5-08
スキルを使わず変化、獣化がある程度出来るようになった頃。身体に細かな異変が見られるようになった。
……生まれ育った街から王都への移動中に経験した、初めての感覚。あれに近い感じ。
怠いし痛いし、身体が重い。
「シズナちゃんもそうなったのね」
「そう、とは何でしょうか?」
「慣れてきたから身体が最適化してるのよ。今度から獣化しやすいから注意してね」
「はぁ、気を付けます?」
彼女のそんな言葉に、もう少し突っ込んでおけば良かったと後悔する事になった。
「ただいま!」
妖狐の集落にお世話になり出して2ヶ月。今日は何も無いゆっくり出来る安息日だ。
母親になると豪語したアヅマさんは、リビングで本を読みながら寛いでいる。
太陽もそろそろ真上に差し掛かり、私は当番なのでお昼を用意しようかと台所に入ったその時、玄関から声が聞こえた。
「帰ってきたわね。シズナさん出てくれる?」
「分かりました」
特に問題なかった為、私が対応する事に。
あれかな。前に言ってた娘さんだろうと当たりをつけ、前掛けで手を拭いながら玄関に向かう。
元々住んでいた娘さんなのだ、先に挨拶するのが筋だと思うし。
「お帰りなさい」
「貴女……」
玄関に座り込み、ブーツらしき頑丈な靴を脱ぎ終わったのだろう。振り向いた彼女と目が合った。当然立っている私は娘さんだろう若い女の子を見下ろす形になっている。
「初めまして。アヅマさんにご厄介になっております、シズナと申します」
「……知ってるわ」
ゆっくりと立ち上がった彼女に手を差し出す。
身長は私と同じか、少しばかり低いくらいだろう。母親譲りの黒髪を肩口で切り揃えていた。そしてそれに見覚えがあると思ったら、アヅマ母が私と会った街で変化していた髪型だ。
……どうせなら若く見せたかったのだろう、本人には言わないけれど心の中でそう思った。
服は薄い紫で、黒髪を映えさせている。
今まで外に出ていたからだろう、着物では無い。けれどどことなく日本を感じさせる風体。懐かしく感じてしまうのは仕方ないか。
「……どうせ母様が言ったからでしょう。そこ、退いてくれる?」
「あ、ごめんなさい。アヅマさんなら奥にいらっしゃいますよ」
「それくらい分かるわ。馬鹿にしてるの?」
差し出していた手を無視し、そう言い残して彼女は奥に向かった。
しまった名前を聞いてないと思いながら、後に続く。
「貴女ですか。親無しと言うのは……ハッ、高が知れてますね」
リビングに揃ってアヅマ母の前に座った彼女。そこへ用意したお茶を出した。
その後アヅマ母から言われたので座って団欒を始めようと思った矢先、そんな言葉を吐き出される。
「もうどうしたのよ。前の街で見ているでしょう?」
「お母様……モエは覚える価値もないモノを覚えておくほど暇ではありませんッ」
「あらあら。シズナちゃんごめんなさいね。モエちゃんご機嫌斜めみたいなの」
「気にしておりません。むしろ邪魔をしているのは私だとはっきりしておりますので。ここを出て行った方が宜しいですか?」
「ダメよ、貴女は子供なんだから。もう暫くはここに居なさい」
「お母様ッ!こんなはぐ「モエちゃん」……はい」
母親の少しきつめな声にしゅんとして、耳と尻尾を垂らしている女の子。
ちょっとイケナイ気分になりそ……いやここは大人の男としてどっしりと構えておけば良い。
何となく視線は彼女に寄ってしまうが、それでも気になった事を聞くことにした。
「あの、はぐれ、とは何でしょうか」
「……説明していなかったわね。それは――」
彼女の説明はすぐに終わる。
まあ予想は出来ていたが、親が獣人では無い子。親と別の種族の子。親が居ない獣人の子の別称らしい。それも若干侮蔑寄りの。
「あまり良い意味合いでは無い言葉よ」
「お母様ッ、本当の事ですッ。こいつは!」
「モエちゃん!」
「ッ」
久しぶりの親子の対面だろうに、ちょっと雰囲気が悪くなりそうだったので先に部屋に戻らせて貰う事に。
今の私の部屋は、今日帰ってきた娘さんがもっと小さい頃に使っていた部屋。広さはまったくと言って良い程無いが、寝て起きて召喚獣の誰かを呼んで話す分には十分。
