表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界生活の日常  作者: テンコ
第3章 彼女の状況
53/99

3-10

 ソレは何時の時代にも現れた。


 文献にも載っていないそれほど昔から、彼らは発生していたのである。


 前に生まれた時とは違って人の世の、人が蔓延る時代に生まれてしまった。王都と呼ばれるクニの近く。浅く、しかし深い森の中。ソレは何時の間にか。


 魔力、魔素……なんと言い換えても良い。それらを源にして。

 世界に渦巻く思い、願い、呪い、災い。それらを集めて成長していくのだ。そうやって、何時の時代、何処かの国、誰かの傍。いつ何時現れるか分からない存在。


 ソレは考えを持たない。自分が何の為に現れたのか。何故生まれたのか。どうやって存在しているのか。全てが分からない。

 誰も彼も知らないのだ。誰も、教えてくれるモノが居ないのだ。


 自分が何者なのか分からない、そして考える事が出来ない、思う事が出来ないソレ。ソレは落ちてくるべきでは無かったのかもしれない。だがソレは今此処に存在してしまった。


 ソレは発生してしまった。現れてしまった。


 生まれた赤子が世界を見て泣き叫ぶように。初めて見た光に怯えるように。ソレは貪欲に全てを飲み込んでいった。餌、と言うべきであろう。物質を得る訳では無い。


 この世に漂う、ありとあらゆる想いを糧に肥大化していくのだろう。


 そして……この世には、何も清い想いだけでは無い。


 両親への反発。

 友達への嫉妬。

 恋人への疑念。

 子供への憤怒。

 自らへの憎悪。


 この世に感じる諦観。


 悪有れば逆もまた然り、とは言えない。行動するうえで一番の原動力は、負の感情、獣の本能。それらが多く占めているからだ。


 ソレは、漂う感情を。渦巻く理念を。貪り尽くす。生まれたその時から、それだけを分かっているかのように。

 当然の姿だとでも言うかのように。自身の事は分からないのに、自身の行動を止められない。

 止める思いが無い。考えが無い。分からない。分かっているのは、自分では無く、世界の事だけだ。


 生まれた時から何も持たないソレは、世界に満ちている想いを糧に生きる。それは、自身ではなく他人のモノを使うと言う事。自身で考える訳で無く、他人の想いに引き摺られると言う事。


 過去、ソレはそうやって蠢いてきた。


 まだ感情の無いソレ。まだ生きていないソレ。存在を許されたソレは、まだ現れただけに過ぎない。この世界の全てのイキモノを敵に、全ての想いを味方に。ソレは蠢き続けるのだ。


 成長をしたソレは、何者にも冒されない。何者をも通さない。何者にも成れない。そして、止める術もない。


 それがもし、もしも成長してしまったら。

 考える事が出来る様になってしまったら。

 思える事が出来る様になってしまったら。

 この世に現れ出でた瞬間から、ソレは世界の敵対者なのかもしれない。


 今はまだ名もなきソレ。


 ソレは、まだ誰にも感知されていない。自身すら分かっていない。


 そして……ソレは今まさに、この世の祝福を受けようとしていた。そして、この世の呪いを糧に生きていくのだ。


 ソレは……今、生まれたばかりの赤子のように――





『ん?今なんか踏んだかな?』





 ――その赤子はこの世から消滅した。





 私シズナは現在、王都周辺の森を駆けている。


 MMO時代に種族特性として使用出来ていたスキル、獣化。それを使い本来の姿だろうキツネに戻って、森中を駆けていたのだ。

 本能なのか、かなり爽快な気分になる。途中襲いくる魔物や害獣を、ステータスに物を言わせて蹴散らしながら。


 しかし先程だろうか。何かを踏みつけた感触があった。気のせいかな?


