいシズナちゃんもいたし、この際だからまとめて片したいと思っていたのよ。イヴァラもいたしね」
「何故イヴァラさんが出てくるのでしょうか。関係ないのでは?」
「ちょっとね――」
同い年くらいの子と一緒にすれば、モエも触発される。
はぐれらしい私にも妖狐の事を教え込める。
アヅマ母側はこう考えた。
そしてイヴァラさんつまりギルド側からすれば、妖狐に恩を売って私という個人的な伝手も出来る。
色々な事情が合わさったかららしい。
正直ずいぶんと長い作戦だなと思ったが、妖狐の寿命からすればそれこそ一瞬かと思い直す。
「では母様。私に人の街で少しばかり暮らせと仰られたのは……」
「練習みたいなものね。ほんの少しでも慣れていた方が良いでしょう」
「……なるほど」
私が最初にアヅマ母に会った時に実はモエも居たらしい。
そして私が妖狐の集落に向かった後、家を借りて1ヶ月程生活していたそうなのだ。その街にいる妖狐の手を借りながら。
「誰も損していないでしょう?シズナちゃんは知識を得る事が出来たし、モエちゃんは成長の一歩を踏み出せるのよ」
「いやそうなんでしょうけど、そんな昔から……」
いや私が何も気が付かなかっただけなんだろうけど。
イヴァラさんが私を嘱託にしたのも。そしてその原因になったであろう奴隷事件を利用したのも。
私ってちょろすぎじゃないか……。
「断っても良いのよシズナちゃん。モエは嫌い?」
このタイミングでなんて質問だ!
横にモエが居るのに!
泣きそうになってるのが視界の端に!
「……嫌いという訳では」
「なら、問題は無いわね。これでもモエには色々教えてるのよ。色々、ね」
妖艶な笑みを浮かべて、けれど朗らかに笑うアヅマ母。
いや同じ九尾とは思えない。確かに年の重みを感じるし、今の私では逆立ちしたってこんな笑みは浮かべられないだろう。
「母様。今までお世話になりました」
「暫く外で学ぶのよ。戻って来たとき何も成長していなかったら――」
「し、していなかったら――?」
「最近はしていないけれど、それはもう恐ろしい罰を――」
「外の世界で立派に成長してみせます母様!」
母娘の微笑ましい会話を聞きながら、今更ながら分かった事がある。
私の中にある獣人の本能はかなり自由奔放で、それに男性としての想いが合わさるともう手が付けられない。
昨晩だって――。
心温まる親子の愛を尻目に、さてこの件をアリエルさんにどう説明しようかと頭を悩ませていた。
――時は経ち、妖狐の集落を出て1年。
やっと王都に辿り着く。
行きより時間がかかっているが、元々のステータスで底上げされていた私の身体能力にモエが追いつけない事が判明したので、歩みが若干遅くなったのだ。
結局あの話し合いの後も集落で半年近く過ごし、その期間を含め合計約2年で王都まで戻ってきた訳でもある。
それまでは色々あった。
モエが集落の皆との別れで号泣した事もあったし、私も皆からまた帰って来いと言われて涙腺が緩んだのも良い思い出だ。
あの夜以降モエの態度も変わっている。
ツン2デレ8くらいの割合で、人前ではあまりくっ付かない。
旅の最中も部屋は2つ取ったし、一緒に寝る事は、5回に1回。いや2回……3回?4回だったかな……まぁ少なかった?、と思う。
王都までの道中は、私もモエも元が獣だからだろう。
かなり楽なものだったし、私の召喚獣を紹介したら仲良くなってくれて嬉しい限りである。
特に幼いロッテとはズッ友みたいな関係だ……ロッテは精神年齢がかなり若いのだけれどね……。
ま、まあ無事に王都の家まで着いた訳である。
「ここがシズナの家?庭は広いわね」
「ええ、まぁ」
無事に我が家の前に立った時の、モエの一言。
それを聞きつつ、私は久しぶりの家を前にして緊張で固まってしまっていた。
私はアリエルさんに有りの儘を説明して、これからの事を考えないといけない重大なイベントをこなさないといけないのだ。
王都は人が多く、そのうちはぐれそうになってしまっていたモエの手を引きながら、2年弱ぶりの家に入る。
入口で声を掛けたが、何時も玄関まで迎えに来ていたアリエルさんが来ない。
稼働鎧達から何も連絡は無かったし、ギルドから連絡も無かったので事件ではないはず。
首をかしげながら靴を脱いで家に上がると、そこには考えも及ばない光景が広がっていた。
「おかえりなさい、シズナさん」
「おかえりシズねぇ」
「戻ったか。シズ」
上からアリエルさん、メルカちゃん。そしてリーン姉さま。それぞれ居間に座っていた。
「……多くない?」
後ろからはモエ。
――さて、修羅場かもしれない状況を前にして、私の迂闊さはどうしたものか。
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