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異世界生活の日常  作者: テンコ
第3章 彼女の状況
43/99

3-01

「こちらの滅多に出ない妖狐の娘は最近入ったばかりでして……器量も教養もそこそこ、掘り出し物でございます」

「そうだな……よく見せて貰えるか?」


 シズナッ!と大きな声で呼ばれた私は、並んでいた女子の列から何歩か前に出る。薄い布地を纏った自身の身体を見て、唇を噛み締めた。そんな私を目の前の男は、好色に染めた瞳で注視して来る。

 その視線に嫌悪感を感じながら、それでも教え込まれた笑顔を浮かべなければならない自分に、不甲斐なさしか感じない。


「この狐は幾らだ?」

「そうですね。なかなか捕まえられない種族でございますし、生娘でもありますので……」


 奴隷商の女は両手を使い、指を合計8本立てた。


「ほう……800枚かね。高いのではないかな?」

「滅相もございません!最後に妖狐種が出た時からの変わらない相場でございます」


 悔しいが、目の前で繰り広げられている会話に入れない。それが私の未来を決める事だとしても。


「そうか。今回は縁が無かったと言う事だな」

「誠に残念ながら、その様でございます」

「ふむ……では、その2つ横の娘を貰おうか。長い髪の方だ」

「これはお目が高い。この娘も当店のお勧めでございます故」


 商人と男は手続きを済ませ、買われた娘は後日用意を済ませ送ると交わしていた。


「またのお越しをお待ちしております!……ほら!お客がお帰りだよ!」


 立ち上がる客と、それを見送る女商人とお手伝いさん。今回は何とか売られずに済んだが、次も無事とは限らない。御目通しは済み、年頃の少女達と一緒に大部屋へ戻る。

 "商品"であるので、扱いは悪くない。どころか良い部類に入ると思う。商品単価を上げる為に、指導や教育をも受けるからだ。


 戻って来た部屋で女の子達が、何回目かになるか分からない言葉を紡ぐ。


「シズナさん、私達のせいで、ごめんなさい……」

「貴女は悪くないのに……」


 本当にそうであるし、何が一番悪かったのかと言えば、間が悪かったのだろう。彼女達の理不尽に対する怒りはあるし、自分が情けない。


「気にして無い、とは言いません。でも、貴女方も同じですから」

「……」


 安易に解決できない状況を招いた自分も悪い。さて、どうした物か――





 屋敷の護衛依頼を終えて暫く。私は王都の周辺の街を回る商隊の護衛を受けた。


 ギルドの依頼を幾つかこなし、自分の実力も上がってるのを実感。そして慣れてきたと思い上がっていたのだろう。今の実力に合った依頼だと、1人で判断したのだ。思えばこの安易な判断が、後のいざこざを生む最大の原因だったと思う。


「シズちゃんは何時出るの」


 王都を暫く離れる事を、訪れていたマクイル邸でミリカさんに聞かれた。出る事は伝えてあった為である。


「はい、明後日のお昼には出発するそうです」

「期間はー?」

「長くて1年と聞いていますが」

「寂しくなるわぁ」

「そう言って貰えるのは嬉しいですね。ミリカさん達はまだ王都に?」

「そーね。メルカが物心つく頃までは、落ち着いて過ごすつもりよ」


 まだ生後2年経っていない為、先は長そうである。ちなみにそのお嬢の毛並はとても良く、今も私の膝上に載せて向かい合って抱き合い、そのふわふわな尻尾を堪能している。

 お嬢本人は私の腰に手を回したままおねむ中だ。


「他の護衛は何人いるの?」

「出発時は私だけみたいです。進行上寄る街で、雇ってらっしゃる護衛と合流するそうなので」

「……変ね?普通ならそんな事は無いと思うんだけど……」

「変ですか。商隊の方が言うには、腕利きを雇っているので大丈夫だと聞きましたが」


 何と今回は、私を指名しての護衛依頼だったのだ。前に受けた商隊護衛。その関係者の話を聞いて、私を指名した、と。先日会った商隊責任者に説明を受けた。


「シズナちゃん」

「はい?」


 メルカちゃんの尻尾を触りつつ気もそぞろだったが、ミリカさんの思いもよらぬ真摯な声に姿勢を正す。その後、


「その依頼、本当に受けるの?」

「ええ、まぁ。実力を試してみたくて。それに指名依頼で、もう契約してしまったんです」


 ギルドを通した書類にすでにサインをしてしまっていた。こちらから急に依頼を破棄すると、違約金が少しばかり取られてしまう。


「そう……じゃあ用心しておきなさい」

「魔物ですか?ギルドの情報では、今は特に問題は起こっていないと聞きましたが」

「違う違う。人よ、シズナちゃん。人に注意しなさい」

「人……ですか?」


 この時私は、その言葉の意味は分かっても、正直何とかなると思っていた。

 なにせ、普通の攻撃では私に傷一つ付けられないのだから。思い上がる原因の1つだっただろう。

 ミリカさんには注意すると返答を返す。


「……私達が付いて行ければいいんだけどね」


 今はミリカさん1人でメルカちゃんをあやしているのだが、私がお暇する為玄関を出た時、ふとそんな言葉を耳にした。





 出発当日、何事なく準備を終えた商隊と共に王都を出る。


 今回護衛する馬車は全部で四両。全てに万遍なく荷物が詰められてあった。しかし少しだけ隙間があったのが嬉しい。御者と話ながら、街道に出てきた単体の魔物を蹴散らして進む。


