4-06
それから暫くは王都で過ごすことになる。
暫くと言っても1年程だ。
まだ私の中の常識だと長く感じるが、そもそもの寿命がヒューマンより長い、所謂長寿種と呼ばれる種族は1年という期間でも暫くという枠に入る。
その間の私は、間隔を空けて依頼を受けたりしながら、アリエルさんと、その……い、いちゃいちゃして過ごした。
まだ言葉に出来るほど明確に気持ちは決まっていないが、それでも家族と一括りに出来るぐらいには彼女を好いている。
それが獣の本能なのか、それとも理性から来る感情なのかは判別出来ないが、悪い気分じゃあない。
アリエルさんも寿命が長いので、そこは気長に待つ仰っている。わたくしの戦いはこれからです、とも。
この国の街並みは、近代にある程度近いかもしれない。
近代と言っても日本やアメリカの2000年では無く、そう例えるなら……あれいい言葉が見つからない。まぁ中世ほど古いものでは無い事は確かだろう。
何か鉄筋コンクリートみたいな建物もあるし……しかも良く見ると魔術師ギルドって書いてある。
技術の発展基準が違うのだ。何がどう進むかは分からない。
現に、街並みは良くても水回りの進歩はここ30年程だって言うし、建物の新技術が広まったのは、新たな物質を造る魔術が出来た40年前からの進歩だと言う。
驚く事ばかりだ。
そんなちぐはぐな印象を受ける王都で借りた家。あまり広くは無いが、それでも十分に快適な家で――
「あまり暴れないでくださいませ」
「そ、そんな……アリエ、ひっ!」
「あら、ここが良いのですね」
私は現在組み敷かれていた。
2階にある1部屋をそのまま使った毛繕い部屋。そも私とメルカちゃんくらいしか入らない部屋。
その日は久しぶりに1人で毛のお手入れでもするかと思い立ち、昼食後からその部屋に篭っていた。
ガラスの様な丈夫で透明な素材を使い、日当たり良くを意識した部屋。設計者が獣人だったのだろうか、とても心地良い光を浴びる事が出来るその場所。
部屋に対して大きめのベッドに、枕や底上げ用の布を置いた。それに寝転ぶと絶好の毛繕いポジションを確保できる寸法だ。
姿見や手鏡、櫛を数種類用意していざ寝転んだ瞬間、彼女がノックも無しに入ってきたのだ。
これには驚いて耳と尻尾が逆立つ。
気配には敏感だが意外に情報量が多くて疲れるので、意図的に身内の気配などは意識の外に置いていたのに。
それが仇になる。
普段は礼儀正しくノックや声掛けなどで確認してくる彼女だが、今日は何故かそれが無く。しかもちょっと昂揚しているのか頬が蒸気しており、表情も艶やかに見える。
「シズナさん。今日はわたくしが梳いて差し上げます」
「へ?今何て?」
「ですから、わたくしがお手入れを代わって差し上げますわ」
「は、はい。お願いします?」
有無を言わさないかの如く強固な彼女に、つい畏まって返事をしてしまった。今思うと、これが失敗だったのかもしれない。
俯せでベッドに寝そべった私の横に、横座りで腰を落とした彼女は、私のお気に入りの櫛を手に取り言い放つ。
「ふふ。実はこの日の為に、練習してましたのよ」
「え?」
「結構前でしょうか。スルドナさんが、人狼のベッティーナさんを屋敷に度々招いておりまして」
「ああ、それは私も何回か見ましたけれど。それが?」
「それはスルドナさんが獣人の方の、その、お手入れでどうやれば良くなれるかの確認だったらしくて……」
「……は?」
「ええと、その技術を覚えたスルドナさんに、わたくし教えを受けましたの」
「つまり……?」
「わたくしの腕前はベッティーナさんを啼かせる事が出来る程。それぐらいあるとお思い下さいませ」
その後は地獄、いや天国?だった。
今まで私は自分以外に毛繕いや手入れを頻繁にしていたが、他の人から受ける事はあまりなかった。
受けたとしても後学の為の勉強だったり、文化的違いの確認だったり。
しかし、今は違う。
純粋に私に対して熱心で、執拗で、快美で、容赦のない行為だった。
「シズナさん、はぁ、此処が良いんですのね?」
「あっ……っ……っ!やめっ……」
「脚の力が抜けてますわよ。腰が抜けてらっしゃるのかしら」
寝そべった私の背中に、彼女は私の足の方を向いて跨る。そして手に持った櫛を使い、私の尻尾を執拗に撫でるのだ。
「……ッ、ふぅ……っ」
「声を出しても良いのですよ?この家にはわたくし達しかおりませんので」
「ふぁ、くっ……ディアも、他の子も……いっ、いま」
「彼女達なら今は庭に出していますよ。"お願い"致しましたので」
これは参った。
「流石はシズナさん、良い毛並ですの。手触りも良いですわ」
彼女は櫛を一旦置き、私の尻尾を手に持つ。根本の細くなっている部分を左手で握り、右手は中央の膨らんでいる部分を毛並みに沿って撫で始めた。
根本はやばい。
何がやばいって、やばい。
「ぅ……んッ!」
だだもれになりそうな声。開ききった口を、自身の手で覆って隠す。
彼女の手は止まらない。緩急をつけて膨らんだ部分を撫でたかと思えば、根本の握りを強めたまま上下に動かす。
