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異世界生活の日常  作者: テンコ
第2章 彼の変化
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2-10

 屋敷の護衛を受けて1ヶ月。今の所、襲撃なども無く至って平穏だ。





 護衛が増えた事をスルドナさんの指示でさらっといくつかの敵組織に伝えたらしい、そりゃあ相手側も警戒するはずである。

 一応戦闘の技能を持った者が護衛をしているのだ、警戒しないはずがない。


 意外かもしれないが傭兵や冒険者ギルドは、表だって人を襲う仕事は受けないと言う。ギルド員1人1人はカバーできないが、ギルドとして依頼は受けないらしい。

 つまり敵方に同業者がいる可能性は、ある程度低い。


 各ギルドは"暴力の技能"は有っても、"犯罪者の巣窟"では無い、のだろう。如何せん私は犯罪者ギルドの存在は知らないから、絶対とは言い切れないけれど。そんな集団がい有るのかも。


 まぁ魔法なんて言うお手軽な火力(暴力)があるのだから、そんな組織はあるのだろうが。


 別段関係ない事を考えつつ、今は屋敷外の見回り中。今日は私が外担当で、屋敷中はベティさん。

 フレイツ姉さんは本日休みである。

 かの虎の姉御は趣味が読書だったので、現在屋敷の一室でソファーに寝そべり読みふけっているだろう。その時の尻尾の動きが可愛いんだコレ。


『ご主人。裏門に来客だ』

『ありがとうソラ。ちょっと行ってみます』


 っと、ソラから念話がかかってきた。その綺麗な声音にそう返答して、私は屋敷の裏にある小さい門へ向かう。


「こんにちは、いつもご苦労様です」


 人影が見えたので、軽く声をかけた。

 相手はこの護衛についてから、何度か顔を合わせている人だった。食材を届けに来る運搬員さん。こうして数日に1度、外から信頼できる人に持ってきて貰うのだ。毒とかも、ケモノが3人もいるのだ。問題ない。


「こんにちはシズナさん。こちらが今回の分でございます。受け取りはこちらで宜しかったですよね?」

「はい、ですが少々お待ち下さいね。今確認致しますので」


 受け取りの確認をしたいのだけれど、ディアは……私付きだから行かせられないな。念話でいいか。


『あー、お疲れ様です。護衛のシズナです。裏門に食材の運搬員がいらっしゃってます』


 その念話を一方的だが、厨房のコックさんと見習いさんに送り、暫く待っていると見習いさんが駆けつけてきた。


 ちなみに念話とは、読んで字の如くの魔術である。この魔術が便利なのは、念話を送る対象が魔術を使えなくても良い所だろう。今回は魔術が使えない見習いさんに送ったのだが、無事届いたようである。 


 そんな事を考えていると、いつも通りの手続きを終えて運搬員さんが戻って行く。その背を念の為見えなくなるまで見送り、今度は見習いさんが屋敷の厨房に食材を持っていくのも見送る。


 ここで安易に手伝うのはダメだ。

 いくらこの見習いさんが華奢で可愛くて愛らしいヒューマンの若い女の子でも、持ち場を離れるのは職務違反だ。いくら可愛い女の子でも。

 

