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「ギルドに登録するよ。付いて来な」
朝食後のリーン姉さまの、突然の第一声。
「登録……ですか」
「なんじゃ。嫌かいの?」
「い、いえ。修行が終わると同時に登録するのかと思ってましたので」
「そんじゃ遅せえ。ひよっこでも、その頃には依頼くれぇ1人で受けれるぐらいにしちゃる」
これは驚いた。つまり姉さまは、冒険者としての活動まで教えてくれるのか。
「分かったんなら行くよ」
(あれ、意外に落ち着いてる……何かに似てる気が……あぁ、雰囲気が役所に近いのか?)
いつもはリーン邸で講義を受けている時間帯。
今日はその時間に、姉さまに連れられてギルドへ来ていた。あれよあれよと着の身着のままに連れてこられた。が、正しいのだが。
(床とかは……当然汚れてる。そりゃある意味汚れ仕事だからなぁ。それに、これは血の臭いか?ふむ……魔物の素材の臭い……?)
鋭敏になった鼻が血の香りを嗅ぎとった。
姉さまの後を追うように入ったこの街のギルドで、お上りさんのように周りを見回してしまう。
荒くれ者どもとか探しているのだが、今日はまったく居ない。
不思議に思いながらリーン姉さまと共にカウンターへ向かい、職員のお兄さんの前に座る。
「ようこそ、ウルティスのギルドへ。本日はどのようなご用件でしょう」
「魔術師の登録試験に来させたんじゃ。一番近い試験日はいつかの?」
「そうですね……少々お待ちくださいませ」
お兄さんはそう言い残して奥に引っ込む。
「姉さま。試験は即日で受ける事はできないのですか?」
「んな都合良く準備なんぞ出来とる訳ないのぅ。まぁ運が良かったら、程度じゃな」
「なるほど」
確かにいきなり飛び込みできて即日人を集めて試験とか無理だな。
考えれば分かる事なのに、まだ前の知識に引っ張られそうだ。姉さまに質問をぶつけつつ体感10分ほど待っていると、
「お待たせ致しました。3日後の同じ時間帯に準備が終わりそうなのですが、宜しいでしょうか?」
「ふむ。シズは大丈夫じゃな?」
「はい。特に予定はありませんので」
「そうかぇ。じゃ、その時間で試験を頼む」
「畏まりました。中止になさる場合は明後日のお昼頃までにお願い致します」
「分かりました」
「では、ギルドの詳しい説明等はこちらをお読みください。試験に必要な物も載っておりますのでご注意下さい。文字を読めない場合は、銅貨2枚でご説明できます。如何なさいますか?」
「いえ、結構です」
「そうですか。他に御用はございますか?」
「そうじゃな……おんしは大丈夫かの?」
「特には」
「ふむ。ワシはあるのでのぅ。おんしは先に帰っとれ。冊子をよく読んどくんじゃ」
特に問題なく試験の予約を済ませ、姉さまを残してリーン邸に戻る。
姉さまが何をされるのか気になるが、ここまで面倒を見て頂いているのだ。私は私のするべき事をしよう。
さっそく部屋に戻り、冊子を開いて確認をする。
冊子に関しては、和紙に似たような紙が使われている。製紙技術は結構高いようだし、何より魔法があるせいか、紙質も良く字も綺麗だ。
冊子にはギルドに登録した際の規約、活動時の大方の常識、罰則、そして主要な魔物の特性等が事細かに書かれていた。
それはそうか。何の説明もなしに新人を死地に送るのは、非効率極まりない。
お、魔術師とそれ以外ではギルド登録の種類が違うのか……そこには、魔術が使えない人と魔術師との扱いの違いも書かれていた。
これは何故なのか、今度姉さまに確認しよう。
冊子を捲りながら、新鮮な思いで丁寧に確認していく。
「ちとギルドに依頼を出したいんじゃが」
