表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界生活の日常  作者: テンコ
第5章 彼女の帰郷
80/99

5-10

「で、どうだった?」

「どうと言われましても……」


 日を跨いで戻って来たアヅマ母。

 朝の落ち着いたひとときに聞かれたのがそんな言葉。テーブルに肘を置き、コップの淵を撫で意味深な笑みを浮かべながら。


「モエちゃんもそろそろ大人だし、ちょっと対応が悪かったからね」

「……」


 あれか、キツネは子を旅立たせる際にきつくなるって事か。

 でも……。


「良かったんですか?私がした事って……」

「あんな物よ?獣化の衝動なんて」


 今も寝台の上で寝ている彼女の姿を思い浮かべながら、そう言う事なら大丈夫かなと考え直す。

 確かに無茶な事はしていないと思うし、結局意識を失っていた時間も少しだったし。

 意識が戻っても身体は止まらず、何というか、アリエルさんと私がリバったくらいの事をしてしまった……無茶かな?無茶か。


「戻った時の匂いと言ったらもう、私もあと2000程若かったらねぇ」

「……2000……2000?」

「とりあえずモエちゃんは一度ここから出す予定なのよ」

「はぁ……そ、そうなんですか」


 何かすごい数字が聞こえた気がしたけれど、その後の答えは理解出来た。

 娘さんが私に冷たかったのって、甘やかされて育ったからじゃないかと思うんだ。それが原因の全てって訳では無いだろう。しかし一端だとは感じた。


 この集落には彼女以上に若い子は居ない。

 見た感じ年上なのは私の方で、けれど妖狐として未熟だった為に大人方は私に構っていた。今までちやほやされていた立場から、急に疎外されてしまったと感じたんだろう。


 さらに、そろそろ大人として扱おうと言う周囲の反応が見えた、ってのもあるのか。

 とても厳しくて突き放す様な感じだと聞く。


 そこで私に八つ当たりを――というのが理由かな。


「それに、一度は最適化中の対象になるのも経験よ。若いうちに知っておかないと対応出来ないからね」

「なるほど。あ、ちなみに彼女の最適化後は何をしたんでしょう?」

「本人に聞けば良いと思うわ」


 何か思い出しているのか、くすくすと笑みをこぼしながらアヅマ母は返答した。





「色々聞いたけど。さて、どうしたものか……」


 アヅマ母は今日も休みにすると言って、外に出て行った。

 完全に娘さんをフォローをしろって事だな。


 疲れ果てて寝台で意識を失うように寝ている娘さん。その横に座って何時も通り尻尾を手入れしながら、この後どうするべきか思案する。


 いやまあ変なお膳立てはあったが、致してしまったのは確かだ。


「しかもこれがなぁ……」


 今梳いている尻尾。

 アヅマ母の前では1本だけ出していたが、今は9本全て晒している。


 スキルでの獣化をメインにしていた時は見せる事も無かった。スイッチを切り替えるように身体を変えていたから、意識しなくとも9本が出なかったからだ。

 けど身体能力の延長として獣化をした時、そもそもの九尾を隠すのが大変になってしまった。


 いやスキルに戻せば良いのだけれど、何故か嫌なのだ。

 押さえつけられる感覚と言うべきか。

 強制的に姿を変えられるスキルが嫌いになっていた。これは理屈じゃなく、正しく本能。


 まだ経験が少ないからスムーズに獣化できないが、積極的に使いたいと思う程こちらが身体にあっている。


「けど、九尾は多いなぁ……」


 いざ出し続けてみると、もさもさ具合がやばい。

 手触り肌触りは最高だし、出していると力が湧き出ている気がする。でも、下手をすれば自身の身体より大きい尻尾は、若干邪魔だ。


「ぅぅん……」


 そんな事を考えながら、けれど手入れを続けていると彼女が目を覚ます気配を見せる。


「あれ、私は……」

「おはようございます」

「……ひッ!」


 私が目に入った彼女は声を上げた。

 失礼だと一瞬思ったが、私が昨日彼女に"してしまった事"を思えば仕方ないか。


「母様は……」

「外へお出になられていますよ。あの手紙の事も本当だとも」

「う、そ」


 昨晩は手紙を彼女にも見せていた。

 目を潤ませた娘さんに手紙を突きつけた時の表情はとても良、いや違う。とても驚いていた。本当か疑っていたが、私が今朝確認したから間違いない。


「また、する、の?」

「いえ。もう身体は落ち着いていますし、大丈夫のはずです」

「そう……」


 確証は無かったが、落ち着ける為にそう答えるしか無かった。

