3-09
「シズちゃーん、ご飯出来たわよー」
「今行きまーす」
「しずぁ!まっへえ!」
「はいはい。こっちですよメルカちゃん、お手手繋ぎましょうね」
現在私はミリカさんのヒモである。
この年にしてまさかの事態である。
何を言っているのかは自分でも理解できる。現状も分かっている。何故こうなったのかも、一応は理解できる。
でもちょっと混乱しつつ現状をまとめる事に。
私は今、アリエルさんとミリカさんの指示の下に生活をしている状況だ。ミリカさんはまるで母親のように接して下さり、私の私生活を一手に補ってくれている。
アリエルさんはそれ以外、私の話し相手を務めて下さったり、アリエルさんの警護の報酬で生活していたり、ほぼ彼女達におんぶに抱っこ状態なのだ。
理由はもちろん、私の精神的な弱さが原因だろう事は明白である。
あの事件以来私は1人での行動中や、普通に過ごしていてすら動きが鈍ったりする。まして知らない男の人と行動したりすると、極度の緊張状態に陥ってしまう様になってしまった。
病院(この世界にも病院はあった)に行って相談をした所、一時の衝撃でココロに多大な負荷を感じた事が原因だろう、と診断を受ける。
こればかりは時間を掛けて落ち着かせるしかない、とも。
『殿方の近くに行く必要がある時は、わたくしがお傍におりますので』
『はぁ、ありがとうございます?アリエルさんもお嫌なのでは』
『シズナさんの為です。そして、わたくしの為ですもの』
その事をアリエルさんに相談し時に、こんな会話があった。
微男性恐怖症の先輩?として彼女に色々教えて貰ったりしたのだ。私の中の人がそもそも男なので若干自嘲してしまったが、それでも現状怖いものは怖い。
肉食あっち系なベティさんに言わせると、
『ほぅ……その不安な表情。中々、そそるね?』『可愛いね』『……誘っているのかい?』『ふふ』『シズナ君、そろそろ……良いのかい?』『……ッ』
と言う感じらしい。これはやばい、由々しき事態。とりあえず拒否はしておいた。
私としては何とかしたいのだが、どうも周りが乗り気なのである。ミリカさんはこう、母性?全開で接して下さるし、アリエルさんは猫っ可愛がり的な行動で構って来るのだ。
段々と忌避感が無くなっている私はされるがままにしているが、何と言うか甘えてばかりになってしまっている。その一方的な溺愛を、私はメルカちゃんに転嫁していると言っても過言では無くなってきた。
可愛い妹が出来た様な感じ。
そうして甘々な生活が続く事になる。
「いやぁ、娘が2人出来たみたいで嬉しいわ」
「ねえあん!」
「おい、俺の事も構ってくれよ」
私がヒモ……になって早半年。
スクィールの親子は毎度この調子。そしてこの間にもアリエルさんは順調に成長をしているらしく、スルドナさんとほぼ毎日の勉強漬けだ。
『日常にシズナさんの香りが無いのが、残念でなりませんわ』
ある時の彼女の言であり、最近ちょっと突き抜けて来てる気がする。
好いて貰えるのは嬉しいし、何だろう最近好意に対して同じ好意で返したくなってきている。
俺/私ちょろすぎない……とも思ったが、別段悪い事では無いので今は深く考えていない。
「さて、今日のシズちゃんとメルカの予定は何だったかしらね」
「あそぶおー」
「楽しそうですね、メルカちゃん」
「うんっ!」
メルカちゃんは3歳になって、やはり獣人の成長は速いのか。すでにしっかり歩ける程になっていた。ある程度なら走れもする。そんな彼女は私と手を繋ぎ、今日の公園散歩の予定を聞いて更にはしゃいでいた。
『私、まだここに居ても良いんですか?』
『メルカが懐いてるし、あれよ。家政婦さんの代わりと思っておけばいいんじゃない?』
何時だったか、ふと疑問に思ってミリカさんに質問した所、そんな答えが返って来た。本当に亜人の家族意識は暖かい物である。何時も感じていた寂寥感が、この家族と接することで少しずつ満たされていく様だ。
「そう言えば聞いたか?最近のギルドの動き」
「動き、ですか?特には何も」
3人家族と私で公園、前回襲われた所とは別の場所に向かっていた所、マクイルさんが話を振って来た。
「それがなぁ。高ランクの奴らを集めてるらしい。別の大陸での魔物大量発生に対応するんだとさ」
「へぇ、それは冒険者以外もですか?」
