3-11
ある日の私の行動を確認しておこう。
この世界に生まれ変わってからの生活。目新しさは特にないが、それでも今の私を知る事は成長に繋がるはずだ。
朝は早くに起床する。日が昇る時間には大体の人が起き出すので、その辺は周りと違いない。現在はマクイル邸に泊まらせて頂いている身なので、色々仕事もあるからだ。
手早く身支度を終えて部屋を出る。暑い時とそうでない時があるが、雪が降ったと聞いた事は無い。振る地域もあるのだろうかと寝起きの頭でつらつら考えながら、外にある井戸に向かう。
実は王都には、ポンプなどより便利な装置があった。魔力で水を汲み上げて更に消毒するのだ……何も言うまい。魔術の便利さは色々すごい。
それを駆使して水を上げ、顔を洗い流す。ちょろっと魔力線から魔力を放出するだけだ。
頭まで覚める水の冷たさに少し震えながら、そのまま髪と尻尾、耳の手入れをする。それからトイレに着替え、他諸々を手早く済ませた。
服装に関しては、着れる物があれば着ると言う感じになっている。それはこの世界の平民の常識で、不潔で無ければ良いという風だ。
王が優秀なのか、周りが優秀なのは知らないが、比較的民衆の生活のレベルは良い。
トイレ事情に関しては……これもある程度良いと思う。家の外には放り出さないし、悪臭が漂うという事でもない。
何せそこは自身の身体の匂いに敏感な種族だっているのだ。文化として全体的に底上げされ、発展しているのだろう。
ここまでの準備は1人暮らしの時と同じ。ここからはスクィール一家のお手伝い的な部分になる。
「メルカちゃーん、朝だよー」
「……んっ、うん……」
「朝ー、朝だよー」
ゆさゆさと小さな身体を揺すりながら、まずメルカちゃんを起こす。子供だから起きるまでそのまま、とはいかないらしい。
獣人は幼い時からしっかり決まった時間に行動する癖を付ける。それが普通なのだとか。
確かに夜更かししたり寝坊する野生動物って、あんまり居ない。
同じような理由で、メルカちゃんはもう親とは別々に寝ている。獣人の子育ては総じて経過が早いな。
「ふぁぁ……ぁ、ねえさん」
「おはようございます」
ここ最近、著しく滑舌の成長が早くなったメルカちゃん。雰囲気で予想しなくとも、意味の分かる言葉を言えるようになってきた。が、
「だっこー」
「はいはい。少しだけね」
それでもまだ4歳。甘えたがりと甘やかしが合わさるともうダメだ。ついつい聞いてしまう。
少しだけ大きくなった、それでも小柄な彼女を抱えて先程の井戸付近まで寄る。桶に水を入れていたのでそれを使わせるのだ。万が一井戸に落としたら目も当てられないしね。
特に水が苦手と言う訳でもメルカちゃんは、まだぎこちない手つきだが顔を洗い、手渡した布で乱暴に顔を拭う。
「あ、ねえさん。おはよー」
ミリカさん譲りなのか、若干間延びした口調で挨拶をされる。寝ぼけていたのか挨拶を忘れていた様だ。
「ふふ、はい。おはようございます」
完全に拭いきれていない水滴が滴ったままの顔を、布を預かって拭いてあげる。水に濡れる事を厭わない種だから、あんまり面倒ではない。水が苦手な種だと、子供の頃の躾が大変らしいのだが。
そうこうしている内に、この家の主とその妻が出てくる。
「2人共おはよう」
「おはよーメルカ。シズちゃん」
「おはよーかあさん」
「おはようございます」
上からマクイルさん、ミリカさん、メルカちゃん、私の順。そして相変わらずマクイルさんだけ名前を呼ばれない。不憫だ……。
その後は私とミリカさんで朝食作り。
凝った料理など出来ないが、手伝う事は出来る。今日のメニューは、怖くて何なのか聞いていない黒いタマゴを使ったスクランブルエッグが大量に。
それと硬いパン、香辛料入りの結構味のあるスープ。それに薄切りにした肉を焼いた物。
