2-07
「シズちゃーん。良い家見つけたわー」
「そうなんですか。どのような場所なのでしょう?」
王都を見て回った後ゆっくり宿に戻ると、ミリカさんにいの一番に報告された。詳しく聞くと、今までの稼ぎで家政婦さんを雇っても10年程住める家賃。さらに部屋数も多く、立地の治安も良い場所で商会等に近い所が見つかったと笑いながら仰った。
何でも護衛をした商隊の商人さんを幾人か介して見つけた物件らしく、その関係で少し安くして貰ったそうだ。
「キュクロさんに感謝ねー。家政婦ギルドに紹介状も書いてもらったし、様々よー」
「これで一安心ですね。あれ、マクイルさんはどちらへ?」
「旦那はね、ギルドで依頼見繕うか、パーティーに入れないか探して来るって。余裕はあっても、赤ちゃんは物入りだしね。これから色々買い揃えるわよー」
「お詳しいですね。子育ての経験がおありなんですか」
「ああ、うちの村は近くの家が産んだら周りが手伝うんだよ。それでね、少しだけ慣れてるんだー」
ミリカさんの意外な一面を見た。失礼だがほわほわして、戦う時以外ふわっとしてる人だと思ってたんだけど、結構しっかりしてるんだ。
「それでね?家具は備え付けらしいし、あとは必要なのは小物だけなんだよ。今度一緒に買いに行きましょ」
「いいですね。あ、私明日仕事の面接に行くんです」
「へぇ~、良いの見つかった?」
「はい、住み込みの護衛依頼なんですけど、明日依頼主に会う予定です」
「なるほどねー。良い選択じゃない?受かるといいわね」
つらつらとお互いの予定を話し、いい時間なので一緒にお風呂へ向かう。女湯には先に入られている人が数名いたのだが、無心になって突入。
身体を流して湯船へ。
「相変わらずシズちゃん肌白いわねぇ」
「ありがとうございます」
無心、無心。
「まだ12歳だっけ。あと3年もしたら美人さんになると思うのよ」
「ありがとう、ございます」
慣れたと言っても、真正面からは流石に直視出来ない。
ちなみに獣人用のお風呂というのがあって、それは尻尾の毛が混ざらないように俯せで入れる形状になっている場所があるのだ。といっても体毛の濃い種族は別料金なのだが、それは仕方ないだろう。毛が抜ける時期にきた獣人亜人は入浴拒否される場合もあるらしい。
今は2人で獣人用の湯船に寝そべっている。目の前にはヒューマンだったり違い種族だったりの女性ばかり。若干目線が泳ぐのは仕方ない。
「いつも思うんだけど、シズちゃんって……やっぱり何でもないわ」
「ありがとうございます……」
「家決まったら招待するからねー」
「……ありがとうございます」
「……」
少し記憶が曖昧だがゆったり過ごして湯船から上がり、私とミリカさんの尻尾を乾かして夕食に向かう。戻って来たマクイルさんと食堂で合流して、ギルドでの話を聞き、その日は終わった。
「はい、合格」
「え……?」
翌日、ギルドの小部屋に面接に来たはずだった。あれ?
「本日から来れますか?あ休みは5日に1日を想定してますが他の護衛の方と話し合って決めて頂いても構いません」
自己紹介すら無かった。この人誰?25歳くらいの女性だけれど。
「あ、あのぅ……妖狐のシズナとも「私はヒューマンのスルドナと申します」……はぁ」
気が早いッ!
