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異世界生活の日常  作者: テンコ
第1章 彼の気持ち
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1-15

「だいぶ様になってきたねぇ、そろそろ本格的に行くかのぅ」

「よろしくお願い致しますッ」


 ギルド登録後の討滅依頼から、すでに半月。

 師事を受けだして約9ヶ月のある日。姉さまの発言を受け、2回目の依頼で森の中に来ていた。

 それまでは森に来ていても、姉さまとの対魔術師戦(森中ver.)だった。が、今回は冒険者としての活動を教えて頂くのだ。





 別の街から来る途中の商人が魔物に襲われたらしい。

 幸い1人の犠牲者も出さなかったらしいのだが、その魔物の討伐に来たのが私たち。魔物と言うのが……蜘蛛。それも大きな。

 大蜘蛛(ヴァンプホップ)と言う魔物らしいのだが、相変わらず不思議ネーミングだ。

 そのセンスが欲し……いや違う。目撃者、商人の話によると、全長2メートルくらいの大きさだったらしく、しかもお金が無く護衛が雇えなかったので、逃げるしかなかったそうだ。いや無事で良かったね本当。


『嫁が頑張ってくれましたしね。お蔭様で生きています。ん?ああ、こいつは僕の嫁なんですよ!』


 そう言って馬に頬ずりする商人。真性か!?


 変な商人は無視する。

 比較的簡単な依頼だったので、ギルドは一番新人の私に担当させたかったのだとか。若者に経験を積ませるのも職員の判断らしい。涙が出る程有難いが、蜘蛛とか……。

 毒を持つ個体が多い事で有名なので、対応する毒消しを道具屋で買ってきた。

 解毒魔術はまだ練習もしていないし、自分で実験なんてしたくもない。姉さまにしっかり魔物の特徴を聞いて、対策を考える。


 ありがちな糸を紡ぎ、結構な跳躍力で、森中などでは立体的な機動をする。

 そんな2メートルの蜘蛛とか怪獣と何が違うのか。言ってはなんだが、そんな蜘蛛を見たら腰を抜かしそうだ。怖いよ。

 一応作戦を考えて姉さまに説明し、実行出来そうか確認する。





 往生際悪く蜘蛛の出現場所に行くまで、必死に他に対応策が無いか考える。召喚獣の皆に任せてもいいのなら、簡単だ。全員召喚して一気に片付ければいい。でも、それでは私が成長しない。


 予想だが、私の寿命は結構長いだろう。

 人の寿命ぐらいなら街中で引き籠っていたほうが楽だろうが、もっと長い時間生きるのだ。何時かは外に出ないと干からびるだろう。

 その"何時か"は、今だ。努力しないと私は確実にサボる。


 若干現実逃避をしているが、商人が襲われたという場所には2日で辿り着いた。

 初依頼で泊まった野営地より離れた場所。今回は、蜘蛛ということなので森に対応した彼を召喚しようと思う。


(来てください……ホープ)