一般的な獣人の朝食風景で、特に奇をてらうとかは無い。食べられる事に感謝はするが、掛け声も何もなく家主の合図で頂く。
食事中は結構賑やかだ。喋るのが下品という習慣も特には存在してない様子。
「そーいえば例の……何だっけぇ、思い出せない」
「おい何だよミリカ、気になるじゃないか」
唐突にミリカさんが話題を振って来た。
「えーっとぉ、あ。大陸の件はどうなったの?」
「あー、あれか。そろそろ高ランクを送るってよ。西にある港まで、該当者を送る手筈を整えてるんだとさ」
「そうなんですか。あれ、マクイルさんは何でそれを?」
「伊達にギルドに毎日顔出してる訳じゃあないさ」
ミリカさんと私とでメルカちゃんの食事の補佐をしながら、ゆっくりと朝食は進む。メルカちゃんは好き嫌いも特にせず、肉等も食べる。
意外だが木の実ばかりを食べる種族では無いらしい。ちょっと偏見を持っていたのは確かだ。
午前中は予定が無い限り家の掃除、洗濯や買い物など。
各々の用事が午後に集中することが多い為に、大体の事を済ませる。掃除や洗濯の経験はかなりある方なので、大体は行える。
料理は……そこそこ。ミリカさんと手分けをして進める事が多く、メルカちゃんの相手をしている日の割合が高い。
「ねえさんだっこー」
「はいはい」
癒されるので、相手をして貰っているとも言えるが。それにしても彼女は抱っこが好き過ぎる。
後は遊ぶ以外に勉学も教えたりする。
学校はあるが、行くのは貴族やそれに準ずる階級の者達のみ。知っている者が知らない者に教える、のが常だ。
私は孤児院時代に神父様から教わっていた。教義は生きる上で必ずしも必要でなかった為に、教わっていなかったが勉学は別だ。子供達は生きる為に学ぶのである。
当然神父やシスターもそれを知っているから、神の教えを押しつけてはこなかった。それで腹が膨れる訳でも無いしね。
そんな訳でこの世界の語学と常識はある程度覚えている。数学や世の理などはリーン姉さまに習った。魔術の作成、改良、音読に必要だったからだ。
「メルカちゃんの名前は、こう書くんですよ」
「め、る、かー?」
「そうそう。そんな感じです」
もう何度も驚いてられないが、獣人は幼い時から早熟だ。外敵に狙われやすい幼年期は、すぐに駆け抜けようと思っての進化かもしれない。メルカちゃんは順調に学んでいった。
午前は緩やかに過ぎていく。
最近の午後は、メルカちゃんを連れてアリエルさんの所へ行く事が多い。
ミリカさんが実家に戻る日が近いので、産後で鈍った身体を運動や依頼で戻すからだ。彼女が泊まりがけの依頼に出た場合などは、1日中メルカちゃんと一緒に居る事も多い。
私がギルドの依頼を受けて外出してる時以外は、ほぼそんな感じだ。
「こんにちは、アリエルさん」
「ようこそ。おいでくださいました、シズナさん」
屋敷の主が戻ってきて外の脅威が薄くなり、同じく屋敷に戻ってきた使用人の方に案内され、お嬢様の下にやってきた。中に入ると笑顔が眩しいアリエルさんが出迎えてくれる。
「ありえるー」
メルカちゃんは彼女をそう呼ぶ。2人で内緒話している所とか見かけるし、結構仲が良いみたいだ。
その会話に近寄ると、恥ずかしいのか2人共すぐ会話を止めるけれどね。
「メルカさんも、ようこそ」
「おー」
「2人は仲が良いのですね」
「え、ええ。仲良しですわよね?メルカさん」
「……うんっ!」
良い返事だ。
ここに来るとメルカちゃんは私から離れない。いくら仲良くて顔見知りでも、人の家は落ち着かないのだろうか。
最近お決まりの、私が彼女を抱え込んで抱き付く様に持ち上げる姿勢。彼女は私の首に小さな手を回し、腕に座っている。
「メルカさん?貴女用に椅子を借りましたの。どうですか?」
