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異世界生活の日常  作者: テンコ
第3章 彼女の状況
48/99

3-06

 やけにご機嫌なアリエルさん。


 私と彼女は、朝から手を繋いで泊まっていた宿を後にした。この街に来て外に出る事が一切無かったので、街の観光に1日当てる事にしたのだ。


「ふふ、暖かいですの」

「そうですか?アリエルさんは、冷たくて気持ち良いですね」


 獣人は基礎体温が高くて、魔族だと冷たいイメージがあるけれど、今は互い繋いだ手からそれを実感している。

 昔に手を繋いでた孤児院の子は皆小さかったし、体温は結構高かったからなぁ。でも今回は少し違う。何しろ、


「シズナさんの手、小さくて細くて。そう……良いですの」

「は、はぁ……ありがとうございます?」


 俗にいう恋人繋ぎをしていた。昨晩の事もあって、アリエルさんのテンションが少し、結構、かなり高い。後ろから付いて来ているベティさんの事など目に入っていない様子。

 ミリカさんとスルドナさんは別行動中。お嬢様の護衛は気配察知と近接能力が高いベティさんだ。私は一応客分扱いである。ほんと、一時奴隷になったのが嘘の様に感じる。


「……フッ」


 チラと後ろを伺うと、目があったベティさんが小さく口の端を上げた。あれ絶対、ようこそこっち側へって言ってるよ……否定できないけどな!


 今更である。自分がどっちなのか、男か女か迷った時期もあったけれど。今は"私"であるのだ。遠い昔の経験も、こっちに来てからの生活も含めての私。例えトイレ事情で慌てふためいた過去があろうと。護衛中にあんなこと(乙女の事情)でミリカさんの御世話になった事があろうと。

 それらを全てひっくるめて私なのだと気付いた。躊躇していた方面の行動についても、自重はするが抑え込もうとはもう思えない。


「アリエルさん少し休憩しましょう。お疲れのご様子ですので」

「そうですわね。では……」

「あそこの茶屋はどうでしょう?新作の甘味があるそうですよ?」

「それは楽しみです。向かいますの」


 繋いだ手をそのままに、少し先の甘味所に向かう。ベティさんは何も言わず付いて来ており、護衛からは特に口出し無い様だ。店に入ると長椅子が数個並んでいた。私とアリエルさんは2人並んで座り、人狼の彼女は傍で佇んでいる。

 ここで無暗に座ってと言うのはダメだ。彼女は仕事をしているのだし、そこには金銭のやり取りがある。今の私の状況も似たようなものだが、それはアリエルさんが思いっきり私情を挟んだので有耶無耶になってしまった。


「シズナさん、どうぞ」

「……」


 目の前に差し出された、スプーン状の食器。その上に乗った明らかな甘味。アリエルさんが注文した物が先程届いたのだが、本人は一口食べて二口目を私の口元に差し出して来たのだ。


「どうしました?お嫌ですか?味はお好きな物だと思うのですけれど……」

「いえ、頂きます」


 不安そうな顔を見せた彼女の手を取って、そのまま口元に運ぶ。いやぁ味も好みだったけれど、目の前に座る美少女が眼福でそっちに注視してしまう。何と言っても種族の性なのか、惚れた相手に対して効果的な仕草をするのだとか。


「まぁ、大胆ですのね」


 アリエルさんは口元を手で少し隠し、垂れた瞳を潤ませて頬を薄紅色に染めていた。掴み取っている手から体温が伝わって来るが、それも熱を持ってきている……いや手を取って差し出された物を食べただけだが。


 こっちまで恥ずかしくなってしまう。コレはデートだろうか。やめてベティさんニヤニヤしないで。


 思考まで落ち着かないが、なんとか平静を取り戻しつつアリエルさんに問う。


「……昨日の事ですけれど、本当に良いのですか?」

「ええ、わたくしは構いませんの」

「自分で言うのも何なのですが。私、最低な返答でしたよ?」

「あら、そうかしら。わたくしは嬉しかったんですのよ?」


 そう返されてはどうしようもない。まぁそこはアリエルさんの考え方か。卑怯だとは思うが、やっぱり自分に自信が無いし、ああ言う答えしか無かったのだ。


 少し、昨日の夜の事を思い返していた――





「……それは、わたくしでは、ダメだと言う事なのでしょうか」


 アリエルさんに奴隷として買われ、そしていきなり解放された日の夜。目まぐるしく動いた事態の中で、アリエルさんにプロポーズとも言うべき言葉を受けた。その私の返答は、彼女を少し傷付けてしまったのだろう。


「いえ。何で自分がとも考えましたが、そのお気持ちは嬉しく思います」

「どういう、事ですか?」

「ええと。これは私の問題になるのですが――」


 私が彼女を、アリエルさんを幸せ出来るかも分からず、奴隷になってしまうような浅はかな自分では守ってあげる事も出来ない事を、正直に告げた。自分の弱さを告げるのは情けないが、それを隠して彼女の想いに答えるのはもっと情けない。


「つまり、シズナさんはご自分に自信が無い、と?」

「まぁ端的に、穿って見ればそう言えない事も……」

「ですが、原因の一旦でもございますね?」

「ええ」


 そう答えた直後にアリエルさんは、強張っていた顔から一転。笑顔を浮かべながら告げた。


「でしたら問題ございません。何も、シズナさんだけに任せる訳ではございませんもの」

「?……それは?」

「ですから、わたくしがシズナさんを守って差し上げます。これでも今回の救出は、スルドナさんの力を借りたわたくしですのよ?」

「そ、れは……」

「ちなみに父も母も、私の為ならとお金を工面して下さいました」

「……」


 そう言われてしまえば否定出来ない。彼女も1人で行動した訳でもなく、スルドナさんの調べを受けて、結局アリエルさんの"家の力"で解決した事実があるからだ。お金って怖い。


