5-01
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「妖狐、ですか……」
「そうです。シズナさんなら適任かと」
妖狐と繋がりが出来たので資材を運んで欲しい。彼女の開口一番の言葉だ。
ギルドに寄って受付の職員さんと雑談中、不意に現れたイヴァラさんに個室へ連行されたのだ。
言葉の意味は分かるし、私である理由も何となくは想像できるが、さて。
「それはイヴァラさんからの指名ですか?それとも、先方からですか?」
「一応私からの指名になるわ。給金も良いはずよ」
「なるほど。他に何か隠されてませんか」
「全然。隠すほどの事は何も無いわよ」
……すらすらと答えられる。
彼女に何も言われないのは何時もの事か。給金が良いから良いのだけれど。あとは地味に"仕事に対しては"信用出来る事か。
その後は色々と質問をする。目的地の場所だったり、運ぶ物の安全性だったり。
距離はかなりあり、往復しようものなら2年以上は必要らしい。
「遠いですね……」
「ええ、近いギルドから対応しても良いんだけど、やっぱり同じ種族の方が良いと思うの」
「普通に考えれば、まぁ納得しないでもないですけれど」
何となく煮え切らない返答。
結局は特に問題が見受けられなかった為、何時もの事と思いながら依頼を受ける事にする。
「そう、ありがとう。出発は何時でも良いから」
「分かりました。少しばかり遠いので、"色々"準備に時間が掛かると思います」
「あ、多分途中通ると思う街に、この手紙を持って行ってくれるかしら」
手紙……。
通信は各ギルドの技術が集まっている。ギルドの技術と言っても所属している魔術師の功績だ。各ギルドが関係するのは、それ以外の部分だったりする。
傭兵はその財力。
正直一番儲かっているらしい。魔物や害獣が溢れる世界での需要は高いのだろう。
魔術師は術師達。
連綿と続く魔術の技が彼らにはあった。その技術力が無いとそもそも作れなかっただろう。
冒険者は機動力。
ほぼ一手にその設置や配置を引き受けている。組織的な配送が可能なのだ、当然だろう。
他にも商人ギルドなどももちろん手を出している。
だが、そこで問題が1つ出来た。
まだそこまでの魔術理論の構築が出来なかったのか、各ギルドの通信は他のギルドで傍受出来てしまうのだ。
構造的欠陥ではある。これが解決するには1つ1つの通信機に別々の魔術を駆けないといけない。解決するのはまだまだ先になってしまう。
つまり重要な連絡は聞かれない様、手紙等の方が良い場合もあるのである。
本末転倒とは思うが、それが今この世界の限界らしい。
「まぁ、そうなんですの」
「ちょっと長くなりそうですけれどね」
私はイヴァラさんから手紙を受け取ったあと、すぐに家へ戻りアリエルさんに報告をしていた。
彼女に確認を取ってから、依頼を受けるのが普通だ。でも彼女は私の自由で良いと言ってくれている。これもやはり、寿命が長いという理由が大きい。
年若い彼女でも、2年の歳月は一瞬だと理解しているのだ。
所変われば常識も違う。毎回驚かされるばかりだが、楽しいと思えるようになってきたのは、私が染まってきたからだろうか。
「それはまた……どのくらいです?」
「戻って来るのは、最低2年後になりますね。若しくはそれ以上」
そう答えた翌日からは少しばかりの休日を取った。
彼女と買い物に行ったり、娯楽施設を巡ったり、一緒に……。
"色々"に入る部分。
長い時は気にしないと言っても、離れる間の時間は別。埋め合わせるかの様に、一緒に過ごす。
別に変な意味では無いけれど。
「こちらなんてどうでしょう」
「……これも良いですね」
しかしアリエルさんは綺麗になった。
今日の彼女は薄桃色の髪を後ろの低い位置で縛り、前に流している。光の角度によっては黄色にも白銀にも見える髪は、本当に綺麗だ。綺麗だ……。
……だがしかし、買い物が長いのだけは慣れない。
彼女に付き合って服飾専門店に来ており、しかし服を選ぶのだけで2時間以上だ。長げぇ……!
着飾っているのを見るのは楽しい、嬉しいけれど……勝手だけとは思うが、長い……!
