2-09
何を言われたのか理解出来る。緊張で強張った口の中がからからだ。
「……アリエル様、それは、どういう事でしょう、か?」
「あら、わたくしにも説明は難しいの。何と言うべきなのかしら……」
彼女の見た目はヒューマン。亜人種などの特徴的なモノは特にないけれど、この母娘からは特徴ある香りが漂ってくる感じがしている。
「そうですわね……口外なさらないなら。あ、確かシズナさんには守秘何とかと言うのがあるとか?」
「え、ええ……依頼中に知った秘密等、口外してはならないと……」
「そう、それです。わたくしは所謂混血と言われる種族ですの」
混血……確か、種族特徴は出ないくらいの薄い、血が混じった別の種族だったかな。今回の場合は、ヒューマンと何だ?
「別の種族の血が入ってらっしゃると言う事でしょうか?」
「その認識で合ってますの。わたくしは、淫魔の血が入っていると言えば、分かりますか」
「淫魔……確か自らの種族を守るために、別の種族の異性を取り入れる……」
「まぁまぁ。遠回しに言って下さって、ありがたい事ですの」
なるほど……確かに母親共々、第一印象で魅かれたのは……それが原因か。
「母もわたくしも少しだけ血が混じってますの。その、会った殿方の態度が少しだけ好意的になるくらいの、薄いものなのですが……」
「ああ、なるほど……私がその反応をしてしまって困惑されたと」
「有体に言えばそうなりますの。今回の依頼も男性の方を除いたり、その辺りを審査に付け加えたのですけれど……今も、本当に念の為ですが、フレイツさんが外に」
そうだろうな。
変な事が起こる前に対策を取っておくのは必要だよなぁ。でも、この人が囮?
「把握は致しました。けれど、もし私が男性だった場合はどうしたのですか?この状況はかなり悪いのでは」
「それで困っておりましたの。一応その血のお蔭か、同性か異性かの区別は出来ますので」
……うーむ。私は確かに女性なのに、反応したのが分からないと。
お嬢様の推理。
それが出来た原因は理解できたが……私/俺が元男のせいなのかな。でもその態度は別段外から見えるものじゃない。それでも何故ばれたんだろうか。
……ああ、そうか。私自身精神的にはまだ男だと思っているから、この艶やかな母娘さんを見て惑わされていたのか。男性として。
さて、どう説明するべきか。
魔族と言われる種族はこの世界にも存在する。
それは魔物ではなく、魔力を扱う術に長けた亜人以外の種族の名称だ。その内ほぼ全てが長寿種であり、その為子供が出来にくい。それは種の存続自体を、寿命が無い故に本能から焦っていないのではないか、と言われている。
原理は置いておくが子供が出来にくい種族であり、その絶対数は多くない。さらに寿命が長い弊害はある。
同性恋愛が多く、それを認めていると言う風潮だ。死ぬまでに子を産めばいいという思考だから、それまでは自由に生きようと種族で思ってとか。
私もリーン姉さまにその話を聞いていたが、魔族に会うのは初めてだ。混血と言っても珍しい。こりゃギルドの熊耳職員さんに色々尋問じみた面接をされるはずだ。おおっぴらに漏らせないな。
結局その後は、自身が女性であるという事を"確認"して貰った。
かなり心に傷が、それも深いものが付いたが、致し方なし。アリエル様には安心して貰った。そして仕事を続けていいのだろうかと質問したところ、問題ないとの事だ。
女だと"確認"して貰った事が決めてだろうか。
そしてさらに、お嬢様が依頼の内容に1つ指定、というかお願いをしていたと可愛く白状なされた。
……同じような年代の女の子がいれば、その方に来てほしいという一文を着けたらしい。
「シズナさんがいらして嬉しいんですの。わたくし、この血の特性で異性の護衛の方には近づきたくありませんし。同性の、しかも年若い護衛の方はなかなかいらっしゃらないと聞きますので」
「確かに。私くらいの年齢は珍しいと良く言われます」
「そのようです。わたくしは15歳。シズナさんは……12歳でしたかしら。お似合いだと思わないかしら?」
「ええまぁ。お友達ですよね、アリエル様」
何故か、つつつと椅子が近寄ってくる。あ、やばい、何かフローラルな良い匂いが漂ってくる。
「そのお年でそこまで聡明な方は、会った事が無いですの。良いお友達になっていただける?」
