2-08
さっきの母親と言い、この娘さんと言い、ヒューマンの匂いじゃないな。
一気に登場人物が増えて、キャラクター紹介でも欲しいと思っていた矢先。依頼主の娘さんに面通しの為案内された。そこで見たのは、
母親と同じ薄桃色のふわふわした髪を背に流し、蠱惑的な瞳を今は少し細めてこちらを伺っている少女。年の頃は14、15歳ぐらいだろうか。
でも人間味をいまいち感じないほどの肌色。それは、人形の様な美しい娘だった。
「ようこそ。先にお母様にお会いになったのですよね。わたくしはカーリレルの娘、アリエルと申しますの」
彼女の方から先に挨拶をされる。
何とか気力を振り絞って何時もの口上を述べた。横に居た人狼のベッティーナさんは普通に対応している所を見ると、私だけが緊張しているのか?
「シズナさんと仰ったかしら。うふふ。何故かは分かりませんが――貴女、とても良いですの」
――この娘さんの母親に感じた、蠱惑的な雰囲気を今も感じる。なんだろう、すごい背筋がゾクっとする。
「まぁまぁ……うふふ」
「えっと……今日から宜しくお願い致します、お嬢様」
「ええ。宜しくお願いしますの」
握手を交わす事は無かったが、無事?顔合わせは終わって、案内された待機部屋に入る。そこは奥様とお嬢様の部屋の近くだった。
今日会ったばかりの護衛がこんなに近くに居ていいのか聞くと、一派の行動が過激になってきており、安全の為仕方なく……とはスルドナさんの言だ。
お嬢様と言葉が出たが、あれはソレ以外に呼べないだろう。そんな雰囲気だった。雑草みたいに育った私とは違う、阿りたくなるような、傅きたくなるような。
いかんいかん、意識が別な方向に。
考えを振り払って準備のため用意された部屋に戻った時、ベッティーナさんが声を掛けてくる。
「さて。昨日は申し訳なかった。いきなりの事でね」
「……気にしてませんと言ったら嘘になりますけれど。あれは事故だと思う事にしますので」
「そう言って貰えると助かる。しかしあれは、私も驚いた」
そう、この人とは昨日会っており。さらに……結論から言うと襲われそうになった。
この依頼に来ている事から、女性だとは確定している。
見た目にも男装すれば麗人になるのでは?と思うほど整ってはいる。しかし、昨日はヤバかった。
私が、私の狐の部分が恐怖を覚えて竦んでしまった後、何を思ったかこのお姉さんは。私に襲いかかってきた。なんとか振りほどいて問いただした後の被告の証言は、
『怯える姿が琴線に触れてしまった。すまない。反省してはいる』
と意味不明な供述を繰り返しており。
簡単に言うと、あちらも狼の部分が出たそうだ。
というか普段こんなケモノの本能丸出しな事は無いのだが、私の容姿と怯えた雰囲気、更に……この女性の性癖が合わさった結果だと言う。つまり……。
「しかし君は可憐だ。あと6、いや5年経っていれば……惜しいな」
何が惜しいのだろう、この人は、女性にして女性好き。つまりそう言う事らしい、昨日は誇らしく宣言されてしまった。守備範囲はもう少し上らしいのが私が今現在無事な理由でもあるらしい。
安心していいのか、嘆くべきなのか。
「暫く頼むよ。シズナ君」
「はい。宜しくお願い致します」
今も、握手を交わした手をやわやわと揉まれている。ちょっと心地いいのが、私、いや俺の心に色々ダメージを……。
そんな事がありつつ、私の事はベティと呼んでくれ、と彼女は離れに向かって行った。さっそく今日からローテーションを組む事になり、狼の彼女はまず休憩枠になる。
今日からそこに泊まるそうだ。
しかし、王都に来て3日目で目まぐるしく変化した生活に落ち着こうと思いながら、私も屋敷内の部屋に荷物を出していく。
私物自体はあまり無い。
精々替えのローブと杖、あとは日常品の小物をいくつかアイテムボックスから取り出して、私のベッドだろう、その横にあるサイドテーブルらしき机に置く。
暫く厄介になる部屋なのだ。少し見回しておくか……。