『主様、どうかなさいましたか?』

『……何も起きない……何でもありません。気配を感じたんですけれど、気のせいだった様です』

『ふむ。その姿だとヒトとは違い、気配に敏感になるものだ。大方虫でも踏まれたのだろう』

『そうですね。そんな感じです』


 シロクロに付き添って貰い、ストレス発散をしているのだ。


 確かに感知範囲も広がって、気配も掴みやすくなっている。そして、得た情報をまとめる本能も上手く機能している。要するに万全の態勢で、気持ち良く運動しているのだ。


 何かに悩んだら、適度に動く。

 行き詰った時には、人と話す。


 それが私の解決方法だった。ようやっと思い出した。


 イベント企画案の捻り出しが出来なかったら、散歩でもして気分転換をするのと同じだ。新商品のアイデアが出なかったら、仲間と飲みながら思いつく限り喋るのと同じだ。


『風が気持ち良いですね』


 ケモノの本能単位での気分転換。これほど爽快な事は無い。


『そうだろう。野を駆け山を駆け、主と歩む』

『これほど楽しい事はございません』


 クロシロが続けて返答してくれた。何となく嬉しい。ちなみに烏丸も呼び出しているのだが、私ですらメニューのマップ機能を使わないと位置を把握出来ない。忍び過ぎだろう。


『周りが怖い物に見えてたんですけれど、そんな事は別に無かったんですね』

『怖い物、ですか?』

『怯えてたんです。ちっぽけな私が、誰かの悪意に屈する事を』

『主様……』


 誰にも売られずに済んだ。私は私の意思で動ける。それが嬉しいと同時に、今度は失うのではないかと尻ごみしていたのだろう。でもどうだ。自分はこんなに早く動けるのだ。


 今の俺には戦う術も、逃げる能力もあると学んでいる。

 今の私には自分以外に、頼れる人が居るのを実感した。


 ミリカさんに言われた通り、誰かの助けを借りても良い世界なんだ。

 両親が居なくなって、誰にも頼れなかった自分は、もう居ないのだ。


 そう考えると、とたんにココロが軽くなった気がする。


 結局私はその日中、他の召喚獣を粗方呼んで、日が暮れるまで駆け抜け続けた。





「シズナさん。気持ちの整理が出来たんですのね」

「ええ、出来ましたけれど。何故分かったんですか?」

「それはもちろん。あ……いえ、何でもございません」


 愛って言おうとしたのか。段々行動が過激になっていっているアリエルさんだが、その辺は恥ずかしいらしい。


 時は変わって今日はお嬢様の護衛、という名目のお茶にお呼ばれしている。母娘を襲う敵方はほぼ一層されたが、危険が全く無くなる訳でもなく。

 意味のある護衛と言えよう。言えるはずだ。


「ン……」

「最近ちょっと身体を動かしてまして。気分が良いんです」

「そ、そうですの……」


 動き回って、依頼を受けて、マクイル邸で癒されて、アリエルさんと楽しくお喋りして。段々とあの半年以上にも及んだ圧抑の日々が薄れてきた。


「暫くしたら、大口の仕事を受けようとも思います」

「……だ、大丈夫です、の?ぁ……」

「その辺も含めて、またやってみようかと」

「……シ、ズナさんがそう言うのなら……ん。で、ですが、もう少ししっかりして頂かないと」


 そうだろう。聞けば多くの若い命は、生まれた街を旅だった後、別の街で落としているらしいから。アリエルさんの心配も当然だろう。旅行というほど安全ではないし。


 若者は自分の生まれた街が世界の全てで、別の世界を夢見て出て行くも色々な違い、油断、悪意に呑まれるのだ。私もその1人になりそうな所、何とか踏みとどまったに過ぎない。



「まだ先は長いですから。死ななければ、強くなりますよ」

「そんな……ぁぅ……で、ではわたくしをあ、安心させて下さい、ませ」

「そうですね。もちろんですよ、ご主人様」

「ぁ……」


 アリエルさんの部屋で2人きり。恋人……と言っていいのだろうか。最近私自身から積極的に行動を起こしてしまっている。正に今。


 お茶用の小さなテーブル、そして大きな椅子に座って向かい合った私とアリエルさん。私は右手、彼女は左手を伸ばして繋ぎ合っており、マッサージをしている状態になっている。


 あそこ(奴隷商の元)で教え込まれた事は役に立っているようだ。

 マッサージだよ。うん。やましい事は無い。

 彼女は得難い安心感を感じているのか、空いている右手の人差し指を口で横噛みにし、必死に声を抑えようとしている。


「っ……わ、わたくしも、お手伝いな……ら」

「ありがとうございます。頼りにしてますよアリエル様」


 彼女は彼女の為に、私に手を貸してくれる。下手に私の為じゃないから安心だ。


「……ふぁっ……んんっ。そ、そう言えばシズナさんの好きそうな櫛が手に入ったんですの」


 身体を小刻みに震わせたアリエルさん。小さく咳を1つ、息を整えた彼女は続ける。


「へぇ、それは気になります」

「懇意にして下さっている方が、お持ちになりましたのよ」


 それは貢物では無いだろうか。そして私は甘やかされているのを自覚してる……アリエルさんが良いならまあいいか。


 実物を見せて貰ったが、櫛一筋約10年の私を唸らせる程の一品だった。この世界ならではの魔術を付与されている櫛。

 梳くと疲れが取れたりする物らしい。亜人獣人が多いからこの様な文化は発展しているのだろう。


 これを譲って下さると言う。高い物ではないが、使いやすさは抜群だ。


 後は自分のLuk()の数値が高いことを自覚した時から、色々ツキが回ってきた気がする。依頼中に対象の魔物に早く遭遇出来たり、珍しい櫛が商店で見つかったり。


 ほんの些細な事だが、嬉しい。


 多分だがこの世で一番運の数値が高いのではないだろうか。直接的では無く、間接的に助かっている事が多そう。捕まっても助かるとか、ね。


 知らずの内に、世界を救ってる……とかは、言い過ぎか。

ご意見、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