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異世界生活の日常  作者: テンコ
第2章 彼の変化
34/99

2-12

 屋敷の護衛中に13歳になった。別に特出する事は何もないし、お祝いもない。ただ人生を一つ積み重ねただけである……寂しくは、あるけれど。





 屋敷の護衛に入って早半年近く。言い方はちょっと不謹慎かもしれないが、襲撃イベントは合計2回。最初のはともかくとして、私は2回目もほぼほぼ動いていない。腹黒なのが判明したスルドナさんの手引きもあり、簡単に制圧出来たからである。


 他にはこれといって大きな事件も無く、あったとすれば王都に何かランクの高い魔物が2匹程同じ時期に攻めて来たらしい。らしいと言うのは、私が参加していないので実感がないという事だ。


 ギルドの熊耳お姉さん、イヴァラさんに休みの日に話を聞いた限り、何でもC~Bランクの魔物だったと説明され、さらには大きさも結構あって大変だったそうだ。


 街の外に建ててた仮の櫓から遠見の魔術で発見し、その魔物が2日程で王都に接近する事を確認。


 1日で準備を終えた王都で動かせる兵士、冒険者ギルドと魔術師ギルド、傭兵ギルドの高ランクで出発し、連携して倒したと言う。


 死者はそれなり。まぁ少ない方で、王都への被害はゼロ。発見が早く、対敵した場所が遠かったのもあるのだろう、仮の櫓を作っておいて良かった、って話だ。


「シズナさんは……ランクが圧倒的に足りてないので、ギルドに来ても参加は無理だったわ。次頑張ってね」

「ええ。急がず自分のペースで」

「そうね。命は大事に、ね」

「もちろんです」


[>いのちだいじに これは基本ですよね。





 その王都襲撃の事件よりも個人的に熱かったのが、ミリカさんの出産だ。


 大分大きくなったお腹。

 その日はマクイル邸でミリカさんと話をしていた。内容自体は別段大したことない。しかしその最中に、ミリカさんが産気づいたのだ。

 私はかなり、それはもうかなり焦ってしまい、結局はミリカさんがこんな事もあろうかと用意をしていたメモを見ながら、予め話を通しておいた近所のお婆さんに助力をお願いしに出向いた。


 二つ返事で来て下さった初老の上品なお婆様は慣れた手付きで、消毒用の熱湯やベッドシーツなどの準備を私に指示し、そのままミリカさんの傍で手助けをしている。


 私は仕事の為、お婆様に断り泣く泣く屋敷に戻ったが、次の休みにミリカさんに会いに急いだ。


 2日ほど間を空けて会ったミリカさんはそれはもうデレデレの顔をして子供を抱いており、頬ずりしまくっていたのだが。


 マクイルさんも櫓の仕事が終わっていたので仕事は自主休業をし、今はミリカさんの傍で色々子供について学んでいる。私も勉強させて貰っているし。

 そして子供はスクィール種の女の子。尻尾の形はすばらしいモノをお持ちの、麗しいお嬢様だ。


「名前は、なんと言うのですか?」

「それがねー。旦那がなかなか決められなくて。用意しとけーって言ってたのにねー」


 子供の手を握りながら、ちょっとマクイルさんを非難するミリカさん。当の本人は、


「……アマンナ……いや違うな……マリイルは、いやこれも……」


 すげえ悩んでいた。いや名付けで悩む気持ちは分かりますけど用意して無かったのはマクイルさんが悪いな……。


 結局名前は出産から1週間近く決まらず。最後はミリカさんが旦那のケツを叩いて考えている案を書き出させ、その中から皆で選んだ。

 子が生まれてから雇った家政婦さん(19歳女性、ヒューマン、住み込み。将来はメイド志望)がノリノリで司会を務めてくれたのもある。


 その甲斐もあってか、無事に名前は『メルカ』と決まる。


 響きが良い!と私以外満場一致だ。私の選んだのは……お察しらしい。


 将来、この子にシズナさんが選んだ名前を伝えるのは、怖いわ。とはミリカさんの言である。何かさん付けだし。





 子供、と言うのは前世で関わった事が無かった。私はあの時代珍しく1人っ子であったし、両親は早くに死去。親戚もおらず、ご近所付き合いも少しだった為に、子供と関わる機会そのものがなかった。


 そんな事もあり私はここ最近、休みになるとミリカさん宅にお邪魔して子供をつぶさに観察している。

 何故かこう、構いたくなってしまうのだ。


 それ、母性じゃない?

