4-03
私が今滞在している村出身で、虎族の冒険者の1人。王都で出会ったフレイツさん。
彼女は、言い方はちょっとアレだが男を漁りに外へ出ている。
何でも、王都で一緒に護衛中だった頃から今回の計画を知っていたらしい。先だってギルドが村へ出していた手紙には、私シズナが村に来ることがあったら良くして欲しいとフレイツさんの名前で書いてあったそうだ。
彼女はかなり前からこの様な事態を予測していたのか、それともただの偶然だったのか。それは今は分からないが、問題はそんな事ではない。
この、女性同士の恋愛が意外にも肯定されている世界で、寡黙であまり他人に懐かなかったらしい?虎族の女性から名指しで手紙に書かれた。それもかなり好意的な内容で。
そしてそれは、彼女と何らかの"関係"である事を示す証拠としては十分だったらしい。そんな事言われても知らないが、そう勘違いするには十分だとか。
私が今思っている事は、心底から面倒臭い、である。
目の前の強面、まぁこの村の男性はある程度全員強面なのだが。その彼が強く息巻いていた。
「手前ェ俺のフレイツに何しやがったッ!」
終始こんな具合なのである。
勘違いにも程があるのだが、頭に血が上りきった人と酔っ払いには説得は通用しない。幾ら言葉を尽くしても、彼らは信じたい事だけを信じるから。主に自分勝手に。
一番の被害者は、私に跳びかかってきそうな彼を押さえつけている数名の、彼の知り合いらしい虎族の男達かもしれないが。
何故、こんな事態になったのか。
ミクトさんに聞いて堪能した水浴び。やはり半月の間羽を伸ばす事も出来なかったので、純粋に楽しいし疲れも取れた気がする。
何だか良く分からない木の実から出た、何だか良く分からない滑る液体で身体を清め、同時に尻尾と耳の汚れも洗い流した。
森の中だと木の枝や蜘蛛の巣などが絡んだりして、ちょっと言い表せないぐらい不快な気持ちになるのである。獣人の必須能力として、自身の毛がある部分の手入れ技能は欠かせない。
毛繕いや櫛入れ、果てはトリミング、グルーミングの技能。
街中だとブラッシング用のブラシまで売っているのだから、獣人の切実な問題なのだ。
川の洗い場で先に和んでいた虎族のお姉さん方、更にミクトさんと一緒にそんな談義まで交わした。彼女らの毛繕いは至高であり、私の櫛入れも究極だったと評判であった。
「へぇ。フレイツさんにそんな過去が」
「そうなんですよ。全員と手合せなんて、無茶ですよね」
魅惑なひと時が名残惜しくも終わり、ミクトさんの案内で次の場所を目指していたその時。その男は突然やってきて言い放った。
「お前がシズナだなッ!」
「……」
面倒臭そうな手合い。近寄る気配はしていたのだが、別段普通以上の警戒はしていない。影の中には忍ぶのが好きな彼がいるし、格闘スキルも何時でも使用可能だ。
ちなみに格闘と護身スキルは、「使うぞ」と言う意思が無ければ無用の長物と化してしまう。
そりゃ、不意打ちなどに無意識で反応とか無理だ。自身が知覚できていない物をどうやって相手取れるのか。神の視点じゃあるまいしね。
「えっと、こちらは?」
「何かすみません。村の男、その1とでも思って下されば」
彼を無視してミクトさんに尋ねると、思ったより辛辣な言葉が返ってきた。憐れその1君。次に期待である。
「その1さんは何か御用ですか?」
「何だそれ!名前で呼べよ!」
「いやだって知りませんし……」
ほぼ無意味な会話が暫く続く。本当に何をしに来たんだ……。
「だからッ!お前がフレイツを横取るのが悪いんだって!」
「は?」
え、そんな話なの?