「やー」
軽く頭を振るメルカちゃん。
「どうしてもですか?」
「やーの」
言葉と共に、私の首に回した手に力が入る。何故だろう。
「ごめんなさいアリエルさん。慣れてないみたいで」
「そうですわよね。ええ、別に、気にしていませんわ」
ミリカさんと何度も面識があるアリエルさんだし、護衛時から結構子供の話をしていた。
私が忘れていた気遣いなどもしてくれるとは、さすが出来る商人の娘だ。子供用の椅子とか頭になかったし。
案内された椅子に座って、会話に花を咲かせる。落ち着く時間だ。
「――それではメルカさんは、もうすぐ旅立たれるんですの」
「そうみたいです。メルカちゃんアリエルさんと離れるの辛いですよね?」
「ねえさんといっしょー」
「そうですか。やっぱり辛いですね」
流石メルカちゃん。4歳で会話を理解しているのだろう。聡い子である。
「では、メルカさんに代わってシズナさんは私が見ておきます」
「恥ずかしいですよアリエルさん」
「ふふ、良いではありませんの」
「ねえさんといるの」
うん?若干話が噛み合ってないけれど、まぁまだ子供だしね。
最近お嬢様とはいい感じなのだが、まだメルカちゃんには早い会話かもね。
小さな彼女もマクイルさんみたいな人を見つけるのだろうか。いかん何か子を思う父の心境だ。っと、そこへ――
「やっぱりシズナ君も来ていたのかい」
今日は庭で小ぢんまりと話していたのだが、そこへ何故かベティさんがやって来た……多分匂いだろう。
「ようこそベッティーナさん。ようこそいらっしゃいました。本日はどの様なご用件でしょう」
「お邪魔してるよお嬢。いやなに、スルドナに呼ばれて来たんだけれど。シズナ君の香りがしてね」
「こ、こんにちはベティさん」
「ふむ。今日は小さなお嬢もおいでか。なら無粋なマネは出来ないな」
無粋なマネって何だろう。突然メルカちゃんが私を抱く手に力が入り、顔を寄せてきた。ちなみにベティさんもメルカちゃんと面識は多々ある模様。
流石のベティさんも小さな子の前ではやらかさないみたいだ。
「小さなお嬢もよくやるね。まぁ頑張る事だ」
「ベッティーナさんこちらにおりましたか勝手に部屋を出ないで下さい皆さんこんにちはお嬢様ご無礼を」
唐突に響く気早い声。スルドナさんが入って来て、一礼後そのままベティさんを引き摺って出て行った。
嵐の様な人達だな。
「お仕事の相談みたいですね」
「その様ですわね。そうそう、今日は珍しいお茶が入りましたのよ」
「おやつあるのー?」
「ええ、ございます。少々お待ち下さいな」
このお茶会は彼女が全部用意してくれる。手伝おうとしたら止められる程、楽しいそうなのだ。まるで夫婦……の様です、とは彼女の言。かなり恥ずかしい。
昼下がりも穏やかに過ぎていく。
今日はマクイル夫妻が泊まりがけの依頼の為、夕方以降メルカちゃんと2人きりになる。
料理が出来ないので、大衆食堂に食べに行く事になった。
幼い彼女は意外と落ち着いているから出来る事でもある。これが違う子なら騒いではしゃいで手が付けられなくて、お店に迷惑がかかるだろう。
顔馴染みのウェイトレスに注文をし、待っている間はゆっくり話す。話すことが、彼女の訓練でもあるしね。
「――でね、んとね、えっと――」
「――なるほど――ええ――」
少し待っていると料理が運ばれてくる。箸なんて無くて、スプーンとフォークの様な物。似ているが違うソレで食べ始めるのだが、2人で食べにくると彼女はより一層甘えてくる。
あまり良くは無いのだろうが、やっぱり妹の様な感じできつく出れない。
「はい、あーん」
「あー……ん」
焼いた魚の身をほぐして口に持っていく。体格差と年齢の為、小鳥に餌付けしているみたいだ。