バツの悪そうな顔をしたアヅマ母の視線を背中に感じながら、足早にリビングを出た。
何かすごい嫌われている気がする。何故だ……。
結局その日は昼食も夕食も別々に取った。
問題なのはその日だけじゃない事かもしれない。翌日以降顔を合わせても挨拶どころか嫌な顔を浮かべられるのだ。
「あ、おはようござ……」
「チッ」
朝に顔を合わせてすらコレだ。
今まで露骨に嫌な顔をされたのは男の時だけだったから、ちょっと凹む。精神も引っ張られているのか涙すら出そう。
どうしたものか。
別段困る事は無いし、いざとなれば家を出れば済むことなんだけど。私が出るのはアヅマ母所か集落の大人全員反対らしい。子供に甘々ここに極まれり、だ。
私が取れる手は少ない。
アヅマ母に相談するぐらいだろう、そう思って娘さんが所用で家を離れた隙をついて、アヅマ母に話しを聞きにいく。
「ごめんなさいね」
話しがありますと切り出した瞬間、そう切り返された。
「いえ、気にして無いと言えば嘘になりますが。何故なのかお聞きしたくて」
「そう」
「本人には無視されるばかりか嫌われているようですし」
「そうなのよねぇ……」
「もう3日、会話をしていません」
会った日から3日。
彼女が何を思っているのか分からないが、疲れる事を続けている理由が知りたい。
「モエちゃんは、何て言うか。ちょっとだけ周りが甘やかしてたの」
「……ちょっと?」
「ええそうよ。私も少し甘やかしちゃった自覚はあるの」
「少し……?」
衝撃の事実にかなり驚いたが、何とか落ち着いて話を聞く。
すると彼女が私に当たる理由が何となく分かって来た。むしろそれぐらいしか思い浮かばず、彼女の年齢を聞いて確信に至った。どう考えても……。
アヅマ母から聞いた事をまとめながら、その日の夜は夜更かしをする。
理由は分かったが、解決方法が思いつかない。
(認められなくとも良いけれど、最低限会話はしたいなぁ)
この3日無視された事実に改めて凹みながら、思考を続けようとする。
しかし、上手くいかない。
獣化の怠さとやらが身体ばかりか頭まで侵してきたからだ。
問題ないとアヅマ母は言うばかりだが、風邪のだるさとも違う感じに対処出来ない。ヤクザな仕事をしているせいか周期も痛みも波があるけれど、月1回襲ってくる現象の重い場合と同じくらいだ。
そして横たわる私の身体が突然意思に反して、獣化、半獣化、そしてヒトガタと繰り返してしまう。
まるで点滅するように。
集落のお歴々から伺っていた話しでは、獣化が慣れる前の来る身体の調整らしい。
それが来たと言う事は、これが終わる頃には怠さも治まる。そう思って一番楽な姿勢、俯せの体勢で腕を枕に寝直した。
尻尾があるので上向けはあまり気持ちよくないのである。
いつ終わるのだろうとぼんやりする頭で考えていた時、ふいに部屋の扉が内向きに開いた。
「……ちょっといいかし、ら」
ノックの音は聞こえ無かったが、娘さんが入って来たのだろう、今は召喚獣は誰も呼んでいないので不信がられる事もないはずだ。
烏丸すら還している。
身体の怠さが伝わるみたいで色々心配されるし、影響があるからね。
そして家の中では安心していた為だ。すっかり集落に毒されてしまったのだろうか。
「な、な、な」
つらつらと考えていると、様子のおかしな彼女にやっと気が付いた。
「……どうしました?扉、閉まりましたよ?」
若干勢いよく入って来た彼女の後ろで、部屋の扉が無残にも閉まっていた。いや別にどうと言う事は無いのだが、そうまるで彼女が閉じ込められた感覚に陥ってしまった。
もちろん閉じ込めたのは私、だ。
「な、ななな」
「落ち着いてください。焦ると噛みますよ」
自分でも何を言っているのだろうと思ってしまうが、上手く言葉に出来ないのだ。仕方ない。
「なんで尻尾が9本も……」
「……え?」
遂に言葉になった彼女の台詞を聞いて、やっと分かった。
制御出来ていたはずの、9本の、尻尾。
全て出ていたのである。
――何かちょっと恥ずかしい。
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