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異世界生活の日常  作者: テンコ
第1章 彼の気持ち
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1-04

 それは広場で行われる兵士さんの訓練に混ざっていたある日の話である。

 

 思い返せばここからが自分の、本当にこの世界で生きていこうと考えた出来事かもしれない。





 その日は朝から身体に感じる違和感を不審に思いながら訓練を終えた。

 そして院で内職と洗濯掃除などもこなし、夕食後寛いでいる時突然ソレは起こる。


 身体の魔力線が突然一回り大きくなったのである。

 それには何の説明も無かった為に、感じる違和感に悲鳴を上げそうになったが何とか堪えた。


「シズ姉さんちょっと。大丈夫?具合悪そうよ?」

「えぇ……平気です。ちょっと……」


 偶々傍に居たクリシアちゃんが心配をしてくれるが、痛みとは違う。

 集中して、熱くなる身体の内側を恐る恐る確かめるように探っていく。


 魔力線、それは魔術を使う時に活用する呼称のみの存在だ。

 これは街の魔道具屋に足しげく通って、お爺さんに教えを乞うた際教えて貰えた。


 なんでも、魔術と魔法の違いに区別など無いらしい。唯一大規模な現象を魔法と呼ぶ程度の認識だと言う。


 元々、MMORPGのキャラとして魔術、あるいは魔法を使える事は信じていたが、今まで術の行使が一切出来なかったのである。

 かと思えば魔法スキルとしての現象が起こせないだけで、魔力自体を行使することは出来ていた。

 具体的には魔力を塊として飛ばす、或いは鞭のように、時には矢のように操る事は出来、しかしそのままでは何ほどの事もないただの魔力の塊にすぎなかった。


 例えばちょっと外に出て、そびえ立つ木に向かってその塊を放っても野球ボールを軽く当てたような音がする程度の衝撃しか出なかった為だ。


 こちらに生を受けてからこの方、その様な現象で遊んでいる子も居なければそんな事をする大人も見たことはない。

 私だけが使えた能力なのか、または多すぎるMPのせいなのかは今のところ不明だが、この自分の身体から出せるひどく透明で、かつそこに存在することは理解出来るナニカは何となく扱える程度の力だった。


 そんな事もあり、魔力塊操作の精度は上げる事は出来ても、ゲームの時のように魔法を行使できない事に関しては打開策が提示されるまで諦めていたのである。


 しかしこの日、今まで漠然としか感じなかった身体中の魔力の流れが、一瞬止まったかと思うと一気に膨れ上がり、先に述べたようにそれまでよりも大きく太くなった感じがしたのだ。