「給金は依頼書に書いてあった通りの1日銀貨10枚ね食住は保障?良心的な報酬かと思われます」
「えっと、スルドナさんは依頼主な「いえ?ただの使いですあの方達は今外に出ると危ないから」……そうなんですか」
「そ。じゃあ細かい話を決めていきましょうか質問はその都度なさって下さってかまいません」
早いな!……かなり短時間で話が終わる。護衛を雇う理由も説明された。
なんでも、大きい商人一家の父が病に倒れて、現在薬か回復術師を取り寄せている。けれど、その隙を狙って商会を乗っ取ろうとしている一派がいるそうだ。
その一派はその母と娘さんを殺すか人質に取る事を画策した。と、一派に潜り込ませたスパイからの情報らしい。
よくある?話だな。
父はやり手の商人だったが、如何せんワンマン経営で人を頼らず成りあがったそうで、恨みも相当買ってたとスルドナさんは言う。奥さんと娘さんはそれはそれは綺麗で、その関係から殺すより売り払われるかもしれない。
そう予想される。
その護衛として女性のみ3人ほど雇う事に決め、この話をギルドに持って行った、とも。
その話を聞いて、まず私でいいのだろうか?とも質問したのだが、長い付き合いのギルド職員、イヴァラさんを信頼しているそうだ。
後は、女性って所がポイントなんだろうな、とボンヤリ思う。
「契約成立ですね依頼の終わりはお館様が回復なされるまでですけれど予想では最長1年程です薬も術師も少しばかり遠方になりまして」
「はい。宜しくお願い致します」
ポンポンと決定。
私はスクィールの2人に伝える時間を貰ったので、そのまま宿に戻る事に。急いで戻るとミリカさんが出迎えてくれたので挨拶する。今日は外出せずに、宿で装備の点検等をされてたみたいだ。
「おかえりー。どうだった?」
「お陰様で無事決まりました。その事で、今日から依頼主の屋敷に行くことになったので、ミリカさんに伝えに」
「そっか。休みはあるんだよね?新居の場所はメモで渡すから。休みの日程でも連絡してよ」
「ありがとうございます。半年間お世話になりました」
「よしてよ。こっちもだから。またすぐ会うんだしね」
それもそうですね、とメモを貰いつつ言葉を交わして別れる。マクイルさんにはミリカさんから伝えて貰うのだ。
後はそのまま指定された屋敷に向かう。
その商人の屋敷は、それはもう素晴らしかった。貴族の住む地区からほど近い、けれど平民の住まう地区。2階建てで庭付き、大きめの離れがある家。
儲かってるんだなーと門の外から見上げていると、足が止まってしまっていたようでスルドナさんに促されながら門内に入る。
庭も、季節の花や樹木が存在していた。さぞ綺麗だったろう、手入れを欠かしていなければ。そんな様子に少し目を細めながら屋敷の中へ。
3メートルはあるのでは無いかという大きな玄関をくぐると、そこは幻想的な空気が漂っていた。
侵し難い霊廟の只中にいるような、由緒ある社の、そこに存する存在を前にしているような――
「あら、お客様かしら?」
その静寂を破って、彼女は姿を現した。私より幾分、リーン姉さまよりも年上のような雰囲気を醸し出している艶やかな立ち姿の女性。
「初めまして。当商会の当主、ガイシュミの妻。カーリレルと申しますの」
どうぞ宜しくと仰って静かに、そして艶やかに礼をされ――
「スルドナさんこの方は?ああ、新しい護衛の。そう……まぁ何という可愛らしさ、ふふ、楽しみね――」
――あれ何か今すごい背筋がゾワってしたぞ。
気のせいかな?
「妖狐族のシズナと言います。今回、護衛として雇って頂けると聞きましたので」
「そうね。スルドナさんが見つけて来て下さったのでしょう。ふふふ、緊張しなくていいのよ?そんな姿も――さぁ、スルドナさん案内してさしあげて」
「はい奥様ではシズナさんこちらへ他の護衛の方を紹介しますので」
「ありがとう。頼みますよ」
何かすごい妖艶な奥様だなぁ、と部屋に戻るのか奥に向かって行くカーリレルさんを見ながら思った。おっといけない、スルドナさんに付いて行かないと。
そのまま案内されたのは、本邸の一室。
そこにはすでに2名程、席に座って待っていた。護衛募集では計3名だったから、私が最後か。
少し恐縮しながら部屋に入り、隅の席に移動する。その際に、
「おや?昨日の妖狐君ではないか。これは縁がある」
臭いで気付いてましたけどね!