「わたくしが嫌われているのでは無いと分かれば、こんなに嬉しいことはございませんの」

「……何故です?私は結構最低な理由で断っている気がしますが」

「奴隷としてシズナさんを買ったわたくしは、卑怯では無いと?」

「それとこれとは別な気が……」

「違いますわね。けれど、わたくしは貴女を買ってでもと思うくらい、貴女が欲しかったんです」

「うっ……そういう言い方は、ずるいですよ」


 それは卑怯だ。

 純粋なる善意だけでしてもらった事ではないと、正面から告げられたので、それ以上反論のしようがない。

 

「そんな、シズナさん自身の問題なら気にしません。ただ、わたくしはわたくしの為、貴女を手に入れます」


 そしてこのお嬢様、すげえ漢らしいんですけど……。


「私は、まだアリエルさんを友達以上に見れないかも、ですよ?」

「時間が掛かっても、振り向かせて見せますのよ?これでも、お金と時間はあるつもりですの」


 お父様とお母様にいくらか貰ってますの、と。何という勝ち組の思考。親の資金かよ!……私は逆玉なのか?


「……分かりました。でも条件があります」

「拒否されてないのなら、問題ございません。何ですの?」

「私は、まだまだ未熟です。暫く、自分を高めたいと思っています」


 今回の件で思い知ったから。せめて、一緒になる人くらいは逃がせるようになりたい。召喚獣の子達にも頼って、だが。


「当初王都に来た目的は世界を見たい、と言う物でした。今はそれに加えて、力を付けたいとも思っています」

「世界に力、ですか。曖昧な物ですわね?」

「ええまぁ。でも生きていく上で必要かと。なので一所に留まるにしても出ていくにしても、私自身が色々学ばないとダメかと」

「……では、期限を決めましょう」

「期限、ですか?」

「わたくしも1人で商売を始めようと思いますの。もちろんスルドナさんなどの手を借りて、ですが」

「それは……」

「欲する人くらい、庇う力が欲しかったと思いましたので。親の力を借りずに済ませられる様に」

「つまり、暫く離れても問題ないと?」

「離れるという言葉は寂しいですの。少しの間別々に、違う事を経験しておこう、位のお気持ちで」


 何て強い人に惚れられてしまったのか。でも不思議だ。私なんかに何でここまで?疑問に思って直接問いかけると彼女は、


「最初は不思議な人だと思っていましたの。何せ殿方の雰囲気を持つ女の方だったんですもの」


 もちろん精神的にですのよ?とお嬢様は続ける。


「アリエルさんは男性が苦手だったのでは?」

「今でも苦手ですの。けれどシズナさんに殿方を感じても、苦手どころか近付きたいと思ってしまいましたので」

「な、なるほど。若しかして、初めからですか」

「屋敷でお会いした時から、ずっと。ふふ、なので今はとても幸せですのよ?」


 2人共同じベッドに並んで腰かけて、会話を続けていた。でも今はアリエルさんが、私の方を向いて両肩にそっと手を乗せた。


「最初は一目惚れだと思いましたの。けれど今は、抗いがたい欲求みたいです」

「そ、そうですか……嬉しいですね……?」


 このお嬢様すげえな。こっちが恥ずかしくなってきた。


「あら、そんな恥ずかしそうな顔。うふふ、誘ってますの?」


 そう言った彼女は、肩に置いた手に力を込めて私をベッドに押しやった。そのまま体勢をずらし、今は横たわる私の上にアリエルさんが覆いかぶさっている。これは――


「ア、アリエルさん?」

「わたくしは、貴女が、欲しい――」


 彼女の美しい、見惚れる様な微笑を浮かべた顔が下がって、すぐ近くに――





「アリエルさん。私はとてもひどい事をしていると思います」

「ええ、存じています」


 昨日の夜の事を思い出しながら、私は茶屋で和んでいるアリエルさんにそう告げる。


「それでも良ければ、少しお待ち頂けませんか」

「あら、大人しく待つのも、良い妻の条件だと母から習いましたのよ?」


 それに、と彼女は続けて、


「先に言った様に、シズナさんの一部だけでも良いですの。他の方が出て来ても、私を想って下さるなら、それで……」

「アリエルさん……」

「ふふ、昨日を思い出して、少し」


 今日何度目かになる、頬を染めたアリエルさん。揃えた両脚の上で軽く握っていた手を、私の手に重ねてきた。やはりその冷たさにどきりとする。けれどもやはり、嫌じゃあ、ない。


「シズナさんには悪いのですけれど、今回の様な事があって、結果的には嬉しかったのです」

「それは、私が買えたからですか?」

「それも……ありますわね。けれど一番は、決意をする機会をくれた事ですの」

「……?決意ですか?」

「ええ、貴女が欲しいとは思いましたけれど、それは血による物と、あとは恋心だったと思います。けれど、シズナさんを失うと聞いた時、とてもとても怖くて、焦って、恋い焦がれてしまいましたの」

「熱いですね。すみませんまだ私はそこまで……」

「構いません。これから、わたくしが手に入れますので」


 重ねた手を捕まれた。――


「お嬢、シズナ君。時間が無いよ。明後日以降には街を出るんだからね」

「か、畏まりましたわ、ベッティーナさん」

「……はい。次は何処に行きましょうか」


 焦って手を放したアリエルさんと、キョどる私。やめてニヤニヤした笑みで見ないでベティさん。


 結局その日は、服屋に寄って商品を眺めたり、雑貨屋で新しい櫛を買ったり、アリエルさんがお揃いの指輪を買おうとしたり、ベティさんが連れ込み宿の方を凝視したりで終わった。

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