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異世界生活の日常  作者: テンコ
第1章 彼の気持ち
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1-03

 今の私は基本的に男の子とはあまり接点が無い。

 

 そりゃあ一緒に暮らしている家族なので、もちろんそれなりに顔を合わせ、朝から晩まで一緒に過ごしているのだが、なんというか精神的に距離が離れているのである。


 仕方ない。今の私は中身はともかく表面的には女の子に分類されるから。






 それがちょっとだけ崩れたのはつい最近のことである。理由は分かりきっていて、それは戦闘の訓練に私が参加したからだ。


 この街の明主様の兵をお借りすることが出来、戦闘訓練を週に何回か街の広場を使って開催しているのだ。

 これには近くの住民の子供や、治安維持の為に街の自警団の数名が参加した。当然明主様に払うものを払って、であるのだがその中に私もまぎれたのだ。


 女だてらと言っても基礎体力は十分あるので、将来に必要な事と割り切り参加を決意した。

 とは言え、槍などの訓練が一番メインだが、私は相変わらずその手の行動が苦手、いやここにきて判明したのだが一切扱えないのである。


 木剣を持って打ち合えば剣がすっぽ抜け、槍などを使って扱いの練習をすれば身体に当てそうになって慌てて止めるなど、明らかに苦手、若しくは振り切ってマイナス方面に才能があると分かった。

 ゲームと現実は違うとはいえこれは泣ける。


 今は兵士の中に数名いる女性の方にまぎれて訓練をしている。

 皆体格が良く、見上げなければならないほどの身長だが、男性ばかりの兵団に入るほどの性格なのであろう皆気さくで話すと穏やかで、でも不埒な男性に喝を入れるほどの女気があった。