 その後の護衛は順調だった。ギルドで集めていた魔物の情報の通り、そこまで強い魔物を見る事は無く。2週間ほど、幾つかの村に寄りつつ、先を急いだ。


 あと3日ほど進むと大きな街に着くと言った頃。丁度いい野営場所、いや村があると商隊の人に説明を受けた。

 何でもすぐに着く距離だと言うので、そのまま向かう事に。


 本当は進行予定のルートでは無かったのだが、


「シズナさん、馬の調子が悪いようなのです」

「え、大丈夫なのですか?」

「それが、このまま進み続けると使えなくなる感じで……」


 そんな説明を御者から受ける。

 私はその言葉と、予定ルートの変更を天秤にかけた。街まで護衛は私1人なので、判断を任されたのもある。護衛と合流するのに馬で3日の距離。その最中に馬を失うと動けなくなってしまう。

 結果、近くの村で馬を休めるという判断を下した。


「着きました。ここですよシズナさん」

「森に囲まれているんですか」


 馬の配慮をしつつ、ゆっくり1時間程進んだだろうか。四方を草原と森に囲まれた村が見えた。


「ここには何度か来たことがあるんですよ。村長も顔見知りですし、ちょっと宿を取れないか聞いてみますね」


 代表は言うが早いか、柵で囲まれた小さな村へ入る。目で追うと、一番大きな木造の家に向かっていた。

 私は他の商人、御者と暫くそこで待つ。すると、


「大丈夫ですー!話を通せましたーッ!」


 家から出てきた代表と、続いて見た目ザ・長老が後ろに続いて出てきた。2人はこちらへやって来る。


「この村の長をやってます。ムルゥと申します」


 初老、それでも少しばかり威厳を含んだような表情の長老が丁寧に言葉を発した。各々で返答をし、事情は代表が説明したのだろう。スムーズに泊めていただく為の準備が終わる。私はここで、3つの失敗をしていた。


 1つは、人を信じすぎていた事。

 ミリカさんの忠告を聞いて警戒はしていたが、それでも召喚獣などを呼ばなかった事。付近に魔物がいなかったのもあるし、自身の力の過信も含めて、彼ら彼女らが何をしても大丈夫と思い込んでいたからだ。


 2つ目は、村に目を向けなかった事。

 幾つかの村を通って来て、この世界の村の雰囲気を感じ取る事は出来ていた。が、この村の小さな異変に気付かなかったのだ。


 最後は、自身の鼻に違和感を持たなかった事。

 これまで私は五感の中で、意識して鼻を使っていない。最近の実験で、嗅覚がどれくらい優れているかの検証を終えてはいた。

 だが、それを活用する機会も無く、そのせいなのか。自分の鼻に感じる違和感に最後まで気付かなかったのだ。





「誰か居るかッ!誰かッ!」


 暫くぶりに屋根の下で夜を明かした次の朝、私はそんな声を遠くに聞いて目を覚ます。


 何事だろうと宛がわれた宿の一室を出て、その声の方向へ進んむ。

 しかし宿から出た瞬間、最初に異臭に気付いた。喉に張り付くような、濃い、血の匂いだ。途端身体が警戒をし、この数年での経験通りに魔術行使の準備を終えた。


「他に誰か居ないかッッ!」


 その間も声を出していた相手に「何事ですかッ!」とこちらも大きく返しながら、その声がする村の中央まで進み出た。

 そこには――


「お前……は……お前かッ!この悪行の原因はッ!」

「……?何でしょう?」

「惚けるなァァ!」


 簡易な鎧を身に纏った、いつか王都で見たような感じの雰囲気を纏う数名の男性は、兵士か衛兵か。その彼らが抜剣した状態でこちらに相対していた。


 その後ろには、護衛をしていた商隊の商人と御者。長老を含めた数十名の村人。その横に顔が青ざめている、数名の比較的若い女の子達。


 そして広場の一角には、大量の、大勢の、死体が、無造作に転がっていた。


(はい?何だコレ?どーゆう事なの?)


 いきなり突きつけられた異様な事態に、経験豊富な人生を送ってこなかった私は混乱する。


「えっ……と、これは、どう言う事でしょうか」


 緊張で渇く口を何とか開き、そんな様な言葉を兵士?さんに投げる。


「……お前がやったんだろ!くそッ、しらばくれるなよ!大人しく、展開している魔術を解いて膝を突け!」


 ……これはダメだ。頭に血が上っているのだろう話が出来ない。そう考えた私は指示通りに魔術を解いて、その場に両膝を突く。腕を上げようとしたら警戒されたので、そのままだ。


「老人ばかりを……こんな事をしたお前を、俺は許せない……だがッ!罪を犯した者を裁くための法だッ!お前を、捕えるッ……」

「これは何ですか!私が何をやったと!」

「なに?……お前は善良な村人を、その手で血祭りに上げた!許される事でない!」

「……私が?何かの間違いでは?」

「いや、ここに見た者たちが居るのだ。お前が凶行を起こす場面をな!」


 そう言って村長と、横にいる者達をその兵士は指差した。中から進み出た1人の男が声を出し、


「仰る通りです。そこの獣人が村の者を、殺すのを見ました」


 同じような言葉を、続いて村人数名が発する。さらに娘達も口々に見たと言い出した。





 これは、何が起こってるんだ?

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