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異世界生活の日常  作者: テンコ
第1章 彼の気持ち
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1-14

 大鼠を前に興奮している私。


 字面にするとすごい変態みたいだ。いやどう見ても変態か……何故か身体から急き立てるような衝動を感じている。

 その衝動は、いざ大鼠を目の前にしてやっと理解した。

 狐の本能的なモノだなコレ。


 リーン姉さまがその衝動を知っていて、この依頼を受けたのかは、いてみないと分からない。しかし初めての討滅依頼で昂揚しているのは、良い事なのだろうか。

 姉さまは言った。臆病であれ、と。

 しかし先程までは必要以上に緊張していたから、生死を賭けた事態に動けなくなったのだ。


 そう、生死を賭けた。


(怖い。ただ、ただ怖い)


 大鼠の群れに相対する時まで、私はどこかふわふわしていたと思う。

 それは前の35年分の日常生活であったり、同系統の作品を見てきた事であったり、この世界を舐めてる事であったりした気持ちが出ていたのだろう。


 しかし今、"敵"を目の前にしてその気持ちが"いくらか"消え失せた。


 大鼠は特に警戒心が強い魔物だと言う。

 ただの鼠が大きくなっただけと思う事なかれ。1メートル前後もある大きさは、重さも相成ってそれだけで脅威となる。その大鼠が、警戒心露わにこちらを伺っているのだ。正直怖い。


 学生、会社員を経てもこんな正面から敵意をぶつけられた事は無い。

 人の悪意や害意とは違う純粋な、生物として倒してやるという敵意。これには膝が落ちそうになったのである。


 私は英雄でもヒーローでも無いのだ。物作りが好きなだけの、ただの独身貴族だっただけだ。


 半ば恐怖で感情が振り切れようとした。

 そこに、理性で抑えられていた狐の本能的な部分が出てきて、やっとまともに動けるようになったのだ。

 この依頼を選んでくれた姉さまに感謝……は1人にした人に言うべき事じゃないかもしれない。


 この気持ちになるまでに、ディアが2匹ほど削ってくれていた。立ち竦んだ私に向かって来た大鼠を盾で押し返して、首を刎ねたからだ。


 蒼く綺麗な鎧に血糊が飛び散っている。

 後で掃除してあげようと考えながら、改めて大鼠を討滅する決心をした……多分私は、当分こんな事を繰り返すのであろう。大きな覚悟はまだ出来ていないからね。


 つらつらと湧き出る考えを一旦隅に置いて、私は銃口を近くの1匹に向け、引き金を絞る。ディアが前衛をしてくれるし、私は横から来る大鼠を狙い撃つのだ。

 数が多いのは、射撃と同時に魔術で空気の壁を作って対処。リーン姉さまが風の魔術を得意としているから、私もそれを真似たのだけど。便利だ。


 頭に銃弾を受けた1匹は、死んでいないが動けないようなので脱落。これで残り12匹。ディアが更にもう2匹切り飛ばしているので、残り10匹になった。


 残った大鼠の約半数は身体が小さいので子供と言った所だろう、でも容赦は出来ない。

 子供と思われる4匹と護衛であろうさらに2匹が森の奥へ下がったのを、念話でシロとクロに伝える。


 こちらを足止めしているのは残り4匹。

 ディアはタワーシールドを構えて私を守っていてくれるので、安心して魔術を行使出来る。私が選んだのは、姉さまが良く使ってくる風の刃だ。


「シズナが請う、切り裂く風の刃を、相為す者に」


 姉さまに比べて明らかに長い術式を言葉に出し、魔力線から魔力を練りながら形作る。その時、


『主様。こちらは終わりましたわ』


 ……風の刃を撃ち出した。情けなし。





「いくら私が狐でも……鼠は食べませんよ?なので、貴方たちで食べるならどうぞ」


 被害もまったくなく無事に大鼠を討滅し終わった後、ギルドカードで死んだ大鼠の登録を済ませる。これでギルドに報告すれば終わり……だったのだが、死体の処理で問題が起きた。

 シロとクロが私の前に鼠を引き摺ってきて、明らかに、喰う?と差し出してきたのだ。


 むりむり。


 丁重に断りつつシロクロに進めたら、美味そうに腹の部分を貪り出した。

 まままじか。まぁそうだよね。ケモノだし。


 無理矢理に納得して、残った部分を魔術で掘った穴に埋めて土を被せて、何とか死体の処理は完了した。

 それだけで1時間弱は使ったのだが、これから慣れないといけないのでサボれない。精神的に疲れた身体を引き摺って野営地に戻ると、すでに日は傾いていた。


 急いで夕食の支度をしながら、ディアとシロクロの血糊を拭き取る。こんな時に魔術って便利だ。水は術で出せるし、熱風で乾かせるからね。


 あと生活魔法。例えば身体の汚れだけ取る術式とかは、無い。


 そんなピンポイントで同じ効果の魔術なんざねぇ!と怒られた事もある……個人で魔術を研究する分には良いのだろうか?ちょっと考えておこう。


 香辛料を入れたスープと干し肉を美味しく頂き、寝ずの番を不甲斐無いながらディアに任せて、シロとクロを枕に寝る。

 虫除けの薬草は置いているので、まぁ安全だろう。そうして初の討滅依頼は意外にあっけなくも、無事終わった。


(ああ……やっぱり、主人である事は、あり続ける為には、もっと……)






 翌朝。

 昨日はいきなり焦る事態が起こったが、今朝は平穏無事に起床し、ゆっくりと野営地を出る準備をする。


 ずっと見張っていたディアにお礼を言って、送還した。

 送還とは、件の何だか良く分からない空間に送り返す事である。他の皆に宜しく。


 肉体的な疲れは一晩で取れたが、1日経ってから動物を殺した事に精神的な疲れが出始めた。

 いくら身体の性能が高く、戦闘出来るし魔術も使えると言っても、中の人は平穏な国の人畜無害な独身男性だったのだから。

 我ながら線が細いと思うけど仕方ない。


 これから慣れていけばいいのだ。昨日のように種族の本能に助けられる事も、また危なくなる事もあるだろうが、そこはテイマーの本領発揮。

 私が強くなくても、周りが強ければ良いはず。良いのだ。良いのか?