 そう心に言い聞かせ、彼女を見送る。


『ソラ、ありがとうございます。食材の運搬でした。無事終了ですよ』

『御意。引き続き監視を行います』


 そんな遣り取りを日に数回程繰り返す。商談の為の来訪だったり、知り合いの来訪だったりを伝えるのだ。



 細々した雑用も私たちの依頼に入っており、それを含めた報酬なのである。


 現在この大きな屋敷には、私たち護衛3人と、執事1人メイド2人、スルドナさん、コック1人見習い1人、それに奥様とお嬢様だけだ。

 本来はこの数倍の人数が居たであろう、しかし今は最低限の人数しか留まる事は出来ない。人が増えると守る方も守られる方も大変なのだ。


 個人的にスルドナさんの立ち位置がいまいち不明だったのだが、倒れた旦那の下で働いていたらしい。





 仕事が休みの日。

 休みの日は他の護衛の方に行き先を伝えて、外に出る事もある。行き先を伝えるのは何かあった時の為だ。


 私が行く先は、例の新婚夫婦の家が多い……それ以外今のところ出掛ける所を知らないのもあるけれど。


 最近ミリカさんのお腹が少し大きくなってきたので、色々周辺の事を手伝いに行く。ある程度動ける内は家政婦さんは雇わないらしい、マクイルさんが仕事としてギルドに依頼を受けに行っている間、ミリカさんの話し相手になるのだ。


 彼女のストレスが掃討溜まっているだろう時は、外への散歩に付き合ったりする事も。何故ここまで過保護かと言うと、回復魔術は有っても医療の環境が無い為に出産は一大事なのだ。

 無事出産する為に、出来る事は何でもする。


 働かないと生活に困るならまだしも、現状このスクィール種の夫婦はそこまで貧困していないので、腰を落ち着けて出産まで過ごすと聞いた。

 今日はミリカさんの旦那の愚痴を聞きながら、手料理を頂いている。リスが料理?と最初は失礼な事を思っていたが、


「母さんに勉強させられたのよー。マクイルの胃袋掴んでおけってね」


 胃袋は大事だなぁ。


「良いお母様ですね。でも何時からそのお母様に仲を気付かれていたのですか?」

「ん、私が10歳の時には気付いてたらしくてね。その時から色々教わってたのよ」


 ミリカさんは料理、裁縫、掃除が出来る……この人妻は何気にハイスペックである。これに戦闘技能まで含めて29歳とか、本当にすごいな。


「そう言えば旦那だけど、定期的な仕事に入ったのよ」


 何だか良くわからない肉と何だか良くわからない付け合せの野菜を頂きながら、ふとミリカさんが漏らした声を拾う。


「定期的、ですか。今の王都ですぐ見つかる仕事と言うと……建設ですか?」

「そそ、それよ。シズちゃんは前にギルドで依頼書見たんだっけ。櫓立てる最中に周りの警戒して欲しいんですって。やっすいわよー」

「ああ、話しによると最低賃金らしいです。でも安全ではありますよね。街の外って言っても見える範囲ですし」

「まーねー。旦那も危ない仕事は当分控えるって言ってたわ」


 今マクイルさんが大怪我でもしたら、ミリカさんが1人になってしまう。確かにそれは厳しい。


「マクイルさんも良い旦那さんですね」


 そう言うとミリカさんがちょっと照れたのか尻尾を左右に小さく振った。

 こんな分かりやすい獣人の仕草は、まだ感情の制御が出来ていない若い頃、感情の振り幅が付きすぎて興奮状態になった時、あとは気を許した相手とリラックスした状態にある時くらいに見られる。


