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異世界生活の日常  作者: テンコ
第1章 彼の気持ち
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1-10

「ギルドに登録するよ。付いて来な」


 朝食後のリーン姉さまの、突然の第一声。


「登録……ですか」

「なんじゃ。嫌かいの?」

「い、いえ。修行が終わると同時に登録するのかと思ってましたので」

「そんじゃ遅せえ。ひよっこでも、その頃には依頼くれぇ1人で受けれるぐらいにしちゃる」


 これは驚いた。つまり姉さまは、冒険者としての活動まで教えてくれるのか。


「分かったんなら行くよ」





(あれ、意外に落ち着いてる……何かに似てる気が……あぁ、雰囲気が役所に近いのか?)


 いつもはリーン邸で講義を受けている時間帯。

 今日はその時間に、姉さまに連れられてギルドへ来ていた。あれよあれよと着の身着のままに連れてこられた。が、正しいのだが。


(床とかは……当然汚れてる。そりゃある意味汚れ仕事だからなぁ。それに、これは血の臭いか?ふむ……魔物の素材の臭い……?)


 鋭敏になった鼻が血の香りを嗅ぎとった。


 姉さまの後を追うように入ったこの街のギルドで、お上りさんのように周りを見回してしまう。

 荒くれ者どもとか探しているのだが、今日はまったく居ない。

 不思議に思いながらリーン姉さまと共にカウンターへ向かい、職員のお兄さんの前に座る。


「ようこそ、ウルティスのギルドへ。本日はどのようなご用件でしょう」

「魔術師の登録試験に来させたんじゃ。一番近い試験日はいつかの?」

「そうですね……少々お待ちくださいませ」


 お兄さんはそう言い残して奥に引っ込む。


「姉さま。試験は即日で受ける事はできないのですか?」

「んな都合良く準備なんぞ出来とる訳ないのぅ。まぁ運が良かったら、程度じゃな」

「なるほど」


 確かにいきなり飛び込みできて即日人を集めて試験とか無理だな。

 考えれば分かる事なのに、まだ前の知識に引っ張られそうだ。姉さまに質問をぶつけつつ体感10分ほど待っていると、


「お待たせ致しました。3日後の同じ時間帯に準備が終わりそうなのですが、宜しいでしょうか?」

「ふむ。シズは大丈夫じゃな?」

「はい。特に予定はありませんので」

「そうかぇ。じゃ、その時間で試験を頼む」

「畏まりました。中止になさる場合は明後日のお昼頃までにお願い致します」

「分かりました」

「では、ギルドの詳しい説明等はこちらをお読みください。試験に必要な物も載っておりますのでご注意下さい。文字を読めない場合は、銅貨2枚でご説明できます。如何なさいますか?」

