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異世界生活の日常  作者: テンコ
第4章 彼女の仕事
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4-10

「――それがじじいの最後の言葉じゃったけぇ」


 お爺さんの遺言。


 それは、私にお爺さんの事を何も知らせず、そのまま王都に旅立たせてやってくれ、と言う物だったそうだ。


「おんしの成長が見れて良かと言っておったわぃ」

「そう、ですか。私は、何かしてあげる事が出来たのでしょうか」

「……それはおんしが決める事じゃねえ。あのじじいが、最後に笑って逝けたんじゃ。それだけじゃ」


 そう、それだ。姉さまを紹介してくれたのもしかり、不安を与えまいと死期があることを黙っていたり。何でそこまで?


「姉さまは、何でお爺様が私にそこまでの事をしてくださったのか、知っていますか?」

「まぁ簡単な話じゃよ」


 その話は何という事もない、良くある話だった。





「あのじじいには、昔に嫁がおった」

「お爺様の奥様……でも子供が、あっ」


 子供が出来ない女性や、子供が出来ない男性は居る。そんな事も想像できずに言葉を発してしまったのだ、これには自己嫌悪する。


「いや、そうじゃねえ。種族のちげえよ」

「……種族の違い、ですか?」

「うむ。ヒューマンと亜人、別の種族は子が出来難いんじゃ」


 それは確かに聞いたことがある。周期なども含めて、ヒューマン同士とは違って"少し"出来難いとは聞いた。


「そうじゃ。少し、のはずだった……死ぬまではな」

「亡くなられてたんですか」


 確かに昔お嫁さんがいて、今は居ないのだからそう考えるのが当然だろう。


「病死じゃよ、何の事は無い。魔術で治せぬ病気に罹ってぇ、2年で死んだ」

「……そう、ですか」

「それがなぁ、じじいと一緒になる時になぁ。ワシの下から去る時になぁ」

「え?」

「もっと広い世界を見たい、そう言ってなぁ」

「それって……」

「初めて会った時、おんしが言った言葉だと覚えとる」

「ええ、確かに言った気がしますけれど」


 それがお爺さんの奥様のだとすれば、姉さまの下を去るって話は……。


「じじいに良く言われたわい。シズとあん子を重ねんなぁってな」


 遠い目をしてリーン姉さまが押し黙る。ああ、重ねるって私と、その奥様をかな?


「そう言ってぇ当人が嫁の昔とおんしを重ねちょる。ほんにバカじゃった……じじいも寂しかったんじゃろう」

「……奥様とお姉さまは、ご関係が?」

「……妹じゃ。昔ゃぁ姉さま姉さまと、後ろを着いて来ちょったんじゃがなぁ……これで、昔のワシの関係者は皆おっちんだ。じじいの最後の遺言も、叶えた」

「遺言ですか?お爺様の?」


 おんしが街に戻った時に、ワシからこれを渡すように言われたんじゃ、とリーン姉さまは手紙を差し出して来た。

 それを受け取り、中を確認する。先に開けられた形跡は無かった。


 ――。


 読み終わった手紙をアイテムボックスに入れて、姉さまの案内でお爺様の墓へ行く事に。

 流石に土地は少なくとも共同墓地くらいはある。

 墓守なのだろうか?管理人さんに通して貰い、墓前に立つ。報告したのは、お爺さんに伝えたかった事だ。


 姉さまを紹介して下さって事のお礼と、と他諸々。

 結局私は、お爺さんを利用してしまっただけだ。紹介して貰ってから後は碌に顔も見せていないのに、お爺さんは感謝をしてくれていた。





『――長命な種族は、別れを経験すると弱くなる。それは多くを経験しても慣れる事は無い。シズナさんもまずは私との別れで経験するのか。それとももう経験済みなのかは分からない。だが、すでに多くを経験している彼奴は段々と心が凍って行っているだろう。昔の思い出に浸るのがその証拠だ。もう十分、シズナさんは私に良くしてくれた。最後にリンディさんと言う子も紹介してくれて、まるで娘が出来た様だった――』


 お爺さんの手紙にはそんな事が延々と綴らていたのだ。

 魔道具屋に通った2年、そして魔術を習っている間の1年。それだけの間しか関係が無かったのに、そんな感謝の言葉しか書いていなかった。


『――だから、彼奴を慰めてやってくれ。私は一度、彼奴から彼女を奪ってしまっている。私は彼奴に誰かを紹介するぐらいしか出来なかった。彼奴との問答を聞いて確信したよ。彼女と似た君なら、彼奴を癒してくれるだろう、と。勝手なお願いなのは承知している。だが、最後の爺のお願いだと思って、聞いてくれないか――』