 と目の前の子供の母親に問われた事もあるが、実際そうなのだろうか、実感が湧かない。


 かなりの頻度で伺う私を、夫妻は特に邪険にすることも無く、って言うか当初の新婚夫婦の御宅にお邪魔するのはやめておこう、と考えていたのを完全に忘れていたが、それでも夫婦は気兼ねなくおいでと笑顔で仰ってくれた。

 嬉しい事この上ない。


「可愛いな……」


 その赤子のお嬢様はというと、生まれたばかりでまだ手を握りっぱなし。子供用の柵がある寝台の上で呑気に昼寝をしているメルカちゃん。

 何かこう、私が触れると壊れそうな感じがして、怖い。でも可愛い。が、もちろん育児は綺麗ごとだけじゃなかった。


 近所のお婆様に手を貸して頂き、家政婦さんを頼み、それでもミリカさんは一杯一杯なようだ。


 ストレスが溜まっていたらしく、その日は珍しくメルカちゃんを家政婦さんに預け、4日掛けてギルドの低ランク向けの討滅依頼を完遂していた。ストレスの発散方法が男らし過ぎる。


「シズちゃんも、将来出産と育児は経験するわよー」

「え?」


 え?


「……え?」


 一呼吸置いて同じ言葉を繰り返してしまった。


「え、って……まぁ、妖狐ならまだまだ先でしょうけどねぇ」

「は、はぁ……」


 おいおい、まじか。私ってばそういえば女性だったね。まじか。


「先の自分が想像出来ません。この話はやめましょう」


 そう口が勝手に動いていた。連動するように櫛を取り出して、ミリカさんと昼寝中だったメルカちゃんの尻尾を梳く。身体の造りは幼いのに、尻尾と耳はふさふさだ。


「やっぱりシズちゃんって女性が……いや何でもないわ。そうね、自由だもの」


 大人しく梳かれながら、ミリカさんが意味深な言葉を残す。





 半年も警護をしていると、結構な頻度で小さなイベントなら起こる事がある。


 アリエル様とお風呂で鉢合わせしたり、アリエル様の傍付き護衛の最中に彼女が躓いて私に倒れ込んで来たり、突風が突然吹いたり、アリエル様と何故か手を繋いで庭を散歩したり、狼姉さんの息が若干荒い時があったり、アリエル様の身体から香る香水の匂いが若干私好みに変わってたり、アリエル様の服装が私好みの物に変わってたり。


 ……。


 奥様もお嬢様も屋敷の庭程度に限り、外に出る事を許可した。その際は事前に護衛に知らせて下さいと念を押して。


 適度に歩かないと、室内だけではストレスで突飛な行動を取ってしまう事もあるからだ。先に言った小イベントが起こった理由としては、そんな所だろう。


 この日の散歩はソラはお休み。烏丸とディアは休みなく動けるが、偶にはソラ他を休ませる事に。護衛の人数が減った為、さらに警戒しつつゆっくりと庭を散策していく。


「ふふ、シズナさん。このお花、狐の名を持つそうですの」

「へえ。そうなのですか……すごい赤色ですね」

「特別に用意致しました。シズナさんのしっとりと濡れたような黒髪に、きっと似合うと思いますの」

「綺麗ですね……」


 どこかで見たような赤い花が、庭に少しだけ咲いていた。そしてその日、これ以降の記憶が無い。


「……何か、これ、すごい、気持ち……い」

「あらあら。話は本当だったんですのね」

「……ぁ……れ……」





「ディアさん、でしたかしら。シズナさんはお疲れのようですの。運んでさしあげて下さるかしら?」

「……」


 目の前にいらっしゃる蒼く美しい鎧の、シズナさんの呼び出した鎧の方が当の主人を抱き抱えられました。わたくしはそれを先導するように先へ進みます。向かうは、わたくしの寝室。


「…………」


 そのディアさんから、こちらを伺うような気配を感じました。この半年、この方ともきちんと向き合った甲斐もありますね。

 わたくし達の様な、まぁ半分ですけれど淫夢の血が流れている種族は、相手の思考や仕草に敏感になってしまいますから。この無口で、けれど感情豊かな方とも意思疎通はある程度可能になります。


「大丈夫ですのよ?あのお花の香りは、聞くところによりますと特定の獣人の方の、意識と身体を落ち着かせる効果があるとか。わたくしも実際効果があるとは思いませんでしたの」

「……」

「ええ。シズナさんは初めて嗅がれたようなので」

「…………」

「そうですわね……もちろんそんな事は思っておりませんが。もう半年も我慢してましたの。少しくらい……」

「…………」

「ふふふ。嫌ですわ。わたくしはそこまで考えておりません。ちょっとだけ、ちょっとだけですの」

「……」

「ありがとうございます。分かって頂けて幸いですわ」


 ディアさんを説得して、わたくしの寝室に運んで貰います。お母様にはお話し済みですし、スルドナさんに協力をお願いした事でもありますので、心配はしておりません。


 いざ、舞台へ。ですの。

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