半分くらいをそんな感じで食べさせた後は、残りを自分で食べるように言いつける。流石にそこまで甘やかすと彼女の練習にならないし、ミリカさんに申し訳ない。
暫くは必死に食べる彼女を見ながら、こちらも味わって食事を進めていく。
私は基本的に好き嫌いは無い。しかもケモノに近くなったせいか、かなり雑食風になった気がする。何がとは言わないが、まぁ森でも生きていけるくらいには忌避感が薄れている事だろう。
……キツネと油揚げの組み合わせは、本当に理性を失う程の物なのだろうか。それだけが気がかりだ。
早い時間にマクイル邸に戻り、勝手知ったる風にお風呂の準備を進める。
マクイル邸にはちゃんとお風呂が備え付けられている。流石に獣人用の寝傍るタイプの浴槽ではないが、それも獣人同士、気の合った者同士なら同じ湯でも問題無い。
便利な魔術もある為メルカちゃんと2人でも危険があまり無く、湯が沸かせる。火を直接使うのではなくて魔術で熱湯を出せばいいのである。
「あー、今日も平和でしたねー」
「うん?へいわー」
浴槽に浸かった私の膝上に、小さな彼女を乗せる。何時もの定位置。
「かあさんだいじょぶかなー」
「マクイルさんも付いてらっしゃいますし、きっと大丈夫ですよ」
「うんッ」
何気ない日常の会話。
やはりそれだけで癒されていく。最近では外に出ても震える事が無くなってきたので、順調に回復しているのだろう。もうそろそろ、かな。
「ねえさん」
「はい?」
「あのねー」
「はいはい、ここにいますよ」
メルカちゃんが後ろを振り向いて、向かい合う姿勢を取った。普段活発に公園を走り回る彼女は、意外にも肌艶が綺麗だ。耳と尻尾も言うに及ばず。少し伸びてきたのか、肩を超えた辺りまで髪がある。
「おっきくなったらねー」
「なったら?」
「ん……なんでもないっ!」
「えー?気になりますよ」
「なんでもないの!ないしょー!」
「それは残念です」
こうなったら聞けないだろう。しかし4歳児で秘密かぁ。ほんと早熟だよなぁ。
湯船に浅く浸かりながら、言葉少なくまったりと温まる。もちろん彼女がのぼせない様に頃合いを見てお風呂から上がり、身体を拭いながら温風で尻尾と耳を乾かす。こればっかりは小さな体の彼女ではまだ出来ないので、私の仕事だ。
「くすぐったいー」
「少し我慢してて下さいね」
「あはっ、やめてー」
本当に妹が出来た様な気がする。いやまぁ孫でもおかしく無いんだけれど、どうもこの身体の引っ張られて、対応まで変わってしまうんだ。
水気を飛ばして、その後は毛のお手入れだ。私の部屋に2人で戻り、香油を少量だけ塗しながら丁寧に櫛を通す。彼女のふわふわな尻尾が損なわれることは我慢ならない。
絶対にだ。
熱心に櫛を通る傍ら、メルカちゃんはもうおねむの時間なのか首を傾けている。まだ1人寝は怖いのか、夫婦が居ない時は私が付き添うのが常だ。
「今日は休みましょうか」
「ぁぃ……」
小さく頷いた彼女をベッドまで運び、そのまま横になる。私も用は全て終わらせているので、このまま就寝だ。流石に夫妻が家にいない時は、1人で眠らせられないしね。
孤児院に居た頃を思い出しながら、小さなお嬢様が寝るまで背中をさする。寝息が聞こえてきたら、私の仕事はこれで終わり。
まだ母が恋しい彼女が抱き付いてくるが、寝れない事は無い。
そんな事を思いながら、何時しか深く寝入ってしまっていた。
それから約4年後。
メルカちゃんも8歳になって、名残惜しくもマクイル夫妻の実家に帰って行き、私は冒険者としては1人になってしまった。
そんな、先行きが少しばかり不安になっていた頃。
朝、久しぶりにベッドの上起きると、隣に一糸纏わぬリーン姉さまが私の腕を枕に眠っていた。
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