 それは何処にでもある話だった。

 妹を助けられなかった姉と、嫁を守れなかった男の話。


 男はずっと1人で後悔し、嫁の思い出に浸った。

 姉はずっと1人で傷つき、代わりの妹を探した。


 最後に男は、彼女の事を救ってくれと手紙に残した。自分は後に残せるものを見つけたが、彼女は今も癒しを求めていると。


 陳腐で滑稽で、恥ずかしい話だ。涙すら出てこない程。

 臆病な男と、悲劇のヒロインを演じている女の話。


 けれど男は真剣だった。手紙の最後には、その事ばかりしか書いてなかった。彼女を頼むと。長く生きてしまう彼女の隣に居てくれないかと。


 断ると思っていなかったのだろうか。

 結局、私は――。





「リーン姉さまは、この後どうなさるんですか?」

「ふむ。特に決めとらん。じじいの遺言は聞いたけぇなぁ。また適当に、楽しい事でも探す」


 共同墓地からの帰り、姉さまと話ながら魔道具屋に向かう。

 魔道具屋はリンディさんに継がせるらしい。旦那となった男も商人の端くれだそうだ。お爺さんは最後に息子まで出来たのか。


 そして姉さまは、お爺さんから頼まれていた件を全て終えた。

 私への伝言と、リンディさんを落ち着くまで見ている事。それらが終わった今、姉さまはもう自由だと言う。


「でしたら、一緒に来て下さいませんか」

「おんしと?まぁ悪くないかも知れ「妹さんの、代わりでも良いです」……今何と?」


 リーン姉さまの顔が若干険しくなる。


「私は、代わりには、なれませんか」

「な、何言ってるの貴女は」


 姉さまの口調が変わる。手紙に書いてあった通りだ。緊張したら素に戻る、と。


 そして立ち止まった姉さまの手を持ち、その白く細い指に、私の指を絡める。

 彼女は理解不能な者を見るような瞳で、けれど顔を真っ赤にして口を開いたままこちらを凝視していた。


「姉さまって呼ばせてたのは、代わりにしたかったからでしょう?」

「……ち、違います。それはその、年齢的な事で、呼び方を……」

「お爺様が教えて下さいました。リーン姉さまは、妹を愛していたと」

「ッ……」


 手紙の中程に書いてあったのだ。彼女が妹を愛して、けれどその妹には何も伝えていなかったと。以降弟子になった女の子には、そんな呼び方をさせていたと。

 何の事は無い。彼女は妹が恋しかっただけなのだ。


「妹さんが亡くなって、もう60年程ですか」

「え、ええ。それくらいには。けれど今は関係な――」

「私が朝起こしに行くと、抱き付いてきましたよね」

「……な、にを」

「深夜私の部屋に入って、私の頭を撫でてました、よね」

「……起きて、いたんですか」


 兆候はあった。やっぱり寂しかったのだろう、所々に片鱗が見えていた。

 そのまま繋いでいる手を解き、ゆっくりと姉さまの腰に回す。彼女は、抵抗しない。


 細身でいて、適度な柔らかさの腰回り。そこに両手を持っていき、近くなった身体を抱き寄せる。それでも、彼女は抵抗しない。


「全部、見てました。これでも獣人です。気配には敏感なので」

「で、でも。ちゃんと寝て……はっ」


 ここで普通なら、何故寝てたって分かるのですかと言葉を掘り下げるのだろう。しかし今の私は違う。


「大丈夫です。ちゃんと知ってましたから。えと、~~年の~~日~~時、額に口づけ。他には――」

「何で知って……」


 メニュー操作でSS(スクリーンショット)の画像を呼び出し、端に書いてある日付を読み上げる。

 画像には寝ている私の横に座り、屈みこんで私の額に口づけている彼女の姿。

 もちろん彼女からは、この画像は見えない。


 MMO系のゲーム機能、画面を撮影出来る機能。

 孤児院時代にキーボード操作をイメージしたら使えてしまったのだ。きっと無意識に撮影したのだろう。私もこの画像に気がついたのは王都での日々の中だった。

 ちょっと赤面したりもした。


「今それは関係ありませんッ。と、兎に角、シズナさんは何をッ……おんしは何を言っ」

「いえもう我慢する必要が無いのではないかと。不謹慎ですが、リーン姉さまと妹さんを知っている人は、もう誰も居ないのでしょう?」

「それは、そうですが……そうじゃが……」


 これも手紙に書いてあった。もう知っている奴が居ないと。


「姉さまは、女性でも良いんですよね?」

「……ッ!」


 私は、その妹さんに会った事も無ければ、人柄を知ってもいない。

 "生きている人"が優先だ。

 それに私は、姉さまを可愛いと思ってしまった。ちょろいと自覚はあるが、好きになってしまったかもしれない。アリエルさんと同じくらいには、姉さまが大事だ。


「私、これでも勉強したんですよ。姉さま――」

「ンッ――」


 勢いに任せて、リーン姉さまを――

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