表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界生活の日常  作者: テンコ
第3章 彼女の状況
47/99

3-05

 ニヤニヤしたスルドナさんが、馬車の扉を開けて私達が硬直した後。復活した私達は、アリエル様が手配して下さった宿に入る。

 私は顔を隠さなくて良いのかと思い至ったが、後でその事をスルドナさんに言われてしまった。

 街外の村で起こった事件、それに奴隷の身分まで落ちた人物の顔なんて普通知らない、と。

 何かスルっと納得した。テレビとかの媒体は見ないし、通信は出来るが会話のみだ。


 チラと横を見ると、アリエル様が真っ赤……っと、アリエルさんだったな。多分、先程の大胆すぎる行いを想い返しているのだ。私は"比較的"早めに戻れたが、まだアリエルさんは若干飛んでいる。


 大方、久しぶりに会ったからテンションが上がっていたのだろう、分かる分かる。久しぶりに会った友人の前で良くやる。

 そして後から恥ずかしくなるんだ。そんな無意味な事を思っていると、宿のカウンターを通り過ぎて部屋まで来てしまった。





 中にはミリカさんとベッティーナさん。そこにスルドナさんと何故かアリエルさんも部屋に入って来て、部屋が一気に狭くなった。多分2人用の部屋だしちょっと狭すぎだろ……さて私の口からお礼と説明をと思った矢先、


「……ッ」


 ミリカさんに抱き締められた。不謹慎だが、ちょっと嬉しい。


「シズちゃん……心配させないで……ッ」

「ごめんなさい、ミリカさん」


 思えばミリカさんとは2年近い付き合いなのだ。前の世界で2年の付き合いと言えば、ガッコを卒業してからは会社の付き合いしか無かった。

 両親が亡くなり、上京して長期休みにも地元に戻らなかったので、地元の友達との交流も薄い。

 そもそもガッコの友達はあまり居なかったのだ。たまに、麻雀の誘いが来るくらいだが、私麻雀出来なかったんだよ……っと変な事を考えている場合ではない。


 ミリカさんは、うっすら涙を浮かべていた。と言う私も、実は涙を流している。声を上げる涙ではなく、はらはらと涙が落ちる泣き方で。


「ごめんなさい……」


 少し落ち着いて、自然に口に出していた。


「無事で良かったわよ。居場所が見つかってからは、すぐに誰かに売られちゃうんじゃないかって、マクイルと心配してたんだから」

「心配して下さって、ありがとうございます。ベティさんも、来て下さり助かりました」

「ん、いいさ。お嬢様の頼みだったし、報酬も良かったしね」


 久しぶりに顔を見た人狼のお姉さんは、朗らかに笑って仰った。しかし何故だろう、目が笑っていない。そうまるで獲物を前にした猛獣のような。


「シズナ君」

「はいッ」


 何故か緊張した。ミリカさんの腕の中で硬直してしまう。


「いい返事だね。でもまぁなんと言うか……そう。実に美味しそうに育ったね。まだ1年過ぎただけだよ?誘っているのかい?」

「い、いえ……そう言う訳では……」


 狼の笑顔に身体が震える。こればかりは本能的な恐怖だ。逃げたいし、あれ絶対狙ってるよそう言う意味でも。


「まぁまぁ皆さんまずは落ち着きましょうさあお嬢様こちらへお座りください皆さんは適当に」


 スルドナさんがいつも通りに、早口で進行を買って出て下さった。助かりましたと目礼をすると、同じく目礼で返され、その後は私が現状こうなってしまった経緯を説明した。

 話自体は先程アリエルさんに説明した内容と同じ。ミリカさんベティさん、スルドナさんは特に何も言わず最後まで聞いて下さった後、ミリカさんが――


 パンッ!


 私の頬から、良い音が響いた。他の人は少しばかり驚いてはいるが、まぁ妥当な結果だろうと腰を落ち着けている。私もこればかりは納得だ。なんせ、忠告を無視した結果になってしまっていたからだ。


「シズちゃん。何時も呼んでた魔物、その時に呼んでたらもう少し安全に対処出来たかもしれないわねぇ」

「はい……」

「シロちゃんクロちゃんを呼んで、匂いで警戒して貰うとか。烏丸君だっけ?彼に周辺を探って貰うとか」

「仰る通りです……」

「分かってるなら、いいわぁ。次は無いけれどね?――」


 事が起こってからじゃ、ダメなの。事が起きる前に、逃げるの。とミリカさんに説教される。そりゃそうだ。今回は、起こってしまった結果が、どうしようもなく解決できない事だったからだ。

 未然に防いで被害に合わない方が、建設的で安全だったろう。しかも助けられたのは殆ど運だった事が、この後スルドナさんの話を聞いて判明する。


「スルドナさん、何故私が奴隷になっていた……と?」

「それはですね――」





 まず私の話を聞いたミリカさんがギルドに相談が行く。私が受けた護衛内容が怪しいのでは無いかと。その件についてはイヴァラさんではない職員さんを通して依頼を受けてたので、私を通して面識が多いイヴァラさんに話しに行ったのだとか。


 この時点ではまだギルドは動いていない。そりゃそうだ、私はまだ何の被害にもあっていないのだから。


 ミリカさんから話を聞いたイヴァラさんは、何故かスルドナさんに話を持っていく。何故持って行ったのか、私には教えて貰えなかった。


 イヴァラさんとスルドナさんは2人で話していく内に臭いを感じたのだそうだ。自分と同じ種類の臭いがする、と。


 ……。


 2人はこの問題に対して動く事にし、まず商人を調べる事にした。


 最初に疑ったのは、依頼内容自体に細工があるのではないか、だ。しかし調べてみても特に問題は無い事が分かる。それは後で分かる事なのだが、あの商隊は一応真面目に商人をしていたらしいからだ。