「いえ、結構です」

「そうですか。他に御用はございますか?」

「そうじゃな……おんしは大丈夫かの?」

「特には」

「ふむ。ワシはあるのでのぅ。おんしは先に帰っとれ。冊子をよく読んどくんじゃ」


 特に問題なく試験の予約を済ませ、姉さまを残してリーン邸に戻る。

 姉さまが何をされるのか気になるが、ここまで面倒を見て頂いているのだ。私は私のするべき事をしよう。


 さっそく部屋に戻り、冊子を開いて確認をする。

 冊子に関しては、和紙に似たような紙が使われている。製紙技術は結構高いようだし、何より魔法があるせいか、紙質も良く字も綺麗だ。

 冊子にはギルドに登録した際の規約、活動時の大方の常識、罰則、そして主要な魔物の特性等が事細かに書かれていた。

 それはそうか。何の説明もなしに新人を死地に送るのは、非効率極まりない。


 お、魔術師とそれ以外ではギルド登録の種類が違うのか……そこには、魔術が使えない人と魔術師との扱いの違いも書かれていた。

 これは何故なのか、今度姉さまに確認しよう。


 冊子を捲りながら、新鮮な思いで丁寧に確認していく。





「ちとギルドに依頼を出したいんじゃが」

「ギルドに、ですか。畏まりました。奥の2番と書かれた部屋でお待ちください」

「うむ、失礼する」


 シズナさんを帰したあと、私は依頼を頼む為にギルドに残りました。職員の方に言われた通りの部屋に入り、少し待つことにします。


「お待たせ致しました。さっそくご用件をお伺いさせて頂きます」


 お茶を手に持った職員が入って来ました。

 同じ職員。確かに冒険者はあまり居なかったですし、他のカウンターもあるから大丈夫なのでしょう。


「ありがとう。そうね、説明させて頂きますわ」

「……」


 差し出されたお茶を飲みつつ、


「どうかなさいました?」

「……っと、申し訳ございません。あまりに雰囲気が変わられたようなので。お許しください」

「ふふ、そうですね。気にしていませんわ。普段はああしておかないと、威厳も何もございませんので」

「そう、ですか。ありがとうございます。では改めて、どのような案件でしょうか?」


 雰囲気が変わった私を見て、すぐに立ち直る職員さん。意外にやるわね。


「ギルドの情報網を使って、人を探して頂きたいのです。期限は……そうですね。この街に連れてくる事を含めて、4ヶ月ほど、でしょうか」

「人探しですか。失礼ですが、内容次第ではその期間では難しいと思われますが」

「いえ、そう難しくはないと思いますの。特定の人物ではなく、まぁ職業……と言えるのですかね。兎に角、そこまで特殊な依頼ではないはずですので」


 職員の方と話を詰めつつ、報酬等を含めて依頼書を仕上げていきます。シズナさんの為になるかと思いながら、しかしこんなに必死になる自分に苦笑。

 やはり代償行為なのでしょう。これも長く生きたものの務め、目の前の話に集中する事に。


 依頼の決定等はまた後日、と、丁寧に挨拶を交わしてギルドを出ました。その足で街にある公園に向かい、外に飛ばしていた使い魔を呼び寄せます。

 数分待っただろうか、私の使い魔が戻って来たので報告を受け、今後の対応を決めます。


(あの女。シズナさんにいい感情を持って無いのは一目で分かりましたが……やはりギルドに依頼するのは決定ですね。動くとしてもまだ大丈夫でしょうが。もう少し探って……あら、前にもこんな事を?まぁまぁ。悪い事を。シズナさんには、伝えない方が良いかしらね)


 使い魔を送り出した後、小一時間ほど時間を置いて、シズナさんが帰っているはずの家に戻る事に。

 願わくば、まだ一緒に居られる事を。





「お帰りなさいませ、姉さま」


 冊子を熟読しているうちに、姉さまが戻ってらっしゃった。

 結構時間がかかっていたのだけれど、やはりお忙しいお方なのだろうか。


「うむ。ギルドの概要は掴めたかの?」

「大体は。ですが、いくつか疑問に思う事が」

「ほう。明日纏めて聞くけぇ、今日の残りは講義にするかの」

「よろしくお願い致します」


 リーン姉さまに返事し、講義に入る。

 7ヶ月とはいえ密度の濃い日々を送っていたので、なんとか実戦で使える魔術の理論は頭に入った。

 生活に使える魔術、所謂生活魔法等はまだ修めていないが、それも残りの日々で覚えていけば良いだろう。

 そしてこれからは、外での実地がメインになる。気を引き締めよう。


「ほれ!聞いちょるのか!」


 ……さっそく身が入らず杖で突かれた。


「ったく、おんしはすぐ調子のるけぇの。あんまり気ぃ抜くと喰っちゃるぞ!」

「は、はい!申し訳ございません!」


 気を、引き締めなければ。





 その晩、リーン邸に魔道具屋のお爺さんが訪ねてきた。

 玄関までお出迎えをする。


「おう、よう頑張っとるね」

「はい、姉さまが良くしてくださいますから」

「……そうか。良か良か」


 どうしたのだろう、最近のお爺さんは何処か変だ。コレと言った原因は思い浮かばないが、全体的に違和感を覚えてしまう。何かあったのだろうか?