昨日街中で遭遇した狼女。その本人が目の前で木の椅子に浅く腰掛け、腕を組んでこちらを睥睨している。しているように見えるかもしれない程、目つきが鋭いだけかもしれないが。
「ええ、昨日はどうも。こんな形で再会するとは思いませんでした」
「そうだな……おっと話しの腰を折ってしまってすまない。雇い主殿話を」
「お知り合いだったのですかそれは僥倖では話を進めさせて頂きますね」
会って数時間だけど、このスルドナさんの話しぶりはすごいな……その後は先の契約時に聞いた内容と同じ事を、再度説明される。現状の再確認と言った所だろう。そしてそれからの話が新しい説明だ。
「今この屋敷には執事メイド家政婦合わせて数名しか居ませんそれは奥様とお嬢様の方の安全を図る為です」
確かに館モノのジャンルでは、女主人か使用人が犯人の場合が多かったな。それをある程度防ぐのか。
「護衛は今部屋にいらっしゃる3名うち1人はすでに少し前から護衛をお願いしています。新しく入られたのは」
手招きされる。自己紹介しろって事か。
「妖狐族のシズナと申します。カードを見て貰えば分かる通り魔術師で、他にはテイムの技術を持っています」
「こちらは最近街に来られた方らしいので分からない事は教えてあげてくださいませ次は」
スルドナさんにそう説明され、次の、狼女の方が呼ばれる。
「私は人狼のベッティーナだ。好きに呼んでくれ。傭兵ギルドから来たが、護衛の経験はある方だと思う」
「傭兵ギルドの肝煎りで実力はあると断言されてますから頼りにしています最後は……」
前から雇われていた人だろう、寡黙そうな人が椅子から立ち上がってこちらを向いた。
「……冒険者。Dランク。虎族のフレイツ。喋るのは……得意で無い……」
「フレイツさんには何度か賊の撃退をして貰っているので実力は確かですが相変わらずですね」
ケモノ度かなり高い、虎のお姉さんだ。
3人それぞれの紹介と注釈が終わり、スルドナさんは部屋を出て行った。
何でも、先に居た2人に護衛の概要は説明しているので聞いてくれ、と。後は会話をして、即席でも信頼関係を築いてくれとの判断だろう。
「ええっと……改めまして。先日商隊護衛として街に入りました。さっそくですが、私の魔物の紹介をします」
「……頼む」
「そうだな。知っておこう。信頼云々は、まぁお互いのギルドを信用するところから始めようか」
「そうですね。では……『来てください』」
先日と同じようにディアとソラを呼び出す。それと、念の為もう1体、私自身の護衛として呼び出しておく。これは、ギルドにも報告していないテイムモンスターだ。
ギルドに何体か報告していないのだが、それは推して知るべしである。知られていない手札は多い方がいいとも教わったし。
ちなみに最後に呼んだのは、天狗。
ゲーム中に、日本をイメージしたマップが追加された時がある。その時にダンジョン扱いの城中でテイムした忍者(忍者ってモンスター扱いだったのかと皆で疑問に思ったけれど)。その忍者はステータスを確認すると、烏天狗だったのだ。
彼の能力は、まぁ安直だろうが忍者。草の者。戦闘技能も有り、一番の特徴は私の影に入って身を潜められる事だ。ゲーム中では召喚後に敵からの攻撃を何回か防いでくれる、という効果だった。
それがゲームから現実になった今、この能力は事実それ以外で使えている。今回の場合だと、人に知られずに、傍に置ける事なのだ。
ちなみに名前は――
『烏丸。今回もお願いして宜しいでしょうか』
『御意』
それに、忠義の人である。今の私には有難すぎて涙が出るぜ。
ディアとソラを見た他の護衛2人は目を丸くしていた。私自身はそこまで強者なイメージが無くとも、ディアノスは歴戦のツワモノ風だ。威圧感がある。本当に美しい鎧なんだけどね。
「そいつが……」
「なるほど。それが選ばれた理由か。すまないが、実力を下に見ていたらしい」
ベッティーナさんとフレイツさんが揃って声を出す。私じゃなくて彼女たちの実力を評価し、それが私の評価に繋がったのだろう。ややこしいが必要な手順だ。様式美って大事だし。そして自己紹介と確認が始まる。
「私は人狼族だ。近接戦が主になる。獲物はコイツだ」
そう言って左の腰に下げた剣を指し示す。刀……なんてある訳もなく、1メートル程の皮鞘の上からでも分かる、肉厚な両刃の剣だろう。
存在感が有り過ぎる。
「室内での動きはあまり得意ではないが、外での守りならある程度は保障できるはずだ」
歴戦の戦士っぽいし。そうだろうとは思う。最後に、
「オレは……これだ」
黒いラインが入った美しい毛並を持つ虎族の彼女。彼女はおもむろに両手を握りしめ、腕を構えた。どう見てもボクサーです。
腰後ろに黒く光る鉛色のガントレットを下げているので合っているのだろう。そしてこちらも歴戦っぽい。
その後は各々の得意な動きとスタイルを話し、3人で連携する場合、2人の場合、1人ならどう行動すれば皆が駆けつける時間を稼げるかを相談。
もちろん各人最後の切り札は教えていない。
そんな事を言うのは愚かだと分かりきっているのだ。
基本方針として、離れにベッティーナさんと私が交代で寝泊まり。護衛対象の近くには交代した一方とフレイツさんが付くと決め終えた。
細かい事も決めつつ、私とベッティーナさんはいよいよ護衛対象の1人と会う事にする。
丁度良く戻って来たスルドナさんに案内を頼んだ。
ご意見、ご感想をお待ちしております。