2-13
何事もなく、朝早くに"自分の部屋"で起床した。
ディアが隣で彫像の様に佇んでいるのは何時も通り。彼女に軽く挨拶をし、そういえば今日の護衛は休みだったっけとぼんやりした頭で思い出す。
顔を洗い、身支度を整え、食堂で朝食。その最中にベティさんとフレイツさんが合流する。護衛に関しての情報や私が街に出て拾ってきた主にギルドで聞いた話、そんなモノを2人の話と交換した後、彼女達は持ち場へ向かう。
私は休みを利用して、ミリカさんへ会いに行こうと思うのだ。今回もミリカさんの所に行くのだが、生活圏と交流範囲が狭い訳では決してない。友達が他にいない訳ではないと思いたい。
「こんにちは」
「いらっしゃいシズちゃん。何時もありがとね」
「お世話になっていると言うか、お邪魔してるのはこちらですので。お気になさらず」
そうミリカさんに伝え、手土産の甘味を手渡す。
甘味の文化はこの国にも適度にある。私には判断出来ないが、シロップ的な液体、蜂蜜に似た魔物素材、砂糖の様な味のする植物の実。良く、分からない。でもまぁ美味しいから良しとはする。
ミリカさんはさっそく甘味を仕舞いに奥へ。その後を追いつつ、今日もメルカちゃんを目の端で探すのだが。
「あー、メルカなら居ないわよー」
「!?」
「あらやーね。こんなオバサンとじゃ楽しくないって事?」
「そんな事は……今日はミリカさんに相談させて頂きたい事もありましたし」
「そーお?じゃ、用意するから座っててー」
勧められた通りに木製のテーブルに着く。そこへ待つほどの事もなく、ミリカさんが飲み物の入った容器を持ってこちらへ来た。
熟練を彷彿とさせる速さである。今日は甘味ではなく、固いパンがお茶請けの様だ。
「メルカちゃんは、今日は何処へ行かれたんですか?」
「ちょっとねー。旦那と避難中。私はお留守番」
「?……避難とは穏やかでは無いですね。どうかなさったんですか?」
「もうすぐねー、王都にヒューマン至上主義の団体のお偉いさんが来るんですって。それが――」
この近くにちょっとの間泊まるらしいのよ、とミリカさんは暗い顔で仰った。
「えっと、それはどの様な事なのでしょうか。すみませんが詳しくない物で」
「シズちゃんは経験無いのかー。そうねー。まぁ読んで字の如くの人達よ」
それはどこの世界、どこの国にある団体。自分達が一番賢く強く尊いと思って居る人達。
前の世界にも同じような人も集団も組織もあったしな。
「ギルドで聞いて、早めに知れたから良いんだけどねー。危ないかもしれないから、メルカは旦那と一緒に宿へ避難って訳」
念には念をって事ですか。
「なるほど。では、ミリカさんが残られているのは?」
「この辺の人は私の事知ってるでしょ?下手に全員で逃げて、痛くもないお腹を探られるより1人で対処するの」
「マクイルさんは?」
「旦那はあれで強いからね。私が死んでも、旦那なら女の子1人くらい育てられるのよ」
危険の分散は獣人の常識よ?と諭されてしまう。すごい重い話になって来たな……それだけ危ない人達なのか?
「力強さがあるって事じゃないのよ。何するか分からないのが怖いの」
確かに。何をされるのか分からないというのは、対処のしようがなく怖い。
「まぁ念には念をって対応してるだけだから、深刻すぎるのも違うんだけど。初めての子供だし慎重にはなるのよねぇ」
「はぁ……何かお手伝いすることがあれば言ってください。助力は惜しみません」
「ありがと。何もない事を祈るけどね。滞在する期間も少ないみたいだしー。あ、宿教えるから今度はそっちにも行ってくれると嬉しいわ。向こうは向こうで息が詰まってると思うし、シズちゃんが行ってくれれば気分転換になると思うわ」
「是非。私で良ければ」
「もちろんよー。助かるわぁ」
結局その日は私の相談事を出す事も無く、楽しくお茶を頂いた。後はミリカさんの買い物を手伝ったり、ギルドに寄って休憩中の熊耳お姉さんことイヴァラさん相手に世間話を楽しんだ後、護衛の仕事へ戻る事に。
ミリカさんへ相談事は、あんな重い話の後でする件じゃないしね。
夕方近くに屋敷へ戻ると、虎姉御のフレイツさんが屋敷外を見回っている所に遭遇する。お疲れ様ですと一声かけて、お土産に貰ってきたミリカさん謹製のお菓子を部屋に置くことを伝えた。
寡黙だがしっかりと頷かれ、それに目礼を返してそのまま屋敷内へ。ちょっと今出会うと私的に気まずい人がいるのだけれど……大丈夫私の感知には反応していない。
玄関を潜りつつソラを呼び出し、肩に止まって貰う。ディアと烏丸は、お嬢様と奥様の為に屋敷内へ残して来たからそのまま合流した。
与えられた自室に戻り、今の悩みに対してどう対応するか考え始める。解決策はあるのか――
昨日、私は浚われた。
まぁ考えても無駄だな。嫌って訳じゃ無かっ……え嫌じゃなかった!?
