3-08
「シズちゃん、大丈夫か?」
「ええ、問題ございません」
「……そうかい?じゃあ、このまま行くよ」
「はいッ」
今日は久しぶりにマクイルさんと組んでの魔物討伐。推奨ランクはFとあまり高くないが、それはそうだろう。
未開地や危険地帯じゃあるまいし、王都という場所周辺は調べ尽くされ、高ランクの魔物は狩り尽くされている。
それほど危険な存在は居ない。
けれど、その日私は幾度かミスをしてしまい、傷を受けない身体だが魔物の突撃で飛ばされてしまった。
これには慌てたマクイルさん。
当然だ。後方支援が無い前衛ほど危うい職は無い。
「シズ!今日はもう帰るぞッ」
若干、いやかなり怒り気味のマクイルさん。依頼の期間はまだ余裕があるので、今日は戻る判断なのだろう。
それでも放り出さないのが彼の優しさなのだろうか。気もそぞろな私に手を貸して下さり、王都へ戻る。
「すみません、集中出来ていませんでした……」
「……まぁいいさ。ミリカの奴も言ってたが、事情があるんだろう?」
マクイルさんには、この数ヶ月私が何をして、どうなっていたかは教えていない。これは周りの女性に止められたのだが、繊細な事なので教える必要は無い、との判断だ。
確かに、私奴隷になってました~って言われてもどうしようもないだろう。
まぁ実際彼はうっすら気付いている節もあるが、言わないのが大人ってものだ。
「怪我は……無いようだな。いつも通り守りは硬いなぁ」
「はは」
若干顔が引き攣る。笑うしかない。これはステータスの恩恵なのだから。
ステータスのDefとLukの効果。
単純な丈夫さと、避けやすさや当たりにくさに補正をかける運の値が高いから、そう簡単に傷つくことは無い。
そして最近では、無事奴隷から助かったのは運の値が高かったからでは?とも思っている。
しかし、今日は本当に集中出来ていなかった……。
自分で言うのも何なのだが、最近私は少し変だ。
王都に戻ってきてから早2週間。救出でお世話になった方に挨拶周りは終えた。ギルドへの報告も手早く済ませ、イヴァラさんとスルドナさんの調べていた事実と合致。
御咎めは特に無かった。
それも不思議なくらいスムーズに話が通ってしまった。奴隷云々もすぐに解決したし、覚悟していた私はちょっと戸惑ったぐらいだ。
イヴァラさんに借りを作ってしまったらしい。
本人から笑顔で言われてしまう。それはスルドナさんに後日確認した所判明した。何でも彼女のお蔭でギルドから追及されなかったらしい。
感謝だ。
少し気になったのが、報告をした、私が捕まった村と商隊の対応について。これは教えて貰えなかった。
『知りたいんですか?知りたい?でもまだダメです。ふふ、大丈夫大丈夫。ふふふ』
気にはなるが、イヴァラさんがまるでスルドナさんの様な笑顔で大丈夫と言っていたので、大丈夫なのだろう。ぶっちゃけ知るのが怖い。
後は、いくら奴隷商の所で動き回っていたとは言え、鈍った身体はどうしようもない。そこでここ何日かは、身体が悲鳴をあげる寸前まで苛め抜いていたのだが、そこで漸く自身の異変に気付いたのである。
夜、泊まっている宿のベッドで眠りにつく時。小刻みに身体が震えていた。
自覚してからは酷いモノ。朝が訪れる恐怖が押し寄せて来たのである。今までの経験で一番恐怖を感じた事件だ、当然だと思う。反面、こんなに弱い自身に情けなさも感じる。
矛盾してはいるが、どうしようもない身体の反応だった。1人で居る夜に感じる物があるのだろう。それから召喚獣の皆に添い寝をお願いしていた。
タマが一番抱き締めやすかったのには、何故か自然と納得したけれど。
そんな自身の変化について、実は私より周りが早くに気付いていたらしい。
ミリカさんに相談したら、もう用意は出来ているとマクイル邸に泊まるように勧められた。有難すぎて涙が溢れる。
あとアリエルさんは、リラックス出来そうな物品を金に物を言わせて送ってきた。
愛が、重い。
『シズナさんはわたくしが買いましたのよ?ご主人様の言う事は、絶対です』
そう言われてしまってはどうしようもない。続く言葉で休養を取るよう命じられた。
今はマクイル邸に来ている。マクイルさんはギルドの依頼中だが。
私はミリカさんに事を打ち明けて、相談に乗って貰っていた。
「普通なら助からなかった事態なんだからぁ。そりゃ、怖くもなるわ」
「……思い返すと、やはり紙一重だったと思い至りました」
「まぁね。でも今は無事じゃない。大丈夫大丈夫」
現在お昼寝中のメルカちゃんを胸に抱いた私は、後ろからミリカさんに包まれている。
思えば前の人生でも両親が早くに亡くなってしまっていた。