 そして何故か確信した。それはこの世界の本能だろうか。


 今の私は魔法、魔術を実際に行使できる、と。





 これに関してはある程度までの予想はつく。


 ゲーム開始時にキャラクターは決まった年齢背格好でスタートする。

 キャラクリエイトで顔立ち、髪型、体型等を弄っても最低限変えられないラインがあった。

 それがこの年齢なのであろう、それを過ぎた為使えるようになった……と分析は出来る。

 確定は出来ないが。


 かくして魔力塊として使用していた魔力を、現象として出すことが可能になったと確信した。

 そして、それが出来る様になった後することは一つ。


 召喚獣を呼ぶのだ。





 その日の夜。院の皆が寝静まった深夜。一人薄暗い部屋の中でそのスキルを使う自分をイメージする。


 いくら中の自分が大人で、かつこの世界の子供は大人びているとは言え、この身体はまだ院にいる10歳の少女なのだ。

 1人で誰もいない場所に軽く行けるなど出来ず、そんな都合の良い場所は1日で行って戻れる距離にはない。

 移動系のスキルは存在するが、まず簡単な魔法スキルで練習する事にする。

 軽く行使できるものを選び、キーボードを押すような感じで発動をイメージ。


 すると左の手の平の上に、青白い火の玉が現れた。


 成功だ、と喜びに打ち震える。やはり魔法を使える事が出来るのは嬉しい。

 そう嬉しいのだ。

 こういう部分はまだ男であると言えるのだろうか。


 これは見た目のまま蒼炎という補助スキルで、妖狐族を選んだ際に使用可能な固有スキルである。

 効果としては大したことなく、MPをいくらか消費してダンジョン内を自分とパーティーの周囲だけ明るくする、まぁ松明程度の扱いだった。

 事実、これに代わるスキルやアイテムは他にもいくつかあるのでその程度の魔法なのだ。


 しかしこの1歩は大きい。これが出来ると言うことは他の種族固有のスキル、残り2つしか無いのだが、それらを使えるようになった可能性が高い為だ。


 1つは獣人を選んだ際に使える獣化。

 これも今までは出来なかった。


 1つは幻惑魔法。

 これは妖狐族を選んだ際に使える対人戦やGv専用の技である。MPを消費していくつか選べる外見に変化することが出来るのだ。

 しかし、それは見た目だけで、ゲーム中ではカーソルを合わせられるとキャラ名で丸わかりだった。まぁイヤらしいと言えど文字通り惑わせることしか出来なかったのだ。


 翻ってこの世界ではどうか。

 ほかの妖狐族が同じ技を使えるにしても、これは便利であろう、要検討である。


 話は戻るが蒼炎が使え、魔法がこの身体で行使できることが解かったので……しなければならない事がある。


 召喚だ。


 どらすれ(ゲームの略称)では、テイマーという職業はあっても、その行使する獣の総称は特に決まっていなかった。

 テイムモンスター、召喚獣、仲魔……一応スキル名称がテイムだった為にテイムモンスターが正式なのだろうが、しかしソレらを呼ぶ際のスキルが召喚なので、曖昧にもなる。


 メニューを開くと今まで経験した職業のスキルが説明付きでざっと出てくる。これは神のサービスだろう、そう言えば神の名前を聞いていなかった事に今更ながら思い至った。

 

 そうしてテイム系のスキルがすべてある事を確認して、さらに召喚できる種類が記憶の通り一致しているのも確認して、一番お世話になった2体を選ぶ。





 それは一瞬だった。


 目の前には2匹の大きな大きなケモノ。


 見慣れたドット絵をリアルに出したらこうなるのかと変なところで感心するが、テイム初期からずっと使っていた相棒たち。


 黒い大きな塊がクロ、白いほうがシロ。

 ネーミングはアレだが、ゲーム中での呼称はワイルドウルフ。この呼称にもプレイしていたゲームの実直さを感じるが、初期の方から出てくる初心者用のモンスターである。

 色違いなのはオスとメスであり、どちらか一方を捕えているともう一方が捕えにくいとされた設定で、何とかテイムした感慨深い2匹である。


 当然長い間使い続けたのでレベルは最大、アップデートによりテイムモンスターの進化も済ませている。

 まぁこれも名称だけだが進化後は在り来たりなフェンリル種となって、素のステータスも結構な所まで行った相棒たちだ。


 それが目の前にいる。当然興奮した。


『ぁ、ァルジ、あるじ……ある、あぁ、主ヨ』


 と、突然聞きなれない渋い声が、まるで声の調整をしているかのように声音を変えながら問いかけてきた。

 目の前のクロだろうか?


「クロ?」

『うム、主ヨ、イマそちラに合わセている。許セ』

「はい、大丈夫ですけど……」

『主サマ、どうしマシた?御用デすカ?』


 こちらはシロだろうか。綺麗な声が直接脳裏に響いてきた。そしてこれはあれかもしれない。

 声に出さずに話せるのか。


「シロ、クロ。初めまして。貴方達の主人としては役不足かもしれませんが、私はシズナと申します」

『これハ、異ナ事を。主は主ダ』

『そうでスヨ。主様は主様デす』

「ごめんなさい。ちょっと事情がありまして」

『ええ、主様がそう仰るナラ事情がおありなのでショウ。ですが、伺う事クラいは出来ます』

「ありがとうございます……少しお話しても宜しいですか?」

『何なりと』


 2匹に同意を貰い、私はベッドに腰掛ける。

 手振りで2匹にも休むことを勧めると、大きな身体を床の上に沈めた。

 それにしても大きい。全長1,5から2メートルくらいはあるのではないだろうか、部屋が狭い。

 とりあえず召喚獣としてどれだけ現状を認識しているのか確認を取ることにする。


「少し面倒に巻き込まれたのですが……あ、大丈夫です、現在は落ち着いてますので」


 2匹が立ち上がろうとしたのを止める。その際に心配と憤慨の気持ちがこちらに流れてくるのを感じて、戸惑う。

 これは2匹の感情だろうか?