ちょっと待て落ち着け。昨日の記憶は一部曖昧だ。
アリエルお嬢様の部屋に連れて行かれた、おぼろげな記憶はある。逆に言えばそれしか覚えていない。でも嫌じゃあなかったって思っている自分。不思議だ。
護衛としてはあるまじきかも知れないが、気付いたら今日の朝にはこの部屋に戻っていたという訳でもある。
出ていくときと寸分違わぬ位置に佇んでいる蒼い鎧を眺めて、はぁと溜め息をついてしまった。それに気づいた彼女から、少しの疑問が感情として流れ込んでくるのを感じる。
「いえ、ちょっと。昨晩は何があったのか思い出せないので」
『……』
あれ今ディアちょっと、感情が逸れなかったか?変だな。
『…………』
思った事を口に出すと、ソンナコトナイデスヨと聞こえる気がする。まぁディアの考えが細部まで分からないのは普通なので、そのまま思考の海に没頭していく。
しつこいくらい同じ所をぐるぐると、気付けば夕刻になるまで思考の海に沈んでいた。
意識を戻し、何時の間にか手に持っていた櫛を仕舞う。解決はしていないが、糸口は見つかった。
つまり考えるのをやめる事。
まだ13歳だしね。前世でも恋愛などの経験が少ない男がこれ以上考えても埒が明かない。
なるようになれ、の精神だ。
気を取り直して夕食に向かう。基本休みの日も仕事の日も、夕食は皆で取ると決められた。使用人は別としても、一応腕の立つ食客扱いなんだろう。毒見役の意味も多分にはあると思うが。
主にスルドナさんの考えで。
「シズナさん、今日はどちらへ行かれたんですの?」
食事中の会話は特に下品でもないらしく、よくお嬢様と会話が弾む。今日も彼女からさっそく声をかけられた。
「いつも通り、知り合いの家に。後は適度に買い物をしつつ、ギルドで時間を潰しておりました」
「そうですの。またお話しをお聞かせくださいましね」
「ええ、喜んで」
表面上は優雅たれの精神で取り繕いながら、アリエル様と会話を続ける。依頼主のカーリレル様、謎腹黒のスルドナさんが何故か聞き耳を立てている気配がするし、他護衛はその様子を困惑した表情で見ている。
変だな?
「アリエル様、今日はやけにお肌の艶が良いようですね。お手入れの方法を変えられたんですか?」
周りの雰囲気の変化に当惑しつつ、付け焼刃で習った女性としての会話を何とか続ける。昔ならこんな言葉は部下にも言わなかったなぁと思っていると、
「まぁ、やはり分かってしまうものですか?」
「何時もと雰囲気が違われますので」
「うふふ。ちょっと、良いモノを頂きまして。中々手に入らなかったんですのよ」
アリエル様はお風呂へ念入りに入ったのか、特に何かの香りは感じないし、ちょっと分からない。
そんな、何故か少しの緊張感を孕んだ夕食の終わり時に、スルドナさんが重大発表を行った。
「皆様へ報告すべき事柄がございます旦那様の治療の目処がつきました」
「ガイシュミ様が!」
「お父様!」
淑女として控えめに、けれども若干の喜悦を含んだ声で奥様とお嬢様が名を呼ぶ。
「はい。今の所問題無く回復に向かっていると報告を受けておりますのであと2、3ヵ月程で復帰なされるかと」
「ぅぅ……あなたぁ……」
「お母様、お部屋へお戻りになってくださいませ」
アリエル様が奥様の傍に、それに加えて後ろからフレイツさんも付き従いながら部屋に戻っていかれた。
ふぅ、何とか無事に終わりそうではあるな。残りの期間気を引き締めようと決意した所、
「ベティさんシズナさんこれまで大変感謝致しますがもう少し御付き合いくださいませ」
深々とスルドナさんに頭を下げられた。一応、こちらは護衛の仕事として真剣にやるだけなので、礼は必要ないし、残りも仕事だと伝えそのまま部屋に戻る。
良い知らせがあった次の休みの日。
白昼の街中で自身の身体に短剣を突き立てられる光景を、この眼で見た。
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