 暫くギルドと、他の商人から情報を集めていたイヴァラさんとスルドナさん。


 5ヵ月地道に動く中、ある情報がもたらされた。護衛の進行ルートの街で妖狐の奴隷が売られている。という情報だ。


 別人の可能性もあるので、もちろん裏を取ることに。そこで私本人だと分かったそうだ。その店から奴隷を買ったお客に聞いた話で、特徴のある妖狐の名前が出たらしい。


 そしてスルドナさんは私に関わる件だった為に、アリエルさんに報告。アリエルさんはお金の力で私を助ける事を決意し、今ここに至った訳だ。


 私の運が悪かったのは、実行犯が多分1回目の犯行だった事と、1年間の護衛予定だった事だろう。その期間中に奴隷として売られれば、例えギルドが私を見つけても助け出せるか怪しい。正当な商売によって売られた事になるからだ。


 そしてやはり一介の低ランクを助けに、自発的にギルドが動く事は無い。そんな便利な組織は無く、地道な経験と下調べて成り立っているのがギルド。普通、過去の事件などが積み重ならないと、どんな組織でも注意や対応は難しい。


 今回運よくミリカさんが疑問を持ち、"個人的に"スルドナさんとイヴァラさんが調べて下さらなかったら、売り払われていた可能性が高いのだ。





 その経緯に感謝を表すと、スルドナさんは静かにこちらを見据えて、


「これは貴女の為にやった事ではありません結果的に助けただけでお嬢様が悲しまないようにそれとお嬢様の頼みだからこそですそこを間違えないように」


 久しぶりだけど、この速さには慣れないな!


「はい。分かっています。それでも貴女と、アリエルさん。それにベティさんに、ミリカさん――」


 申し訳ございませんでした。それに、ありがとうございました。と頭を深く下げる。この世界に土下座の習慣も何も無いので、それをすると逆に誠意が伝わらない。ここは最大限腰を折って、平身低頭して謝る。


「まぁいいわよ。さっきも言ったけど、次は無いからね?」

「シズナ君がそう言ってくれるなら、仕事を受けた甲斐もあったものだよ。どうだい?この後近くの連れ込み宿「はいシズナさん無事で良かったですの」……は無理か」


 ミリカさんに続いてベティさん……にアリエルさんが被せてきた。このお嬢様被せるの好きだな……でも無事と喜んでくれるのは、何度聞いても嬉しい。


「シズナさんはもう少し人の動きに敏感になったほうが宜しいかとこれから苦労なさいますよ」

「はい。善処致します」


 って言ったけれど、実際すぐには無理だろうなぁ……人の心の機微が分かって、それを手玉に取れるならもっと役職が上になっていただろうし。窓際でも無かったはずだ……。







 話は前後するが、先に事件の顛末について。


 王都に戻った際に私はギルドで聴取を受けた。事件の経緯や内容、それを根掘り葉掘り聞かれる事に。

 そこで判明したのだが、やはり村人が死んだことなんて誰も知らないようだった。そもそもの事件が大きくないし、情報社会であった現代とは違うのだろう。


 そりゃ、私1個人の事情なんて誰も知らないよなぁ……。


 どこか私は特別だと思っていたとその時に気付く。助けに来てくれるのが当然だと。今回は運が良かったと何回も自分で言っているのに、だ。


 結論から言おう。


 まず、商隊には"私からは"何も出来ない。そりゃそうだ。証拠も何も私は掴んでいる訳でもないし、簡単に復讐なり何なり出来る訳もなく。もちろん怒りはまだ燻っているが。


 あの村娘達の言葉を聞いた、それだけ。


 次にあの村の事だが、これにも"私からは"追及出来ない。同じように確証も証拠も、お上に示すだけのモノが"今の所"無いから。

 村長以下にも思う所は多々、いやかなりあるがどうしようもない。虐殺とか、ただただ私の罪になるだけだし。


 最後に奴隷商に関しては、あの商隊と村から商談を受けただけだとほぼ判明した。本当に商売しかやってなかったのだ。まぁ、そこはしょうがない。


 あとは売られた他の村娘。これは何も調べていないが、買った主人の中に鬼畜が混じっている可能性も十分にある。最終的に今回一番の被害者達になったのは、彼女達だろう。


 後味の悪い結果だが、こんなものだ。私の力で解決した訳でもなく。事が起こる、調べる、解決するは私以外の人達の行動の結果。

 知らない所で物語が始まって終わるのは、何処の世界でも同じだろう。本当は、関われる事が少ないのだ。


 この事件から学んだ教訓は、実力だけ上げてもどうしようもない事がある、と体験した事。言葉で聞くのと実感するのとでは違ったし、学んだ。今回は間が悪かったけど、運は良くて助かったと思う事にする。そして、


「アリエルさん、あの時の返事ですけれど」

「ええ、お聞かせ下さいませ」


 その夜。アリエルさんの部屋に護衛名目で訪れた私は、馬車の中で言いかけた言葉を伝える事にする。

 宿のお風呂で念入りに身体を清めて、だが。

 ちなみに他の御三方は何か悟ったのか、別の部屋で皆一緒に居る。


「その、ですね……」

「はい」


 私はゆっくり息を吐き出し、その答えを――紡ぐ。


「――ごめんなさい」

「……え?」


 アリエルさんの声が、静かな部屋に小さく響いた。

ご意見、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