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異世界生活の日常  作者: テンコ
第5章 彼女の帰郷
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5-05

 ……着かない。


 大規模な妖狐の集落、この辺では最大らしいその場所。

 地図ではすでに着いているはずなのに、影も形も無い。見えるは平原、それに森の木々ぐらいである。

 ここまでの道中、川の位置や山の数は間違っていなかったし、何より魔術で方角が分かる様になっているので問題は無いと思っていた。


 けれど着かない。


 体力はまだあるし、召喚獣達も動いてくれている。けれど精神的に参ってきた。

 当てもなく迷ってはや2日である。遭難……はしていないと思う。

 身体はケモノだし森中も野営も苦ではない。けれど気持ち的には落ち込んでいるのだろう、自慢の尻尾の毛並が落ちている……。


 ギルドに連絡を入れても、戻って来た返事はその付近を捜索しろという対応だったし。


 さて、どうしたものか――





「やはり入れませんか」

「ッ!」


 更に2日後。

 その場所を重点的に探していた最中、突然後ろから声を掛けられた。


 咄嗟に前へ飛び退き、振り向いて相手を視界に入れる。


 おかしい。

 何時もなら私の本能が警鐘を鳴らしてくれるか、周囲にばらけさせている召喚獣が知らせてくれるはず。


 そこにいたのはレスタ、前の街で声を掛けてきた女の人。


「また驚かせてしまったかしら。ごめんなさいね」

「……どうして貴女がここに?」

「前にご一緒出来なかったお食事でもと思って」


 ここに居るのはもちろん変だ。

 偏見では無いが、見た目ヒューマンの彼女は身体能力的にも追い付ける筈がない距離なのである。近くに馬の気配は感じないし。


 何より、


「その髪はどうなさったんですか」

「これ?ちょっと気分を変えてみたのだけれど」


 肩口で切り揃えられていた黒髪が、今は背の半ばまで伸びている。いや元からその様な長さだったと言われても違和感が無い程に。

 そんな事が出来る種族なんて知らないし、もちろんヒューマンに出来よう筈もない。


「……貴女は何ですか?」

「そう、やっぱり知らないのね。まぁいいわ、貴女のご同輩って所かしら」

「ご同輩……冒険者か何かですか?」

「ふふ、おばさんそこまで若くはないの。同じなのは、身体よ」


 そこまで言われては流石の私でも思いつく。むしろ何で気が付かなかったのか恥ずかしいくらいだ。


「……妖狐族ですか」

「正解。ここ数日見てたけれど貴女は問題なさそうだったから。さ、こっちよ」


 その言葉と共に、彼女の姿が一瞬白い靄に包まれた。それもすぐに消えて中から現れたのは、和服……とまではいかないけれど似ている、それも真っ赤な着物を着た妖艶な美女。

 腿裏まで伸びている黒髪、それを彩る華やかな櫛まで赤い。


 彼女は白く細い指先で、意味深に自らの唇をひと撫でした後、こっちと言うように振り返って歩き出した。

 怪しいし妖しい。けれど彼女の頭に見える金色の、そして艶やかな耳を見たら追いかけないと言う選択肢は無くなっていた。


 すでに周りに集まって私の周囲を警護してくれていた召喚獣。彼らを宥めながら、彼女の後に着いて行く。色々聞きたい事もあるし。


 目の前でふわりと、彼女の尻尾が揺れた。





 案内をされているのだろう幾つか特徴的な木々の下を通り抜け、その場所に辿り着いた。


「はい、ここよ。順番はすぐに変わるから。そんな物があると思っておいて」

「……なるほど。私は化かされていたのですね」

「平たく言うとそうね」


 眼前に広がっていたのは、数多くの妖狐達が暮らしているだろう集落。

 それを一望できる丘の上に案内されていた。


「妖狐の里よ。他にもあるけれど、ヒューマンの王都、その周辺で一番近いのがここね」

「近い……ヒューマンが徒歩で1、2年の距離が近いですか」

「彼らとは生きている時間が違うからね。貴女は、その辺がまだ違うのかしら」

「違う、とは?」

「その話は後。まずは汚れを落としましょ。汚れは嫌なの」


 彼女に促されてその集落に入る。

 日本の忘れ去られた原風景の様な場所、かと思いきや意外にも王都にある家々と変わりない感じだ。


 煉瓦や木の板、などではなくコンクリートやモルタル風の建築物。3階以上は見受けられないが、それでも平屋だけでなく2階のある家も多い。

 魔法ってすごいな。


「おかえりなさい」