『ふむ、何がどうしたのカ。説明して下さるのか?』

「ええ、そうですね……」


 相変わらず自分で考えを纏めるのが苦手な私は2匹からの問いに返答しつつ、ぽつぽつとこちらに起こった事を話して現状を整理していく。





『では主様は連れ去られて、現在別の世界に滞在していらっしゃると』

「ええ、大まかにはそれで間違っていません」

『主が主でないというのはどういった事なのだ?』

「そうですね……今の私は、今まで貴方達と一緒に暮らしていた私とは若干違うと言えばいいのか……」


 この辺の説明がどうにも難しい。だいたい貴方達はゲームの世界の住人で、私はそれをプレイしていただけって言っていいのか。

 それに先程からシロクロの話を聞く限り、この2匹には生物として、"私"と一緒に冒険した記憶があるらしい。

 これはどういう事なのか。

 ある時は平原で魔物の群れと相対し、またある時は辺境の洞窟の調査依頼を受け突入、別の国では神々の戦いに介入し……どう考えてもゲームの狩りやイベントの事だろう。


 それを語る時のクロの目は爛々と輝いており、話しぶりも主と自らの冒険譚を誇るようで。

 シロはそんなクロと私を、知性ある瞳を慈愛の色に染めて眺めている。

 どう考えてもゲーム時代の事なのだが、彼、彼女には実際に体験した事としての記憶があるようだ。

 確かに、実際彼らはAIとしてその冒険を共に歩んできたのだろう、しかし私はそれを画面越しにコマンドとして指示していただけなのだ。

 そこにある信頼も尊敬も、友誼すら私に向けられて良いものではなく、それは"シズナ"が受け取るはずのものなのだ。


 何とか言葉でそれを2匹に伝える。拙い説明ながらも、しっかりとそれを聞いてくれた2匹は、


『何を言うかと思えば』

『そうね……お伝えしたかもしれませんが、主様は主様です』

「どういうことでしょう?」

『先程仰った役不足と言う言葉。そんなことはありませんと否定させて頂きます』

『うむ。主との暮らしにこちらを粗末に扱うことなど無かった。そも最初からな』

『はい……一ケモノとして貴方様にお使いさせて頂いていた時から、私たちは良くして頂きましたから』

「でもそれは……」

『いいえ。今でも主様との繋がりを感じ、理解できる事です。主様には感じられないのですか?』


 それは、2匹の感情が伝わってくるコレだろうか。


『そうです。今の主様からは、我らに誠意をもって言葉を尽くそうとされる、誠実な想いが伝わってまいります』

『そんな主の言葉、どうして無下にできよう』


 今シロとクロからは、慈しみ、励まし、そして若干の怒りの感情が強く流れ込んでくる。

 元の世界では感じられない、なんとも言えない心地良さが、身体に染み込んでくるのだ。





「分かりました。ごめんなさい、貴方達に言われて気付くなんて。不甲斐ない主人を怒ってくれて」


 そう、先程から伝わってくる怒りは、私の自信の無さに対しての感情なのだろう。

 確かに私はゲーム中、召喚する彼らと共に、そしてたかがAIとして、使い潰すという考えなど捨ててプレイしていた。

 それはちっぽけな意地なのかもしれない。上位プレイヤーに対しての当てこすりだったのかもしれない。そんな事だから、馬鹿な事を甘い事を、と言われればそれまでなのだが。

 彼らを肉壁にして、次々再召喚し、自身のレベルを上げれば強くはなれる。しかしそれが、35歳にして休みの度に1人薄暗い部屋でゲームを続けていた時からの、精一杯の抵抗だったのだ。

 たかがゲームの事で、この決意が安いっぽくても、彼らは今、目の前にいるのだ。

 そして、私は、この世界に、彼らを連れて来てしまった。


『我らは、主と共にある』

『主様のお決めになる事ですが、我らも一緒に、共に過ごさせて頂ければ……幸いですわ』


 責任がある。

 けれども彼らの思いに報いたい。彼らの主として、主たろうと思う。

 今はまだ、それが叶わなくても、


「これから……これから、一緒に居てくれますか?」


 いつもいつも感じていた、寂しさ。


『ああ、また共に駆けよう、主よ』

『もちろんです。お傍に仕えさせて頂きます、主様』


 それが、ほんの少しだけ、埋まった気がした。

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