 森に入る前に私が召喚したのは、立った状態で身長2.5メートル以上はある……猿。

 この子はシロクロの次にテイムした古株。ゲーム中ではかなり初期に捕まえたスモールエイプという小さな茶色い猿だった。

 それが何回目かのアップデートで、何種類かに進化可能になったのだ。

 私は公式サイトに載っていたイラストの力強さに惚れ込み、白い猿にすることを決断する。

 その名も、ホワイトエイプ。


 ここまで来るとどらすれの実直さはもう愛すべきものであろう。そして相変わらずの私の名付けセンスも周りから感心された。ただの略称だし。


 2Dのドット絵の時から変わらず、異様に大きな腕を持つ白い毛並がもふもふの巨漢。まさに剛能く柔を断つ見た目。そして何より――


『お嬢様、お久しぶりでございます。私をお呼び下さり、感謝の念に堪えません』


 超紳士なのである。何か柑橘系のいい匂いするし。





「前回はごめんなさい。あの時の森は入り組んでて、木がひしめいていたから貴方が動けないかと思って……」

『良いのですよ、お嬢様。頼って下さっているという事実だけで私は幸せです』


 なんだこの紳士。チョコ吐きそう。でも良い猿なんだ。


『このような森は私の庭でございます故。お嬢様は安心なさって下さいませ』

『今回は主の為に力を合わすぞ』

『ええ。貴方と一緒に行動するのは、久方ぶりですからね。クロさん』


 そして、この白猿と黒狼は超仲が良いらしいのだ。男の友情ってやつか?私自身そんな人は居なかったから、ちょっと羨ましいが。


『主様、暑苦しくて申し訳ありません……』


 ……シロは苦手なようだ。


 オス2匹の友情を確かめ合うのを後にして貰って、私たちは蜘蛛の巣に飛び込んでいく。

 作戦開始だ。ちなみに今回は姉さまが後ろから付いて来ている。


 前回は何か用事があったと聞いた。

 詳しくは聞いていないが、心配事があったけどその1日で解決したらしい。後始末をして終わりだと、何時もの様にくつくつと笑いながら仰っていた。


 リーン姉さまを最後尾に、ホープを前、私とシロクロを中衛にして進んでいく。

 今回は私の為の所謂訓練、しかもテイマーとして指揮する練習も兼ねている。一緒に戦うのだ。その為の連携の確認を怠ってはならない。

 今の所、それぐらいが私の出来る唯一なのだから。





 2時間ほど歩いただろうか。森の奥に大型の気配を感じる。

 前の世界の蜘蛛だと場合だとオスメスが一緒に居る場面は少ないし、近くに気配を感じなかったらこの1匹だけだろうなと当たりをつける。

 過信は禁物だが、そう仮定して皆に指示を出す。念話を覚えたから声に出さずとも、指定した周囲の仲間に聞こえるのだ。


 十分な距離を取って、まずシロクロを辿ってきた道に戻す。一足先に、草を踏み均らしながら街道に出てもらうのだ。

 私とホープは蜘蛛を挑発して、その道を一目散に辿って逃げる。そして森を出た街道で相対する作戦だ。立体的に動く蜘蛛相手に森中で対峙なんて、怖くてやってられない。


 姉さまに説明したときは、


『成功しても失敗しても、今回も1人でやるんじゃな』


 と仰って、使い魔を私に付けて姉さま自身は離れた場所に居る。


 失敗云々は、自分の行いから反省点を見つけ出せと言う事だろう。攻撃系の魔術の腕がもっとあれば、きっと1発で仕留められる。

 今の私のそこまでの腕前も度胸も無いだろう。無いものは仕方ない。2発目を準備中に襲われるなら、ここは臆病に行く事にしたのだ。


(よしッ)


 シロクロが感知範囲から抜けて戻って行くのを確認して、私は蜘蛛の方面に歩きだす。

 5分ほど歩いただろうか、明らかに蜘蛛のテリトリーに入った。向こうも気付いているだろう、敵意に尻尾が逆立つ。

 素早く近づいてきているのが分かるが、落ち着いて魔術の発動を準備する。


「シズナが請う、湧き出す泉の恵みを、我に」


 今回は身体強化の魔術を実戦で初めて試すのだ。

 姉さまとの訓練では速くなった動きで、対魔術戦しかしてこなかった。しかし今回は純然たる魔物である。

 虫の動きは予測できないだろう、予想するしかないが。


 魔力線から身体中に、直に強化の効果が浸透していく。

 ゲームのスキルとは違い向上効果は低いが、その分効果時間は長い。一長一短だが今は逃げ回る為、効果時間が欲しいのだ。


(来たッ!)


 大蜘蛛が木々の間をかなりの速度で向かって来る。縄張りに入った異物に対して、怒っているのだろうか。

 ホープではなく私に向かっているのは、私の反応の方が遅いと分かっているのだろう。

 私は意識を向けていた後方へ飛び下がり、そのままシロクロが広げた草の道を急いで辿って行く。

 ホープは木々をすり抜けて併走しているが、どう見ても私の速度に合わせてるよ……。


 後方から木を足場にして大蜘蛛が飛んでくるのを、見なくても感じる。

 作戦が上手くいった高揚感と、猛威に襲われている恐怖がせめぎ合って、心の中がぐちゃぐちゃになっていった。


 どれくらい走っただろうか、気付いたら……木の根を踏んで脚を滑らせていた。


「あ……」


 倒れ込んだ私に大蜘蛛が飛びかかってくるのを、妖狐生来の動体視力で見る事が出来た。

 それはさらに恐怖を増長させ、身体が縮こまってしまう。あわやぶつかると思った瞬間、ホープが横から現れ私を抱えて走り出す。


『失礼いたします、お嬢様』

「……あ、ありがとう、ホープ。助かったわ」

『お嬢様の御言葉。ありがたき幸せ、ですが……もう少々ご辛抱下さいませ』


 かなりの速度でホープは走っているので、私を下ろすより進む方を選んだようだ。

 そして……人生初の御姫様抱っこがまさかの私自身。しかも白猿。いや中身超紳士なんですけどね?