「お爺様、お体の具合でも悪いのですか?」

「いいや、大丈夫じゃよ。最近は店番をリンディちゃんが代わってくれるからの。休む事も出来るんじゃ」

「そうですか。あの子が……」

「ところで魔術のほうは捗どっとるかね」

「順調です。予定より速いくらいで」

「そうかそうか。てぇことは、街を出る日も近いんじゃな」


 その事を言われて詰まってしまう。

 孤児院の皆にしろ、お爺さんにしろ、街の人にしろ、出ていくと数年単位で会えなくなるだろう。

 卒院されて、別の街に行くことになった方達もこんな思いだったのだろうか。

 でもここで止まってしまうと、ずるずると出る時期を引き摺ってしまうだろう。自分の性格は良く分かる。


「そうですね……このままお姉さまに付いて行けば、あと半年もせず、かもしれません」

「うむ。リーンの奴に紹介した甲斐がある。あと少し、頑張るんじゃよ」

「ありがとうございます」

「なんじゃ、来とったんか。ワシに挨拶もせんとは、あんたも覚えんもんじゃのぅ」


 リーン姉さまがお風呂から上がって来た。白い肌をほんのり桜色に染めた姉さまは、色っぽ――いかんいかん。


「ちょっいとシズナちゃんの様子を見に、な。リーンにも用があったんじゃ。付き合え」

「またか。分かった分かった。ほれ、付いて来な。シズナはギルドの冊子でも確認して、とっとと寝るんじゃな」

「おやすみなさいませ。リーン姉さま」


 姉さまの部屋に2人を見送って、言われた通りに3日後の確認をする。

 落ちるとは思えないが、やはり試験というものは緊張する。高校を出てすぐ会社の面接に行ったのを思い出した。

 飛び入り、しかも一芸で入ったからなぁ。あの頃を思い出しつつ、冊子を読みふける。日課の召喚は、今日はやめておこう……そのまま眠りに落ちた。





「何度来ても、返事は同じじゃ。ワシはあん子を育てると決めたからのぅ」

「シズナちゃんを紹介したのは、そんな事を思って欲しかったからじゃない。育てるのは否定せん。応援もしよう。じゃが、考えを変えてくれ」

「ふん。ワシの勝手よ」

「……まさか、リーンがまだ引き摺っとるとはなぁ……」


 シズナさんを弟子に取ってから数か月。

 私がシズナさんをあの子と重ねていると、この人に見抜かれてしまいました。勝手な人……そもそも呼んだのはそちらでしょうに。何度来られても考えを変えるつもりは無いわ。


「うーむ。せめて、代わりとして扱うのだけはやめとくれ。シズナちゃんは、シズナちゃんじゃ。知った時に、あの子が悲しむ」

「それは……善処はしよう。あん子を悲しませる気はない」


 結局いつも通りに会話を終え、彼は帰っていきました。


「はぁ……」


 気疲れした身体を引き摺って、そのままシズナさんの部屋に静かに入る。ベッドに腰掛け、その顔を覗き込んだ。

 あの子の代わり……か。

 特別なきっかけは無いのですが。最初は心構えが気に入り、良い眼をしているなと思っただけです。


『私、もっと広い世界を見たいの』

『この世界のもっと多くを知りたいです』


 あの時のあの子の眼と同じ。

 さらに、半年以上一緒に暮らしていて、だんだんと気持ちが溢れてきたのを感じます。

 自分がなぜこんな思いを感じているか。それを考えると、やっぱり……代償にしているのでしょうね。


 この子が別の世界から来たと言い出した時は、結構驚きました。

 確かに、過去そんな事があったらしいとは聞いたことはあります。

 それが目の前に出てくるとは思いもしませんでしたし。寿命のせいもあって、目新しい物が好きだから渡りに船だったのは否定しません。

 他の人に渡す前に、私のところに来て良かった……。


「代わり……か」

「ぅん……」


 シズナさんが寝返りを打つ。

 獣人というのは警戒心が強いはず。それは、元を辿ればケモノだからだろう、当然ですね。

 しかし家族や仲間と思うものに対しては、強く気を許す種族です。私がここにいても起きないのは、そういう事なのでしょうか。

 ああ、こんな短い間ですが、仲良くなったと考えても良いのでしょうか。


 少しの間そうして顔を眺めた後、ゆっくりと部屋を出る。何としてもアレを終わらせようと、決意を新たにしました。

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