「ギルドに、ですか。畏まりました。奥の2番と書かれた部屋でお待ちください」
「うむ、失礼する」
シズナさんを帰したあと、私は依頼を頼む為にギルドに残りました。職員の方に言われた通りの部屋に入り、少し待つことにします。
「お待たせ致しました。さっそくご用件をお伺いさせて頂きます」
お茶を手に持った職員が入って来ました。
同じ職員。確かに冒険者はあまり居なかったですし、他のカウンターもあるから大丈夫なのでしょう。
「ありがとう。そうね、説明させて頂きますわ」
「……」
差し出されたお茶を飲みつつ、
「どうかなさいました?」
「……っと、申し訳ございません。あまりに雰囲気が変わられたようなので。お許しください」
「ふふ、そうですね。気にしていませんわ。普段はああしておかないと、威厳も何もございませんので」
「そう、ですか。ありがとうございます。では改めて、どのような案件でしょうか?」
雰囲気が変わった私を見て、すぐに立ち直る職員さん。意外にやるわね。
「ギルドの情報網を使って、人を探して頂きたいのです。期限は……そうですね。この街に連れてくる事を含めて、4ヶ月ほど、でしょうか」
「人探しですか。失礼ですが、内容次第ではその期間では難しいと思われますが」
「いえ、そう難しくはないと思いますの。特定の人物ではなく、まぁ職業……と言えるのですかね。兎に角、そこまで特殊な依頼ではないはずですので」
職員の方と話を詰めつつ、報酬等を含めて依頼書を仕上げていきます。シズナさんの為になるかと思いながら、しかしこんなに必死になる自分に苦笑。
やはり代償行為なのでしょう。これも長く生きたものの務め、目の前の話に集中する事に。
依頼の決定等はまた後日、と、丁寧に挨拶を交わしてギルドを出ました。その足で街にある公園に向かい、外に飛ばしていた使い魔を呼び寄せます。
数分待っただろうか、私の使い魔が戻って来たので報告を受け、今後の対応を決めます。
(あの女。シズナさんにいい感情を持って無いのは一目で分かりましたが……やはりギルドに依頼するのは決定ですね。動くとしてもまだ大丈夫でしょうが。もう少し探って……あら、前にもこんな事を?まぁまぁ。悪い事を。シズナさんには、伝えない方が良いかしらね)
使い魔を送り出した後、小一時間ほど時間を置いて、シズナさんが帰っているはずの家に戻る事に。
願わくば、まだ一緒に居られる事を。
「お帰りなさいませ、姉さま」
冊子を熟読しているうちに、姉さまが戻ってらっしゃった。
結構時間がかかっていたのだけれど、やはりお忙しいお方なのだろうか。
「うむ。ギルドの概要は掴めたかの?」
「大体は。ですが、いくつか疑問に思う事が」
「ほう。明日纏めて聞くけぇ、今日の残りは講義にするかの」
「よろしくお願い致します」
リーン姉さまに返事し、講義に入る。
7ヶ月とはいえ密度の濃い日々を送っていたので、なんとか実戦で使える魔術の理論は頭に入った。
生活に使える魔術、所謂生活魔法等はまだ修めていないが、それも残りの日々で覚えていけば良いだろう。
そしてこれからは、外での実地がメインになる。気を引き締めよう。
「ほれ!聞いちょるのか!」
……さっそく身が入らず杖で突かれた。
「ったく、おんしはすぐ調子のるけぇの。あんまり気ぃ抜くと喰っちゃるぞ!」
「は、はい!申し訳ございません!」
気を、引き締めなければ。
その晩、リーン邸に魔道具屋のお爺さんが訪ねてきた。
玄関までお出迎えをする。
「おう、よう頑張っとるね」
「はい、姉さまが良くしてくださいますから」
「……そうか。良か良か」
どうしたのだろう、最近のお爺さんは何処か変だ。コレと言った原因は思い浮かばないが、全体的に違和感を覚えてしまう。何かあったのだろうか?