 今はリラックス系だろう、その相手になれた事がちょっと嬉しいと思いつつ櫛を取り出す。それを見た彼女は、


「シズちゃん本当に好きよねぇ……」


 呆れ顔であるが触らせてくれた。マクイルさんの尻尾に手を出す程落ちぶれていないし、ミリカさんは人妻だし問題無いのである。問題は、ないのである。

 そんな事をしたり、お店を巡って買い物をしたり。本当に、日々は何事もなく過ぎて行く。


 ふとこんな日々を過ごす時に、思い出すことがある。前の世界で、家で飼っていた猫だ。自分が死ぬ前に飼いだしたアメリカンショートヘアのメス。


 玄関に猫用の出入り口を取り付けていたから、私が居なくなっても心配はして居ない。が、唯一の家族だったのだ。この世界に来てから度々思い出す。詮無い事と思いながらも。





 屋敷の中の担当になった場合、幾つか仕事が増える。その1つが、アリエル様の話し相手だ。


 期限付きではあるが、外に出られない彼女に外の様子や雰囲気、出来事などをお茶を飲みつつ伝えるのである。

 ディアノスに周囲の警護をお願いしており、ソラも外に出している。烏丸も忍んでくれているので、安全確保出来ている……とは思うけれど。


「では、半年くらいでお生まれになるんですの?」

「そうですね。順調に行けばそうなると聞いています」


 お世話になっているスクィール夫妻の事も、アリエル様には話していた。


「お話しを聞くだけでも楽しみですわ。その頃には、わたくしも外に出られるかしら」

「そうあって欲しいですね。あ、ここの仕事が嫌と言う訳では無くて……」

「ふふふ、大丈夫ですの。分かっておりますわ」


 そうして話している1ヶ月の内に、随分と距離が近くなってきた気がする。物理的に。

 今は丸い机で互いの椅子がちょっとアリエル様近い近い!

 少し手を横に出せば相手の手に重ねられる距離になってしまっていた。アリエル様自身が手を近づけているし……。


 今までは孤児院で年下の子、リーン姉さまやミリカさんみたいに"私"より年上の女性、ギルド職員さんみたいな仕事関係の女性。その辺りしか交流がなかったのだが、アリエル様くらい年が近い関係というのは初めてだ。ちょっとこの状況に当惑している。


 そのアリエル様も何と言うか、混血故なのだろうか、ちょっと瞳がマジ乙女である。淫魔は本能なのか淫魔自身も異性に惹かれ、その相手の理想とする仕草を感覚的に見せてしまうらしい。

 今回は男の理想的な?まじフローラルな香りするし、なんか理性がやばい。俺がやばい。


 会話しててもそんな混乱している思考が片隅を埋める。何とか"私"としての私が返答を続けているが、ここ最近は何となく理性が危ない気がしてならない。


 以前今の自分がどっちなのか考えた事がある。

 男に襲われそうになった時にビンタで応戦・迎撃した時もある。女湯に入った当初はニヤニヤしたりもした……あれ俺って最低じゃ?


 精神的な問題は、解決がし難いと言う。明確な回答を誰も持っていないし、自分で解決が出来ない事が多いからだ。

 この場合もソレだろう、私は男なのか女(どっち)なのか。しかし、この屋敷に来て随分答えに近くなった気がする。


 このお嬢様の近くにいると、男性的に魅かれてしまう。

 だからと言って彼女に襲いかかる訳でもなく、女性的にお茶をして話しをして楽しんでも満たされるのだ。

 今の私は多分、私としても俺としても、どっちでも良いと思い始めているのだと思う。


 心の問題なので確信は出来ないが、将来自分がどっちに成ったとしても、その状況を楽しめるだろう。

 それに神にお願いしている事もあるのだ。そこで清算して貰おうと考えて、決意する。その為に今はこの何方付かずも楽しもうと思うのだ。具体的には、


「っ、シズナさん……どうしたのですか?」

「いえ、アリエル様の手が綺麗なモノで、ちょっと気になって。ダメですか?」

「そう、ですか……いえ構わないですの。わたくしも、その、そうしたいと思っておりましたので」


 これだけ近付けてという事は、その手を取って欲しかったのだろう、アリエル様の手を取って、例の女狼さんのごとく揉みしだく。

 私の中の何か大事なモノが色々消えていく気がしたが、嫌な気分じゃない。


「……っ……シ、シズナさん……どうしました、の」

「あ、つい夢中に。申し訳ございません」

「い、いえ。大丈夫ですの」


 真剣になっていた所を正気に戻される。本当に何をやっていたのか。


 彼女は手を口元に持っていき、唇に当てる、いやに艶めかしい表情のアリエル様。普段は白い肌が、その薄桃色の髪と同じようにほんのりと桜色に染まっていった。


 ああ本当に、平穏な日々だ。

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