「街まで出てたのー?」

「お、その子が例の」


 目の前を歩く彼女に声を掛ける妖狐達。それに愛想良く返答する彼女。

 見た目は若いが雰囲気と喋り方におじさんおばさん臭を感じる。私も気を付けようと思いながら、別な事に気が付いた。


 私に敵対的な視線や懐疑的な目を向けてこないのである。余所者を見る目、的な。排他的な雰囲気は無いし、無理に作っている顔でもなさそうだ。


 しかし私以外の妖狐を初めて見た。

 何時だったか、あまり人前に出て来ないし、1人で居るのはもっと珍しいと聞いたことがある。誰だったか……。


「ここよ」


 思い出せそうで思い出せない嫌な感じになりながら、突如彼女の声が耳に入り思考は中断される。と、その拍子に自身の尻尾がむずついた。

 孤児院で9本出してしまった時に感じたような、前触れだ。


「ここ、ですか?」

「ええ」


 一旦尻尾の事は置いて、彼女が示した家を見上げる。長的な、代表的な場所に案内されると思ったのだが、どうも周りの家と同じ雰囲気。


「私の家」

「……」


 すぐに回答を貰い、促されるままに家に入る。

 そこで一番驚いたのは、靴を脱ぐタイプの家だった事。王都や周辺ではたとえ村や集落でも土足だったのに。一瞬驚いたが、ブーツを脱いで上がらせて貰う。


「ふぅん。その辺は知ってるのね。変な感じだわ」

「?」

「ま、いいわ。お風呂へ行きましょう」


 小さく呟いた彼女。もちろん聞こえていたが、意味する所が分からず困惑してしまう。

 そんな私に何の説明も無く、背中を押されてお風呂場らしき箇所まで押しやられた。なんだろう、私の無防備さ。思考の片隅では少し変だと思いながら、感情が先行している様な感じ。


「娘はまだ帰ってないけれど、今度紹介するわね」

「はぁ……」


 手早く服を脱がされ、そして彼女自身も脱ぎ終わったのかお風呂場へ連れ込まれる。


 その後は別段何事も無く身体を洗い流し、尻尾と耳の汚れを落とし、湯船へ浸かる。

 家の風呂とは違いかなり広い。畳3畳分はあるだろう、私も当初想定していたのはこの大きさなのだが、アリエルさんとメルカちゃんに反対されて出来なかった。手足を伸ばして寛げる。


 特に会話も無く彼女と湯を満喫しながら、久しぶりなのか旅の後のせいなのか、船を漕いでしまっていた。私の記憶はここで落ちる――





「……あれ」


 目覚めたのはベッドの上。

 布団じゃないんだとちょっと落胆しながら、それでも意識を何とか覚醒させて周囲を確認する。


 和室……などでは無く内開きの扉がある洋風に近い部屋。窓もあり、カーテンらしき物が遮っている。が、光の入り方からして今が夜だと伺えるだろう。

 現状の把握は何とか出来て、自身の把握をと思った矢先、やっと気付いた。


「何で?」


 服が、着せられていた。


 あの女性が来ていた和服らしき、しかし濃い紫色の着物。下着は……これも私のじゃない。

 着替えさせられた!と思って顔が火照てってしまうが、矛先をぶつける相手が居ないのでどうしようもない。ふと横にあるサイドテーブルを見ると、書置きらしき紙と私の服が畳まれて置いてあった。


『起きたらこれでも食べてゆっくり落ち着いてから、してからまた寝るのよ』


 孤児院で学習したこの世界の言葉だろう、そう書いてあった。

 手紙の最後に矢印が記入されており、その方向を目線で辿るとおにぎりらしき物体を見つける。


 注意散漫すぎるだろうと自身に突っ込みをいれ、ここに来て漸く召喚獣の事を思いだした。


 ……すぐに確認をしたが、烏丸影中にいる。


『主、起きられたか』

『お疲れなのでしょう』


 シロクロを呼び出して聞いてみたが、彼らは特に疑問を感じていなかった。何故だ。


 その事を聞いてみると、周囲から敵意も害意も感じないのでそのままにしていたらしい。そして一番の理由は、


『主自身、警戒をしていない様に見受けられる』

『そうですね。それは周りにも言えます。彼らは同族として、主様をもてなしていましたので』

『……なるほど』


 何となく理解出来た。

 私自身焦っていなかったのか。


 そして商人の裏切られた時とは状況が違うのだろう。


 ――私は、妖狐として、彼らを仲間と思っている。


 理性では納得していないが、感情の部分が落ち着きを取り戻した。そのまま横に置いてあるおにぎりらしき物体を頬張った。毒なぞ入っていても効かないので全て平らげる。


 何と無しに安心感を得ながら、その夜は早めに寝る事にした。

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