部屋内にトイレもお風呂場もあった事に、流石お金持ちと少なからずショックを受けていた時、不意に扉をノックする音が聞こえた。返事をしてドアを開けるとそこには。
「シズナさん。少し付き合って頂けませんか。良いお茶があるんですの」
雇い主の娘にして護衛対象。アリエル御嬢さんが佇んでいらした。咄嗟に了承の返事を返し、私はディアノスとソラを呼んで、歩き出した彼女の少し後ろを付いて行く。
お嬢様の部屋を通り過ぎ、大広間的な、リビングに着いたのだろうか。そこに入り、椅子を勧められた。
「お嬢様。私は護衛として雇われました。同じ席に座るのは少し問題が」
そうなのだ。屋敷の護衛に入るに当たりギルドでもほんの少し説明を受けたが、守ると言う意味において座っていると一呼吸遅れてしまうらしい。
それでなくとも、雇い主と同じテーブルに着くという事はあまりないそうだ。現代っ子にはそうなのかーとしか言えないが。
「あら、わたくしとした事が。ごめんなさい」
理解して下さったのか、そう仰り。
「では、座ってください。これは、雇い主としての命令ですの」
全然分かっていなかった。あれー?
「そんなに遠くからいらっしゃったんですの」
「約半年間の旅でした。無事に着いて安心しています」
「そう……わたくしは今外に出れませんの。良ければこれからもお話しをお聞かせ下さいませんか?」
家政婦さんやメイドさんが居ないので、アリエル様と2人きりだ。
呼び方は、お嬢様と呼ぶのはやめて欲しいとお願いされたので、妥協点としての様付けで済ませて貰う。何かこう令嬢的な雰囲気がびしびし伝わってくるんだよ……。
そのアリエル様自身が用意して下さった(これも手伝うなと命令された!)お茶を飲みながら、これまでの旅の話をいくつか選んで話していく。あんまり血生臭そうなのは流石に自重して話していないが。
「その時です。護衛の1人が見つけた泉が、近寄ると消えてしまいました」
「そんな事があるんですの。不思議ですわね」
自然現象としての蜃気楼を見た事を話したり、
「ではアリエル様の趣味は……」
「そうなんですの。今は出られませんから、お庭の花が枯れていくのが辛て……」
お嬢様の趣味について聞いたりしていたのだが。
「所で、アリエル様」
「何でしょう?シズナさん」
「私を呼んだ本当の用件は、何ですか」
「あら、まぁまぁ。やっぱり分かってしまうモノですか。失礼致しましたの」
両の手を胸の前で合わせて微笑むお嬢様。絵になり過ぎだろう。
さっきから本題を避けている節があったのだ。まるでそう、飲み会なのに上司が言いずらそうにしている雰囲……いや違うな例えが悪すぎる……まぁ言いたい事を言う時を探っている風だったから気付けた。
「そうですわね……ちょっと不思議に思っておりますの」
「不思議……ですか?」
「ええ。わたくしも、母も。ヒューマンでは無いとお気づきで?」
「ある程度は。匂いが少し違いましたので」
「なるほど。それなら話が早いですわ」
彼女、そしてその母親からは甘い香りが漂って来ていた。
鼻で感じる匂いとは違う、本能に訴えかけてくる衝動のような、とても不思議な感じ。
そんな事を思いながらも、この時間も護衛なんだよなーと冷静な部分が周りを警戒しているのを感じる。
一応背後にはディアノスがいるし、ちょっと前にソラを窓から飛び立たせたから、安全だと考えておくことにした。
烏丸も影に入れてるし。
「……実は、シズナさんに関しての事ですの」
「私……ですか?」
「はい」
いよいよ持って分からない。私クビか?クビなのか?1日で?
ぐるぐると考えが同じ場所を回っている。不思議そうな私を見たアリエル様は少し笑いながら付け足した。
「いえ、そう不安がらずに。どちらかと言うと、不安なのはわたくし達ですの」
「アリエル様達ですか?」
「ええ。少し……」
間を置いて、
「シズナさんは……男性なのですか?」
その言葉に、息が詰まりそうになった。
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