 実は今も襲いたくてうずう、いや撫でまわしたくてうずう、いや慰めようとしているし。


「私は」

「はい」

「私は……」


 何かを言いかけて止まる。数度繰り返したあと、深呼吸をした彼女は小さく呟いた。


「怖かったの」

「怖い?何がです?」

「……外に出るのが」

「集落の外なら幾度か出ているのでは?」


 幾度か外に出ているらしい。

 アヅマ母が連れ出しているのだと聞いたが、さて。


「ううん。そろそろ私の番だから」

「ああ、なるほど」


 やはり、彼女もここから出ないといけない事を勘付いている。


「少し前に、私と同い年くらいの妖狐が1人で居るって、母様が言ってた」

「私ですか」

「うん。色々調べて、親が居ない子だって分かったの。そしたら、集落の皆がね――」


 今まで末っ子の様に可愛がられた彼女は、初めて構って貰えない経験をした。

 この集落は全体的に高齢で、若い子は見かけない。今まで甘々だったから突然の豹変は驚いたのだろう。それからの過程は省くが、私に嫉妬するようになったらしい。


 身体の成長が遅い長寿種は精神的な成長も緩めらしく、年の割に幼い様だ。


「まだ、獣化も出来ないのに、って思って……」

「なるほど。申し訳ありません、更に追い打ちを掛けてしまっ「ううん違うの……」はい?」


 うん?


「その、昨日まで、ごめんなさい」

「え、ええ。気にしてません」


 何時の間にか、寝台から伸びていた手が私の膝の上に乗せられていた。


「それでね、あの、私。モエって言うの」

「あ、はい。シズナと申します?」


 ん?なんか雲行きが。


「し、知らないの?獣人は強い人に、惹かれるのよ」

「……はて、聞いたことはありますけれど」

「昨日の夜は、凄かった、わ」

「……」


 何という事だろう。

 毛布を深く被って、けれど毛並みの良い耳がひょこひょこと動いているモエさん。小声でそんな事を言い出した。


 え、何これ。え。


「九本なんて、初めて見た」

「そ、そうみたいですね。私も見せたのは初めてです」

「うふふ。初めて同士なのね」

「……」


 仲良くなったとは思う。思うのだけれど。


「昨日は、凄かった……シズナさんは、何時もああなの?」

「ええと、普段は、あれ普段通りなのかな?兎に角モエさん申し訳ありません」

「モエって、呼んで」

「……」


 いや最近私の脳が仕事していない。

 もっと考えないといけない。

 何か事態が変な方向に加速している気がする。そして何時も通り流れされている気がする。あれ私ってポンコツじゃない?


「九本って事は、私ともお似合いね」

「はい?どう言う「母様は知ってるの?」……いえ先程言った通り、見せたのはモエさんが初めてです」

「そう、なるほど。あ、あとモエって、呼んで」

「分かり、ました」


 昨日までのツンケンした態度から変わって、毛布から少し顔を覗かせたモエさ、モエは頬を赤くしながらこちらを見てくる。

 何だろう心臓が早鐘を打って、どうにかなりそうだ。

 アリエルさんと一緒に居る時、リーン姉さまと一緒に居る時と同じような状態になってしまっている。


 9本ある尻尾が逆立って、無性にモエを舐め、いや撫でたい。

 同族だからか。他の人より肉体的に惹かれている気がする。


「シ、シズナって呼んで、良い?」

「ど、どうぞ」


 すごい恥ずかしい。そして何だこの桃色空間。

 浮気か!浮気なのか!?


『シズナさんは、わたくしより長く生きるでしょう。そして、2人で居る間にも、貴女に寄って来られる方も多いでしょう』


 何時かアリエルさんに言われた言葉を思い出した。

 ああ、なるほど納得。


 獣人は一夫一妻じゃあない。


 魅力的な個体に複数の個体が惹かれる種族だ。

 そして強いからだけではなく、むしろ弱いから守ってあげたい。欠点があるから補ってあげたい、と思うらしい……自分で言ってて悲しくなるけれど。


「ヒトの番を、持ってる、らしいわね」

「え?つ、番と言うか。まぁ一緒に住んでいる人はいますね」

「女だっけ?」

「ええ」

「……じゃ、一緒に行くわ」


 今、何て?


「つまり?」

「私は貴女と、一緒になりたいって事」


 言い放った彼女は、毛布を深く被り直した。耳が動いているし、少し出ている手まで真っ赤。


『娘をお願いね』

『?』


 ――朝食後、アヅマ母が出て行くときに呟いた言葉が、唐突に思い浮かんだ。

ご意見、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