 情けなく思いながら、さっきより速い速度で森から抜け出す。と、一瞬でホープが後ろに向き直り、私を下ろした。

 その数秒後。

 大蜘蛛が森から跳びかかってきたのを、先行させて待たせていたシロクロに牽制して貰う。

 シロクロが素早く大蜘蛛の後ろに回り込み、正面からホープを宛がい、私は術式の行使を始める――そして、





「……ふぅ」


 何度か危ない場面はあったが、3匹の上手い立ち回りの隙を縫って魔術を撃ち込んだ。

 何とか大蜘蛛の脚をほぼ全て焼ききった後、動くことができない大蜘蛛に止めを刺し、一息ついたのである。


 最後の連携は十分上手く行ったと思う。拙いながらも私の指示で3匹は動いてくれた。もっとも、私の指示のせいだろう3匹の動きは直線的だったが。

 しかし、


「シズ」

「はい……」

「おんしはまだ、森の歩き方を知らん。今の策は、自身をもうちっと知ってからじゃったの」

「……返す言葉もございません」


 さっきの私は、こんな地形くらい走れると思って作戦を立てたのだ。ホープが居なかったら怪我、若しくは最悪の事態になっていたかもしれない。


「今はこうやって、おんしは学んでいけば良い。その為のワシであり、おんしの魔物であろう」

「……そう、ですね。私の、仲間です」

「うむ。失敗しても良い。が、考えろ」

「私は、えっと……」

「まぁ冒険者でも傭兵でも初めはこんなもんじゃ。ワシの前の弟子なんぞ、何回死にかけたかのぅ」

「ハハ」


 何とか気持ちを立て直して、野営地に戻る。

 次の日にはギルドに戻って報告をしたのだが、その後姉さまの家に戻った瞬間、緊張の糸が切れて意識を失ったらしい。気付いたら私の部屋でベッドに横たわっていた。


 ……起きた時に気付いたのだがお風呂に入った形跡がある!何があったの聞くのが怖いな。





(はぁ……でも、死ぬかと思ったなぁ。そういえば何で冒険者になりたかったんだっけ……あぁ孤児院の為だったり、テイマーとして主人として相応しいようにだったりか……何か、そんな簡単な気持ちで……)


 今更、本当に今更だが、私が死ぬかもしれないと気付いた。

 大鼠討滅の時に感じた、まだこの世界を舐めているという思い。生きていくとは誓ったけど……。


『主様。単純に、冒険を楽しみになさらないのですか?』

『うむ、主。我はあの心躍る冒険を忘れていないぞ』


 シロとクロが部屋に寝そべっていた。彼らにも気づかないほど、気がそぞろだったらしい……。


 そうだな、せっかく8年間の集大成で転生したんだ。この身体を生かせる事をするのだ。


 簡単な事を忘れていた。ゲームは楽しかった。

 なら、この世界で死ぬかもしれないけれど、愉しまなければ損だ。

 前の世界であの会社に入ったのだって、自分の趣味を生かせるかもしれないと思ったから。

 冒険者なんて物語の中の職業に成れたのだし、この世界で出来る事や好きな事をやればいい。

 明確な目的なぞ無くても、生きていけるのだ。


「そう、ですね。ごめんなさい、前の時は、貴方達に報いなければとしか思っていませんでした」


 自分が、私自身がどうしたいか。


「楽しい、冒険をしましょう。色々、見て回りましょう」

『その気になってくれたか。主』

『そうですね。主様はご自身の事を考えておられませんでしたから』


 ありがたい。シロクロの言葉に確かにそう思い、"自分"の為に強くなる事を決める。




 それから約2ヶ月後。私は1人、この街を出た。

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