「お爺様、お体の具合でも悪いのですか?」
「いいや、大丈夫じゃよ。最近は店番をリンディちゃんが代わってくれるからの。休む事も出来るんじゃ」
「そうですか。あの子が……」
「ところで魔術のほうは捗どっとるかね」
「順調です。予定より速いくらいで」
「そうかそうか。てぇことは、街を出る日も近いんじゃな」
その事を言われて詰まってしまう。
孤児院の皆にしろ、お爺さんにしろ、街の人にしろ、出ていくと数年単位で会えなくなるだろう。
卒院されて、別の街に行くことになった方達もこんな思いだったのだろうか。
でもここで止まってしまうと、ずるずると出る時期を引き摺ってしまうだろう。自分の性格は良く分かる。
「そうですね……このままお姉さまに付いて行けば、あと半年もせず、かもしれません」
「うむ。リーンの奴に紹介した甲斐がある。あと少し、頑張るんじゃよ」
「ありがとうございます」
「なんじゃ、来とったんか。ワシに挨拶もせんとは、あんたも覚えんもんじゃのぅ」
リーン姉さまがお風呂から上がって来た。白い肌をほんのり桜色に染めた姉さまは、色っぽ――いかんいかん。
「ちょっいとシズナちゃんの様子を見に、な。リーンにも用があったんじゃ。付き合え」
「またか。分かった分かった。ほれ、付いて来な。シズナはギルドの冊子でも確認して、とっとと寝るんじゃな」
「おやすみなさいませ。リーン姉さま」
姉さまの部屋に2人を見送って、言われた通りに3日後の確認をする。
落ちるとは思えないが、やはり試験というものは緊張する。高校を出てすぐ会社の面接に行ったのを思い出した。
飛び入り、しかも一芸で入ったからなぁ。あの頃を思い出しつつ、冊子を読みふける。日課の召喚は、今日はやめておこう……そのまま眠りに落ちた。
「何度来ても、返事は同じじゃ。ワシはあん子を育てると決めたからのぅ」
「シズナちゃんを紹介したのは、そんな事を思って欲しかったからじゃない。育てるのは否定せん。応援もしよう。じゃが、考えを変えてくれ」
「ふん。ワシの勝手よ」
「……まさか、リーンがまだ引き摺っとるとはなぁ……」
シズナさんを弟子に取ってから数か月。
私がシズナさんをあの子と重ねていると、この人に見抜かれてしまいました。勝手な人……そもそも呼んだのはそちらでしょうに。何度来られても考えを変えるつもりは無いわ。
「うーむ。せめて、代わりとして扱うのだけはやめとくれ。シズナちゃんは、シズナちゃんじゃ。知った時に、あの子が悲しむ」
「それは……善処はしよう。あん子を悲しませる気はない」
結局いつも通りに会話を終え、彼は帰っていきました。
「はぁ……」
気疲れした身体を引き摺って、そのままシズナさんの部屋に静かに入る。ベッドに腰掛け、その顔を覗き込んだ。
あの子の代わり……か。
特別なきっかけは無いのですが。最初は心構えが気に入り、良い眼をしているなと思っただけです。
『私、もっと広い世界を見たいの』
『この世界のもっと多くを知りたいです』
あの時のあの子の眼と同じ。
さらに、半年以上一緒に暮らしていて、だんだんと気持ちが溢れてきたのを感じます。
自分がなぜこんな思いを感じているか。それを考えると、やっぱり……代償にしているのでしょうね。
この子が別の世界から来たと言い出した時は、結構驚きました。
確かに、過去そんな事があったらしいとは聞いたことはあります。
それが目の前に出てくるとは思いもしませんでしたし。寿命のせいもあって、目新しい物が好きだから渡りに船だったのは否定しません。
他の人に渡す前に、私のところに来て良かった……。
「代わり……か」
「ぅん……」
シズナさんが寝返りを打つ。
獣人というのは警戒心が強いはず。それは、元を辿ればケモノだからだろう、当然ですね。
しかし家族や仲間と思うものに対しては、強く気を許す種族です。私がここにいても起きないのは、そういう事なのでしょうか。
ああ、こんな短い間ですが、仲良くなったと考えても良いのでしょうか。
少しの間そうして顔を眺めた後、ゆっくりと部屋を出る。何としてもアレを終わらせようと、決意を新たにしました。
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