「何の話ですか?」
「ッ!あのフレイツが、身体を触らせるまで気を許したのがお前だって言ってんだよ!」
「え、触る……ああ、確かに。彼女は良い声でした」
もちろん櫛入れの時に話だ。
「尻尾も気持ちよさそうに動いてましたしね」
「手前ェ俺のフレイツに何しやがったッ!」
ここで冒頭に戻る。
「こうなりゃフレイツを賭けて勝負だ!」
「御断りします。それに何言ってるんですか、フレイツさんは此処にお目当ての人が居なかったから出ていったのでしょう?」
そう。あの頼れる虎姉御は肉食系だった。
満足できそうな男を探して放浪している一匹虎なのである。村に満たされそうな男が居なかったと嘆いていたのは事実だ。
「え、いや、だって俺、約束したし……」
「そうなんですか?ミクトさん知ってました?」
「いえ。存じ上げませんでしたが」
意外にも幼少からフレイツさんと仲が良いらしかったミクトさんも知らないと言う。何だこの男1。
「俺、フレイツと番に……」
「外に番を見つけるって出て言ったと聞いてますけれど……」
「……」
彼は少し語った。
フレイツさんからの手紙の内容を聞いて、女に走ってしまったのかと思った、と。
結局それ以降彼は何も言わず立ち去って行った。勝負的な展開も無く、これ以上のイベントは起こらないだろうと思う。さらば男1。
「番い?何だったんでしょうか」
「そうですね……フレイツさんは求婚を断り続けましたから」
私に勝てる奴と一緒になってやる!と豪語して千切っては投げたらしい。男らしすぎだろうフレイツさん。
流石肉食系?これはちょっと意味が違うか。
「先程の彼は勘違いでもしたんでしょう」
「なるほど。可哀そう……でもないか。投げられた方なんでしょう?」
「ええ、この村では誰もフレイツさんには勝てませんでしたし」
それを最後に、フレイツさん不在のフレイツさんを巡った一連の事件は、始まる事も無く終わった。
『この村も良い場所ですよ。特に不安な案件はありません』
『そう、ありがとうございます。じゃあ一旦王都に戻って下さい』
『分かりました。お休みは貰えそうですか?』
『暫くこれと言ってお願いする事は無いはずです。ではお待ちしておりますので』
ゆっくりと集落で休息を取った後、長にお願いをして通信機を貸して頂き、イヴァラさんに連絡を取ってみた。
本来ギルドとの連絡用であるし、私は一応嘱託ギルド員らしき立場なので自由に使えるのだが、そこは様式美であるし、長への礼儀でもあるので一声かけたのだ。
イヴァラさんから次の仕事の話は出なかった。だが油断出来ない。私が王都に戻る半月の間に大口の仕事が入っている可能性もある。
実際そんな感じの事を過去やられたのも思い出だ。給金が良かったから受けたが、手の平で躍らされている感半端ない。
「ネフ様。以上で私は王都へ戻ります」
「そうか、この度は助かったよ。村は楽しんでくれたかな?」
「また来させて頂きたいと思うくらいには」
「ふむ。それは良かった。達者で」
実に4日も滞在していたのである。
この集落は楽しかった。
特に食べ物が良く、野菜や薬草の類いの料理が美味しかった。
何でも肉を美味しく食べる為には、付け合せの野菜等も美味しくないとダメなのだとか。
すごい納得。
村長さんとの短い別れの会話が終わってすぐに村を出る。昨日の内に親しくなって人には挨拶を終えているので、誰にもばれないように出発。相変わらず別れの時間は苦手だから。
門兵にも軽く別れを告げて、ほぼ道なき道を辿って行く。私に来るギルドの依頼はこんな感じの場所が多い。
召喚獣達も居るし、何よりこの数年でケモノ部分が急成長した為なのか、自身のステータスを如何なく発揮出来る様になったので、人と一緒に行動するより早く移動出来るからだ。
経験的な部分を含まない依頼や移動場所なら、1人で済ませた方が楽になってしまった。疑似ボッチかもしれないが私には召喚獣も居るし、何より王都には家がある。
……実はこの2年でアリエルさんと一緒に家を借りてしまった。俗に言う愛の巣である。何か恥ずかしい。
ギルド情報課からの給金がかなり良いのも相成って、自分のベースが確保出来たのだ。
何やかんやで王都は物流の中心みたいだし、買って損は無い。イヴァラさん関連から融通してもらって相場以下にもなった。
後は……屋敷の護衛には召喚獣を使っている。
ディアノスをテイムした時のアイテムが手持ちの中にあって、素材になる鎧は何処にでもある。
そして試しにテイム画面を開いてアイテムを使ったら……メニュー上に鎧がテイム可能の文字が出たのだ。
こうなればする事は1つ。鎧テイム用のアイテムには限りがあるので制限はあるが、護衛を4体増やしたのだ。
入口を守る1体と、庭に配置する1体。家中を守る2体。
ちなみに命名はてっとり早く数字から取った。イーからスゥ。いやセンスの欠片も無いのは分かるが、扱いやすくて良いと思うんだ。
アイン系列は別に使おうとも思っているし……。
全員美しい蒼色の女性鎧。
だが何故か思考する意思は持たなかった。ゲーム中のイベントでは無いからなのか定かではないが、しかし私の命令を通してアリエルさんを守ってくれる頼もしい仲間である。
家で待つにいづまへの配慮もばっちりだ。早く家に戻りたいと思いながら、嫁さんがいるサラリーマンはこんな感じだったのかと前世に凹む。
そして今こんな事を思い返している理由。
召喚獣の目と耳を通して、盗賊の声を探っている為に暇だからだ。