 昨日の戦闘で理解した。私は、強くない。でも、一緒にいる為には。


 ……出来る事を増やそう。


(神に色々お願いもしてるしね)


 小さく決意をし、シロクロを率いて街の方面に進む。

 途中に中型の牙猪(タスクボアー)が1匹街道に現れたので、首を切り落として仕留める。

 名前安直過ぎだろうと思うが、でも自分も人の事言えないな。


 そんな事を考えながら、姉さまに教わった血抜きを初めて試す。それ以外は何事もイベントは起こらず、夕方少し前には街へ辿り着いた。


 猪の死体はアイテムボックスへ。シロとクロも送還した。

 眠そうな門番に挨拶を交わして街に入る。猪は肉屋に渡そうと思うので、先にリーン邸に戻る事に。ギルドへの報告はそれからだ。


「リーン姉さま。ただいま戻りました」

「……おう、無事じゃったか。どうじゃったかの?」

「依頼書に記載されていた数は全て倒しました。皆に助けられてですが」

「はん。1人で出来る事なんてぇのは、高が知れとる。おんしは生きとろう。結果が全てじゃよ」


 奥から出てきて、そう言って姉さまはいつもの様にくつくつと笑いながら……頭を撫でてくれた。

 今日は姉さまが優しいのは気のせいだろうか?頭なんて撫でられたの初めてだし。


「何じゃ。そん顔は。気にいらんかったか?」

「い、いえ。恥ずかしくて」


 普段より少し柔らかい笑みを口元に浮かべ、その色鮮やかな髪を夕日で染めながら。


 そうなのだ。こんな美人が目の前にいる……緊張しない訳がないだろう。だがどう見ても玩具で遊んでいる顔だね!


「まぁ、ええじゃろう。ほれギルドに報告に行くよ」

「はい。あ、途中牙猪を倒したのですが……」


 途中の経過や思った事を話しつつ、2人でギルドへ向かう。





 初めて来たときとは違い、多少混んでいる冒険者ギルド。と言ってもせいぜい10人くらいだが。

 あまり冒険者自体の数が多いと、同じ街で受けれる依頼も少なくなるそうだから、まぁ仕方ないか。

 依頼中や休息中でここに居ない者も含めて、この街には常時30人前後しか居ないらしい。


 有事の際には魔術師ギルドも傭兵ギルドもある。

 あとは明主の兵も居るから心配ないのだろう。魔物の軍勢が攻めてくる!なんて、お伽噺の話らしいし……これフラグか?


 ちょっとフラグを立ててないか心配しながらも、並んでた列の順番が来たのでカウンター前に座る。

 今日は年若いお姉さ……ウサ耳。ええまじで?虎耳の娘さんは見たけど、犬耳と猫耳見る前にウサ耳?お約束の順番違わない?


 ちょっと錯乱してしまったが顔に出さず、お姉さんにカードと依頼書の写しを渡す。


「討滅依頼ですね。少々お待ちください」

「よろしくお願いします」


 ウサ耳お姉さんがカードと依頼書を、横に置いてある台の上に置き、術を行使する。

 依頼書の文字が術式で印字されており、その内容とカードに記録された魔物討滅の内容に間違いがないか確認しているらしい。なんというハイテク。


 ある一部においては魔術の利便性は、科学と遜色ないどころか超えているかもしれない。


 無事照合が終わり、討滅数に問題無かったようなので報酬を受け取る。今回の場合は1人銀貨21枚。

 実質3日かかっての金額だが、これは質素な宿に同じ日数程度泊まれ、食事が出来る金額だ。

 最低ランクの依頼でこれなので、なんとか新人でも生きてはいけるらしい。


 その後は、依頼中森に異変が無かったかの確認をする。

 これはほぼ義務になっているほどの工程で、この報告の如何によっては、新たに依頼を作る必要がある。事実今回の依頼がそのタイプだ。


 森では特に異変が無かったと説明し、ギルドを後にする。


「姉さま。こちらを」

「んな金いるかい。今回はおんし1人で達成したじゃろう」

「いえ。姉さまの教え通りでしたから。気持ちとして受け取って頂けませんか」

「ふん。そうかい」


 ほぼ全額を姉さまに渡す。約8ヵ月間の生活費全てをお姉さまに出して頂いていたのだ。世界が違っても、生来の日本人としてこれは譲れない。

 若干姉さまが嬉しそうだ。最近しかめっ面の中の喜怒哀楽がほんの少しだけ分かるようになった、


「まだまだ教える事はあるんじゃ。こんだけの金で逃げようってんじゃないね?」


 ……気がした。





 その日はリーン姉さまの背中を流すために、一緒にお風呂へ入る。姉さまの指示なのだが、やはり目に悪い。


 私/私はどっちなのだろう、"独身男性"はまだ私だ。

 でも、こっちの世界で11年過ごした"狐の女の子"も私だ。

 姉さまの背中を流しながら私の頬が火照るのは、どっちの自分なのか。分からない……本当に?


 無事……無事?天国いや苦行が終わり、初めての依頼達成日は終わった。少し休んで、また姉さまによる指導が始まることになる。

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