 この世界は種族毎に身体能力の差があったりするので、極端な男尊女卑にはなっていない。

 だからこその差別や、その種族毎の男性女性の扱いの違いこそあれど、この街の兵士は"比較的"平等らしい。





「ちょっとシズナちゃん、こっちきて」

「はい、なんでしょうか?」

「うーん、いい加減その口調で慣れてきたわね……最初はむず痒かったのに。あ、そうそう、最後にこの子と組手して」

「組手ですか?はい、あ」


 目の前には同じ孤児院にいる男の子、コナードくん13歳がいた。

 この世界の名付けの基準がいまいち分からないが、私が言う事でもないだろう。


「丁度よい背格好だからね、女の子と言っても訓練だし手抜きはしちゃだめだよ、ほら」

「シズが相手かー、ちょっと困るなぁ」

「バカ言うんじゃないよ!シズナちゃんは身体能力は流石の獣人なの。痛い目を見る前に気を引き締めて」


 コナード君はヒューマンで、訓練期間中に兵士に推薦して貰うのを目標に頑張っているらしい。

 上手くいけば下働きとして雇って貰えるのだという、結構な年齢の住民まで含めて目がギラついていた。


 準備をして互いに向き合う。

 ステータスという大きな差があるはずなのだが、ここはゲームではなく、まして私は前の人生で殴り合いなど経験したこともない平凡な人生を送っていたのだ。

 兵士のお姉さん方に胸を貸していただく訓練とは違い、なんとなく緊張する。





 最初に動いたのは向こうだ。

 私は護身スキルと格闘スキルを全面に押し出す。

 摺り足に近い動きで近づいてくるコナード君に対して右半身を前にした半身になり、呼吸を落ちつけて待つ。

 捻りを加えて打ち出された右腕を、前に出していたこちらの右手で払い、払った右腕をこちらの左手で掴んで私から肉薄する。


 同時に右脚でコナード君の両脚を払い、腕を掴んだままの左手を外に向けて勢いよく引くと彼は何が起こったかも分からず転倒してしまった。


「それまで!よく見てたね、シズナちゃん、実践では転んだ相手にトドメを刺すのよ?」

「はい、ありがとうございます、ですがやっぱり苦手で……」

「向き不向きがあるからね、そこまで極端なのも珍しいけど。ほら、君いつまで呆けてるの」

「あ、はい……」


 コナード君は呆然としているが、仕方ないだろう。

 自分で言うのもアレだが、着飾ればきっと令嬢みたいに可愛い容姿なのだ。そんな女の子に倒されたなど理解が追い付かないのであろう。


「シズナちゃんは動体視力がいいから、落ち着いて対応すれば良いよ。コナード君は見た目で侮っちゃダメって事が分かったよね?じゃ、今日はここまで」

「ありがとうございました」


 揃って頭を下げ、2人で孤児院に向かう。孤児院まであと少しの所まで来ると、無言で歩いていたコナード君はぽつりぽつりと話しだした。


「シズごめんな。始まる前は殴る手を止めようとか、手加減しないととか思ってたんだ。今でも信じられないんだけど。俺負けたのか」

「いいえ、違います。あれは無手の訓練ですから、実際武器を持つと私では相手にもなりませんし」

「そっか……いや、そうじゃなくて、なんて言うか……あ、あれだ、いや……」


 暫くの間、男の子が頬を染めてチラチラとこちらを伺っている。このシチュはやばいな……どう見ても惚れた腫れたの話になりそうだ。

 そう、私は元男性である。

 肉体の性別に引っ張られてちょっと趣味が変わってきてるのは自覚しているが、35年間の経験はやはり簡単に消せない。


 素知らぬ顔で「あ、掃除当番だから急がなきゃ……」とコナード君に聞こえる程度の大きさの声で、それでも小さく呟く。


「ごめんなさい、ちょっと急ぎましょう」

「あ、ああ……」


 ごめんコナード君よ。大きくなって別の女性に向かい合ってくれ。


 緊張を解かれたコナード君は少し残念そうにこちらを一瞥し、急ぐこちらに付き合ってくれた。

 そのまま孤児院に滑り込み、井戸近くで両手足と顔の汚れを拭い取ると、掃除当番組に入る。


 訓練に参加する為にその日の、その週の、その月の仕事を疎かにしてはいけないと思っている。

 これは院の皆も思っているであろう、全員がしっかりと仕事をして、訓練ないし自分の時間を作り出すのである。

 しかし時間的に無理なことはままあり今回は掃除の当番を少し別の子に入って貰っていた。


「ヨシュア君、お待たせしてごめんなさい」

「来たね。今日はシスターと神父様の部屋まで終わってるから。約束忘れないでね」

「はい。いつもありがとうございます。では、明日の昼食後でどうでしょう?」

「うん、いいよ。じゃ頑張ってね」


 そう言い残して鱗族のヨシュア君11歳は別の仕事を受け持ちに行った。

 約束と言うのは勉学を教える事であり、昼食後の休憩時間にその時間を作る事を条件に手伝って貰っていた。


 この孤児院の識字率や学力向上の意識はかなり高い。ハングリー精神と言うのか、やはりそれは元の世界とは比べものにならないほど貪欲だ。

 それは単純な文化レベルとは違い、1人1人の目標の差だろう。

 ちなみにヨシュア君は滑らかな薄緑の鱗が身体の体表に見え隠れする種族の子供で、将来は大店の商人になりたいのだとか。

 院を卒業していつかは自分の店を持ちたいのだろう、しかし当面の目標の為に今を頑張っている。


 私も年齢的にそろそろ卒院だ。

 そろそろ計画を最終段階に詰められるかもしれない。

 そう思いながら引き継いだ掃除を終わらせるために、先程まで苛め抜いていた身体を酷使して孤児院の掃除組に紛れた。


 尚、コナード君との組手の話が伝わったのか、その日以降男子組との接点がぽつぽつと増えてきたのは間違いない。




「どうだった?コナード君とシズナちゃん」

「隊長!お疲れ様です!」

「いいよいいよ、楽にして。これは仕事だけど、兵士として屋敷に詰めてる訳じゃないんだから」

「はい、ありがとうございます!……先程2人に手合せさせたのですが、やはり種族の差が出ました。あとはシズナは基本的な身のこなしが結構なレベルで出来上がってますから、無手の場合コナードには厳しいかと」

「そうか。まぁ年齢のせいもある。あの年頃の男女の差はあまりないとはいえ、種族の差まで含めるきついな」


 先程シズナとコナードに手合せをさせた女性兵士。その兵士のもとへ上司らしき男が近づいて話を振る。


「何にしても、コナードはこっちに入りたいみたいだし、ちょくちょく見てはあげるよ。どう転ぶかはまだ分からないけどね」


 子供の決意など大人には筒抜けなのであろう、しかしこの訓練自体将来性のある子供に唾をつけておく側面もあるので願ったりだ。


「シズナちゃんはやっぱりきついかぁ」

「はい。やはり槍も剣も、もしかすると思い短剣や盾術の扱いを教えてみたのですが、壊滅的でありました」

「はは。そこまで行くと怖いものがあるね。まぁ女の子だし、でも獣人なのに珍しいなぁ」


 このような訓練には珍しく女の子1人で応募してきた妖狐の子供を思い出して隊長は笑う。

 才能が無いと言っても限度があろう。

 2か月間前後では足りない練習時間とは言え、あそこまで行くとそれも才能だ。


「シズナは基礎として学びに来ている風もあるから、仕方ないけどね。オシイなぁ、身体能力的に……コナードと他数名は見繕っといて」

「はっ!」


 女性兵士はやはりしっかりと返事し、隊長を見送る。そしてそのまま自警団の訓練相手に入って行った。

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