「ああ。傭兵、魔術師にも、な。何だっけな……確かBランク以上の奴らが対象になってる」
「関係無いわよぉ。私達はD付近なんだから」
「まぁ実際そうだな。けど無関係って訳じゃないんだぜ?」
どう言う事だろう、マクイルさんの説明を聞いてみると納得した。いくら王都が安全だからと言って、いきなり実力のある者がごっそりと抜けたら何かあった際対応に困る可能性がある。
そこは質を数で補うのだろう、高ランクのみ対応に回し、多くの低ランクを残すそうだ。
まぁ妥当だな。
「ねえあん!ねえあん!」
「何ですか?」
ちょっと難しい会話をしていた最中、メルカちゃんが私を呼ぶ。
どうもここ最近、姉さんと呼んでいるのだろう。ミリカさんも訂正しないし任せるままにしているが、悪い気分ではない。孤児院の子達を思い出してほっこりする。
その孤児院には私の稼ぎから少しずつ仕送りをしているし、定期的に手紙の遣り取りもしている。最近だとリンディちゃんが12歳で魔道具屋の店番をやっている、と言う連絡が来たのが最大の知らせだろう。
ほんと、この世界の子供は早熟だ。
「ねえあん!あのね……」
「はいはい」
「あーいしゅきっ!」
「はい、ありがとうございます」
多分大好きと言いたいのだろう。和むわぁ。良く孤児院でも下の子に言われたりした。メルカちゃんの手を取って引き寄せる。
まだまだ軽いし、私の身体の能力だとそこまで重さを感じない。抱き合う様に彼女を抱えて、その小さな顔を頬に寄せる。彼女はその手で私の首に手を回す。
メルカちゃんは私の腕に座っているような姿勢だ。
「ほんと、メルカは俺に懐かないなぁ」
「男親だとそんなモノよ。あなたちょっと汗臭いし」
「え!?先に言えよぉ……」
マクイルさんには申し訳ないが、メルカちゃんの尻尾は渡せない。それはもうふわふわ具合が日々上がっているのだ。
至福。
多分懐かれたのも、会うたびに梳いたり撫でたりしていたからだと思う。
「ねえぁ……」
「ん、メルカちゃん寝ちゃいました」
「公園に着く前に寝ちゃうなんて。着いたら起きるでしょ」
彼女が眠ってしまったので、少し声を落としてゆっくり歩く事に。
結局、公園に着いたら小さな彼女は飛び起きて、リスの子らしく走り回る事になるのだが。熟練の冒険者マクイルさんすら手を焼くお嬢様だ。
「シズちゃん」
「なんでしょう?」
動き回る2人を、私とミリカさんは横座りになって見守っていると、彼女がぽつりと私の名を呼んだ。
「メルカが少し大きくなったらね。一度実家に戻ろうと思うの」
「ご実家ですか。メルカちゃんの為ですね?」
「そぉね。私達の種がどんなものか見せたいし、私達自身も挨拶に戻ろうかと思ってるの」
「なるほど」
その言葉に胸の奥がチクリと痛んだような気がした。
戻る家、か。
「シズちゃんも一緒にどう?」
「……いえ、私は……」
「まぁあと4、5年は先だからね。考えといてよ」
今の自分は、アリエルさんに成長するまで待ってくれと啖呵を切ったのに、外へ出れなくなってしまっていた。王都に戻ってから、王都から出れない。
怖いのだ、またあの売られるかもしれない日々に戻る事が。
付近の森中や、近く泉周辺には行ける事が出来る。だが、それ以上となると。例えば馬車が必要な距離になってしまうと、もうダメだ。助け出されて一度安心した分、どん底への振り幅が大きい。
この一家が王都から出るまでに、治るだろうか……。
……いや、頑張ってみるか。ここ暫くは甘やかされていたが、自分から動かないと解決はしない。それは最初に、孤児院を出るときに思った事だ。何故忘れていたのか。そう思い、決意を新たにする。
今日から、頑張るか。
「ありがとうございます」
私はミリカさんの問いかけに、笑顔で答えた。
薄暗い、森の中。
比較的王都に近い、探索等も終わっており別段問題が無いと思われていた場所。
そこに"ソレ"は発生した。
まだ今は小さいソレ。
何時か、いや早い内に大きくなるだろうソレは、まだ自我も芽生えてはいない。
この大陸がソレを滅ぼすのが先か、果たしてソレが強大になるのが先か。
――今はまだソレにすら分からない。
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