父が倒れたと聞いているが、怖いのだろう。彼女の手が震えていた。その手を取ることが、ギルドが期待した仕事なら、私/俺は……
「もちろんです。が、護衛としての仕事をした上で、ですよ。アリエル様」
凄まじく可憐な笑顔を浮かべたアリエル様と、今後も宜しくと握手を交わしてリビングを出る。外には無言のフレイツさんが佇んでいたが、目礼をして部屋に戻った。
一応お嬢様の部屋にすぐ入れる近い部屋、その屋根裏に烏丸を配置。
烏丸自身、草の者の誇りなのかむしろ嬉々として従ってくれるのが幸いだ。
(怒涛の三日間だったなぁ……休みは話し合って、当初より多い。ローテーションで2日仕事して1日休み。かなり多いな……確かに王の御膝元で襲撃とか敵も出来ないし)
その夜、全員で夕食(これも命令された!)を取って、ベッドの中でそんな事を考える。早い段階で王都の貴族地区近くに移り住んだこの母娘は正解だろう。大勢でのカチコミをされる可能性はあまりない。
少数の賊が出た場合も、こんな兵士が見回っている貴族地区近くでの仕事は厳しい。かなり立地がいいな。
今後の警戒方法として、私が警戒の魔術を夜間は施す事になった。
方法は簡単だ。魔術で魔力の壁を作って、私が登録した人以外が屋敷に入った場合、極小規模な爆発をその地点に起こして知らせるのだ。
魔術を発動した時点で、それは現象として起こったことなので魔術的な解除は無理。無理に解除しようとしたら、発動者である私は確実に察知できる。
便利な魔法は無いのである。
そんな事もあり、休みも意外に貰えた。
『ご主人。ここが当分、仮の棲家であるか』
『そうですね。窮屈でしょうが、力を貸して貰えますか』
『無論。地を這う私であった時から、ご主人と同じモノしか見ていない』
『ありがとう』
この依頼ではお世話になるであろうソラを召喚すると、室内に用意した止まり木の上で胸を張った。可愛いな。
『ディアも、いつもありがとう。何か欲しいものあるかしら?』
『……』
最近ディアの言いたいことがボンヤリと伝わって来る気がする。これは……。
『布と裁縫道具?新しいのが見たいんですか?』
『……』
肯定だろう、ディアノスが首を少し縦に振った。
『分かりました。いつもお世話になっていますから、休みの日にお店を覗いてみます』
『…………』
感謝、だな。
召喚獣となった彼女達は私と繋がっている状態だ。私が繋がる相手を意識して目にしたモノを、彼女達も見る事が出来るらしい。召喚してなくても、それである程度意思疎通は可能だ。
ディアもかなり嬉しそうにしているのが分かる。
まぁ屋敷のほんとの主が助かるまで、適度に頑張るかと誓った。
「お母様。お昼頃に護衛の方との挨拶を終えました」
「そうですか。これからお世話になるのですからね。立場は上だとしても、礼節を欠かしてはなりませんよ」
わたくしは今、今日あった事を話す為にお母様のお部屋を訪ねております。お父様がお倒れになられてから意気消沈されているお母様。
なんとか最近は気持ちが上向いてまいりましたが、ここで私に何かあると壊れてしまいそうです。
なので、私が進言して護衛を雇って頂けるようになりました。大事なお母様、仲が良いお父様。早くお父様の御身体が良くなるのを祈るばかりです。
「それで、アリエルさん。貴女が望んだ方は、来られ……まぁその顔は、良かったですわね?」
……わたくしが、その依頼に付け加えた一文は、バレてますのね。
「ええ、お母様。こんなに良い日はありませんの」
「シズナさん、と仰ったかしら……アリエルさんには悪いのだけれど。この血のせいで不自由を強いてしまいまして」
確かに、この血のせいでと思った事は多々ございます。が、お父様とお母様の仲が良いのを知っていますから。
「大丈夫ですわ、お母様。でもシズナさんに何故か反応してしまいまして。女性ですのに不思議ですの」
「あら。やっぱりアリエルさんもですか……実は私も、年甲斐もなく。不思議ですわね」
「まぁお母様。お父様が嫉妬なさいますわよ?」
母娘でくすくす笑ってしまいます。
今日は大事なお友達が出来た日ですから、知らず気持ちが高ぶっていたのでしょう。夜遅くまで、お母様と話してしまいました。
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