「これなんてどうでしょう」
「……良いと思います」
「もう、シズナさんしっかり見ておりますの?」
「アリエルさんは綺麗ですから、何でもお似合いですよ」
「そ、うですか。ありがとうございます。ですが……」
「え?」
「今選んでいるのはシズナさんのですよ?」
全然聞いていなかった。
私は着たきり雀で良い方である。今も薄汚れては見えない程度の、灰色のエプロンドレスだ。
踝や手首まで覆う無地で装飾が一切ないドレス。ブーツは実用性重視で、鉄板入りの安全靴風。
唯一のオシャレは一刺しの簪。まとめた髪を留める為の物で、彼岸花に似た花をイメージしたようなデザイン。
簪そのものは無いが、近しい物は存在する。
意外に髪が長い人が多いこの時代には需要が高いのだろう。
それだけのシンプル……とは聞こえが良いが貧相な服装だ。
「たまにはシズナさんも、着飾っては?」
「私は見る方専門なので」
「そうですの……」
何とか矛先を変えて、彼女の服選びに移る。
「どうですか、シズナさん。この店の品揃えは」
と、その時男が寄って来た。
「お久しぶりです。キュクロさん」
「本当に。お綺麗になられましたね」
王都に来る時に護衛をした商隊、その代表。
服飾関係のお店を開いていた彼のお店。お店自体には少し前から来ていたのだが、合うのは今日初めてになる。
「度々いらしていた様ですね。ありがとうございます」
「彼女が良い物を置いていると。申し訳ございません無骨故疎いもので」
「初めまして。アリエルと申します」
「ほぉ、貴女が。お初にお目にかかります、――」
キュクロさんはアリエルさんを知っていた様だ。
まぁそうか大店のご息女だったな。
……何か最近桃色な彼女しか見てない気がするけれど。
何のかんのでキュクロさんとは分かれ、アリエルさんの服を選んで店を出た。
あんまり労いにはならないだろうが、お世話になっているので感謝に気持ち。ちょっと高めの店を選んでみたのだ。
「アリエルさん、お綺麗ですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
腕を組んで家に戻る私達。身長が少し負けている、それが哀しい。抱き付く方が私だからだ。
「良い色合いですね、アリエルさん」
「そうですわ。良い買い物でした。ありがとうございます」
私と同じエプロンドレスという分類には入る。だが薄桃色の髪に合う真っ白で柔らかな生地、それにアクセントで紫に近いインディゴ色が少々。
小さめなリボンが胸元に1つ。
小物として暗めな服の対比の様で、髪色に合わせたような薄い赤色のバッグ。
時代を感じるが、私のセンスでは無理だな。
「シズナさんがお戻りになられたら、また行きましょう」
「え、ええ。そうですね」
「場所が場所ですから。どなたか見繕って来られるかもしれませんけれど」
「え、ええ」
「ふふ」
「……」
前科があるので何も言えない。
家に戻ると私は工作を始める。
と言っても、簡単な便利道具を作るだけなのだが。
塵取りだったり、卓上スタンドだったり。
前者は単純な板金加工の要領ですぐに出来る。むしろ趣味の領域だからそこまで良い物では無い。
アリエルさんの身長に合わせて作ったりする程度の物。木槌から手作りで、個人的に一番好きな部分のタタキ板金。それがメイン。
実は加工室、もとい作業場を作ってしまった。
庭の一角に畳10畳ほどのスペースを確保し、掘立小屋を建て道具も揃え。
今は手加工だが、最終的な目標は塗装ブース設置と、更には無理だろうが旋盤を造りたい。精度をどこまで上げれるか、だ。
後者は魔術使用した簡易な照明。これは魔術で作った装置を人力で点滅させることが出来るか試したもの。それは意外にも成功した。
魔術を掛けた物質2つを合わせたら点灯する。そんな構造にすれば良いだけだったので、スプリングバネの無いロッカースイッチをイメージすれば良いだけだった。まぁそれにも半月以上掛かったけれど。
そんな感じで工作部屋を活用している。趣味部屋とも言うが。
その部屋に、アリエルさんが入って来た。
今日買った服を着て、ここに来てほしいとお願いしていたのだ。
「仰られた通りに来ましたけれど、どうなさったのですか?」
「ちょっとそこに立って頂ければ。あ、こんな姿勢でお願いします」
背景に黒い布を垂らして、こちらが指定した姿勢で立って貰う。
単純な話だ。
フィギュアの資料が欲しいのである。
案外大手と言われる企業からの依頼でも、原型師が貰える資料と言うのは無いに等しい。イラストレーターの一枚絵、一点のみだったりするのだ。
親切なレーターさんだったり、出来上がるフィギュアが心配な人は背面を描いて頂けることもあるが、大抵無い。彼らは彼らで枚数を仕上げないといけないので、時間との勝負だから仕様が無いけれども。
困るのがアニメの設定資料を送ってくる場合。
これは良くある立ちの資料、ただ立っているだけの正面と後ろのイラスト。これは指定されたポーズでは無いけれど、相手側は資料を送った!と言ってくるのだ。 無いよりは有難いが、有ってもいまいち参考にならない。
そして一番困るのが、そも一枚絵そのものが人の体を為していない場合。
腕が変な曲がり方をしていたり、足の長さが違ったり。
あくまで2次元を3次元にするのがフィギュアなので、イラストを人に近づける工程が必要だとちょっと困る。
レーターさんが伝えたい事がそこで変わってしまう場合もあるし。
これもまぁ仕方ない。美麗なイラストを描く人全員整合性が取れている訳では無いし、私も思うが可愛ければ良いのだ。
これは仕事で出来たレーターさんに聞いた話。
向こう側はキャラクターの原型師に対して、俺達の絵で食ってるくせに文句言うなと思っているとか。
まぁ尤もな言である。
単純な仕事の違いだろう。
2次元と3次元、慰めあうことは出来ても、妥協することは出来ても、仕事上理解し合う事は少ない。
私はその辺が上手く出来無いポンコツだったからこそ、制作班のまとめ役に移ったのだ。立体は作れても、イラストは描けない。
そんな原型師だったから。
制作に移って原型師に資料を渡す時に思った物だ……そもそも完璧な資料は存在しないのだと!
私の指示で原型師仲間に何日も徹夜をさせたものである……。
最低4面の資料、正面、右、左、後ろの画像があると作り易い。
今はそれを用意している訳である。
流石に1年の旅の最中は手慰みが欲しい。
アリエルさんにはお願いして、メニューでSSを撮っていく。
……その後は、私がアリエルさんの手慰みにされた。
何を言ってるのか私も意味が分からない。
ただ、ピンク髪は――
私が王都を足ったのはその10日後。
休養も目の保養も、あと諸々の準備を終えてすぐだった。
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