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「あっ、シズ姉!お帰りなさい!」
「おかえりー」
「おかえりなさーい!」
ギルドの登録試験を明日に控え、リーン姉さんからお休みを頂いた。
なので、試験前の精神的な休息として真っ先に孤児院に来たのだ。
もう此処に来ることは無くなるかもしれないので、お世話になったここに用意してあったお土産を持ってきたから。
「皆さんお久しぶりです。今日は皆さんにお土産を持ってきました」
「お土産?」
数人の子供に揃えて声を出される。昼食後の休憩時間前を狙ったので、皆食堂に揃っていた。そこに両手に持った紙袋を掲げて、笑いかける。
そのまま男の子女の子に分けて、買い溜めた服を渡していく。
何を渡すか色々悩んだのだが、在り来たりでもコレしか無いかなと思ったのだ。この子達が卒院しても次の代に渡せる物。
コナード君が無事兵士の見習いとして卒院してしまったので、私が今現在孤児院で一番の古株になってしまった。
それももう少しで卒院出来そうなのだから、世代交代の時なのだろうか。喜んでいる年下の子達を見ながら、その話に耳を傾ける。
「シズねえさんあのね……」
「それでね、それでね」
「はいはい、ちゃんと聞いてますよ。慌てないで。あれ?リンディちゃんが居ないけれど、何処かへ行っているの?」
「ああ、リンディはね、何とか言う魔道具屋に最近良く行ってるよ」
クリシアちゃんが説明してくれた。
そっか、そういえばお爺さんが言っていたけど、結構な頻度で通ってるのか。あの店は安全だし、店番をすればお給金も貰えるしね。安心だ。
ふと気付くと休息時間が終わっていた。名残惜しいが、神父様とシスターに戻る事を伝え、孤児院を出てリーン邸に帰る。
こんなに近いのにもう来ないかもしれないと思うと、残される子が心配になる。が、私などが心配するのはお門違いだろう。
孤児院の子は皆、強くて逞しい。
私はリーン邸の部屋に戻るとシロとクロ、そして"ソラ"を召喚する。
ゲームの初期の方にアップデートで追加された『セレネの戦場跡』という名前のフィールド。
その隅で発生したイベントで卵が手に入った。そしてその卵から孵化した孔雀を成長させて進化させたのが、ソラだ。
この時はかなり驚いた記憶がある。なんせ孔雀が進化したら、朱雀になったのだ。
ゲーム中に召喚すると自キャラの頭上をホバリングし、攻撃を指示すると羽根を直線上の敵に向かって、雨の様に飛ばす物理技。
そして赤い炎を飛ばす魔法攻撃のどちらかをしてくれていた。頼れる召喚獣である。
そのソラも召喚し他愛のない会話を皆で続ける。シロクロの毛にブラッシングをかけたり、ソラの羽を撫でたりしてリラックスするのだ。
何を隠そう、明日の試験にかなり緊張しているから。
それを解すためにも皆に頼る。不甲斐ない主人で申し訳ないことこの上ないが。
『ご主人、まだ緊張しているのか』
ソラは女の子だった。
とても口調は男らしいが、その声は透き通るような綺麗な声だ。鮮やかな朱色の身体と、所々に橙色が混ざった羽根が美しい。
ちなみに四聖系の召喚獣なのだが、1匹所持していると他の3匹はテイムできない仕様である。
課金アイテム等でそれが解禁されないかとうずうずしていた自分を思い出して苦笑しながら、ソラに返答する。
「はい。リーン姉さまに受かるだろうと言われたのですが、やっぱり心配で」
『ご主人はこの半年以上、げに努力をしていた。それを発揮すれば良いのではなかろうか』
『そうですね。今の主様なら大丈夫だと思います。そうですね?クロ』
『間違いないな。主よ、何を恐れる事がある』
3匹に太鼓判を押された。これでもまだ不安がある自分が情けないが、ここまで言われているのだから精一杯やろうと決意を新たにする。
「ありがとうございます。これに受かれば皆で外に行けますからね、頑張りますよ」
そう。
ギルドに登録が終わって自分の実力を裏付けられたら、街の外へ出ようと思っている。
そして、そこで召喚獣と戦闘の連携を学ぶつもりだ。
クリック1つで指示出来ていたあの時とは違い、相手にも意思がある。
そして私が彼らの主人で居ようとするならば、確かな実力が必要だろう。あの夜の約束を思い出す。
上手く連携を取れるようにしないと、私が足手まといも良いとこだろうから。
後は念話というのを覚えれば、意思疎通も楽に出来るし。これは今後の課題として早めに覚えよう。
『主様の緊張が大分解けましたね。さ、御身の毛繕いも終えられて、本日は休みましょう』
「そうですね。それまで少し付き合ってください」
シロに心配をされることを少し嬉しいと感じながら、毛繕いをしつつ会話を続ける。
明日の試験が無事終わるように念入りに櫛を入れてから、その日は早めに休む事にした。
そう言えば、姉さまは何処に行っているのだろうか……。
(あの女は今日もあそこに行ってますね……まぁそれならそれで良いですけど。足しげく通っているみたいですし、明後日は……泳がせましょうか)
試験を明日に控えたシズナさんに休みを与えて、私は1人使い魔と情報収集を行っていました。
(シズナさんの方は……実力自体は心配してないのだけれど、緊張しているわよね……まぁ、大丈夫かしら)
シズナさんが夜な夜な召喚獣とやらを呼んで仲良くお話ししてるのを知っているので、大丈夫だろうとは思うけれど。
それにしても……。
(リーン姉さま……か。ほんと、どうしちゃったのかしらね、私は)
初めて会った時からそう呼称するように言ったのは私ですが。思えばその時から、2人を重ねて見ていたのでしょう。
もう90年ほど昔に、そう呼ばれていた事を思い出して、しかしそれは駄目だと首を振る。
あの子はもういません。
シズナさんはシズナさんとして……でも、何でここまで構うのでしょう。そんな思考がぐるぐると廻ってしまいます。
(いけない。今は集中しませんと……)
契約を交わした魔物とは違い、使い魔とは自身で式を紡ぎ思考することで動かす魔術の一種。
なので普通の生活をしている分には並行して動かせますが、一度戦闘に入ったり、明らかに集中していなかったりすると途端に式が解けてしまいます。
危ない危ない。
(今日はあの女に使い魔を放って、戻りましょう。明後日の朝は楽しい事になりそうですし)
使い魔を放った後、シズナさんが試験に受かる事を疑わず、私は彼女が寝ているであろう自宅に戻る事にしました。
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