それを続けるかと思えば、今度は両手で根本から先端までをふわりと撫で擦り、それを繰り返す。
これ毛繕いじゃないだろう!と強く思った。
と、その時――
「ひぃぃッ!」
押さえていた手を跳ねのける程、顎が反って涎が飛び散る。
艶めかしい声が部屋に響いた。
知らない、私は知らない。こんな声知らない。
「なるほど、ココですのね?」
「ふぁっ!ふっ、ん……ひぃっ!」
喉から出てしまう、誰のものか分からない声を止めようとする。しかし背骨を通って、アリエルさんに音を出されているかの如く、それは止められないのだ。
「はぁ、良い声ですわシズナさん」
「ふぁ……はぁぁ、はぁ……」
彼女はその手を止めたのか、一旦私の上から降りて横に座る。
「い、ま、何を?」
ある程度身体が落ち着いたので、アリエルさんの方に首を向けて問う。首から下が意思に反して動かないのだ。
「ええ、シズナさんの尻尾の付け根を解しましたの。こんな風、に」
「ひぃぃぃぃッ」
彼女は無慈悲にも、その白く細い手でその場所をコリコリと強めに押し込んだ。その刺激を感じて、私の腰が跳ね上がる。
何だ、これは。
「ふふふ」
彼女はその手を止めない。ベッドに落ちた私の腰が落ち着くのを待ったかと思うと、刺激を繰り返す。
その度に、部屋中に艶めかしい声が響くのだ。
もう、理解した。これは私の声だ。
「どうですか?シズナさん。気持ち良いでしょう?」
「はぁ……いえ、はぁ……これ、くらい、全然でひぅっ!」
「そうですの。残念ですわ、わたくしの力不足ですのね。もう少し続けますので、練習させて下さいな」
「や、だめ……ふぁぁぁッ!」
力が入らないはずの腰が、アリエルさんによって動かされてしまう。私の意思ではどうしようもなく、そして逃げる事もままならない。
私の汗だろうか。少し湿った上着を剥かれ、彼女の空いた手で背筋を撫でられた。
どうしようもなく、痺れが広がる。
もはや口を押えている手ですら私の言う事を聞かず、無意識だろう顔横のシーツを握り締める事しか出来ない。
ぬちゃ……と音がした。
私の出した汗で、彼女が動かす手から響いた音だ。
それを聞いてしまい、頬が火照る。
とても恥ずかしいが、抵抗する事も出来ない。
「どうです?練習の成果は」
「はぁはぁ……もう、ゆるし「まだですか、残念です」え!?やめっひいぃぃぃ!」
事もあろうに彼女は、私の左耳に、指を挿入した。
「まぁ、ここの毛は柔らかいのですね。白く綺麗な毛並です」
「はぅ……だ、だめ……あっ……そこは、だめ……」
最初は刺激が強かったが、落ち着いてきた。
指が動いていない今、なんとか必死に声を出してアリエルさんに届けようとする。
「ゆびぃ……ぬ、ぬいぃぃぃあああッ!」
そんな努力も空しく、彼女は挿れていた指を小刻みに動かしてきた。
その未知な刺激に尻尾が逆立つ。
そしてその隙を狙ったのか、彼女は右手で尻尾の根本を掴み緩急をつけて握り出した。
「あっ、あぁっ!……ひっ!」
もう、ダメだ。
どうする事も出来ないまま、彼女に止めてと一言発する事も出来ない。
「ふふふ、どうですの?わたくし練習出来てますか?」
「あッああ――」
「――さて、明日は午後にギルドへ行こうと思います」
「そうですの。では、わたくしはお留守番ですわね」
「いえ、午前中は買い物でもしましょう。ここ最近行ってませんでしたし」
「まぁそれは良い考えです」
何事もなく夕食は終わり、談笑中。
昼間は何もなかったのだ。何も。
「すみませんでしたアリエルさん。ここ最近仕事漬けでした」
「気にしておりませんわ。家で待つのもわたくしのお仕事ですもの」
言葉とは裏腹に嬉しそうに見える。
私が家を蔑にしていたせいで、あの様な凶行をさせてしまったのか。あの後は何もなかったが、語るも恐ろしい。
いや何も無かったが。
「アリエルさんは何処か行きたい所はありますか?」
「そうですわね。それでしたら、獣人の方用のブラシを買「そうですね日用品の買い物にでも行きましょう」ええ、構いませんわ」
言わせてはいけない気がした。
その後は2人で何時も通りスキンシップを取る。互いの髪を撫でたり、手を握り合ったりだ。だが何故か、今日は身体が震えている。
その事をアリエルさんに伝えると、
まぁまぁと頬に手を当てて笑ながら、
「では、今日はお休みしましょうか。シズナさんはお疲れのご様子ですもの」
「え、ええ。ちょっと怠いんです」
「それは大変。温かくしましょう」
その日は、同じ部屋で寝る事になる。
違う部屋で寝る事はあまり無いのだが。
そう言えばメルカちゃんが通って来ていた時は、メルカちゃんとしか寝てなかったなぁ……と考えながら、意識が落ちていた。
翌朝、私は裸のアリエルさんに抱き締められたまま目を覚ます事になる。いや温かくはあったんですけれどね。
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