恩を返す事も無く、成長した自身を見せる事も無く、孫をその手に抱かせてあげる事も出来ず。親兄弟親戚が居ない人生。結局私は、寂しいままだった。
そのせいなのか周囲に甘える人が居なかったし、生きていく為にそんな暇が無かったのもある。
だからだろうか、今胸の中に抱いているメルカちゃんを堪らなく愛おしく感じ、私を抱きしめてくれるミリカさんに親愛を感じるのは。
「私達亜人が群れるのはね、やっぱり温もりが欲しいからなのよ」
「……」
黙って、続きを聞く。
「群れて、頼って、助けて……それが本能に刻まれてるのかしらね?」
ゆっくり身体を揺すりながら、ミリカさんはそう続ける。心地良いリズムだ。
「だから、一度気を許した他人には近づくし、逆もあるの。でもね、今回みたいなのは初めてでしょ?」
「はい……」
「まぁそうよねぇ。怖かったわよねぇ」
頭を撫でられ、されるがまま。
「シズちゃんを見たときはね、大人びてるって感じたのだけれど。やっぱり本能なのかな?時々すごく寂しそうだったから」
「そうなんですか?自分では気づかないものですけれど」
「でしょうね。あれじゃない?人に櫛を入れるのも、繋がっていたいからじゃない?」
「あぁ……なるほど。思い当たる節は、ありますね」
言われて確信した。孤児院の時も、商隊護衛中も、ここ王都でも。自分への櫛入れ以上に、他人へしていた気がする。趣味にまで表れていたのか……でも、ミリカさんに諭されるのは恥ずかしいけれども、なんと言うか。
すごく、安心する。
「しずぁ……しずぁ!」
「あ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか」
寝息を立てていたはずのメルカちゃんが目を見開いて、その小さな手を伸ばして来る。されるがままに任せていると、小さな淑女は私の頬に手をやって、笑いかけてきた。
「この子ったらね、名前はシズちゃんと私しか言わないのよ。あ、あとは近所のおば様と家政婦さんね。旦那の事はさっぱり」
「それは光栄ですね。お嬢様?」
ちなみに家政婦さんは休暇を取っている。ある程度メルカちゃんが大きくなったので、ミリカさんが冒険者として行動する時のみ仕事をお願いするようにしたそうだ。
メルカちゃんは2歳半にしては伸びている方だろう、柔らかな茶色い癖っ毛のある髪が肩口までを覆っていた。
「遊ぶときは結構喋るんだけどねー。名前はからっきしなのよ。旦那が泣いちゃってね」
クスクスと楽しそうに笑いながら私の髪を撫でているミリカさん。色々経験していない男の精神のままだったら、恥ずかしくて逃げていたであろう。
今は……そうでもない。
現在の私の年齢15歳間近と言えば高校1年くらいか。そんな事を考えながら、彼女の腕の中でいつしか眠っていた。
(やっぱり、寂しかったのね)
腕の中で寝始めたシズちゃんを、身体を痛めないよう少しずらしながらそう思う。
彼女に初めて会った時は、すごい大人びている子供だなぁと感じたわ。事実そこらの子供より聡明だったけれど。
番を大事にして、子供を大事にして、家族や集落を大事に思う獣人。
そんな獣人なのに、1人で商隊護衛に入りたいですって。旦那から相談を受けた時は乗り気じゃなかったのだけれど、本人を見てその考えは消えたわ。だって、寂しそうだったもの。そして――
「時折、抜けてるものねぇ……」
静かに寝息を立てる彼女を見ながら、静かに吐き出した。今回捕まっていた件といい、何処か自身の事について無頓着に思えるわ。
「かぁさま、しずあ、ねてん?」
「ええ、お姉ちゃんはおねむよ。静かにー」
娘がシズちゃんをじっと見つめている。普通この位の子なら、やかましいほど煩いのが常なのだし、シズちゃんが居ない日なんてその通りなのだけど。今日は大人しいわ。
「かぁさま、かぁさま」
「ん、なぁに?どうしたの?」
「しずぁ、なーてう」
「あら」
彼女は寝ながら、涙を流していたわ。これはかなり重症かもしれないわね。唐突にそう感じたから、これからどうしようか悩む。
「お姉ちゃんは、暫く休んだ方がいいかもねぇ」
「そーなのお?あそえる?」
「遊べるかもねぇ。起きたら聞いてみなさい」
娘は何時になく落ち着いて、私の言を聞き入れたのか大人しく彼女の泣き顔を見つめている。
ほんと、こんなに大人しい日は珍しいわねぇ。
活動報告に載せましたが、この3章終了時点で折り返しです。ですが、書き溜めた分が尽きました。
申し訳ございませんが次回以降1日1話18時更新になります。
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